七、離反

 負傷した真十郎と全盲の龍崎は東城寺の門弟に導かれるようにしてある道場の中に入った。
「ここは?」
真十郎が東城寺に問う。
「私よりもあなたのほうがよく御存知のはず」
「ん?」
真十郎は中から出迎えてくれた人物を見て驚いたのである。
「お前…」
「久しぶりです」
「と、東吾じゃないか?」
真十郎は叫んだ。目の前にいるのは無限一刀流の当主であり、以前、幾天流で修行をしていた南東吾だった。東吾は真十郎たちを中に導いたのである。
「まさか、こんな形で再会できるとは思ってもみませんでしたよ」
「ああ、ほんとに」
「ところで先程からお師匠様がお待ちですよ」
「お師匠様?」
ゆっくりと廊下の先にある戸が開いた。
「よう、遅かったな」
「やっぱり、出てこれたか…」
「ふん、お前もかなりやられたらしいな」
「ああ」
「まあ、お前が暴れてくれたおかげでこちらの目的も達成できたことだし、まあ、いいか」
「目的って一体何だったんだ?」
「聞かないはずじゃなかったのか?」
「それもそうだな」
「で、傷口を見せてみろ」
「ああ」
真十郎はいつの間にか来ていた師匠の前に座り込んだ。玄十郎は肘を触るなり、
「ほう、見事に砕かれておるわ」
「なかなかの技だった」
「だろうな、この技は金剛流体術の技のようだな」
「らしいな、そこにいる東城寺に聞いてくれ」
真十郎は東城寺を指差した。玄十郎がゆっくりと顔をあげる。
「おう、お主か…」
「またお会いしましたね」
「しかし、お主もまた無茶なことをしたものだな。何もそこまですることはなかったろうに」
「いえ、これは私の一存でやったまでのこと」
「一存?、それは違うだろう。なあ、政信」
仕切りの奥から政信がゆっくりと姿を現したのである。着ている羽織袴は赤い血で染まっていた。
「安心しろ、これは全部返り血だ」
「返り血って…」
東城寺がゆっくりと政信に近づいた。
「長老どもに不穏な動きがあったのであの後、つけてみたんだ。そうしたら、武器を納めている倉庫に入った」
「たしか…、あそこには…」
東城寺には思い当たることがあった。それを言う前に玄十郎が先に言った。
「あそこには裏道場があるんだ」
「えっ?、なぜ、それを…」
東城寺が驚いた表情になった。
「それは後で話す」
政信が制した。
「長老たちはまさしくその場所、裏道場に入って行ったのです。裏道場にはもう1つの目的のために作られたものがあった。それは金剛三十六派の全ての奥義が書かれた巻物が置かれているのです」
「そんなものがあそこに…」
東城寺は絶句した。
「あの裏道場が作られた目的は2つある。1つは裏剣士、つまり、当主を守るために鍛えられた剣士たちを集めるため、もう1つは奥義書を守るためにあった」
「では、長老たちは…」
「ああ、その奥義書を盗み出す計画があったようだ。盗み出した後、幾天流の仕業に見せかけようと企んでいたらしい」
「何ということを…。それではその返り血は?」
「長老たちのものだ」
「殺したのですか?」
「いいや、しかし、再起不能にしたが…」
政信は悔やんでいるようだった。そこに玄十郎が口を挟む。
「今回、幾天流を参加させたのは政兼ではない。長老衆の筆頭格・長居弘義なのだ」
「長居…、そういえば…」
政信が考え込んだ。
「いなかったであろう」
「はい」
「彼奴はこうなることを予想してある物だけを持ち出して逃げ去った」
「ある物?、巻物は無事でしたが…」
「金剛三十六派の奥義書のことではない。金剛家に代々伝わっている物だ」
「代々伝わっている…。ま、まさか…」
「そう、そのまさかだ」
政信の驚きの表情を見て東城寺が口を挟む。
「何なんですか?」
「金剛流には2つの奥義がある。それは当主のみが伝授することが許された奥義書なのだ。1つは通常、世に出回る表の奥義、もう1つは決して世に出ることを許されず、当主が危機に瀕したときに使うことが許される裏の奥義がある」
「そんなものが…」
東城寺が絶句する。
「それだけ金剛という流派は強大だということさ」
玄十郎が政信に助け船を出す。
「奪われたのは裏の奥義が書かれた巻物だ。長居は当主の目をごまかしながら長老衆を動かし、裏の奥義が書かれた巻物を盗み出すことに成功した。そして、金剛流という流派そのものも乗っ取ろうとしたが真十郎の予想外の行動と政信の決死の覚悟でそれを阻止されてしまった」
「彼奴は今、どこに…」
政信が玄十郎に問うた。
「おそらく…、母定(もてい)村だろう」
「母定村?」
「ああ、彼奴の故郷はどこだか知っているか?」
「い、いえ…。私が生まれた頃にはすでにいましたから…」
「奴は奥義書を盗み出すために金剛流に侵入していたただの小わっぱに過ぎぬ」
「………」
「奴の故郷は岐阜の山奥にある母定と呼ばれた集落だ」
「集落…」
「昔は母定村と呼ばれていたらしいが今は過疎化の進んだ一個の集落になっている。そこが長居の故郷なのだ」
「では、そこに行けば奴に会えると?」
「会えるだろう。ただし、数百の囲みを突破せねばなるまい」
「数百の囲み?」
「ああ、あの村そのものが道場なのだ」
「えっ?」
そこに東吾が口を挟む。
「母定村こそ、我が一刀流の分派に当たる母定一刀流の住処なのです」
「母定一刀流…」
「門弟はあの村には数百はいると言われています。その他にも全国に数万の隠れ剣士たちが潜んでおります」
「隠れ剣士?、隠れ切支丹みたいだな」
「それに似ています。が、彼らの目的は全国にあるありとあらゆる流派に忍び込み、その当主が持つと言われる奥義書を盗み出すというものです」
「何と大胆な…」
「大胆かもしれませんが彼らのやり方は確実です。それ故、先代の宗主は母定一刀流を除籍したのです」
「つまり、破門…ですか?」
「そのとおりです」
東吾の言葉を玄十郎が続ける。
「一刀流を破門された母定流はすでに本家をも凌ぐ勢いとなっていた。それに追い打ちをかけたのが金剛流なのだ」
「えっ?」
政信が驚いた。玄十郎は話しを続ける。
「以前、金剛流がある宣言をしたのを知っているか?」
「宣言?」
「ああ、おそらく、政信たちは生まれてまもない頃だろう。当主になったばかりの政兼は全国の数ある流派に対して全国制覇の宣言を行ったのじゃ」
「全国制覇?」
「つまり、全ての流派が金剛流に属する日が来るとな」
「な、なんと…」
「無論、この宣言に黙っていた者などいなかった。すぐに金剛流に対して攻撃を加えた。しかし、大半がその返り討ちになったのだ。それに対抗する連盟の中心的役割を果たしたのが母定流というわけだ」
「なるほど…」
「そして、徐々に勢力を弱めて来た金剛流に対して母定流は名古屋にあった向井一刀流という同派の道場を力づくで属させてしまった。その行為に反発した連盟の者たちが離反し、今に至っている。金剛流は東北の雄として再び、その名を広めつつある。逆に母定流のほうは影で動く忍びのような集団になってしまった。そうなって来るとどちらが強いということが歴然としてきたところに…」
「今回の事件が起きたわけですね」
「その通りだ」
「なるほど…、そんなことがあったのか…」
「もう15年も前の話しだ」
玄十郎は感慨深けになった。そこに真十郎が口を開いた。
「それでこの道場にいるってわけか」
「まあな」
「ところで1つ聞きたいんだけど、おっさん、なんであそこにいた?」
「ああ、そのことか…。あれはな、東吾に長居を連れて来て欲しいと頼まれたからだ」
「それで失敗したわけね」
「まあな」
玄十郎は苦笑しながら言った。
「しかし、裏道場の存在はどうして知っていたのですか?」
東城寺が口を開いた。
「そんなことは簡単な話しだ」
「えっ?」
「我もそこにいたのだからな」
「えええええええ!!!???」
その場にいた全員が驚いた。
「お、おい、今、何て言った?」
真十郎が言った。
「だから、そこにいたと言ったんだ」
「な、なんでそんなとこにいるんだよ」
「知らなかったのか?、奴が全国宣言するまでそこにいたんだ。裏道場にな」
「ほえええ、おっさん、まだ何かを隠しているだろ?」
「安心しろ、これ以上の事実はない」
「ほんとかよ」
真十郎は苦笑した。
「いずれ、ここにも金剛流の者がやって来るだろう」
「ああ、そうだな」
真十郎も同意した。一同も頷く。
「2、3日中には戻らなければならないな。お前たちのこれからも考えなくてはならないしな」
玄十郎の過去がわずかに見れたのにはぐらかされた気がしてならなかった。

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