EVERYBODY NEEDS LOVE GENERATION

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−8−

「あれ、棚瀬。何やってんの?」
ビクッ
突然背後から男性の声がした。
「あ、高見沢さん。」
「…えっ」
びっくりして振り返ると、きらびやかな衣装に身を包んだ、テレビではよく見かける高見沢さんが当たり前のように…いや、ここにいて当たり前なのだが、普通に立っていた。
まるで後光でも射しているかのようにキラキラと光り輝き、私たち一般人にはない凄まじいオーラがこれでもか、と言わんばかりに全身からあふれている。
ぶわっと鳥肌が立った。
う、うわーっ本物!まさしく本物だわ!こんな間近で見られるなんて…!
テレビで見るのと変わらない姿の彼が、今目の前に立っている。
私はまじまじと彼を見つめた。

テレビでも肌の白さは驚くものだが、実物でさらにその白さがよく分かる。
特別ライトが当たっているわけでもない。
なのにこの白さ!
向こうが透けて見えるんじゃないだろうか。
いったいどんな美白をしてるんだろう。
こんなに白くなれるのならぜひその秘密をうかがいたい。
彼のトレードマークである長い髪はくるんくるんに巻かれていて、天使の輪が出来そうなほど…いや、すでに出来ていてツヤツヤキラキラしている。
これまたどんなシャンプーを使っているのか、聞けるものならぜひ聞きたい。
今日のコンサートの衣装なのか、上下ラメがいっぱいのスーツを着ている。
何色…と言えばいいのか、青…いや紫…いやピンク…ああ、上手く説明できない。
とにかくすごい!

素人丸出しで眺めていると、彼の大きな瞳が私の姿をとらえた。
吸い込まれそうになる。
「…こちらは?坂崎の知り合い?」
「しーっ」
棚瀬さんが声を潜める。
「な、なんだよ。」
つられて高見沢さんも声を潜めた。
「坂さんには内緒なんですよ。」
「は?内緒?」
「ええ。こちら、作家の佐藤先生なんです。」
「ど、どうも…」
笑顔も作れないまま、とりあえず会釈する。
「…作家…さん?…佐藤…あ、ああっ!」
大きな目をさらに大きく見開いて私を指差した。
驚いたその表情は、何だか子供っぽい。
「しーっ!!」
「…あ、ごめん。そうかーっあの佐藤先生っ」
…あの?私はそんなに有名じゃないはずだけど…。
「僕も本借りて読みました!すごくよかった!」
「えっ高見沢さんも読まれたんですかっ?」
うわっ恥ずかしっ!
「うん。次回作は自分で買おうと思ってます。あーこの前の本も自分で買っておけばよかった!サインもらえたのになぁ。」
「サ、サインだなんて、そんな大層なものは…っ」
「高見沢さん…っだから内緒なんですって!もう少し声のトーンを…っ」
あわあわと慌てる棚瀬さんの声を聞き、高見沢さんはその存在を忘れていたかのようなポカンとした顔で棚瀬さんに視線を合わせた。
「……あ、そうだったっけ。ごめんごめん。つい興奮して。棚瀬がいることもすっかり忘れてた。」
「忘れないで下さいよっ」
「だからごめんって。…で、これから坂崎んとこに行くんだ?」
「ええ。佐藤さんは今日の開演前サプライズゲスト、ということで。」
「いいねー。あとで俺も行ってもいい?」
…えっ高見沢さんも!?
「いいですよ。」
えっ!そんな…っ棚瀬さん勝手に決めてっ!
私にも聞いてよ…っ!
「やったー。あとで坂崎んとこ行くよ。じゃあ先生、また後で!」
「えっあ、は、はいっ」
くりんくりんの巻き髪をなびかせながら颯爽と通路を歩いていくと、自分の楽屋らしき部屋のドアを開けて中へと消えた。
やや乱暴にバタンとドアが閉まる。
通路には何事もなかったかように先ほどのざわざわとした騒がしさが戻った。

姿はもう消えたのに、まだ彼の存在感の余韻が残っている。
…すごい。
その一言につきる。
「びっくりしました?」
笑いながら棚瀬さんが私に言った。
「…びっくりしましたよ。すごく眩しいお姿で…。今のは今日のステージ衣装ですか?」
「…あれは違います。まぁ…普段着のようなものです。」
「はぁっ!?」
あれが普段着!?そのままステージに出られるじゃない!
「衣装は…あんなものじゃありませんよ。きっとあとで来る時は着てくると思いますので、お楽しみに。」
「た、楽しみ…というか何というか…。想像もできません。」
「はは。最初はみんな驚きます。そのうち慣れてきますよ。」
「はぁ…。あれ?ということは、坂崎さんもお揃いの衣装を着られるんですか?あと…桜井さんも。とても想像できませんけど…」
「まさか!」
「でも揃ってステージに立たれるんですよね?衣装は揃えないんですか?」
「揃えていたのはずいぶん昔ですねぇ…。今は三人バラバラです。あ、たまに出し物の時に内容によっては衣装を揃えたりとかしますね。そんな時くらいです。」
…出し物?え?
私、アルフィーの認識間違ってる…?
「…あのぉ」
「はい?」
「…アルフィーって歌手、ですよね?」
「そうですね、歌手です。」
何だか笑いをこらえたような顔で棚瀬さんが頷いた。
「出し物って…」
「一度もコンサートをご覧になっていない方には理解できないと思いますが、たぶんご覧になると”ああ”と納得されますよ。これはお楽しみということで内緒にしておきます。」
「お楽しみ、ですか…。」
「はい。…では参りましょうか。こちらです。」
再び歩き出した棚瀬さんの後を付いて行く。
納得したか、と言われたらまったくしていないけど。
何も分かっていない私が、ひとつひとつ納得するまで棚瀬さんに説明してもらったらきっと日が暮れる。
ようやく私はそれを悟った。
アルフィーというバンドは一言二言の説明で、私のような無知な人間がすぐに理解できるようなそんなものではなさそうだ。
確かにかなりのご長寿バンドだから、その辺にいる若いバンドよりも歴史は数倍も詰まっているのだろう。
歴史書が書けるんじゃないだろうか。
…実はもうあったりして。

と、突然棚瀬さんが立ち止まって振り返った。
「佐藤さん、ここです。」
小声で囁きながら目の前のドアを指差す。
「え…っあっはい…っ」
「よろしいですか?」
「ちょ、ちょっと待って下さい…っ」
唐突に目の前のドアを指差されて”ここだ”と言われても、心の準備ができるわけがない。
それにさっきの高見沢さんの出現で、緊張にさらに拍車がかかっている気がする。
何度も深呼吸を繰り返す。
「そんなに緊張なさらなくても。」
棚瀬さんの言葉に返事をする余裕はない。
ここに来た理由は、コンサートを観るためでも高見沢さんの煌びやかな姿に圧倒されるためでもない。
彼に、坂崎さんに会うために来たのだ。
緊張しないはずがない。
ドアの横にある”坂崎幸之助様”という文字が私をより緊張させる。
ドクドクドクドク…ッ
今にも心臓が止まりそうだ。

ここまで来てしまっては、後には引けない。
彼に何と思われようと私は作家だ。
それを譲るわけにはいかない。
私の唯一のプライドなのだから。
お礼を言って謝ってすっきりすればいい。
「…佐藤さん、よろしいですか?」
と棚瀬さんが問う。
よいわけはないが、頷くしかない。
「は、はい…」
−コンコン−
「坂さん、ちょっとよろしいですか?」
ドア越しに棚瀬さんが問い掛けた。
「いいよー」
ドクン…ッ

棚瀬さんがゆっくりとドアを開け、隙間に顔を突っ込む。
「今日ご招待した方がいらっしゃったんですが、今時間よろしいですか?」
「うん?いいけど…どちらさま?」
CDなのか、部屋からギターの音色が聴こえる。
それが何のメロディーなのか、今の私に聞き取る余裕などあるはずがない。
「それは会ってのお楽しみということで。」
「何それ!気になるじゃん!」
「気にして下さい。」
「意味深だなぁ…!もう連れて来てるんでしょ?」
「あ、分かりましたか。」
「それくらい分かるって。人の気配はするもん。」
「あはは。ではご紹介させていただきます。…さ、どうぞ。」
棚瀬さんがドアを大きく開けて振り向いた。
その目は私に“頑張って下さい”と言っているように見える。
この人のおかげで…いや、この人のせいでこんなことになるとは…。
結果によっては、私は棚瀬さんを一生恨むかもしれない。
結果がよくても、私は一生忘れないと思う。
つまりはどちらにしても、私は一生今日のことを忘れない、ということだ。
ドクドクドクドク…ッ
授賞か落選か、まるであの日の…発表の瞬間のようだ。
また私はこんなところでも落選するのだろうか。

「…大丈夫ですよ。マネージャーの私を信じて下さい。」
棚瀬さんの小さな声がした。
彼を見ると、いつもの笑顔が返ってきた。
彼は彼なりに、私とそして坂崎さんの心配事をすっきりさせようと頑張ってくれているんだろう。
どちらかといえば、私より坂崎さんを心配している気持ちの方がずいぶん大きいように感じるけど…。
あ、それはマネージャーなのだから当たり前の話か。
私のことまで世話をかけてくれることに感謝するべきなんだろうな。
笑顔で返す余裕はどこにもないけど、彼の言葉と笑顔でほんの少しだけ、落ち着いた気がする。
…気がするだけかもしれないけど。

もう一度だけ、深呼吸。
何が起きても、何を言われても、私は私。
助けてくれたお礼と、あの時のことを謝ればいい。
他のことを今は考えなくていいんだから。
今まで色んなことを乗り越えてきたじゃない。
きっと今日だって乗り越えられる。
ドクン…ドクン…ドクン…
「…し、失礼します。」
意を決して一歩踏み出した。
まるで判決を受ける囚人のように。

扉の向こう。
私を待っているのはどんな未来ですか?


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