EVERYBODY NEEDS LOVE GENERATION

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−25−

−ねぇ…
あなたはどうしてそんなに優しいの?
きっと何度そう問いかけても、あなたからは私の求める答えを聞くことはできない。
そんな気がする。
あなたはそういう人だから。
あなたは本心をいつも内に秘めて。
それを笑顔に変えて。
私の問いかけなんて、何の役にも立たない。
何一つ答えを聞けない。
それでも。
それでも何度でも聞きたくなるのは…
どうしてなんだろう−


見上げた私は、ただただ泣くことしかできなかった。
大粒の涙が目から零れては、雨と一緒に流れていく。
あなたに告げるはずだった言葉も一緒になって。
「…ほら、やっぱり本心じゃない。」
涙の向こうにぼんやりと見えるあなたは、呆れたように言う。

どうして…?
私に腹が立ったでしょう?
私のような人間、嫌になったでしょう?
あなたの優しさも、あなたがくれた言葉すらも、私は否定したのよ?
それなのにどうして?
どうして…
あなたは私に笑顔を向けるの…?
どうして微笑んでくれるの−?


彼は私に、今までと変わらない笑顔を向けてくれた。
見上げた先にあったのは、いつもの…彼の優しさがそのままの…優しい笑顔だった。
そんな笑顔になれるはずないのに。
そんな気持ちになれるはずなんて…ないのに。
『どうして』
私の頭は、その言葉でいっぱいだ。

「……どうして…」
「…ん?」
「どうして…怒らないんですか…?私…ひどいこと…言ったのに……」
「だって本心じゃないんだもん。美弥ちゃん見てれば本当か嘘か、俺には分かるよ。」
「……坂崎さんの顔を見なかったから…ですか…?」
「それもあるけど……何かそんな気がして。…うん、どうしてかなぁ…俺にも分からないや。」
はにかんだような笑みを私に向け、小首を傾げた。
「…坂崎さんは…優しすぎます……」
「そう?そんなことないよ。」
「そんなこと…あります…」
「そうかなぁ…俺が優しいかどうかは分からないけど、美弥ちゃんは本当、一人で何でも背負い込むよね。人に遠慮ばっかりしてるし。」
「遠慮とか…そういうつもりじゃ…」
「俺にはすごく遠慮してるように感じるよ。…そうだなぁ…何事も他人に頼らずに自分だけで解決しようって…いつも頑張りすぎてる。そんな感じかな。」
「……」
頑張りすぎ…?
私が…?
嘘、私はちっとも頑張ってなんてない。
頑張れないから、こんなにもイライラしてるのよ。
あなたにひどいことを言ったのも、上手くいかない自分にイライラして…
「ねぇ、美弥ちゃん知ってる?」
「…え?」
「人って…すごく弱い生き物だってこと。」
「弱い…生き物…」
「そう。だけどさ、その弱さに気づいていない人とか、気づいてるのに、その弱さから逃げちゃう人とかって結構いるよね。」
「……?」
「 ほら、“自分は弱い”とか“自分にはできない”って簡単に口にする人がいるけど、それって逃げてるだけでしょ?」
「え…?」
「だってそうでしょ?“自分は弱い”って言って自分自身と周りにそれを正当化させてるだけだもん。一見、弱い自分を認めているように見えるけど、それは違う。“弱いからできない”って逃げてるだけなんだ。自分から逃げてるだけ。…弱い自分から…ね。」

坂崎さんの言葉が、私に突き刺さる。
世界中の誰かではなく、逃げているのは紛れもなく私だから。
坂崎さんも誰かに向けて言ってるんじゃない。
彼は私に言っている。
“逃げてる”って。
真正面からの彼の言葉に私は俯いた。
そうよ、逃げてる。
私は逃げて…逃げ続けてる。
すべてのことから逃げようとしている。
そして、それを正当化させようとしている。
だってそうでもしなければ私は−

「…逃げて…ほしくないな。」
―ドクン―

「…弱ければやらなくていいの?できなければしなくていいの?それじゃその人は弱いままだし、できないままだ。もちろん、やっても本当にできないこともあるよね。人には向き不向きがあるんだもん。…でもさ、何もしないまま逃げるのって…俺は嫌だな。だってできるかもしれないんだよ?それがその人を一番輝かせる道かもしれないんだよ?逃げてばっかりいたら、何も得られないまま自分の人生が終わっちゃうよ。そんなの俺は嫌だな。」
「……」
「…美弥ちゃんは、そうは思わない?」
「……私…私は…」

分かってる…分かってるよ。
逃げてばっかりじゃいけないってことは、頭の中でちゃんと分かってる。
でも、今はとても、そんな風には…思えないよ。
作家という道が私を一番輝かせるだなんて…。
だってそんな保証、どこにもない。
未来のことなんて、誰も分からない。
見えない未来を信じる気持ちになんて…なれないよ。
今の私には、明日ですら怖くて進めない。
過去からも現在(いま)からも、そして未来からも…それらから逃げることでしか私は自分を守れない…。
逃げることで自分を守るしか…

「……ね、美弥ちゃん。強い人間なんて、一人もいないんだよ。俺も弱い人間、美弥ちゃんも弱い人間。桜井や高見沢、棚瀬だってみんな弱い人間なんだ。美弥ちゃんから見たら、きっと俺たちは強い人間に見えるんだろうけど、決してそれは強いわけじゃないんだよ。」
「…え?」
それは…どういう…こと……?
「自分の“弱さ”を知ってるから。」
「弱さを…知っている…?」
「そう。人は強くなろうとしても強くなんてなれない。だって元が弱いんだもん、所詮無理な話なんだ。大事なのはね、自分の“弱さ”と向き合うことだよ。」
弱さと…向き合うこと…
「自分の“弱さ”を自分が認めなきゃ、先には進めないよ。人はみんな強がりだから、“弱さ”があることを否定したくなるけど、否定したら何も変わらない。その“弱さ”は弱いままだ。弱い自分から逃げていたら、変わることなんてできないんだよ。」
「……」
「もちろん変わりたいって気持ちも大事だよ。でも、簡単に変われるほど、人は心の強さや強い意志を持ち合わせてるわけじゃない。変わることより、まずは自分と向き合わなきゃいけないんじゃないかな。」
自分と向き合う…
こんなにもダメな自分と?
そんな自分と向き合えるの?
私にできるの?
逃げてばかりの私に。
逃げることで自分を守ろうとしている私に、自分と向き合うことなんて…できるの?
「…どうしたら…」
「ん?」
「どうしたら弱い自分と向き合えるんですか…?私には…今の自分すら…認めることなんて−」
「…そうだなぁ…。勇気…かな。」
「勇気…?」
「そう、勇気。…弱い自分と真正面から向き合う勇気。」
弱い自分と…向き合う……勇気…
「今の自分を…今の、ありのままの自分を受け入れる勇気を持つこと…かな。」

今の自分を…受け入れること…

鼓動が速くなる。
今の私が何より恐れていること…
受け入れたくないと私の心が耳を塞いでいる。
胸が苦しい。
嫌だ…
だって…受け入れたら…受け入れたら私は…

「…今の自分を受け入れることで、もしかしたら何かを失くすことになるのかもしれないね。」
見透かしたような彼の言葉に、目を見張った。
それでも彼は、相変わらず穏やかな顔で私を見つめ返す。
「でも…それはそれで受け入れなきゃいけないことなんだと思う。都合よく、望みが全部叶うことなんてないんだからね。それに、すべてが自分の思い通りになる人生なんて、俺はいいものじゃないと思うな。そんな人生で幸せを手に入れられるなんて思えないもん。」

“悲しいことや辛いことが起きるとショックだし落ち込むけど、それがない人生なんて幸せじゃないと思うな”
いつかの彼の言葉を思い出した。
真意を確かめられないままの言葉。
あの時、彼は−
「人生ってさ、辛いことや悲しいことがあって初めて楽しいことや嬉しいことが生まれると思うんだよね。すべてが楽しかったり嬉しかったら…それを楽しいとか嬉しいって感じられるのかな。だって当たり前なんでしょ?きっと…楽しくもないし嬉しくもないよね。…悲しいという気持ちがあるから、人の優しさに触れて嬉しくなったり、辛いことがあったからこそ、それに立ち向かえる強さが持てるんじゃないのかなぁ。そういうことを経験して少しずつ自分に自信がついて…それが何度も何度も積み重なっていくから、今があるんじゃないかな。」
悲しいという気持ちがあるから嬉しい…
辛いことがあったからこそ…今がある…
私…私は…

「ねぇ美弥ちゃん。今までのこと、思い出してみようよ。」
「…今までのこと…?」
「きっと今までも辛いこととか悲しいこともあったよね。“作家なんて辞めてやる!”そんな風に思ったこともあったんじゃないかな。でも、それでも美弥ちゃんは今ここに作家として存在している。それはどうしてなのかな。途中で辞めたっておかしくないくらいのこと、きっとあったでしょ?それなのに今日まで作家を続けてきたのはどうして?」
どうして…
さっきから私の頭の中をグルグルと回ってる言葉…。

そうよ、どうして?
どうして私は作家を続けてきたの?
辞めたいって何度も思ったし、続けていても無駄なんじゃないかって何度も自問したわ。
それでもこの世界にこだわったのはどうしてなの?
連載ももらえなくて…大した仕事もなかった。
今なんかよりも、ずっとずっと…私は辛い日々を送っていた。
きっと今よりも、もっともっと自分に自信がなくて、もっともっと先が見えなくて、悲しくて辛かった。
それでも辞めなかったのは…
それでも私がここにいるのは…


『ありがとう』

懐かしい友人の笑顔を思い出した。
古い記憶がぼんやりと甦ってくる。
セーラー服を着た私と、そんな私に笑いかける人が見える。
同じセーラー服を着た…同級生の友人…
…ああ、そうか。
これは中学三年の時の私だ。
そして“ありがとう”と言ったのは彼女。
…そうだ。
私がこの世界に入るきっかけを作ったのは、彼女だ。
彼女の言葉が私をこの世界に導いたんだ。


中学生の私は、いつも図書室で本ばっかり読んでいた。
文章を書くことが大好きで、読書感想文だけはクラスで一番。
それが私の唯一の自慢だった。
そんな私の数少ない友人、それが彼女だ。
彼女は当時、色んな悩みを抱えていた。
自分のこと、家族のこと、学校のこと…。
少しでも何かの力になりたかったけど、私には聞くことしかできなくて。
友達として何一つ力になってあげられなかった。
力になれないことが悔しかったけど、結局私にできることは物語を書くことだけ。
自分の世界観の中で、彼女を応援する気持ちや心配する気持ちを伝えることしかできなかった。

ある時、下手くそな文章で、彼女に向けて短い物語を書いた。
“頑張って”
“きっと大丈夫”
そんな想いを込めて。
今思えばそれは、彼女にとったら余計なお世話だって思うような内容だったかもしれない。
それに情緒はないし単調な物語で、作品と呼ぶのも申し訳ないようなもの。
もしかしたら迷惑なものを押し付けただけだったかもしれない。
それでもそれは、当時の私にできる唯一の彼女への励まし。
褒められることも喜んでもらうことも考えていなかった。
ただ、彼女の悩みが一つでも良い方向に進めるように…それだけを願って書いたものだった。
出来は悪いけど、気持ちは今の作品なんかよりもずっとずっと込められている。
書き上げた物語の中に、私の気持ちがたくさん入っていた。

手渡された彼女は、興味津々で読み始めた。
出版社へ作品を投稿するより、ドキドキしたのを覚えている。
5分もあれば読み終わるような短い物語。
彼女は、そんな未熟な物語をただ黙って最後まで読んでくれた。

詠み終わると、彼女は顔を上げて意外な言葉を口にした。
「ありがとう、美弥ちゃん。」
って。
「なんかね、読んでたら自分を励ましてもらってるような気持ちになったの。だって主人公、私に似てるんだもん。美弥ちゃんが書いたお話みたいに、私も頑張らなきゃいけないなぁって思ったの。だから、上手く感想が言えないんだけど、一番言わなきゃいけないなって思ったのは、“ありがとう”かなぁって。」
そう言った彼女の笑顔は、さっきまでとは少し違って見えた。
それは単に私の都合のいい勘違いかもしれない。
でも、それでもよかった。
たとえ都合のいい勘違いだったとしても、彼女がその物語から何かを見つけてくれたことも、“ありがとう”と言った彼女の笑顔が眩しいくらい輝いていたことも嘘じゃない。

文章を書くことしかできない私。
友人の悩みにも何一つ力になれない私。
そんな私でも、彼女の役に立てた。
他の誰でもない、何より大切な友人の役に立てたことが嬉しかった。
まるで、自分を認めてもらったような気がして、嬉しくて仕方なかった。

言葉が人を笑顔にする。
言葉が人に温かな気持ちをもたらしてくれる。
友人のように。
そして私のように。
そんな言葉たちに、もっともっと出会いたい。
もっともっと言葉を伝えられる物語を書きたい。
だって大好きだから。
物語を書くことが、大好きだから。

「美弥ちゃんは魔法使いみたい。」
彼女が笑ってそう言った。
「ええ?魔法使い?何で?」
「だってお話を書いて、人を頑張ろう!って気持ちにさせたりするなんて、まるで魔法みたいなんだもん。」
「大袈裟だよぉ。」
「大袈裟じゃないよ、本当にそう思ったんだもん。きっと美弥ちゃんは言葉の魔法使いだね。」
「言葉の…」
「そう!言葉で人を笑顔にする魔法をかけるの。そんな素敵な魔法、美弥ちゃんは使えるんだよ!すごいよね!」

誰かを…誰かを笑顔に変えられるのなら。
私の言葉から、何かを見つけてもらえるのなら。
私の気持ち…想いを乗せて大好きな小説を書いて。
それが、誰かの元へ届いて何かの力になるのなら。
そんな人が…たった一人でもいるのなら。

私はなりたい。
誰かの…
誰かの魔法使いになりたい−


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