制作者(webmaster)
野嵜健秀(Takehide Nozaki)
公開
2001-10-19
改訂
2004-06-26

人名用漢字別表(昭和26年5月25日 内閣告示1号)

戸籍法

出生屆に記載出來る漢字は、戸籍法第50條で常用平易な文字に制限されてゐる。この條文は、戸籍法の改訂時に、国語審議会關係者の強い希望によつて設けられたものである。

第50條 子の名には、常用平易な文字を用いなければならない。

2.常用平易な文字の範囲は、命令でこれを定める。

第60條(常用平易な文字の範囲) 戸籍法第50條第2項の常用平易な文字は、左に掲げるものとする。

  1. 昭和21年11月内閣告示第32号当用漢字表に掲げる漢字
  2. 片かな又は平仮名

この條文の解釋はややこしい。

「人名用漢字別表」制定の經緯

「当用漢字表」による制限

出生屆の子の名に使用出來る文字は當初「当用漢字表」に制限された。

戸籍法とその施行規則は、昭和22年12月22日に公布、昭和23年1月1日に施行された。これに關して、宮沢俊義氏が以下のやうに述べてゐる。

こどもの名の文字が戸籍法で当用漢字表の範囲内に制限されたが、こういう重大な事件が国会でなんの議論もなしに通ってしまった。

當然の事ながら、人名に對する漢字制限への不満は社會的に高まつた。

訴訟事件

或父親が、昭和23年9月に生れた長女に「瑛美」、昭和24年に生れた次女に「玖美」と名附けたところ、出生屆を受理されなかつた。

この父親は、横浜家庭裁判所に申立を行ひ、それが却下されたので東京高等裁判所に申し立てた。これが「出生屆不受理に對する異議申し立て審判事件」である。子の名に使用する文字を制限した戸籍法第50條が表現の自由を保證した憲法第21條に違反する、と云ふのがその申し立て理由であつた。瑛美、玖美の二人は無名無籍のまま成長したが、配給も受けられず、教育も受けられない事になるところであつた。

昭和26年4月9日、東京高裁はこの申し立てを却下した。東京高裁は、戸籍法第50條の制限が直ちに憲法に反するものではない、と判斷した。

かうした「事件」をはじめとして、思ふ通りの命名が出來ない事に不滿を覺える親が、世間に激増した。日本人は、漢字制限を強制されても氣にしなかつた爲に、その迷惑なる事に氣附かなかつたが、子供の命名に影響があらはれて、はじめて漢字制限の制限たる事實に氣附いたのである。しかし、現實問題として不都合が出て初めて問題になつた漢字制限を、本質的に批判する動きは殆どなかつた。

戸籍法改正案

訴訟事件が衆議院法務委員會で採上げられ、人名を法律で制限する事に關する議論が行はれた。そして、「制限」ではなく「注意する」と云ふ事にする、と云ふ案が出て、戸籍法改正案が提出され、衆議院を通過した。

国語審議会は、「国語改革が國民の名に惡影響を與へてゐる」と云ふ輿論の高まりに、脅威を覺えてゐた。そして、戸籍法改正案が出て、漢字制限の有名無實化する「危機」が生じた。

國語改革を推進して來た審議會の主要メンバは、ここまですすめてきた国語改革を人名を突破口にされて挫折させられては困ると云ふ事で、慌てて法改正の阻止に動いた。

そこで、施行規則の變更だけに留めようと云ふ目的で、審議會は3月、4月に總會を開いて議論を行つた。最終的に5月14日の總會で建議案と聲明書とをまとめ、政府に建議を行つた。これが採擇されて、5月25日に内閣告示に據つて「人名用漢字別表」が公布され、同時に内閣訓令が發せられた。

なほ、この間、国語審議会には固有名詞部会が設けられ、部会長は宮沢俊義氏が努めた。宮沢氏は、三箇月で人名漢字の問題を「決着」させ、土岐善麿審議會會長とともに法務委員會へ出向いて政治的な折衝を行つた。倉島長正氏は、名づけ文字の法制化の過程を遺憾としていたその人が、官僚や政治家を動かして衆議院を通過した改正案をくつがえしたわけですから、いささか皮肉な感じがいたします。と述べてゐる。

内容

「当用漢字表」は、一般に使用される漢字の字種を制限するものだが、固有名詞は考慮の對象外であつた、と国語審議会は説明した。

人名に使へる漢字をどのやうにして増やすかは、3通りの方法が檢討された。

  1. 当用漢字表の中に人名用の漢字を取り入れる。
  2. 当用漢字表に加へる人名用の漢字を別表とする。
  3. 当用漢字表とは別に人名用の漢字表を作る。

そのうち、2.が採用され、以下の資料を用ゐて人名漢字用の別表が纏められる事になつた。

  1. 國語協會が一萬名を調査した「標準名づけ讀本」
  2. 文部省の國語課が電話帳(都内二萬五千名)を調査した漢字表
  3. 朝日新聞社による人名の調査資料
  4. 全國聯合戸籍事務協議會の資料

これらの中から、「当用漢字表」に採用されてゐないが、良く使はれてゐる漢字が選び出された。但し、一部の漢字の字體が、「当用漢字字体表」に準ずる字體に改められてゐる。

「漢字制限」事實上の挫折

僅か3年で、「当用漢字表」による漢字制限は挫折した。しかし、国語改革推進派にしてみれば、この漢字表は「当用」のものなのだから修正されて當然、と云ふ言ひ訣が通用する積りであつたのではないか。その「修正」の方向が、彼等の意圖してゐた方向とは逆であつたのだが、彼らは氣にしなかつた筈である。漢字制限と云ふ国語改革の「理想」は必ず結果に表れると、彼らは信じてゐたから、それに反する事實を彼らは認めなかつた。

漢字の使はれなくなる將來の事を考へれば、難しい漢字による命名をしない方が子供の幸福の爲である、と彼らは考へた。「人名用漢字別表」の建議に當つて附した聲明書(昭和25年5月14日)にも、彼らはさう書いてゐる。また、以下の「建議」の前文にも、彼らが漢字制限を緩和する事にすら、氣が進まない樣子である事が表はれてゐる。

国語審議会は、漢字に関する根本政策にもとづき、人名に用いる漢字について、次のことを建議する。

子の名にはできるだけ常用平易な文字を用いることが理想である。その意味から子の名に用いる漢字は当用漢字によることが望ましい。しかしながら、子の名の文字には社会慣習や特殊事情もあるので、現在のところなお、当用漢字表以外に若干の漢字を用いるのはやむを得ない、と考える。

国語審議会では、この見地から、従来人名に使われることの多かった漢字を資料として審議し、慎重に検討を加えた結果、別紙に掲げる程度の漢字は当用漢字以外に人名に用いてもさしつかえないと認めた。

この問題は国語政策に及ぼす影響がすこぶる大きいので、その点じゅうぶんに考慮し、善処されることを要望する。

「戸籍法施行規則」は昭和25年5月25日に改正され、常用平易な文字の範囲「人名用漢字別表」に掲げる漢字が追加された。しかし、人名の漢字を制限して誰でも讀めるやうにする事は、本人の爲社會の爲である、と云ふ考へ方は、「人名用漢字別表について」(内閣訓令)に明記された。

人名に用いる文字は、国民の生活能率をあげるためにも、また、個人の幸福のためにも、できるだけ常用平易な文字を用いることが必要である。しかしながら、人名に用いる漢字については、社会慣習や特殊事情もあるので、政府は、今回国語審議会の「人名漢字に関する建議」を採択し、当用漢字表(昭和21年内閣訓示第32号)に掲げる漢字のほかに、人名に用いてさしつかえないと認められる漢字を、「人名用漢字別表」として、本日内閣告示第1号で告示した。

今後、この趣旨が国民一般に徹底するよう努めることを希望する。

親が子に命名する際には、平易な文字であるかどうかよりも、良い名前であるかどうかが判斷基準となるものである。しかし、国語改革の當事者に、さう云ふ常識は無かつたらしい。社会慣習や特殊事情は、彼らにとつて、国語改革を推進する際の「障礙」にしか見えなかつたやうである。

當時、殘された問題點

この「人名用漢字別表」の告示以後にも、幾つかの問題が殘つた。

その後

人名で使へる漢字は、その後、數度に亙つて追加されてゐる。

国語審議会は昭和51年に28字を追加。昭和54年以降、「人名用漢字」は、法務省が當座、管轄する事となつたが、昭和56年に46字が追加、平成2年に118字が追加された。その後も、數度に亙り、裁判の判例等で文字が追加されてゐる。

一方、昭和56年の「常用漢字表」では、表本體で漢字が追加されてゐる。人名に使へる漢字は「当用漢字」當初に比べて大幅に増加はしてゐる。(一部、字體の入換へあり)

近年、戸籍法で許される文字ならば何でも使つて良いかと云ふ問題が生じてゐる。(「悪魔」なる命名を屆け出た親に對し、法務省側が受理を拒否した事件)

參考
人名用漢字追加表(昭和51年7月30日 内閣告示第1号)
法務省:人名用漢字の範囲の見直し(拡大)に関する意見募集2004年6月11日〜7月9日)について
予防法務ジャーナル「そよ風」▲子の命名と法的制限▼