二、金剛杯

 金剛流、幾天流の伝統と比べれば流派の完成は江戸中期と遅いが抱えている門下は10000人を超えるという大規模な流派なのである。年齢層も比較的若く、20〜30歳前後である。当主は金剛流宗家・金剛政兼といい、初めて本格的な(剣道ではない)剣術大会を開いたのである。また、金剛流は通称「金剛三十六派」と呼ばれ、剣術の他にも槍術、弓術、棒術、体術、柔術などもあった。
「げっ、忍術まであるのか…」
真十郎は青森のある都市にある金剛流宗家の屋敷まで来ていた。左右を見ても塀がどこまで続いているか計り知れなかった。城門みたいな門の横に紹介文を載せた看板が掲げられていた。金剛杯もここで開かれることになっている。
「まさか、相手が忍術なんて使ったら苦戦必死だな」
真十郎は笑いながら呟いた。そのとき、後ろから声をかけられた。
「おい、お前、ここで何をしてる?」
振り向くと3人の若者がいた。
「いやぁ…、金剛流ってすごいなぁって思って」
「そりゃあ、そうだろ。ここは日本有数の本格流派だからな。お前もうちの門を叩きに来たのか?」
「いや、俺はもう流派を持っているからその必要はない」
「道場破りならやめておけ、悪いことは言わん」
「道場破りなんてする気はないよ。ここの大会に出に来ただけだしね」
「大会?、金剛杯のことか?」
「ああ」
真十郎は若者を見据えた。また、後ろから人がやってきた。今度は屋敷の中からである。
「政利、何をしている?」
そう声をかけた。政利と呼ばれた若者は真十郎の後ろを視線を移した。
「兄貴、こいつが金剛杯に出るらしいんだ」
「なに?」
真十郎はもう一度振り返った。真十郎と同じ年頃の少年が立っていた。
「君は?」
少年が聞く。
「幾天神段流第十二代金子玄十郎門下、金子真十郎です」
真十郎がそう答えると政利らの表情が変わった。少年の方はいたって普通に返事をした。
「ほう、君があの…」
そう呟くと真十郎の後ろにいた政利が伸縮自在の槍を取り出した。
「名高い幾天流の者と相まみえるとは…、金子真十郎とか言ったな。我と一戦せよ」
と叫んだ。しかし、真十郎は身構えるとごろか相手にもしない。
「ふざけおって…」
政利は槍を構えた。そのとき、凄まじい声が少年の口から漏れた。
「政利!!!、やめぬか!!!。この者は父上の客人であると同時に私の客人でもある!!!。それ以上、無礼を働くというなら容赦はせぬ!!!。早々に退けぃ!!!」
大声で怒鳴ったのである。政利は槍の刃を下ろした。真十郎の横を通り抜けるとき、
「命拾いしたな」
と呟いて屋敷の中に入って行った。少年は政利の非礼を詫びた。
「本当に申し訳ないことをしました。あやつも悪い人間ではないのですが…」
真十郎はそれに気にすることなく、
「宗家自らの出迎え感謝致します」
と頭を下げた。少年はきょとんとして、
「なぜ、私が宗家とわかりました?」
「勘です」
「あっはははははは、なるほどね」
少年は笑った。
「挨拶ついでに少し歩きませんか?」
「構いませんよ」
2人はゆっくりと屋敷の中に足を踏み入れた。

 門より続く石畳はまっすぐ続いている。その石畳より伸びる枝道はいくつもあり、
「ここが弓術の道場です」
と少年が紹介してくれた。真十郎はそれに構うことなく、
「先に名を教えてもらえませんか?」
「はっははは、そうでした。すっかり忘れていました。私の名は金剛政信、この金剛流剣術の当主です」
「剣術?、宗家ではなく?」
「宗家を継いでいるのは父上です。父の名は政兼と言います」
「さきほどの政利と名乗ったのは?」
「あれは私の兄なのですがここでは兄弟の理よりも流派の門兄弟のほうが重要視されます」
「ああ、だから彼が兄貴と呼んだわけか」
「その通りです。血筋で言えば、政利が長兄、私が次兄になり、下に政光がいます」
「へえ」
「私が剣術に入り込んだのが一番早く、政利、政光の順番になります。それでも実力には差がないんですよ。政利は槍術の当主なのですから」
「ほう、それで槍を持ち歩いていたわけですな」
「ええ、道場内の話ならまだいいのですが外でも暴れますから持ち歩くなと言ってあるんですけど…」
実の兄が門弟なのだからやりにくいのだろう。
「一つ聞いても構わないかな?」
真十郎が口を開いた。
「何でしょう?」
「ここには忍術があるって聞きましたが…」
「ええ、ありますよ」
「金剛杯に出るのは剣術だけかな?」
「いえ、槍術と棒術から何人か出場します。無論、政利もね。でも、忍術の者は1人も出ませんよ」
「そうですか…。それを聞いて安心したよ」
「どうしてです?」
「うーーーん…、分身の術とか火遁の術とか使われたら結構不利になるから」
真十郎は笑いながら言った。
「はっはははは、それは大丈夫ですよ。しっかりと不公平のないように決めていますから」
「なるほど…」
「そんなに心配なさらなくても大丈夫ですよ。あっ、そろそろ見えてきましたね」
石畳の伸びきったところにど〜ん屋敷が現れた。
「わおっ、すごい…」
平屋建てにも関わらずすごい広さを誇る和風建築であった。部屋数は軽く30を超えるという。
「さあ、どうぞ」
そう言ったとき、中から大柄の長身の男が何人かの門弟を連れて出てきた。
「あっ、宗家、客人をお連れしました」
口許には髭を生やしていた。これが3兄弟の父であり、金剛流宗家・金剛政兼なのであろう。目を細めながら、
「ほう、君が玄十郎の門弟か」
「はい、真十郎と申します」
「まあ、ゆっくりとしていってくれ。金剛杯は明日から開かれる。トーナメント制だが強弱の不公平もない。思う存分楽しんでいってくれ」
そう言うと政信に視線を移し、
「しばし出かける。留守は弟に任せておけばいい」
「わかりました」
そして、また真十郎に視線を戻して、
「まあ、ケガのないようにな」
その言葉に対して真十郎は、
「ケガなんてないですよ」
と静かな口調で言った。そのときの真十郎の目は政兼の目を見ていた。政兼は挑戦状として受け取った。
「相解った」
そう言ってぞろぞろと真十郎と政信の横脇を通り抜けて言った。
「さあ、中に入りませんか?」
政信が言うと真十郎はそれに応じた。

 翌朝、屋敷内にある武道館で金剛杯が開かれた。真十郎を除く全ての剣士は金剛流の者である。挨拶には政信が出ていた。
「今日は100人にも及ぶ剣士たちがここに集まってくれた。今回は今までと違って他流派からの出場もあり、金剛流の名を広めるきっかけになればいいと思います。前回の大会より練習を積んできた成果をここで見せて欲しい。以上」
挨拶が終わると早速、各所で選手が散らばった。政信は真十郎に近づいてきて、
「ルールはいたって簡単です。武器は木刀、長棒、杖などです。真剣は禁止です」
「防具もなしと見てもよろしいんで?」
「無論」
そう言って政信と別れた。真十郎の行くところどころでは強い視線や警戒を浴びせる者たちが多く見受けられたが真十郎はそんなこと気にせずに歩いて行った。
「さてと」
真十郎は張り出されたトーナメント表を見て自分の名前を探した。すると、そこに書かれていたものは予想していた通りであった。
「あの親父め…。なかなか味な真似をしよる…」
親父とは政兼のことである。真十郎の名がある組は強弱がはっきりと分かれた組み合わせとなっていたのである。

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