EVERYBODY NEEDS LOVE GENERATION

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−16−

「いいですね。仲間がいるって。うらやましいです。」
分かり合える仲間がいることが当たり前…いいな、そういうの。
そんな風にいつも傍にいてくれる仲間。
本当にうらやましいよ。
マネージャーさんにも愛されてるしね。
でも私には…
だめだな、つい自分と比べてしまう。
比べること自体間違っているのは分かってるんだけど…。
「佐藤さんだっていい仲間がいるじゃない。」
「…え?私、ですか?」
…どこに?
「ほら、A出版社の担当さん。」
パッと彼の笑顔が浮かんだ。
…そういえば彼とは、ずっといい関係で仕事ができている。
そうか…そうだね。
彼はいつだって私の味方で、賞をとれなくても私の担当でいたいって言ってくれている。
編集長に見捨てられても、出版社に見捨てられても、彼だけは応援してくれるかもしれない。
「そうですね。彼は私の自慢の担当さんです。」
「うん。」
当たり前のように傍にいるとダメね。
大切な仲間なのに、そのことを忘れてしまう。
長年一緒にこの世界で闘ってくれている仲間なのに。
あんなに頑張ってくれているのに、私がこんなんじゃ彼が可哀想ね。
いつも笑顔でいてくれる彼を泣かせてしまうわ。
ごめんね。
私、頑張るから。
これからも頑張るよ。
そうだ、今度、美味しいもの食べに連れて行ってあげよう。
…そういえば担当の彼もいつも笑顔で棚瀬さんみたい。
似てるかも。

「佐藤さんの担当さんって、何か将来棚瀬みたいになりそうだなぁって思うんだよね。」
「あ、それ分かります。似てますね。いつも笑顔ですし、ちょっと意地悪を言うと−」
「そうそう、面白いくらいあわあわしたりね。」
「そうなんですよ、反応が面白くて!」
そうか!だから棚瀬さんにはすごく親しみがわくんだわ。
納得。
「佐藤さんの担当さん、出版社で一言二言ぐらいしか話したことないから、今度ゆっくり話してみたいな。」
「あ!ではぜひ今度出版社でお会いした時にでも!」
「うん、楽しみにしてるよ。」
「はいっ 彼にもそう伝えておきます!きっとすごく喜びます!」
わーっすごいっ!
今夜早速電話しておこう!
喜ぶだろうなぁ…っ
いつもよりさらに笑顔の彼の顔を想像する。
うん、楽しみだ。

ふと顔を上げると、坂崎さんがニコニコと何だか満足そうに笑っていた。
あれ…また私何か、変なこと…言ったかしら…
「…あの、私また何か変なことでも…」
「ん?ううん、そうじゃないよ。ただ、嬉しいだけ。」
…え?嬉しい…?
何が?
「佐藤さんがね、楽しそうに笑ってくれたから。」
「…えっ?」
「ここに来た時からずっと遠慮がちにしてたでしょ?たぶん、緊張とかもあったからだと思うんだけどね。…僕と話してても楽しくないのかなぁって思ってて。」
「そんな!とても楽しいです!ただ、その…っ やっぱり有名な方とこうしてお話しする機会なんて、滅多にないもので緊張してしまって…。それに坂崎さんと私では天と地の差がありますし、失礼のないように−」
「え、そんなの気にしなくてもいいよぉ。僕はちっとも偉くなんてないんだから。普通に喋ってくれていいよ。」
そ、そう言われてもね…。
「それに佐藤さんにはもっと笑っていてほしいな。」
「え?」
「だって、いつも真剣な顔してるもん。」
「…そ、そうですか?」
普通にしているつもりなんだけどな。
「うん。少し…辛そうに見えるかな。色々無理してるのかもしれないな…って。」
「……」
本当、この人って何でもお見通しね。
心覗かれてるみたい。
「そりゃ真剣な顔も、それはそれで僕は好きだけど−」
…え?
す、すす好き…っ?
「笑ってる時の佐藤さんの方がもっと好きだな。」
「…っ」
うっわ…っ
かっ顔から火が出そう!
いやっ出てるっ!
確実に出てるっ!
両手で頬に触れた。
異常に熱い。
絶対に顔は真っ赤だ。
うわーっまたからかわれるよ…っ
普通、そ、そういうこと面と向かって言う!?
言わないよっ

「…ね、佐藤さん。」
「は、はははいっ?」
火照る顔を手で覆う。
とてもごまかせるとは思えないけど。
だって余計に不自然だもの。
「佐藤さん、もっと自分に自信持ってほしいな。」
「えっ?」
思いも寄らないことを言われて驚いた。
自分の真っ赤な顔のことも忘れて坂崎さんを見やる。
からかう、なんて顔じゃない。
ものすごく真剣だ。
「坂崎…さん?」
「佐藤さんは謙虚すぎるよ。」
「え?」
「自分のことも自分の本のことも、もっともっと自信持っていいのに。」
「さか…」
「佐藤さんが出した本は、佐藤さんじゃなきゃ書けない物語でしょ?物語に出てくる言葉だってそうだよ。佐藤さんだからこそ出てきた言葉たちでしょ?それを読んで共感したり、感動してる人がいるんだから、自信持たなきゃ。」
「坂崎さん…」
「僕たちも同じ。ヒット曲があっても、不安な気持ちは一生消えないよ。それはこの世界にいる間、ずっとあると思う。今だってそうだよ。いつも自信があるわけじゃない。僕たちを一生認めてくれない人もきっといると思う。人間、一人ひとり同じ物に同じ感情が生まれるわけじゃない。僕たちが大嫌いだって人もいると思う。」
「……」
「…でも僕たちの歌が好きだって付いてきてくれるファンがいる限り、僕たちは歌うよ。僕たちにしか歌えない歌だから。アルフィーの音楽は僕たちにしか作れない。それが僕たちの誇りなんだ。その誇りがある限り、僕たちは歌える。…これは誰にでも当てはまることだよね?」

…坂崎さんたちにしか歌えない歌。
彼らにしか作れない歌…。
それは言い換えれば…
「…私にしか…書けない物語…。」
「そうだね。佐藤さんの物語は佐藤さんにしか書けない。僕たちにはどう頑張っても作ることができないよ。…佐藤さんだから作ることができた作品だよね。」
「私だから…」
「そうだよ。それってすごいことだと思うよ。だから自信持ってよ。佐藤さんの作品で感動している人間は、たくさんいるよ。…ここにも…ね。」
坂崎さんが微笑む。
偽りのない、温かな笑顔。
そう感じた。
「坂崎さん…」
「佐藤さんには佐藤さんの良い所がいっぱいあるんだから、無理して変わる必要なんてないと思うな。僕は今のままで…そのままの佐藤さんでいいと思うよ。」


この世界で、たくさん苦しんで傷ついてきた。
もう傷つきたくないと、現実から逃げてばかりだった。
自分の殻に閉じこもり、すべてのことに臆病になっていた。

どんな人間で、どう生きていけばいいのか…いつしかそんな当たり前のことも見失っていった私。
自分の殻すらも開ける術を見つけられなくて、前にも後ろにも進めなくなって。

自分ですら開けられないこの堅い殻。
家族や友人、ましてや他人に開けられるはずがない、そう思っていた。
私はこれから先もずっと、この堅い殻の中で彷徨い続ける、そう思っていた。

それなのに…

単純すぎるかもしれない。
ただ、彼に言われただけなのに。
世間に認められたわけでも、賞を取ったわけでもなくて。
私がずっとこだわってきたものを手に入れたわけでもないのに、こんな気持ちになるなんて。
どうかしてる。
私、どうかしちゃったんだわ。

…でも。
これは嘘なんかじゃない。
この気持ちは、決して嘘ではない。
彼の言葉で、まるですべてを認めてもらえたような、そんな気がしたの。
作家としての自分も、その作品も。
そして、私自身も。

”そのままでいい”
どんな言葉よりも、私が欲しかった言葉はその一言だったんだ。
認めてほしかったのは、私自身。
ありのままの私を認めてほしかったんだ。

ずっとずっと求めていたのは、賞なんかじゃなくて。
名誉なんかよりもずっとずっと欲しかったのは、”佐藤美弥”という一人の人間をありのまま受け入れてくれる人。
私はその人を待っていた。
私はただ…
そんな人を待っていたんだ。

頬を伝うものが何であるかなんて、気にもならなかった。
自然に流れてきたものは、きっとそのままでいい。
流れるだけ、流せばいいんだ。
それが私の想いなのだから。
私から溢れた想いの形なのだから…

私を覆う殻がパラパラと剥がれていく…そう感じた。
本当はとても脆いものだったのね。
堅いと思っていた脆い殻。
そして私が求めていたもの。
今、ようやくそのことに気づくなんて…。
私って本当にバカね。
本当にバカだわ…。

私…ここにいていいんだね。
私の居場所は…
佐藤美弥の居場所は…
ここでいいんだ。

私にしか書けない、私にしか作れない、私だけの世界。
この世界が…
私の居場所。

作家として続けてきてよかった。
諦めなくてよかった。
私は初めて心からそう思えた。

ここにいてよかった−


「はい。」
顔を上げると、彼がハンカチを差し出していた。
彼の顔は涙で滲んでよく見えない。
でも、どうしてかな。
彼はきっと笑顔だろうって思う。

差し出されたハンカチを見つめた。
もったいなくて使えないよ。
鼻水もついちゃうし。
「…遠慮しないで使って。鼻水つけてもいいから。」
そう言って彼は私の手の上にそっとハンカチを置いた。
また見透かされてるわ…。
本当にこの人って何者なんだろう。

彼はいつも私を驚かせる。
ちょっぴり意地悪だけど、いつも私の心を見透かしたような事を口にする。
私には言えないような事も、彼は素直に言葉にする。
それが当たり前のように。

私も彼のようになりたい。
なれるかな、私にも。
思ったこと、感じたこと、素直に言えるようになりたい。

私…
変わりたい。
今の自分から。

彼のように…
笑顔で人を温かくできるような。

そんな人間になりたい−


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