EVERYBODY NEEDS LOVE GENERATION

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−15−

…あ、そうだ。
さっきの話の続き。
言葉の真意を確かめなきゃ。
「あの、坂崎さん。」
「うん?」
「あの…え、ええと…」
「うん?…どうしたの、神妙な顔しちゃって?」
口を開いたはいいが、何だか聞きにくい。
果たして気軽に聞いていいものなのか、それも気になる。
「え、なに?聞きにくいこと?…僕の年齢とか?」
「え?年齢?いえ、そうでは…ないんですが…」
でもそれも気になるな。
いったいいくつなんだろう。
「それとも身長?…あ、スリーサイズ?」
「ち、ちちち違います…っ」
それもちょっぴり知りたいけど…っ
って知りたいんじゃない、私!
「え〜なに?遠慮なく聞いてくれていいよ。…まぁ、答えられないことも…中にはあるかもしれないけど。」
そう言って坂崎さんは苦笑する。
…答えられないことって何だろう。
何だかそういうところが気になって仕方がない。

…ああ、ダメだ。
何か聞けない。
聞きにくいよ。
今日はやめておこう。
今度また、出版社で会った時にでもゆっくり。
別に今じゃなくてもいいものね。

と、自分自身で解決させたはいいが、坂崎さんは“何を聞かれるのかなぁ”なんて顔をして私の質問を待っている。
…これは何か聞かなければ。
ええと…
他に気になっていることを聞けばいいんじゃない。
ほら、さっきの…年齢とか。
スリーサイズはとても聞けないけど。
「あの…」
「うん、なになに?」
「坂崎さんは…」
…ええと。
…う、うわ〜何聞こう…っ
な、何でもいいじゃない、知らないことばっかりなんだから何聞いても変じゃないし!
「…さ」
「さ?」
「さ、“坂崎幸之助”というのは本名なんですかっ?」
…何でそんなこと聞いてるんだ、私は。
いや、でも、本名か芸名かなんて知らないことだし、別に聞いてもおかしくないよね。
知りたいことの一つではあるんだから。
「…名前かぁ。名字だけね。本当は“幸二”っていうの。幸せに漢数字の二。」
へぇ、そうなんだ。
幸二さん…っていうんだ。
……やだ、“幸二さん”だって。
何だか照れる。
「本名かどうかってそんなに聞きにくい?」
「…い、いえ、そういうわけでは…。その…い、色々聞きたいことがあるので、何から…そ、そう!何から聞こうか悩んでいたんですよっ」
「そう。いいよぉ、何でも聞いて。」
……。
墓穴を掘るのは私の特技かもしれない。

「えっと…」
「うんうん。」
…そんなわくわくした顔で見ないでよぉ…っ
「ええっと……さっ桜井さんや高見沢さんとはこの世界で知り合ったんですか?」
よし、いい質問だ!
「二人とは学生の時に知り合ったんだ。高校ん時。」
「高校ですか。じゃあ、もう…知り合ってずいぶん経つんですね。」
「そうだねぇ。30年以上経つね。アルフィー結成してもう…30年超えたからね。」
「そんなにですか。長く続いているということは、それだけみなさん仲が良いんですね。」
「そうでもないけどなぁ。よく言われるんだけどね“仲良いですね”って。自分たちは仲良くしてるつもりはないんだけどね。」
「…それだけ気を遣うこともなく、みなさんそれぞれが自然体だということじゃないでしょうか。それが周りからはすごく仲良く見えるのかもしれませんね。“仲良くしよう”なんて思って接していないわけですから。仲が良いことがみなさんの中では当たり前、なんじゃないですか?」
「当たり前…ねぇ。」
「喧嘩もきっとないんですよね。」
「喧嘩かぁ、くだらない喧嘩はあるけどね。」
「…じゃあさっきのも−」
「え?さっき?」
「…あ、いえ、何でもないです。」
しまった、つい口から出ちゃった。
「さっき?俺たち、喧嘩してた?…何かあったっけ?」
え、忘れたの?
つい数分前の話なんですけど…
「ええと…あの、さきほど高見沢さんと何だか…」
それに桜井さんのこと睨んでたし…
「…あ、ああ、あれ?あれは喧嘩のうちに入らないよ。ちょっと…高見沢が余計なことを言おうとしてたから止めただけで。」
余計なこと?
高見沢さん、何言おうとしてたんだっけ?
“気をつけて”とか何とか…
「あんなやりとりは日常茶飯事。ステージとかでもやってるしね。」
「コンサート、歌だけじゃなくみなさんのトークも楽しそうですね。」
「歌聞きにきてるのに大笑いして“面白かった”って帰っていく人多いよ。」
…なんだ、私間違ってないのかも。
それならそういう感想を言っても大丈夫そうね。
「それは楽しみです。」
「歌も楽しみにしててね。」
「あはは、はい、それも楽しみにしています。」
「…僕も佐藤さんに色々聞きたいんだけど、聞いてもいいかなぁ…」
「え?わ、私ですかっ?」
驚いてそう聞き返すと、
「うん。」
と頷き、まるで人懐こい犬のように微笑んだ。
「…っ」
彼のその笑顔に、カーッと身体が熱くなる。
…心臓がいつか止まるかもしれない、大げさでも何でもなく、本当に心の底からそう思う。
“ドキッ”とかそんな次元はすでに超えている。
心臓だけでなく、全身の血が逆流しているような感覚だ。
末端冷え性の人は、もしかしたらこの一瞬で治ってしまうかもしれない。
どうしてこの人は、いつもこんな風に笑いかけるんだろう。
女の子、みんな誤解しちゃうわよ。
…あ、だから高見沢さん、気をつけろって言いたかったのかしら。

「…あ、聞かれるのいや?」
「え?あ、いえっそんなことはないです…っ 何でも聞いて下さい…っただ、面白い答えは何一つ…ないと思いますが…」
「芸人さんじゃないんだからさ、何も面白いこと言わなくてもいいよぉ。」
そう言って坂崎さんはクスッと小さく笑う。
いや、でも、最近は作家にも面白さを求められることがあるし…。
って私がメディア出演なんて、今後もないからそんなこと考えなくてもいいとは思うんだけど。
「佐藤さんは本名?」
「あ、私ですか?佐藤は本名ですが、下の名前は違います。佐藤という名字はどこにでもありますし、どこにでもある名字だからこそこう…紛れていいかな、と思いまして。」
「なるほど。珍しい名字だと覚えやすいよね。高見沢なんてさ、本名だよ?格好いいよね、あんな本名。」
「本名なんですか?それはすごいですね。私はてっきり…」
「だよね、でも本名なの。見た目と名前のイメージが一致してるのってすごいよね。」
「そうですね。」
「佐藤さんの…下の名前は聞いていいのかな?極秘?」
「あはは、公表はしていませんが極秘とかではないですよ。美弥って言います。美しいに弥生の弥です。名前負けしているので本名でデビューするのはやめた方がいいかなって…」
「名前負けなんてしてないよ。佐藤さんにぴったりな名前だと思うな。」
「そ、そう…ですか?」
そんな風に言ってもらえたの、初めて…。
「うん。いい名前だね、美弥ちゃんって。」
……。
どう…しよう。
すごく…嬉しいよ。
名前負けしてないって、いい名前だって言ってもらえるなんて、本当に初めて。
もしお世辞だったとしても…ううん、きっとお世辞だと思うけど、それでも嬉しい。
すごく…すごく嬉しいよ。
でも、“美弥ちゃん”って呼んでくれたことの方が、何倍も何十倍も嬉しいな。
雲の上の存在である坂崎さんに、ちょっとでも近づいたような…そんな気がして。
それに、相変わらずドキドキするけど、不思議なくらい気持ちは穏やかになってる。
ここに来た理由さえ、忘れかけてるもの。
彼の口から出てくる言葉は、まるで何かの魔法みたいにホッとする。
「あ、ありがとうございます。そんな風におっしゃっていただけるなら、本名でデビューすればよかったですね…っ」
「うん、全然大丈夫だったと思うよ。」
そう言って、また彼はにっこりと笑った。
この笑顔もきっと魔法の一つね。

「佐藤さんってさ、どんな時にこう…話が浮かぶの?作家さんの頭はどうなってるんだろうってすごく不思議なんだよね。こうやって人と話してる時にも話を考えてたりするのかなぁって。」
「話ですか…。これは…そうですね、たぶん音楽と同じなのではないかな、と思います。」
「音楽と?」
「はい。きっと音楽も、何かを見たり聞いたりした時にメロディや詩が浮かんだりすると思うのですが、物語も同じなんです。感じたことが音楽になるか物語になるかの違いかな…と私は思います。」
「…伝える手段が歌か物語かの違いってことかぁ。」
「そう…思います。」
「じゃあ僕たち歌手と佐藤さんたち作家さんとは、似てる部分が多いかもしれないね。」
「そうですね。作家は賞をとって売れないと世間は認めてくれませんし、歌もヒットしないと認めてもらえないですし。どちらも厳しい世界ですね。」
「そうだね。…僕達も認められるまでに長くかかったからなぁ…」
「…え、そうなんですか?私はてっきりデビュー曲で大ヒットしたのかと…」
「ううん、違う違う。よく言われるけどね、“メリーアン”はデビューして10年だから。」
「10年ですか。」
…私と…似てる。
「そう。それまでに色々あったんだよ。アイドル路線でのデビューだったり、発売予定のレコードが発売中止になったり。ほら、若いから自分たちの意志じゃなくて周りに流されてたんだよね。流されるがままって感じ。おかげでそんなことばっかりになっちゃったんだろうだけどね。」
「……」
「…でも、それがその時の自分たちの実力だったのかも。大学生がさ、ポンッとデビューして簡単にうまくいくはずがないよね。甘かったんだよね、僕達は。」
「…きっと、私も甘かったんですね。」
「え?」
「…私、来年でデビューして10年になるんです。学生の頃、作家になるんだって簡単にデビューを決めてしまって…。おかげで未だに賞の一つも取れない三流作家です。もっとしっかりデビューする前に学んでおくんだった、と今更ながらに後悔しています。」
「…そっか。佐藤さんはデビューしてもうすぐ10年なんだね。」
「はい。」
それなりにたくさん苦労はしてきた。
ポンッと出てきた若手の作家たちに比べれば、私の苦労なんて何倍もすごいと思う。
坂崎さんたちの苦労も、一言では語れないほど色々あったんだろう。
そのたくさんの苦労が今に繋がって、彼らは今の地位を手に入れている。
私は…といえば…。

「若いからこそ、できたことだよね。今考えると、バカだなぁって思うよ。でも、いいことでもあると思うな、僕は。」
「そう…ですか?」
「うん、その時の勢いで突進することも時には必要なんだと思うんだ。その自分の力を信じることも大事だし、自分を試すことも大事なんだよね。試してみなきゃ自分のダメな部分にも気がつかないしね。失敗して色んなことに気づいて成長していくことが今に繋がるんじゃないかな。なかなかすぐには繋がらないけどね。」
「……」
「佐藤さんもいつか、そうなる時が来るよ。」
私の心を見透かしたかのような台詞。
「私にも…そんな日が来ますか?とても来てくれるとは…」
「今はたぶん、気分的にも上向きじゃないからね。やってきたこと全部が無意味だったんじゃないかって思ってしまう時期かもしれないね。全部投げ出したくなる時、僕にもあったよ。あれもこれも頑張ってるのに、何で認めてもらえないんだろうって。そういうの辛いよね。」
「はい…」
自分と似たような道を辿ってきた坂崎さんの言葉は、私の気持ちそのものだ。
そして経験したからこその彼の言葉には、計り知れない重さと深さを感じる。
私にはない、心の強さも…。
「…佐藤さんはどうして作家になろうって思ったの?」

“どうして作家になろうって思ったの?”
それは最近、一番考えること。
私自身もずっと繰り返しどうして作家になろうと決めたのか、それを考えている。
作家になる前の熱い気持ちを思い出そうとしてみるけど、はっきりとは思い出せない。
きっかけはあったはずなのに…。
「…きっかけがあったはずなんですけど、昔のことすぎて…これ、という理由がはっきりと思い出せなくて…」
「あはは、そういうことあるよね。…僕は、結構簡単な理由だったよ。」
「そうなんですか?」
「うん。二人と…桜井と高見沢と歌いたかったんだ。ただ、それだけ。」
「お二人と歌いたかっただけ…ですか。」
「そう。プロになりたいな、と思ったのはもっと後だよ。僕はただ単に桜井の声に惚れて、あいつと歌いたい!って思っただけなの。で、高見沢も連れてきてさ。ほら、高見沢は高い声でしょ?三人でハモッたら…病み付きになっちゃって。そうしたらここまで来ちゃった。」
「そうだったんですか…」
「うん。…もしかしたら佐藤さんも、思い出してみたらすごく簡単な理由かもしれないよ。最初からなりたいものが決まってる人なんてなかなかいないしね。ちょっとしたきっかけ、偶然の何かがあって今の世界にいる…まぁ、高見沢に言わせればそれは“偶然”じゃなくて“必然”だってことらしいけどね。桜井と僕に出会ったのも“必然”なんだって。」
照れくさそうに、でもとても嬉しそうに坂崎さんは笑う。
“必然の出会い”とメンバーに言われて、こんなに嬉しそうな顔をしておいて、 “そんなに仲良くない”とよく言えたものだ。
誰がどう見ても同じことを思うだろう。
「…やっぱりみなさんとっても仲が良いんですね。」
「え?どうして?普通だよぉ。」
そろそろ誰か教えてあげてほしい。
きっと彼は自分が二人のことを話す時に、とっても嬉しそうな顔をしていることに気づいていない。
でも、もう何度となく周りから言われていると思う。
この世界は長いんだし。
それでこの反応なのだから、彼にとってメンバー同士仲が良いことは本当に“当たり前”なんだろう。
言ったところで彼はそれでも“普通だ”と言う気もする。

「いえいえ、やっぱり仲良しですよ、みなさんは。」
「いやいや、本当に普通だから。特別仲が良いわけじゃないよ、本当に。どうして信じてくれないかなぁ…。」
そう言った彼の困ったような笑顔は、この世界で成功したことより、二人と一緒に居られることの方が何より嬉しく思っているように感じた。

…やっぱり仲良しなんじゃん。


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