EVERYBODY NEEDS LOVE GENERATION

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−20−

「…え?」
目を真ん丸くした担当は、口をポカンと開けたまま首を傾げた。
きっと私の発言をまだ理解できていない。
日本語なのに。
「だからね?次の話よ。」
「次の…って…」
「ちょっと大丈夫?次って言ったら一つしかないでしょ?私との仕事が久しぶりすぎて忘れちゃったの?」
「そ、そんなわけないじゃないですかっ!分かってますよ!分かってます…けど…。も、もう一回おっしゃっていただけますか?」
「だから!」
「次の話は……何ですって?」
「…違う分野を書こうと思ってて!」
「そこはしっかり聞いてました。その後です!」
…二度も言わせないでよぉ…。
「だからぁ…れ、恋愛小説を−」
「れっ恋愛ーーーーーーっ!?…おっ…あっ…たっ…うわっ」
「あっ危な…っ」
バターンッ!
ガツッ!
「痛ーっ!」
「ちょ、ちょっと大丈夫!?」
担当は驚いて身体を引いた瞬間、バランスを崩してイスから転げ落ちた。
派手にお尻を床にぶつけたらしく、起き上がれずうずくまっている。
たぶん、ブースの外を行き交う人たちは、何事かと怪訝に思っていることだろう。
だって声は筒抜けなのだから。
「ねぇ、相当痛そうな音がしたけど、骨とか折れてない?大丈夫?どんな風にイスに座ってたのよ。」
「…い、たたたた…せ、先生が悪いんですよ、予想もしていないことを突然おっしゃるから!…いってぇ…これ、絶対痣になりますよ…。」
「何で私のせいなのよ。ほら、立てる?」
倒れたイスを元に戻し、彼の腕を引っ張った。
”なまけもの”のようにゆっくりと立ち上がり、老人のような動作でようやくイスに座る。
彼の動作は一気に50歳は歳をとった。

「と、当然じゃないですか!先生はご自分で何をおっしゃったか分かってるんですかっ!?」
口は相変わらずなので、たぶん大丈夫だろう。
「分からずに言ってたら、それこそ病院行きよ。分かってるに決まってるでしょ。あのさ、声、大きいわよ。そんなに張り上げなくても聞こえるわよ、狭いんだから。隣近所のブースに迷惑よ。」
「す、すみません…。で…先生?冗談…ではないですよね?」
「冗談言ってる余裕が私にあると思うの?」
「……いや、でも…」
「それとも違う分野じゃ、何か問題ある?雑誌にそぐわない?」
「いや、そんなことはありません。あの雑誌は幅広い作品を集めて作ることをモットーにしてますから。」
「じゃあ問題ないでしょ?」
「ない…ですけど…」
「ダメなの?」
「いや、その…ダメとか…そういうことでは…」
「何よ、はっきり言ってよ。私が”恋愛小説”を書いちゃダメなの?イメージにない?似合わない?」
「誰もそんなことは思ってませんよ!僕は言いたいのは−」
「言いたいのは?」
「…どうして”恋愛小説”なのかな…と。”探偵小説”とかなら分かりますよ?先生の作品には、そういった要素も素質も十分あると思いますから。あとエッセイなんかも、読者たちが共感できるような本ができると思います。その分野に進出されるなら、十分頷けます。それが何故−」
「”恋愛小説”なのかってことね。」
「そうです。僕にそう思われることは、先生ご自身が一番分かってらっしゃるんじゃないんですか?」

確かに。
驚かれるとは思っていた。
それも半端な驚きではないことも予想していた。
だって彼は、私の作品をすべて読んでいるツワモノであり、すすんで私の担当を志願するような奇特な人なのだ。
私の作品傾向は彼が一番よく分かっている。
物語の中に恋愛要素を含ませることはあっても、それをメインにできる器じゃないことも。
「”恋愛小説”を書く、と決めたことには大きな理由があるんですよね?ぜひ聞かせて下さい。」
「…私さ、来年でデビューして10年でしょ?」
「そうですね。」
「デビューからずっと、私は同じ分野で作品を作ってきたでしょ?そのことに相当の拘りがあったことは…きっとあなたなら分かっていると思う。」
「そのつもりです。」
「その拘りがね、良いことなのか悪いことなのか、それを見極めたいのよ。」
「…どういうことですか?」
「自分にとって書きやすい分野が、はたして本当に自分の力を最も発揮できる分野なのかってこと。確かに今まではさほど苦労しなくてもストーリーの構成はできたわ。そういう物語を考えることは、私には難しくないってことよね。あとは作品をどう作り上げていくか、それだけだった。これからもそれでいいのかって考えたの。」
「……」
「そんな作品の作り方してたんじゃ、私はいつまで経っても賞が取れないんじゃないかって思ったのよ。たぶんね、私の作品には光るものがないんだわ。だから審査員の目に止まらなかったんだと思うの。」
「そんなことは−」
「作家の冒険心もなくて大した努力もせずに書き上げられるような、いわば型にはまりきった作品で、賞を取ろうなんて思う方が甘いのよ。受賞した作家の作品、改めて読んだわ。昔の作品も読んだ。今回の作品で色々新しいことに挑戦してる部分があって、そこが新鮮ですごくよかったの。でも自分のを読むと、今のも昔のもちっとも変わらなくて、ずっと型通りでつまらなかった。」
「でも僕は先生の作品は素晴らしいと思います!受賞作品に引けを取らない作品です!先生が人一倍努力されていることは、僕が一番よく分かっています!」
担当の声は、涙まじりになっていた。
真剣にそう言ってもらえることに心から感謝したい気持ちになる。

「うん、ありがとう。私だってそれなりに努力して作品を作ってきたわ。どの作品も自分の持ってる力をすべて注いで書いてたつもり。そうじゃなきゃ、ここまで来てないわ。ただね、努力だけじゃダメなんだと思うの。時には新しいことに挑戦する勇気が必要なんだと思うのよ。私には挑戦する気持ちがなかったの。」
「…挑戦……」
「そう。作家としてのプライドを懸けて、挑戦したいの。自分の新しい姿を見つけたいの。」
「先生の新しい姿…それが書きたいという恋愛…」
「残念ながら…それが”恋愛小説”かどうかは私にも分からないわ。成功するか失敗するかは、やってみないと分からない。これは賭けなの。」
「せ、先生…まさか…!」
彼は真っ青な顔をして言葉を詰まらせる。
「…失敗したら作家を辞める、とは言わないわよ。今はただ、自分の実力を知りたい。それだけよ。」
ごめんね、嘘ついて。
だって本当のことを言ったら、あなたOKしてくれないでしょう?
「先生…」
「…でも、あなたが納得した上で編集長からOKが出ないことには、書けないんだけどね。」
「……」
「突然で驚かせてしまってごめんなさいね。迷いも確かにあるけど、書いてみたい気持ちの方が大きいの。…どうかな。あなたの意見が聞きたいわ。」
「え?僕の意見…ですか?」
「そう。あなたが”やめた方がいい”って言うなら諦める。」
「僕のような素人の意見なんかで決めてしまっていいんですか?」
「担当としてでもいいし、私の作品を全部読んでいる読者としてでもいいわ。あなたの意見が聞きたいの。だって作家としての私のこと、あなたが一番知ってるもの。あなたが担当だから、私はここまでやってこれてると思ってるのよ。」
「…せ、先生…」
「…泣かなくていいから、とにかく意見を聞かせてくれる?」
苦笑いを向けると、彼はハッとしてシャツで潤んだ目を擦った。

「…すみません。…で、では、僭越ながら担当として、そしてファンの一人として意見を申し上げます。」
「うん。」
「まずは…佐藤先生の拘りは僕は良いことだと思っています。決して悪いことではないと断言できます。そうして出来上がったたくさんの作品は、いつだって読者を楽しませてくれました。」
「うん…ありがとう。」
「だから今まで通り書いてくださればいいのに、そう思う気持ちが強いのは確かです。…でもきちんとお話を伺って、僕も今の先生の作品に満足しすぎていたのかもしれません。もちろん素晴らしい作品ですから、満足して当たり前です。でも、先生にはもっともっと良さを発揮できるものがあるのではないか、と思えてきました。」
「じゃあ!」
「先生の新たな挑戦、僕は見届けたいです。ぜひ、やってみましょう!」
「ほんとっ?ありがとう!」
「きっと、もう頭の中には出来上がっていらっしゃるんですよね?」
「ええ、だいたいは。細かい部分とか、もう少し考えることが必要だけど。何せ初めてのことだから、今まではサラッと書いてきた部分にも力を入れて感情豊かにしないといけないじゃない?結構難しいのよね。」
「新しいことにチャレンジする時は、色々と大変ですよ。僕も担当としてできる限りお手伝いさせていただきます!」
「ありがとう。…でも、まずは編集長のOKをもらうことが一番大変よね。私はそれが一番心配なのよ。」
「…そうですか?僕はそんなに難しくはないと思いますけど…」
「編集長のこと、あんまりよく知らないから何とも言えないけど、ああいう作品を書いている作家だから採用してるって部分もあるかもしれないじゃない?”おまえに恋愛小説など書かせる気はない”って言われれば、それで終わりだもの。」
「確かに編集長は厳しい人ですけど…でもそういうのを拒否するなんてことは、ないと思いますけどねぇ…。」
「分からないわよ?何年経っても賞が取れない作家ですもの。そろそろ首を切ろうか…とか考えてるかもしれないし。」
「そんな…」
「だいたいさ、私があの雑誌で連載してるってこともおかしいわ。誰が採用してくれたのかしら…あなた知ってる?あ、知らないか、あなたが入社する前の話だものね。」
「そうですね、僕が入る前の話ですから誰が、というのは知らないです。…案外、編集長本人なんじゃないんですか?」
「そんなわけないじゃない。天地がひっくり返ってもそれはあり得ないわ。」
私のこと、編集長は認めてくれてないもの。
きっと疎ましく思ってる。
そんな人が私を選んだりなんてしないわ。
「じゃあ誰だと思いますか?」
「う〜ん…そうねぇ…」
誰だろう。
とても予想なんてつかない。
「…そうね、きっとあなたみたいな奇特な人かしらね。」


担当との打ち合わせを終え、今日は珍しくランチを食べることなくロビーへと下りた。
新しい構想をもっとまとめておかなきゃいけないし、今までとは比べ物にならないくらい、あれこれ大変になることは今から分かりきっている。
ゆっくりランチを食べている余裕なんて、どこにもないのだ。

何だか土地勘のない場所に、地図も持たずに一人で飛び出したような気持ちになる。
東西南北、前後右左、どこへ行けばいいのかさっぱり分からない。
1メートル先の道さえもはっきりしない。
間違った方向に進めば、奈落の底に落ちる可能性だってある。
A出版社から見放されれば、私は作家人生すら危ういのだ。
B出版社の小さな仕事だけではとても食べてはいけない。
なのに。
…それが分かっているのに、この状況は何なのだろうか。

ただでさえ崖っぷちに立たされているのに、何故私はわざわざ自分の首を締めているんだろうか。
自分でも理解しがたい。
自分の書きたいものを書いていこうと思うなら、何も新しいことに挑戦しなくてもいいのだ。
今まで通り、同じ分野の作品で、それに新しいものを取り入れればいい。
今の作品に足りない部分は探せばいくらでも出てくるのだから。
そうすれば自身への負担は軽くて済む。
それなのに私は違う分野を書こうとしている。
崖っぷちなのに…失敗するかもしれないのに、こんなにも私を突き動かしているのは、いったい何なのだろう?
何かが私を突き動かしている。
何かが私の背中を押している。
何かが…そう、たぶんそれは…
きっと−

「…美弥ちゃん?」
「…えっ?」
「あ、やっぱりそうだ。」
私は新しい分野への挑戦で余裕がない。
ランチなんて食べてる暇もない。
今、そう思ったところだったのに。
「…さっ坂崎さんっ!」
”作家”な自分はあっという間にどこかへ吹き飛んだ。
たぶん、地球の裏側まで飛んでいった。
当分帰ってこない。
「こ…っ こんにちは!」
どこからやってきたのか、私はとびきりの笑顔(のつもり)で挨拶した。
「こんにちは。元気そうだね。」
「はいっおかげさまで!」
「この前はコンサートに来てくれてありがとね。どうだった?音、うるさかったでしょ?」
苦笑しつつそう尋ねる坂崎さんは、あの日とは違ってメイクもしていない、つまり素の状態だった。
いつもここで会っていた、一番見慣れている坂崎さんの姿。
髪がくるくるしていて眼鏡がちょっぴりずり落ち気味で。
何だか眠そうに見える。
格好良いというより可愛い。
「音ですか?そんなにうるさくなかったですよ!すごく良かったです!みなさんのトークもとっても楽しかったです。」
…よく覚えてないけど。
みんな笑ってたから、きっと面白かったんだよね。
「そう?よかったぁ。二人も来てくれてありがとうって言ってたよ。高見沢なんてサインまでもらっちゃってさ、相当嬉しそうだったよ。」
「いえ!こちらこそ、まさか桜井さんや高見沢さんにまでお会いできるなんて思ってもいなくて。お会いできて嬉しかったです!お二人にもよろしくお伝え下さい。」
「うん、伝えておくよ。」
「坂さん、時間が…」
笑顔の坂崎さんに半ばうっとりと見とれていたら、彼の横からひょっこり棚瀬さんが顔を出した。
「わっ!た、棚瀬さん!いらっしゃったんですか!」
「え?最初からいましたよ?」
「うん、最初から隣にいたよ?」
うそ…気づかなかった…。
「そんなに存在感なかったですか?」
棚瀬さんは苦笑する。
申し訳ないけど本当に気づかなかった。
「あ、いえ、そういうわけでは…」
私、そんなに周りが見えてないわけ?
「影が薄いんじゃないの?」
坂崎さんが笑う。
「…否定、できませんが…」
否定できないんだ。
確かにすごい存在感があるわけじゃ…
「…あ。」
しまった。
坂崎さんに借りたハンカチを持ってきていない。
いつでも返せるようにと毎日バッグに入れていたのに、今日に限ってバッグを替えて入れ忘れてしまった。
「ん?どうかした?」
「ごめんなさい!私、坂崎さんにお借りしたハンカチ…今日は自宅に置いてきてしまいました…」
「ああ、いつでもいいよぉ。1枚しかハンカチ持ってないわけじゃないしね。」
「あはは。」
「坂さん。」
棚瀬さんが何かを訴えるように坂崎さんの袖を引っ張っている。
「分かってるって。」
棚瀬さんが急かしているところをみると、打ち合わせに遅れそうなのかもしれない。
コンサート中だし、きっとスケジュールが過密なんだ。
「お急ぎ…ですか?」
「…あ、うん。ちょっと予定より到着が遅れちゃって…もう、時間ないか。」
「はい、かなり。」
「そっか…」
時計と私の顔を見比べて、小さくため息をついた。
その顔が残念そうに見えてドキッとする。
何て都合の良い思い込みなんだろう。
おめでたい思考回路だ。
「じゃあ、今日はこれで。ごめんね、バタバタしちゃってて。」
「い、いえっ!お急ぎのところ声を掛けて下さってありがとうございました!」
「またね〜」
坂崎さんはニコッと笑って軽く手を振ると、棚瀬さんとともに足早に2階への階段を上っていった。
こっそりその姿を目で追う。
棚瀬さんと何やら会話しながら、ブースの方へと歩いて行くのは見えたが、背の低い私にはその先までを見ることはできない。
背伸びをしながら、後ろに下がってみたがやっぱり二人の姿は見えなかった。
諦めようと思ったが、何だか諦め切れなくてその場で軽くジャンプをしてみる。
垂直跳びなんて高校で計測して以来やったことがないから、私のジャンプ力なんて子供以下まで衰えている。
何にも見えない。
無駄なジャンプより階段を上って見た方が確実だ。
でもさすがにそこまでは…ね。
ようやく私は諦めることにした。

…会えた。
コンサートから約2週間。
やっと会えた!
嬉しさのあまり意味もなく走り出したくなったが、出版社のロビーだということを思い出して何とか堪えた。
受付嬢のやや冷ややかで、怪訝な視線を笑顔でかわし、ようやくビルを出る。
「“またね”…だって。笑顔で“またね”だって!!」
おめでたいほど単純な自分が可笑しくて仕方がない。
彼に会う直前の自分を思い出せ?
構想をもっとまとめておかなくちゃ、そう思ったんじゃなかったっけ?
ランチを食べてる暇はないんじゃなかったっけ?
余裕がないはずなのに、坂崎さんと話す時間はあるわけだ。
…ものの見事に虜になっている。

“佐藤先生気をつけた方がいいよ”
高見沢さんの言葉、やっぱりこういう意味だったのかもしれない。
今更そう思ったところで、どうにもならないよ。
坂崎さんに出会う前に教えてほしかった。
…無理な話だけど。

彼に会えることがこんなにも嬉しいなんて。
こんなにも幸せな気持ちになれるなんて。
次回作のことで不安になっていたことなんて、信じられないくらい。
大した会話もしてないのにね。
ただ一言二言交わしただけなのにね。
たった5分の出来事でも、会えただけで何十倍の不安を吹き飛ばしてしまうほど恋の力ってすごいんだ。
その威力を改めて実感した。
これで、はっきりした。
彼の存在が崖っぷちの私を突き動かしている。

コンサートの後はバカみたいに落ち込んだけど、落ち着いてくるとほんの些細なことで幸せになったり、悲しくなったり…そんな恋する気持ちを何かの形にしたい、そう思った。
私にも、そういう物語が書けるかもしれない…そんな気持ちになった。
私情を挟んでの創作は大きなリスクがあるのも分かっているけど、何だか書きたくて仕方がない。
理由があまりにも単純だけど、自分が違う分野を書きたいと思ったのは初めてだった。
未だかつて一度もない。
それだけ本当に書きたいと私自身が思っている、そういうことだと思う。
だから恋愛小説を書こうと思った。
さすがに、こんなこと担当には言えないけど。

もちろん彼に話したように、挑戦する気持ちを持たなくては賞なんてとれない、そう思ったのも事実。
私には挑戦しようという勇気がなかった。
自分に自信が持てなくて、いつだって当たり障りのない作品に仕上げて。
いつも周りを気にして一番伝えたいことは隠してきた。
何て姑息な作家なんだろう。
本当はもっと伝えたいことがあるのに。
本当はもっと書きたいことがあるのに。
私が長い作家生活の中で何より学んだことは、決して世間や読者に威張れる内容ではない。
それが分かっているから、自分に自信が持てるはずがない。

純粋なファンからの手紙は、私の澱んだ心の闇にいつも突き刺さる。
あなたが思っているほど、私は良い作家なんかじゃない。
担当が作品を褒めてくれるたびに、ひどく虚しくなる。
あなたに褒めてもらえるような作品なんて、本当は作れていない。
それなのに賞がほしいと願い、落選したら落ち込んで。
みっともないったら。

”今の先生の作品に満足しすぎていたのかもしれません“
ううん、違うよ。
満足していたのは、担当じゃなくて私自身だったのよ。
今の作品に満足してるからこそ、挑戦する気持ちも変えようという気持ちも生まれなかった。
書ける範囲で、書ける分野で…そんな狭い世界でしか私は物を見ていなかった。
ちっとも頑張ってなんていなかったんだわ。

本当はね、そんな自分がいることを、ずっとずっと前から気づいていた。
でも、気づかないフリを続けていた。
気づきたくなかったから。
そんな自分がいるなんて…みんなに…知られたくなかったから。
本当は作家である資格なんて、ずいぶん昔になくなっているのかもしれない。
すでに辞めるべき時期は来ているのかもしれない。
今辞めた方が、潔くて良いのかもしれない。

でも、最後ぐらい…本当に伝えたいことを書いた作品を残したい。
周りなんて気にしないで、批評なんて気にしないで、書きたいように書いてみたい。
そう思ったの。

本当に最後の作品になってしまうのかもしれないけど、今までみたいなことはしたくない。
賞のために書くんじゃなくて。
当たり障りのないものを書くんじゃなくて。
今、自分から溢れている想いをそのままに。
等身大の私で、すべてが私らしさで表現された作品を作りたい。
それがどんな結果になろうとも、私は真正面から受け止めなきゃ。
辛くてもそれだけは受け止めなきゃいけない。

そう…
受け止めなきゃいけないんだ。


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