四国のみちと遍路
                                                              
2015年5月28日
【C法華津湾展望回廊(歯長峠〜高森山休憩地〜法華津峠休憩地〜野福峠〜七本松バス停跡)】

          
 法華津峠の下には、JRと国道のトンネルが抜けている。

          
 歯長隧道の南口は、四国の道の交差点でもある。その内の二つのルート
(愛媛Bと愛媛D)を5月1日に繋いで歩いたのだった。そして残りの一ルートを歩くのが今日なのだ。

   
 10時7分、歯長隧道北口に着いた。先日は峠越えだったので、隧道は利用していない。・・・と、相棒が道端に咲くサイハイランを見付けた。休憩所の先、林道を挟んでベンチと四国のみちの標石があり、遍路道がある。今日は遍路路は辿らない。隧道を通り抜けて、先日辿った遍路道まで偵察に行き、四国のみちの案内板を見てトンネル北口にある林道へと戻ろうとすると、草むらからガサガサと一羽、鳥が道路に出て来た。“一羽なので、ニワトリじゃないよね”とか、“山の中なので、ニワトリじゃないかもね”とか言ってる場合なのか?山中で出合ったのは初めての事だった。

 
 林道の最初のカーブに車をデポし、10時35分、出発だ。近々に除草作業が行われたようだが、刈り払われた草は道脇に散らばったままだった。

 
 10時58分、林道完成記念の碑の場所から道は傾斜を強めた。少し行くと、稜線へと『高森山へ』との表示があるが、我々は尚も林道を進む。林道はコンクリートの舗装が施されたところと、土道のところが現れる。

 
 暫らくで道の両側にワラビが出て来た。相棒が「帰りに採ることにしようか?」と言っていたが、その内に我慢できなかったようで、ワラビ採取をしながらの歩きとなってしまった。もちろん、この時期もう既に採られた跡もある。11時28分、ここまでは脇目を振らず(?)・・と歩いていたが何回目かの“高森山”への標識があり、ここで林道から山道に入る。道はまずまず明瞭だった。

 
 11時35分、高森山休憩地と法華津峠休憩地へと、道が二手に分かれるが、すぐ先の休憩所の上にもベンチがあり、こちらに高森山の三角標石があった。ここが634m、三角点のある四国百名山の高森山の山頂だった。“むさし”と云えば、先年開通した“スカイツリー”の高さと一緒だ。しかしここからは富士山は見えない。しかし帰宅後、1/25,000を眺めると635mになっているではないか。

 
 休憩所脇には、石積みの囲まれてお地蔵さんが安置されていた。そして、休憩所は法華津湾が眼下に望まれ、日振島も望まれるとの事だが、今日は叶わない。

 
 高森山を後にして、尾根状の個所を下るようになる。道は所々不明瞭になるが、迷うほどでは無い。暫らくで右下からチャイムが聞こえて来た。12時だった。少し遅れて左下からサイレンの音だが、“津波がクルぞ〜”の警告では無い、少し遅れての昼の合図なのだ。12時12分、左折の標識があった。

 
 直ぐに林道に出た、12時16分だ。暫らくの林道歩きは、7分ほどで法華津峠の標識がある展望所に着いた。ここへは先年、車で訪れていた。それは、名にしおう桜の名所の“野福峠”の下見だった。

 
 桜の時期でも紅葉の時期でも無い今日、12時23分に法華津峠の休憩所で昼食とした。おまけに今日は平日誰も来ない。再出発は12時57分だった。

  
 林道を20分ほど歩くと標識に出合う。野福峠休憩地とは名ばかりで、とても休憩出来ないし、足下が不明瞭なみちは歩く気がしない。。林道へ戻り先へ・・と直ぐに左の藪へと案内があり、トイレがあった。ここのトイレも利用する気にはならない。そこから雑草で足下が見えない山道を10分余りで轍が残る道になった。


 
 砂利道を歩き、13時36分俵津隧道に着いた。当初の予定はここを通り抜けて県道45号線から国道56号線を経て宇和の街へ降り、タクシーで歯長隧道へと戻る予定だったが、さて、その顛末は如何に・・・。兎に角、今日の最終目的地の『七本松バス停跡』へと歩く。・・と、前方から話し声が・・・。地元の人が“幽霊トンネル”と呼ぶ、有名な歯長隧道とは、この事か・・・と、暫らく歩くと前方から老夫婦が歩いて来た。勿論、挨拶の後は、どちらから?とか話す。奥さんは杖を突いていて、少し足が不自由そうだった。少しの立ち話でお別れした。

  
 13時54分にバス停跡に着くが、そんな痕跡は見受けられない。このバス停を利用していたのは何処の集落の人なのだろう。案内板には“野福峠遊歩道”とある。小休止の後、歯長隧道へと引き返す。すぐ先で先ほどの老夫婦が引き返して来た。「どちらまで帰るの?」との問いに、当初の計画と朝方の駐車場所まで引き返すかのどちらか・・・との旨を話すと「日が暮れてしまうよ。送って行こうか?」との申し出だ。

 当初、申し出を辞退していたのだが、14時を過ぎていたのと、タクシーを呼ぶべく携帯を二人とも持ち出していなかったのでお言葉に甘えさせてもらう事とした。送って頂く車中で、ご夫婦は毎日のように野福峠へ散歩に来ている・・。旧吉田町に住んでいるなどのお話を伺い。小生の住まいを言うと「孫が今年からガンセンターに勤め始めた」などなど・・。30分ほどの車中の人で、歯長隧道南口へ戻った。自車での帰路、北口にある休憩所でコーヒータイムとした。トンネルで追い越した自転車のニイチャンも一緒に休憩だ。ニイチャンはタバコ休憩のようだったが、自転車遍路をしている兵庫からの青年だった。14時30分、休憩所を後にして帰路に着く。


≪四国のみち案内標識など≫
   

   
   


【費用】老夫婦への車送迎のお礼・・・・・ ¥1,000