EVERYBODY NEEDS LOVE GENERATION

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−6−

「もう身体の具合はよろしいんですか?…あ、すみません。お食事中にお声を掛けまして。その後いかがかな、と気になっていたものですから。」
坂崎さんのマネージャー、棚瀬さんは心底心配そうな顔をしてそう言った。
私に対して幻滅したとか、嫌な気持ちになっているようには見えない。
坂崎さんから何も…聞いていないのだろうか。
そうでなければこんな風に話し掛けたりしないだろうし。
「は、はい、おかげさまで。その節はご迷惑をお掛けしまして申し訳ありませんでした。」
立ち上がって頭を下げる私に、彼は申し訳なさそうに首を振る。
「いえいえ、私は何も役に立っていなかったですから。」
「そんな…」
「私は隣でおろおろしていただけなので…。うちの坂崎が異変に気付いたからこそ、です。何もできなかったのが本当に申し訳なかったです。」
「いえ、そんな。こちらこそ、お礼にも伺えず申し訳ありません。」
「そんなお礼だなんて…。何より佐藤さんがお元気になられてよかったです。坂崎も心配していましたし、今日にでも早速佐藤さんにお会いしたことを伝えなくては。」

−ドクン…ッ−

心配…坂崎さんが…?
そんなことないわ、だって私はあんなひどいことを言ったのよ?
それなのに心配だなんて。
きっと棚瀬さんが嘘をついてるんだわ。
「それにしても坂崎は運が悪い。こういう時に限って一緒じゃないとは。今日は私一人で用事がありましてこちらに伺ったんですよ。この後会うのですが、きっと僻みますね。」
「…僻むだなんて……そんなことは絶対にないと思います。きっと…坂崎さんはもう私とは会いたくないと思っているんじゃないでしょうか。」
「…え?それは…どういう……」
怪訝そうな顔で棚瀬さんが私を見た。
やはり彼は坂崎さんから私とのやりとりを何も聞いていないようだ。
言わなければよかったと思ったが、今更そう思っても仕方がない。
「……そんな気がするだけです。」
俯いてそう返した。
それ以上説明する気にはなれない。
また、あの時の気持ちを思い出してしまうから。
できることなら二度とあんな嫌な気持ちにはなりたくない。
それにこの人が知らないのなら、それはそれでいい。
私から話さなくても、きっとそのうち坂崎さんから聞くだろう。

「あの…佐藤さん?」
「…はい?」
顔を上げると、棚瀬さんは今にも泣きそうな顔をしていた。
「棚瀬さん?」
「…あの…もしかしてうちの坂崎が何か失礼なことでも……」
「え?…いえ、違いますよ。そんなことは一つも…」
そうよ、それはこっちがしたんだから。
何を言ってるの…?
「本当ですか?」
「え、ええ。」
「…そ、そうですか。それなら…いいのですが……」
何だか附に落ちない顔だ。
もしかして薄々気が付いていて、回りくどく私に聞いているのだろうか…。
「…あの…何か、気になることでも…?」
「…え?ええ、まぁ…。でも佐藤さんが何もないとおっしゃるのですからそうなんだと思いますが…」
「……?」
「…あの日から、坂崎に元気がないんですよ。」

ドクン…ッ
胸が…苦しくなった。
私の…
私のせい……?

「あ、決して体調が悪いとか、そういうことではないんです。いつも通り仕事はしていますし、そういう部分では普段といたって変わらないのですが…何と言いますか、こう…一人になった時に何か考え込んでいるような、悩んでいるようなそんな風に私には見えまして。でも何かあったのか、と聞いても”何もない”と返ってくるだけで。もちろん、佐藤さんのことを心配していて元気がない、というのもあると思うのですが…」

違う…違うわ。
心配しているんじゃない。
そういうことじゃないわ。
彼はただ…
思い出したくないあの時のことが鮮明によみがえってきた。
ギュッと胸が締め付けられる。

「坂崎には長年付いていますから色々察しもつくのですが…あの様子からして私は−」
「私の…」
「…はい?」
「私のせいかもしれません。」
私の言葉に棚瀬さんの動きが止まった。
「え?」
「あの日…私に心の余裕がないばっかりに、せっかく私の作品を褒めてくださった坂崎さんにひどい態度をとってしまったんです。」
「……」
「賞に落選したことで自分に自信がなくなって、坂崎さんに褒めていただいても素直にそれを喜べなかったんです。受賞した作品より私の作品の方が好きだと、坂崎さんはおっしゃってくれたのですが…その時の私には、それが一番聞きたくなかった言葉だったのかもしれません。…今更後悔しても遅いのですが、坂崎さんには本当に申し訳ないことをしました。」
「……そうだったんですか、そんなことが…。そうですか、私はてっきり…」
「…え?てっきり…?」
「あ、いえ…っ、何でもありません…っ…で、でも、坂崎は佐藤さんに元気になってほしくてそう言ったんだと思います。決して−」
「ええ、それはよく分かっています。坂崎さんは優しい方です。ひどい応対をした私に、最後まで身体の心配をしてくださいました。」
「…そうですか。」
「はい。…だから坂崎さんに元気がないように見えるのは、私という人間に幻滅しているから…じゃないでしょうか。私のことを心配して、なんてことはきっとないです。それに私が原因ではなく、もしかしたら私とは無関係のことで悩んでらっしゃるのかもしれません。お仕事のこととか…」
「仕事のことで…ですか。う〜ん…どうでしょうか。元気がない理由が何なのかは私には分かりませんが…でも坂崎は佐藤さんのことをとても心配してましたよ。」
「え?」
「最近こちらに来てもお見かけしないことが気がかりなようで、”体調が悪いのかな”としきりに気にしていましたし、ここへ来るとキョロキョロして落ち着かないんですよ。」
「……違う方をお探しになってるんじゃ…」
「そうでしょうか…。私には佐藤さんのお姿を探しているようにしか見えませんでしたよ。」
「……」
棚瀬さんにはっきりとそう言われてしまっては返す言葉もなかった。
本当に、坂崎さんは今でも私の心配をしてくれているのだろうか。

トクン…トクン…

もし…もし、棚瀬さんの言うとおり今でも私のことを心配してくれているとしたら…。
私はどうしたらいいのだろう。
今からでも坂崎さんのところへお礼と、そして謝りに行くべきなのだろうか。
”元気そうで良かった”と笑顔で返してくれるだろうか。
そんな都合のいいことがある…?
いくらなんでも、そんなことは…。

でも、本当にまだ私のことを心配してくれていたら?
私のせいで、元気がなかったら…?
このまま逃げていていいの?
何もしなくていいの?
会いに…行くべきなんじゃないの?
…ううん、それはできない。
無理よ。
会うなんて…私にはできない。
だって…
彼はきっと、私に笑いかけてなんてくれない。
だから心配してるなんてこともないのよ。
元気がないのはきっと…きっと違う理由が…。

…考えるたびに不安な気持ちが膨らんでいく。
辛くて…悲しくて…不安で…
…すごく怖くなった。
何に対して怖いのか、自分でもよく分からない。
私は何をそんなに怖がっているんだろう。
自分の未来?
それとも何か別のもの?
それに…どうしてこんなにもドキドキするの?
何にドキドキしてるの?
…私、どうしちゃったんだろう。
おかしいよ、私…

「佐藤さん?大丈夫ですか…?ご気分でも…」
棚瀬さんの声にハッとして顔を上げた。
「あ…はい、大丈夫です、すみません…。」
「そう…ですか?ちょっと顔色が…医務室へ…」
「いえ、本当に大丈夫です。」
「いや…でも…」
「ご心配ありがとうございます。でも本当に大丈夫です。ただ…私は、どうしたらいいのかな…と思ってちょっと考え込んでしまっただけですから…」
「…え、あっ、す、すみません!私が余計なことを言ったばっかりに…っ」
「…いえ……元々、ずっと気になっていたことですから…。坂崎さんの所へお礼にも伺えていませんし。」
「お礼だなんて…坂崎はそんなことを気にするような人ではないですからお気になさらなくても…」
「そうかもしれませんが…私自身、とても申し訳ないと思っているので、余計にお礼に伺えていないことが気になってしまって。でも、もうずいぶん日にちも経ってしまいましたし、今更遅いですよね。」
「……」
そう、もう遅いのよ。
たとえ私に幻滅していてもしていなくても、心配していてもしていなくても。
私が申し訳ないと思っていても、もう、どうしようもないんだわ。
「棚瀬さん。」
「…はい?」
「坂崎さんに伝えていただけますか?助けていただいたこと、とても感謝してますと。あと…失礼な態度をとってしまって申し訳なかったと。」
「……」
「…こんな伝言では、本当はよくないとは思うんですけど…」
でも私にはこれが精一杯。
だってあれから何日経った?
今更お礼に行くなんて…
今の私にできることは、これぐらいしかないのよ…。
「…佐藤さん。」
「…はい?」
顔を上げると、棚瀬さんは今までで見たこともないような、真剣な顔をして私を見ていた。
怒っているようにも見える。
もしかして怒らせてしまった…?
「……あの−」
「…佐藤さん。」
「は、はい。」
「坂崎は佐藤さんからの伝言を私からもらっても、嬉しくもなんともないと思いますよ。」
…じゃあ私にどうしろというの?
他に何をしたらいいの?
私は俯いた。
私は…
「…では、私はどうしたら…いいんですか?」
彼に聞くべきことじゃないことは自分でも分かっている。
でも、聞かずにはいられなかった。
自分では、どうしたらいいのか…何をしたらいいのか分からない。
何を…
何をしたらいいの?
そんな私の問いに返ってきた言葉は、意外にも一言だった。
「簡単ですよ。」
「え?」
見上げると、棚瀬さんはにっこりと微笑んでいた。
まるで…
そう。
それが答えだと言うように。


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