EVERYBODY NEEDS LOVE GENERATION

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終わらなさそうな二人のトークを密かに楽しんでいると、桜井さんがふいに私を見た。
…き、気づかれたかしら…。
「佐藤先生のことは坂崎からうるさいぐらい聞いてますよ。」
桜井さんはそう言ってニカッと白い歯を見せた。
「えっ?」
「ね、幸之助ちゃん。」
「そ、そりゃ言ってるけどさ、何も佐藤さん本人に言わなくても−」
少し慌てたように坂崎さんが言う。
…や、やだ、何か恥ずかしい……。
いや、でも…嬉しい……。
「何でだよ。ご本人に言わなきゃ伝わらないでしょ。でもごめんね〜俺まだ本読んでなくて…。」
「あ、そんな、お気になさらず!本は好みもありますから!大した作品ではありませんので、無理して読んでいただかなくても−」
「いや、読んでみようと思ってるんですよ?でもねぇ〜最近めっきり老眼で…」
「老眼…ですか。」
「そうなんだよね。もうちょっと大きな字で本を作ってもらえると私のようなオヤジでも読めるんですけどねぇ。」
「何言ってんの。大きな字の本でも読まないじゃん。」
坂崎さんはそう言いつつ苦笑した。
「あらっ 人のこと言えないでしょ、あなた。あなただって本なんてほとんど読まないでしょうに。」
え、そうなの?
「そうなんですか?」
と私が尋ねると、坂崎さんはやや困ったような顔で、
「…いや、うん…まぁ…どうかなぁ…」
とぼそぼそと呟いた。
「何ごまかしてんの。佐藤先生、こいつねぇ−」
「さっ」
―ガチャッ―
「坂さんっすみませんっ」
突然棚瀬さんが入ってきた。
「な、何だよ、慌てて。」
「ちょっと来てもらえますかっ」
「な、何。」
「とにかく来て下さい!ちょっと見ていただきたいんですよっ」
やけに慌てている。
何か問題でもあったのかな。
「はぁ?何か問題でもあったの?」
「そうなんですよっ あっ佐藤さん、すみません!ちょっと坂さんお借りしますっ」
わたわたしながら坂崎さんの腕を取って引っ張った。
「分かった分かった。行くから!佐藤さん、ごめんね。ちょっと待っててくれる?」
「あ、はい…いや、あの、すみませんっ お忙しいようですし、私はそろそろ−」
「えっ」
意外にも、ものすごく残念そうな顔で坂崎さんが私を見た。
え、そんな顔されたら帰りにくいよ…。
そりゃ、残念がってもらえるのは嬉しいけど…。
だってこんな開演前に私なんかが長々といたら邪魔でしょう?
もう、30分近くここにいるんだもの、そろそろ帰った方が…
「佐藤先生、開演まで他に用事でも?」
桜井さんにそう問いかけられる。
そんなのあるわけないよ。
ここに知り合いなんて他にいないんだし。
「いえ、何も…」
「それじゃあ、もうちょっと居て下さいよ。坂崎もすぐ戻ってきますし。なぁ、坂崎?」
「う、うん。すぐ、戻るし…」
不安げな顔で坂崎さんが私を見る。
…あの…そんな顔で見られたら余計帰れなくなっちゃうよ。
居てもいいと言ってもらえるのなら居ますけど…
さっきの話の続きも…気になるし。
本当に邪魔じゃない?
「ほら、ね?…まぁ、私じゃ役不足ですけど、坂崎が戻ってくるまで…そうですね、手品でもいかがですか。」
「えっ手品ですか?桜井さん、お得意なんですか?」
「得意ってほどでもないですけどね、趣味で。ステージでもたまにやってるんですよ。…客席から見えない程の小ネタですけどね。…ほら、坂崎。行ってこいよ。」
「…あ、うん。じゃあ、ちょっと行ってくる。佐藤さん、すぐ戻ってくるから待っててもらえる…?」
「あ、はい。…お、お待ちしてます。」
私の言葉を聞いて、坂崎さんはパッと笑顔になった。
う…わっ
…かっ可愛いんですけど…っ
ああ、もう…
格好よかったり可愛かったり何なのよ、この人は…っ
「うん、じゃあちょっと行ってきます。桜井!」
「あ?」
「…余計なこと言うなよ?」
「…へいへい。」
は?余計なこと…?
坂崎さんは歩きながら、まだ何か言いたそうな顔で桜井さんを見つめている。
坂崎さん、何か睨んでない…?
…実は二人は仲が悪いとか?
今までのはうわべだけのトーク?
いや、あれがうわべトークだったら非常に怖い。
「坂崎、怖い顔して睨まないでくれる?早く行ってこいよ。」
「行ってくる……」
まだ睨んでますけど…。
扉を閉めようと振り返った坂崎さんは、私と目が合うと、ニコッと笑ってドアを閉めた。
よ、よかった…睨まれなくて…。

棚瀬さんと坂崎さんの足音が遠ざかっていくと、閉まったドアを眺めながら桜井さんが声を上げて楽しそうに笑った。
「…あははっ 可笑しいなぁ、坂崎のやつ!」
「…え?何がですか?」
振り向くと、さも可笑しそうに笑っていた。
あんなに睨まれていたのに何が可笑しいんだろう。
「いやね、坂崎に余裕ないなぁと思って可笑しくて。あ、まぁまぁお座り下さい。大したイスじゃございませんけど。」
そう言って目の前のイスを勧められたので、素直に座った。
桜井さんも傍のイスを引き寄せて腰掛ける。
「あいつねぇ、佐藤先生の本、本当に好きなんですよ。」
「え、ああ、あの、信じられませんが坂崎さんにそう言われました…非常にもったいないお言葉で…」
「一人の作家さんの本を読破してるのは…初めてじゃないかなぁ。」
「…え?そうなんですか?…そういえば先ほど本はあまり読まない、という感じでしたね。」
「うん、何でごまかそうとしてたのか分からないけど、ほとんど読まないですよ、あいつは。高見沢は本好きだから色々読んでますけどね。小難しい本とか持ち歩いてたりしますからねぇ…私は読む気にもなれませんよ。新聞は読みますけどね。主にスポーツ面ですかねぇ…野球の記事は必ず見ますね。そう、野球!今年のプロ野球はどんな風になるんでしょうね。どこが優勝すると思います?私は巨人ファンなんですよ。佐藤先生は…あ、野球に興味がなさそうですね、はい、じゃあこの話題はここで止めときます。」
「あはは…」
何か面白い人だなぁ。
あんまり喋らない人だと思ってたけど、違うのね。
「えっと、何の話でしたっけ?」
「え…と…高見沢さんは本好きで−」
「ああ、そうそう。坂崎はほとんど読まないって話でしたね。そう、読まないんですよ、あいつ。まぁ、あいつが言うように私もあんまり読みませんけどね。だから坂崎が佐藤先生の本を読んでるって聞いた時は、私も高見沢もびっくりしましたね〜。”えっ坂崎がっ?!”って。周りもみんな驚いてましたよ。よほど佐藤先生の書く物語が気に入ったんでしょうね。」
「そんな…」
「先日の…ほら、文学賞の時。」
「あ、はい。力及ばず落選してしまいまして…」
「いや、そんなことはないと思いますよ。文学賞の当落っていうのは審査する人間の好みにもよるんでしょう?”斬新”だとかそんな作品が選ばれやすいと私は思うんですよ。先生のような…まぁこれは坂崎の見解ですけど、佐藤先生のような正統派の作家さんはなかなか選ばれないんだ、とあいつは言ってましたよ。まるで評論家のような口ぶりでしたね。日ごろから本を読んでる高見沢が言うならまだしも、坂崎が言うんですからね、笑っちゃいますよ。よほど好きなんですね、あいつは。」
…す、好き……
っていやいや、違うでしょ。
私の本がってことに決まってるじゃない。
何考えてるのよ私ってば!

「だから佐藤先生に会えた時は相当嬉しかったようで、それはもう満面の笑みで報告してきましたよ。」
…そうだったのか…。
それなのに私はあんな態度をとったわけだ。
本当今更だけど自己嫌悪……
「今日も相当嬉しいようですね。さっきのあの顔見たでしょ?“そろそろ帰る”って佐藤先生が言った時の顔。あれは本当に“えっ帰っちゃうのっ?!”って顔でしたから。」
「え、あ、そ、そうなんですか…?」
「ええ、かなり。だからもうちょっと居てやって下さい。たぶん、本当はもっと色々ゆっくりお話したいんだと思いますよ。今日はコンサートであまり落ち着いて話ができないですけどね。…すでに色々聞かれましたよね?」
ククッと笑って桜井さんはそう言った。
「え?聞かれる…んですか?いえ、特には何も聞かれていないと思いますが…」
そういえば何について話したっけ。
緊張しすぎてて忘れてるわ。
でも特に何も聞かれなかったと思ったけど…。
「あれ、何も聞かれてない?」
「?え、ええ…私が体調を悪くしたのをご存知なので、体調の話とか…あとは…ああ、そうです。クラシックとアルフィーの曲を合体させたことがある、とか。アルバムが出ているそうなので買います、とか…そんな話をしてました。」
「…はぁ、そうですか。ほぉ〜そうなんですか。」
「ええ…」
「僕はあいつのことだから、すでに根掘り葉掘り聞かれていると思ってましたよ。」
「根堀り…葉堀り…ですか?」
「ええ。…あいつ聞いてないのか、珍しいなぁ…」
桜井さんは何が言いたいんだろうか。
根掘り葉掘り聞くって…何を?
「あの、何を−」
「え?ああ、その……いや、まぁそれはあいつが聞くまで言わない方がいいでしょうね。さっき“余計なこと言うな”って釘刺されましたからね。…あ、そうか、だから釘刺したんだな、あいつ。」
桜井さんは一人でウンウンと頷いた。
「は…?」
「いやいや、そのうち分かりますから。」
何、その意味深発言は。
気になるじゃない。
…もう。
さっきから気になることばっかり!
すっきりさせに来たはずなのに、違うことでモヤモヤが増えちゃってるわっ!

「佐藤さん!お待たせ!」
ドアが開き、坂崎さんが勢いよく顔を出した。
ちょっと息も荒い。
そんなに急いで戻ってきてくれたんだ。
何故だかそんな小さなことに妙に感動する。
「おかえり、早かったな。問題は解決した?」
「あ、うん。そんな大した問題でもなかったよ。大げさなんだよ、棚瀬は。」
「はは、小さなことも大きなことにして伝えないと俺たちが動かないからじゃないの?」
「まぁ、そうかもしれないね。…ごめんね、佐藤さん。桜井にいじめられなかった?」
「失礼だな、おい。」
「いえ、色々お話して下さって。楽しい方ですね。」
「いえいえ、楽しいというよりただのおちゃらけた人間ですよ。」
「色々…って何?桜井、何話したの?」
「え?何って…ねぇ、色々だよね、佐藤先生。」
「え、ええ。そうですね、色々。」
「…俺の話?」
「坂崎の話?どうかなぁ…坂崎の話なんてしたっけなぁ。」
「とぼけるってことは話したんじゃん。変なこと言ってないだろうなぁ。」
「変なことは言ってませんよ。ねぇ、佐藤先生?」
「そ、そうですね。変なことは…何も。その…坂崎さんが私のような三流作家の本を気に入ってくださっているという、非常に有難い話を桜井さんから−」
「ふ〜ん…桜井から…ねぇ…」
「釘刺されたからね、“余計なこと”は言ってませんよ。…さて、じゃあ私はこれで。今日はコンサート楽しんでいって下さいね。」
立ち上がった桜井さんに続けて私も腰を上げた。
「はい、色々お話ありがとうございました。とっても楽しかったです。」
「いえいえ、こちらこそお会いできて嬉しかったです。これからも執筆頑張って下さいね。今度お会いする時までにはちゃんと本読んでおきますので。」
「ああ、そ、そんな、それはあの、本当にお気になさらないで下さい…っ 今日のコンサート、楽しみにしていますっ」
「ええ、楽しんでいって下さい。それじゃあ。」
うっすらとサングラスから目が透けて見えた。
サングラスの奥の優しげな目が、彼の人柄を物語っているような気がした。
「じゃ。」
ポンと坂崎さんの肩を叩き、桜井さんは部屋を出ていった。

坂崎さんは出ていった桜井さんを妙に気にしつつ、イスに腰掛けた。
「佐藤さん。」
「はい?」
「桜井と色々話したって?」
「え?ええ、まぁ、高見沢さんのこととか、坂崎さんのこととか。桜井さん、楽しい方で面白かったです。」
「僕の話は何て?」
「え?その…さっき」
「佐藤さんの本を気に入ってるって…話?」
「ええ。」
「それだけ?他には?」
「他…ですか?他には特に…。お話していたのは5分ぐらいでしたし、あまり詳しい話は何も…」
「…あ、そうか。そうだよね。すぐ戻ってきたからあんまり話してないか。」
「ええ…」
何を気にしてるんだろう?
桜井さんが何を話したか気になってるみたいだけど…。
よほど桜井さんに話されちゃマズイ話題とかがあるのかしら。
それなら聞いておきたかったなぁ…なんて。

「ごめんね、何かバタバタしちゃって。ゆっくり話もできないね。」
「い、いえ、こちらこそお忙しいところにお邪魔してしまって…。」
「ううん、僕も引き止めちゃってるしね。…お茶、もうなかったよね?」
「あ、いえ、もう十分いただきましたので。」
「そう?遠慮しなくていいよ。」
「大丈夫です。ありがとうございます。」
「そっか。飲みたくなったら言ってね。棚瀬呼ぶし。…あ、でも棚瀬とかが来たら邪魔だからあんまり呼びたくないなぁ…」
邪魔って…。
あんなに甲斐甲斐しくお世話をしてくれてるのに邪魔扱いかぁ…棚瀬さん可哀想。
そう思いながらも、何だか笑ってしまう。
棚瀬さんはそういうキャラが似合う気がした。
報われない人、というか…そんな感じ。
…失礼だけど。

棚瀬さんの顔が目に浮かんだ。
さすがにこんなときは彼も泣き顔で出てくると思ったけど、思い浮かんだ彼の顔は、やっぱり笑顔だった。


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