制作者(webmaster)
野嵜健秀(Takehide Nozaki)
公開
2000-11-27
改訂
2001-05-18

時枝誠記と國語國字問題

敗戰直後に作られた國語審議會は、少數の表音主義者を中心に形成された、實際の國民の意見を全く反映してゐない、非民主的な組織であつた。かかる組織が日本の國語の將來を決定しようとしてゐた時、時枝は、當用漢字主査委員、假名遣主査委員として運營に參加した。

「国語の簡略化」をテーゼとするローマ字論者・カナモジ論者が「多數派」を占める中、時枝は當時、政治的な理由で「少數派」に追込まれてゐた保守派の立場から、當用漢字、「現代かなづかい」制定に反對した。

時枝は或意味、國民の聲の代辯者であつた。戰前、ローマ字論者・カナモジ論者の主張した「國語改良論」は、ずつと輿論に反對されてゐた(國家權力によつて彈壓されてゐた譯ではない)。逆に、「国語改良論者」らは、戰後のG.H.Q.の權力を利用して、國語改革を行はうとしてゐた。時枝は、さう云ふ危險な權威主義に抵抗して、國語の保存を主張した。

一方的で支配的な主流派の「国語改良論者」らに、反省を呼び掛ける立場に時枝が立ち、「行き過ぎ」を批判し續けた事は評價されて良い。或は、表記に絶對の正義があり得ないのならば、一方的に假名遣の表音化を主張した勢力に對して、時枝が反對した事は、テーゼに對するアンチテーゼの呈示と云ふ意味で、意義があつた。

殘念ながら、權力者の立場に立つた「国語改良論者」らは、反對意見を押潰す形で強引に「現代かなづかい」「当用漢字」の策定を決定してしまつた。國家權力による一方的な國語改革が實施されたのは、日本の歴史の汚點と言つて良い。その中で、時枝博士が國家權力を利用した權威主義者らに果敢に立向かつた事實は、わづかな「慰め」である。

時枝は、「現代かなづかい」制定以後も、國語審議會で反改革の立場を變へなかつた。

なほ、『國語問題と國語教育』(中教出版社)で時枝は、字音假名遣の厄介な部分を取除いた獨自の歴史的假名遣改定案を提示してゐる。

時枝は、頑迷固陋な保守反動であつた譯ではない。ただ、行き過ぎた改革、刹那的な改革に反對し、穩健な改革を主張してゐただけだつた。學問的な立場から歴史的假名遣と漢字の體系を考察し、落着いて國字改革を行ふべきだと、時枝は主張しただけである。

「現代かなづかい」「当用漢字」を策定した戰後の國語國字改革は、「とにかく變へろ」と云ふ極めて亂暴な改革であつた。さう云ふ異常な改革を既成事實として、かつては革新派が、今では「保守主義者」さへもが、略字略かなを「保守」しようとしてゐる始末である。

併し、さう云ふ「保守主義」の態度が、甚だ非論理的である事は、反省すべき事だと思ふ。

リンク

内部