四、最高師範代

 真十郎の試合が終わった後も舞台では決勝トーナメントが行われていた。双方、名の通った強者だけあって凄まじい勢いでぶつかっていくかと思いきや、至って冷静さを保てるほど剣気を発しながら戦いを続けていた。
 真十郎はというと寝ていた。2回戦は確実に村上と当たる。そのために鋭気を保っていなければならなかったためであった。しかし、その眠りもすぐに妨げられた。
「おいっ」
「………」
「おい、起きろ!」
「……うっせえなぁ」
真十郎が頭からかけていたタオルの隙間から声のするほうを見た。そこには3人の剣士がいた。
「何か用か?」
「ああ、お前、強いんだってな」
リーダー格の男が言った。
「さあな」
「俺たちと勝負してくれよ」
「やめておけ、ケガをするだけだ」
「そんなもの、やってみなければわからんじゃないか」
「お前ら、龍崎に勝ったことは?」
「ある」
強気な態度を示したとき、声が聞こえた。
「ほう、じゃあ、相手してくれよ、俺と」
3人組の後ろには龍崎が立っていた。真十郎はゆっくりと起きあがった。
「傷の方は大丈夫か?」
「ああ、これぐらいどうってことはない。ところで、お前ら、俺とやるつもりか?」
「い、いや…、覚えてやがれ」
3人組は一目散にどこかに消え去ってしまった。龍崎が真十郎の横に来た。
「今度は負けないからな」
「ああ、こちらもだ」
「実はな、あの試合の後、親父が俺のところに来たんだ」
「へえ」
「親父は三代続いている龍崎道場の当主なんだけど俺に跡目はやれないとさ」
「目が原因か?」
「それもある。でも、今日の試合が原因らしい」
「ふがいないと?」
「ああ、そう言っていた。弟に道場をやるらしい」
「いいじゃないか、お前はお前なんだから、自由に生きてみろよ」
「えっ?」
「金剛流で続けるのもいいし、お前個人で力をつけるのもいいと思うぞ」
「そうだな…、実はな…、破門になったんだ」
「えっ?、破門?」
「ああ、さっき師匠から言われたよ」
「師匠って誰なんだ?」
「菊地原進八段だ。ここの師範代でもある」
「見る目がないな、その菊地原っていう人は…」
「でも、師匠の言葉は絶対だからな」
「だったら、うちに来なよ。心眼を会得すりゃあ敵なしだと思うぞ」
「心眼…」
「なあ、いいだろ?、おっさん」
真十郎はいつの間にか龍崎の横に来ていたコートを着てサングラスをしているいる男に呼びかけた。
「おっさんって言うなぁ!!!、お兄さんと呼べ」
「なに、ふざけたことを言ってるんだよ。もう50超えているんだろ?、おっさんでいいじゃねえか」
「まだ49だ!!!」
「一緒じゃねえか、49も50も。ところで暑くないか?、そんな格好して…」
「暑いに決まってるだろう、お前のことが心配になってな」
「嘘つけ、どうせ女の尻でも見に来た癖に」
「いつもならそうだが今日は違う」
「いつもって…、やはりそうだったか…」
「うむ」
真顔で言ったため、龍崎と真十郎は爆笑した。それに気づいたのか1人の剣士がやってきた。
「龍崎、何をしている?、お前はもう部外者なんだぞ。とっとと荷物をまとめて出て行け」
来るなり言い放った。
「誰だい?、あんた」
真十郎が口を開いた。
「そいつの元師匠の菊地原と申す者、龍崎、客人に失礼だろ?、早く行け」
「その必要はない」
コートを着た男が言う。
「今から龍崎護は幾天神段流の門下になった。もはや、金剛流とも龍崎流とも縁もゆかりもない者だ」
「なっ!?、貴様ぁ、何者だ!?」
そこに1人の高貴な剣士がやって来た。
「何をしている?」
菊地原が振り向いた直後に緊張した面もちになった。そこにいたのはまだ27、8ぐらいの長身細身で長髪の男だった。
「こ、これは最高師範代」
「菊地原、何を騒いでいる?、ん?」
最高師範代と呼ばれた男はコートを着た男を見た。そして、頭を下げた。
「門弟が無礼を働いたこと、申し訳ございません」
「久しぶりだな、東城寺」
「まったくです、まさか来られるとは思ってもいませんでした。金子玄十郎殿」
菊地原は驚きの顔を隠せずにいられなかった。その顔に東城寺が言い放つ。
「たわけ者が、凡人と間違えるとは情けない奴め、即刻、破門致す。とっとと立ち去れぃ!」
そう言われた菊地原は無言のまま、腰を落としていた。東城寺は龍崎を見た。
「龍崎、今なら破門を取り消しても構わないが」
「いいえ、一度でも破門と言われた者はここにいる資格はありません」
「そうか…。ならば親父殿との仲介に入ってもよいが…」
東城寺は龍崎の力量を買っていた。しかし、龍崎は首を横に振った。
「もうすでに勘当された身です。それにこのまま帰ったとしても弟にも勝てないでしょう。帰るなら、父を越す力を得てからにしようと思います」
「ふむ…、お前がそこまで言うのなら仕方がない」
「すみません」
龍崎は見ることのできない東城寺に深々と頭を下げた。
「真十郎殿」
東城寺は真十郎に声をかけた。
「まもなく、二回戦が始まります。あなたの相手は…」
「村上でしょう?」
「いや、村上は棄権しました」
「えっ?」
「それ故、不戦勝となりました」
「奴め…、逃げたか…」
「そうではない、宗主の命なのです」
「宗主?」
「はい、政兼様のことです。理由は話せませんが…」
「そうか…、また次の機会に相まみえるとしよう」
「器量が大きいですな」
東城寺は感心していた。
「で、準決勝の相手は?」
「菊地原が棄権しましたので師範代の金剛政光が相手を致します」
「金剛…、当主の弟か!?」
「その通りです。ほら、あそこにいますよ」
東城寺は政信がいる主賓席を見た。すると、政信の横に1人の剣士がいた。
「あれが…」
中背で髪は短く、眼鏡をかけている剣士がいた。
「あの者が政光です」
「呼び捨てなんだな」
「ええ、同じ師範代でも段位は私のほうが上です。道場の外では別ですが中では上下関係が厳しいんです」
「そうらしいな、ま、どちらにしろ、気ままに戦うまでさ」
そう言うと真十郎はゆっくりとした足取りで舞台がある方向に歩いていったのである…。

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