三、いざ参る

 真十郎の周りでいろんな声が囁かれている。
「あれが幾天流の小僧らしいぞ」
「まだまだガキじゃねえか」
「あんな小僧に何ができるのかねぇ」
「幾天流も落ちたもんだ」
などの声が聞こえてくる。しかし、当の本人はそれに気にすることもなく、ゆっくりと座り込んで他者の試合を見守っている。
 この金剛杯は半年に一度行われるが優勝者はここ4回連続変わっていない。村上勝也という師範代である。努力家とも言われているが元は槍術の当主・政利の門下である。政利が政信の監視役として遣わしたと噂が立っている。その村上が真十郎の最初の相手である。
 試合前、舞台では半年前に決勝で村上に負けて肋骨を三本も折った永山真一が同じ金剛流の門弟を一刀両断に仕留めたところだった。永山に負けた相手もそんなに弱い者ではないらしいが力の差は歴然としていた。相手が完全に沈黙したのを確認することなく、永山は村上に言い放った。
「今度こそ、お前を潰す!」
と豪語した。村上は冷ややかな表情を見せながら、
「やめておけ、半年前の戦いで何を学んだ?」
「何だと!?」
「お前のやっているのはただの試合だ。だが俺のやっているのは命をかけた”死合”だということだ。目先のことだけしか見えぬお前では所詮、俺には勝てぬ」
「おのれぇ〜、言わせておけば…」
永山が木刀を捨て、持参していた真剣を抜いた。村上が真顔になりながら、
「どうしてもというのならここでやってやろう。だが、今回の大会には最高師範代が来ておられる。万が一、この大会の真意を汚すことがあればお前の行為だけでは済まされぬ」
「ちっ、どいつもこいつもなんだかんだ言いやがって」
永山は舌打ちをしながら、村上の後ろで座っていた真十郎の姿が目に入った。
「おい、そこの小僧」
真十郎に呼びかけた。周りも真十郎に視線を移すが真十郎自身は無視していた。
「おい、聞いているのか?、お前だ、小僧」
再度呼ぶ。村上が苦笑しながら真十郎に言った。
「金子真十郎殿でしたか?、呼んでいますよ」
そこで初めて口を開いた。
「さあな、名も名乗らぬ礼儀のない者に答える義務はない」
そう伝えると村上は苦笑した。
「たしかに…」
2人で会話しているから永山は置いてけぼりを食らっている。
「おい、2人で何を言ってやがる!?」
待ちきれずに叫んだ。
「もし、この者に勝てれば相手をしてやろう」
「わっはははは、この俺も甘く見られたものだな。村上、それでいいんだな?」
「ああ、構わんよ」
2人で勝手に決めてしまった。苦笑しながら真十郎は村上のほうを見ていた。
「おいおい、勝手に決められてるし…」
「まあ、よろしいではありませんか?。楽しみは後に取っておいたほうがいいと言いますし」
「まあ、いいけどね」
真十郎も承諾した。
 その結果、急遽、対戦表が変わった。真十郎が永山の2回戦の相手となり、別の不戦勝に決まっていた剣士と村上がやることになった。
 そして、すぐに村上の試合が始まった。結果は皆の予想通りだった。村上の圧勝である。ともに抜刀の構えから始まったのだが村上の抜き手が見えなかった。一瞬のうちに横腹に一撃を与えて相手はそのまま病院送りになってしまったのである。村上の試合が1回戦最後の試合で次はもう2回戦が始まる。
 2回戦のトップは真十郎と永山の試合だった。審判が口を開く。
「両者、舞台へ」
真十郎はゆっくりと立ち上がり、木刀を手に舞台へあがった。永山も向こうから上がってくる。近くに来ると右目に大きな傷があるのが見えた。
「小僧、この傷が気になるか?」
「別に…」
「お前にもこの傷をつけてやろうか?」
永山は笑いながら言った。
「そいつは無理だな。ごちゃごちゃ言ってないでさっさと来い」
「ガキが…なめたことを言いやがって…」
すっかり頭に血がのぼったようだ。村上は冷ややかに永山の様子を見ていた。
「ふん、ガキに遊ばれておるわ」
そう呟いた。審判が開始の合図をする。
「始め!」
しかし、試合の合図とともに永山の表情は冷静さを取り戻していた。上段構えになる。真十郎は抜刀の構えに入った。低い姿勢で左足を後方に下げ、胴狙いの態勢である。
「いよいよ、見れるか…。幾天神段流の真髄が」
各試合を見物していた政信が真十郎の試合を見るべく永山の横に来ていた。
「お前はどう見る?」
「おそらく、金子が勝つでしょうね」
「そうだろうな。永山など所詮、雑魚に過ぎぬ」
政信がそう言い放った。すでに剣士の枠を超えて剣豪となっている。
 周りの会話など真十郎の耳には入っていなかった。談話は談話、試合は試合である。先に動いたのは真十郎だった。真っ直ぐ正面に向かって突っ込んできた。
「笑止!」
そう叫んで一気に頭の上から振り下ろした。その瞬間、真十郎の姿が消えた。姿を見失った永山は、
「ど、どこだ!?」
と、きょろきょろしている。そして、声が響いた。
「上だ」
その瞬間、永山の肩に目がけて全ての力を受けた木刀が撃ち下ろされたのだ。その直後、ボキッという凄まじい音を立てた。
「ぐわっ!!!」
永山は肩を抱えて崩れた。意識はある。
「どうだ?、岩をも砕く一撃は?」
「ぐぅ…」
真十郎が近づいていく。審判が止める気配はない。
「覚悟はいいかな?。あそこにいる男に言わせるなら俺も試合をやっているつもりはない。これは”死合”だ」
「なっ!?」
真十郎はゆっくりと刀を上段に持っていった。そのとき、村上が政信に言った。
「彼はとどめを差す気です。止めたほうがよろしいのでは?」
「うむ…。後々のこともあるからな」
そう呟いて、審判のほうを向いた。
「審判!、何をしてる!?、早く止めないか!?」
その言葉に気づいた審判はすぐに真十郎を止めに入った。
「そこまでだ、勝負あり」
審判に止められて真十郎が後方に下がろうとしたとき永山が左手に刀を持って真十郎の背後を襲った。
「なめるなぁ!!!」
けれども、真十郎の木刀が胴に一閃を浴びせて倒れた。それを確認してからゆっくりと舞台から下りた。そして、政信に一言言った。
「俺はここに自分の武芸を試しに来たんじゃない。この金剛流を潰しに来たんだ」
そう言って横を通り抜けていった。
「ふっはははははは」
政信は滅多に見せない笑い声をあげた。周りの者に緊張が走った。政信が笑うということは相手を完全に破壊し尽くしてしまうということと等しかった。
 そして、ゆっくりと舞台から離れて行ったのである…。

 その後、試合は淡々と行われ、6つある各ブロックから2人ずつ進出した。それぞれ金剛杯では名前が知られている者たちばかりであった。真十郎もその中にあった。この金剛杯に勝った者だけが金剛流剣術の当主である金剛政信と戦うことができるのである。
 すぐに組み合わせが始まり、真十郎の最初の相手が決まった。まだ剣術をやり始めて1年も満たない新鋭・龍崎護だった。
 そして、午後より決勝トーナメントが開始された。一番最初は優勝候補とされている村上が舞台に上がった。相手は同じ師範代の帯刀だった。ともに抜刀の態勢かと思いきや、村上はゆっくりと下段の構えになった。帯刀は抜刀の態勢である。いつもと違う村上の態勢に周りからざわめきが起こった。
「始め!」
審判の合図とともに両者が動く。さきほどの真十郎のように帯刀が抜刀の態勢から飛び込む。ただ、間合いに入りかけた瞬間、抜刀した。村上の両腕を狙ったのである。まだ村上は動いていない。勝負ありかと見えたとき、帯刀の顎がぱっくりと口を開けた。そのまま顎を砕かれて倒れたのである。
「お、おい、何があったんだ?」
周りの者には村上が刀を動かしたようには見えなかった。政信は冷ややかに笑いながら隣にいた男に言った。
「顔断(がんだん)だな」
顔断とは下段の構えから相手の顎から一刀両断するという技である。
「ええ、手加減はしていますがね」
「そうでなければ帯刀は死んでいたよ」
「さすがは4回連続優勝者ってところですな」
「勝てるか?」
「無論」
「お前が負ける姿は1度しか見たことはないからな」
「皆が弱いんです」
「ふん、言ってくれる。ところであいつの腕はどう見る?」
「幾天流の小僧ですか?」
「そうだ」
「さあ、何とも言えませんがあの金子玄十郎が満を持して来させた者ですから侮ってかかれば足元を救われます」
「たしかにな」
そう言いながら、政信は舞台に視線を写した。村上がゆっくりと舞台から下りた。それと入れ違いに龍崎が舞台の上にあがった。向こうからは真十郎があがったのである。あがった瞬間、龍崎が動いた。まっすぐ抜刀の態勢から真十郎目がけて突っ込んで来た。真十郎は左に回り込んで背中に一撃を与えた。そのまま龍崎は舞台の外に落ちた。
「おいおい、何を考えていやがる?」
ゆっくりと龍崎を見下ろしながら言った。龍崎は舞台の下からも足に目がけて攻撃した。真十郎は後ろに下がった。龍崎はゆっくりとあがってくる。顔をみる限りは格好良いが生気がまるでないように感じられた。闘気だけで闘っているように見えた。
「ならばその闘気に似合う技を披露してやろう」
真十郎は一定の間合いを開けると抜刀の態勢に入った。龍崎は刀を両手で構え、前に出している。
「いざ参る!」
真十郎は抜刀した。刀の切っ先が届く距離ではなかった。周りでは笑う声もわずかに聞こえた。しかし、それは間違いだということを思い知らされることになる。
 突然、龍崎の木刀が何か鋭利な物で切断されたかのように真っ二つに割れた。その瞬間、両腕から血が噴き出した。
「幾天神段流抜刀術、真空(しんくう)
空気を斬ったのである。それでも龍崎は闘気を消さずに突っ込んできた。
「こいつ、まさか…」
真十郎はあることに思いついた。木刀の柄のほうを向けて、龍崎と直撃する一瞬早く右に体をそらして木刀の柄をみぞおちに入れた。
「点撃(てんげき)
そう呟くと同時に龍崎の体はゆっくりと前倒れになった。床に倒れる寸前に真十郎が支えたのである。
「目が見えない相手だとは…」
真十郎は気絶している龍崎を見ながら言った。そして、龍崎を村上に渡した。
「龍崎の暴走を止めるとは見事な動きだった」
「暴走?、いや、暴走ではあるまい。この者にはこういう戦い方しかござらん。目が見えぬなら心を読め、それがここの極意だろうが口で言うほどそんな簡単にできるもんじゃない。おそらく、自分の戦い方に苦しんだんだと思いますが?」
「それは未熟者の戯言です」
「未熟であればこそ、己の本心を他者に見抜いてもらえなかった孤独がこの者にはあると思います。誰にも相手にしてもらえないということこそが闘気を生んだと思います」
「………」
村上は沈黙した。政信は何も言わなかった。真十郎はそれだけ言うと次の試合を見物するため、武道館の端に腰を下ろしたのである…。

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