EVERYBODY NEEDS LOVE GENERATION

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−13−

坂崎さんと高見沢さんが面白トークを繰り広げるなか、何とか下手なサインを書き終えた。
おずおずと高見沢さんへ差し出す。
「こんなんで…よろしいでしょうか……」
ダメと言われてもこれしか書けないんだけど。
「ありがとう!嬉しいなぁ!しばらく部屋の一番目に付くところに開いて飾っとく!」
「かっ飾るようなものではないですっ本棚の隅の…それも奥の方へずずいとしまっていただいて構いませんからっ」
「佐藤さん、それじゃサイン見えないよ。」
坂崎さんに苦笑されたが、見えなくて結構!と内心思う。
「そうだよ〜。せっかくのサインなんだから飾らないと!」
「そうだね。…あ、何なら写真撮らせてもらう?カメラなら…いくつか取り揃えておりますが?」
しゃ、写真っ!?
とんでもない!
「お!撮って撮って!先生!いいよねっ」
うっ…。
キラキラと輝く眩しい笑顔で言われたら、どう断れと言うのよ…。
しかもこの彼の衣装と私のこの服装で撮れというの?
絶対私はマネージャーにしか見えないわよっ!

「ほら、佐藤さん。並んで並んで。」
坂崎さんがいつの間にか手にカメラを持ってカメラマンになっていた。
「ほ、本当に撮るんですか…っ」
「あ、いや?こんな派手なやつと写真撮るのは。」
「派手で悪かったな!」
「え、いやっそういうわけでは…っ」
そう、別に高見沢さんと撮るのがいやなんじゃない。
この、今の自分が写真に残るのがいやというか…。
元々写真の写りは悪いし。
素材が素材だし。
そ、それに何故だか坂崎さんに写真を撮ってもらうっていうのは恥ずか…
「はーい、佐藤さーん、こっち向いてー。」
「…え、えっ?」
あれこれ考えているうちにすでに撮る体制になってしまっていた。
ああ、もう…。
自分のどんくささに嫌気がさす。
私ってどうしていつもこうなんだろ…

「佐藤さん、撮るよ〜。」
そう言われて何とか笑顔になろうと口元を上げてはみるが、どうも引きつった笑いにしかなっていない気がする。
カメラを構えていた坂崎さんがやや苦笑いで一旦構えていたカメラを下ろした。
「佐藤さん、笑顔が引きつってるよ。」
「え…あ…」
やっぱり?
苦手なんだよね、カメラに向かって笑うの。
どうやって笑えばいいんだろう。
「す、すみません…」
「もしかして写真撮られるの嫌い?」
「あ、そうなの?ごめん、いやだった?」
二人が交互に申し訳なさそうに言う。
「いえ、そんなんじゃないんですっ 写真、というよりカ、カメラに笑顔を向けるのが下手でして…どうも上手く笑顔を作れなくて…」
「ああ、そうかぁ。そういうことってあるよね。どんな顔して写ればいいのか分かんないときあるもんね。俺も撮られるより撮る方が好きだもん。」
「じゃあ、坂崎が佐藤先生を自然な笑顔になるようにしてあげなきゃな。」
「え?俺?」
「だって撮るの好きなんだろ?撮る時って撮られる人をリラックスさせてあげるもんなんじゃないの?おまえん家のネコたちもそうやって撮ってるんだろ?」
「え、うん、まぁ…そう…かなぁ…。」
「じゃあカメラマンであるおまえが頑張れば、佐藤先生はおまえん家のネコと同じように自然にいい表情になる!」
…私はネコと一緒…?
「あのねぇ、佐藤さんはネコじゃないんだからさぁ。」
案の定坂崎さんに言われた。
が、高見沢さんも負けていない。
大きな目をさらに大きく見開いて、何言ってんだよ、と口を尖らせた。
「ネコも人間も一緒だって。だってさ、“可愛いね”とか“格好いいよ”って言われたら誰だって嫌な気持ちにはならないだろ?つい笑っちゃうじゃん。そういう風に撮ればいいんだよ。…ってそのくらいおまえ分かってるだろ、俺が言うことじゃないじゃん。」
「そりゃ分かってるけどさ…」
坂崎さんは何だか困ったような表情で私を見た。
どう見たって私は可愛いネコには見えないと思う。
それが自分自身よーく分かっているだけにとても申し訳ない気持ちになった。
「…あの、高見沢さんっ?」
「え?」
「ネコは可愛いですけど、そんな可愛くない人間を可愛いネコだと思うのには無理がありますよっ」
「え、そうかなぁ…佐藤先生−」
「そうなんですよっ!自分のことは自分がよく分かってます!私がきれいなモデルさんならともかく、こんな−」
「可愛いよ。」

…え?
ポカンとして高見沢さんの顔を見たが、彼はあさっての方向を見ていた。
今の台詞は彼ではない。
もちろん私であるはずがないし。
「だよな、おまえもそう思うよな。」
高見沢さんがそう言った。
彼がそう声を掛けた人は…
それは紛れもなく…
「うん。前から言ってるんだけどね。佐藤さん信じてくれないんだよね。」
やや呆れ顔の坂崎さんだった。
さっきの台詞、さ、坂崎さんが言ったの?
あんな…サラッと?
まさか…私の聞き間違い…よね。

疑いの目を坂崎さんに向けると、彼は苦笑いを浮かべながら、
「ほら、やっぱり信じてないし。」
と言った。
え、だって…さっきのは絶対聞き間違い…
「俺、信用ないみたいなんだよねぇ。」
「え、あ、いや、そういうつもりは…」
「佐藤先生、坂崎はこんなやつだけどさ。」
「こんなやつって何だよぉ!」
「こんなやつじゃん。」
「……」
「こんなやつだけどさ、根はいいやつだから。信じてあげてよ。」
「…根、だけかよ。」
ややふてくされた坂崎さんがぽつりと呟く。
「いえ、そんな、信じてないとか…そういうことでは−」
「いや、そりゃ色々他にもいい所あるよ?ちっちゃくて可愛いしさ。」
「何か小動物みたいな言い方だなぁ…」
「ある意味小動物みたいなもんじゃん。…ほら、肩に乗りそう。上手くいけば手にも乗れ…」
「手に乗れるかっ」
手乗り坂崎さん……可愛いかも。
ちょっと欲し…っていやいやいやいや。

「うん、まぁさ。とにかく、坂崎は悪いやつじゃないから。ちょ〜っと意地悪で女好きだけどね。」
「一言多いよっ」
「嘘は言ってないよ。」
「……」
否定しないってことはそうなんだ…。
「…あ、でも…そういう意味だと、佐藤先生気をつけた方がいいよ。」
「え?」
「こいつ−…いたっ!」
高見沢さんは突然頭を抱えて顔を歪めた。
「ど、どうしま…」
「痛いなぁ!髪ひっぱるなよ!」
いつの間にか坂崎さんが高見沢さんの傍にやってきて、高見沢さんのキューティクルな髪をひと束ギュッと引っ張っていた。
その顔は、何と言うか…無表情で…ちょっと怖い。
「だって高見沢の髪って目障りなんだもん。」
…め、目障りって……
「だからってひっぱるなよっ痛いんだぞっ」
「ちょっとくらい抜けても平気でしょ。多いんだから。」
「そういう問題じゃっ」
まだまだ噛みつかんばかりの勢いで高見沢さんは口を開いたが、坂崎さんの顔を見た途端口をつぐんだ。
「…何。」
「坂崎怖いよ。何怒ってんだよ?」
「…怒ってないよ。気のせいでしょ。」
…いや、何か…怒ってるっぽい……。
だって声がやけに冷静だし…。
「……」

さすがの高見沢さんも押し黙ってしまった。
怒らせた理由を探っているのか、高見沢さんは何やら思案顔で坂崎さんを見ている。
…私は…どうしたらいいんだろうか。
助けを求めるように、部屋の隅にいる棚瀬さんを見た。
すると、何故か彼だけがニコニコと微笑んでいた…というより笑いをこらえているような感じだ。
こんな時に何笑ってるんだろう。
普通はマネージャーが“まぁまぁ”って割って入るものじゃないの?

「棚瀬。」
坂崎さんが冷静な口調で言った。
「はい。」
「笑ってないで仕事してきなさい。」
「…はい。」
返事をしても、棚瀬さんの笑顔は消えない。
怒っている坂崎さんに笑顔でいられるなんて、すごい。
「佐藤さん、それでは私はちょっと仕事に戻ります。」
「あ、はい。お忙しいところ色々とすみませんでした。」
「また、後ほど顔出しますので。」
「来なくていいよ。」
坂崎さんが冷たく言い放つ。
…まだ怒ってるみたい……。
「…坂さんはああ言ってますが、必ず来ますので。」
そう私に小声で言い、棚瀬さんは部屋を出ていった。

えっと…。
この状況、私はどう対処したらいいんでしょう。
高見沢さんは考え込むように押し黙ってるし、坂崎さんは何かに怒っているし。
どちらにも声をかけにくい。
そ、そろそろ帰るべきかしら…。
いや、でも今私が帰ったらこの二人は一体どうなるんだろう…


−コンコン−
坂崎さんの返事を待たず、ドアが開いた。
「坂崎ぃ、高見沢いる?」
顔を出したのは、何と、サングラスとヒゲがトレードマークの桜井さんだった。
うわーっ アルフィーが勢ぞろいだわっ
こ、こんなところに私がいるなんて…っ
何かの間違いじゃないのっ
「いるよ。」
「何?」
「あーいたいた。…あ、すみませんね、来客中なのに。何かさ、クルーが確認したいことがあるって。俺じゃ分かんないんだよ。」
「確認?ふーん、分かった。行くよ。じゃあ、佐藤先生。サインありがとう!写真はまた今度!」
「あ、はははい。こちらこそ、お会いできて楽しかったです。今日のコンサート、頑張って下さい!」
「うん。楽しんでいってね。じゃあ!」
いつの間にか元のキラキラした眩しい笑顔に戻り、ロングジャケットをひるがえして高見沢さんは部屋の入り口に立つ桜井さんの所へ向かった。

桜井さんは、自分に向かってくる高見沢さんの姿をしげしげと見つめた…ように見えた。
だってサングラスしているから視線がどこに向いているのか分からないし。
「その衣装新作?」
予想通り、桜井さんは高見沢さんの衣装を見ていたようだ。
「そう!どう?」
「どうって…相変わらずキラキラしてんなぁ。裾長いし。ステージで引っ掛けたり踏んだりして転ぶなよ。」
「大丈夫。転びそうになったら桜井に掴まるから。」
「やだよ。」
桜井さんは眉間にシワを寄せ、ものすごく嫌そうな顔をした。
ちょっと怖そう…。
「ねぇ、これ着てみる?」
「…白ぉ?これは無理だろ。美白のたかみーだからこその衣装でしょ。おまえしか着れないよ。俺が着たらバランス悪そう。」
「…そう?俺だけしか着れないかなぁ…。そうでもないと思うけど。ね、これ似合ってる?」
「似合ってる似合ってる。まさに“高見沢俊彦!!”って感じでまた客席から大きな歓声が上がるよ。」
「へへ、そうかなぁ…」
照れくさそうに自分の衣装を見下ろした彼に、
「かなり似合ってると思うぜ。やっぱりこういう衣装は高見沢しか着れないな!さすが王子!」
と桜井さんがダメ押しのように褒め称えた。
「へへっ」
「クルーんとこに行くついでにみんなに見せてやれよ。」
「うんっ そうする!じゃあ先生!また!」
「あっは、はいっ」
高見沢さんは満足そうな笑みを浮かべ、ジャケットの裾をひらひらさせながら上機嫌で部屋を出ていった。

そんな後ろ姿を目で追いながらクククッと桜井さんは笑うと、ドアを閉めた。
「単純でしょ?あいつ。」
と桜井さんがこちらを向いて言う。
「…え?…え、あ…いや…」
“そうですね”なんて言えないわよ。
たとえそう思っても。
「桜井、佐藤さんを困らせないでよ。」
坂崎さんがすかさずフォローを入れてくれた。
何だか嬉しい。
…あれ、でもさっきまでは坂崎さんにからかわれて困らされてた気がするけど…な?

「はは、ごめんごめん。こちらが佐藤先生?」
「ははははいっ 佐藤です!よろしくお願いしますっ」
「初めまして、桜井です。お会いできて光栄です。」
スッとさりげなく頭を下げてそう言った桜井さんは、とても優雅に見えた。
何だか声も優しげで落ち着いた印象だ。
テレビに出ている時とか歌っている時とちょっと雰囲気が違う…かなぁ…。
衣装は…これ、衣装よね?
高見沢さんとは正反対で、シンプルにスーツにネクタイ。
アクセサリーも特にない。
かといってサングラスが派手か、といったら特に派手さはなくて、本当に高見沢さんとは正反対な衣装だ。
…衣装、だよねぇ?
スーツはとても似合っているけど、これが衣装なのかどうかは私には断定できない。
本当に、三人はバラバラな服装なんだ、とようやく棚瀬さんの言葉に納得した。

「こ、こちらこそお会いできて嬉しいですっ!」
「こいつ、怖そうに見えるけど見た目だけね。小心者で、そんでもってお調子もん。」
坂崎さんがニコッと笑って桜井さんを指差す。
あら、そうなの?
意外だなぁ。
あ、坂崎さん今笑ったよね?
機嫌直った…のかな?
よかった。
「嬉しくない紹介の仕方だなぁ。」
苦笑う桜井さんをしげしげと眺めていると、私の視線に気づいたのか、
「そうなんです。小心者だからこんなのしてるんですよ。」
と言って少し照れくさそうにサングラスを指差した。
「見た目こんなんで三人の中で一番年上っぽいけど、実は一番下だしね。」
「ええっ」
「三人とも同い年なんですけどね、誕生日が一番遅いの。これでもね。坂崎が一番上なんですよ。」
「えええっ」
ギョッとして坂崎さんを見た。
どう見ても三人の中で一番年下にしか見えない。
というより三人が同い年って…その事実が何よりすごい。

「一番上って言っても高見沢とは二日しか違わないんだけどね。」
「はぁ…。すごく意外です…。」
「びっくりでしょ?こんなにちっちゃくて可愛いのにねぇ。」
「高見沢と同じこと言わないでよ。」
「だって本当のことだもん。俺嘘は言ってないよ、幸之助ちゃん。」
幸之助ちゃん、だって。
可愛い…。
「だから“幸之助ちゃん”はやめてよ。」
「だってあなたの名前は幸之助。」
「だからって”ちゃん”はやめようよ。」
「え〜いいじゃん。可愛いじゃん。それにあなたみんなからは“幸ちゃん”って呼ばれてるじゃないの。」
「“幸之助ちゃん”は何かヤなのっ」
「なんでよ。可愛いのに。」
「とにかく普通に呼んでよ。」
「えー…」
「えー、じゃないの。」
「可愛いのになぁ、“幸之助ちゃん”て…」
「…いい加減にしようね、まさちん!」
「…“ちん”はやめようよ。」
苦笑いを浮かべた桜井さんに、坂崎さんはやや勝ち誇ったような笑顔を返した。

この二人のやりとりも何だか面白い。
よく会話が途切れないなぁ…。
それだけ仲がいいってことかな。
いいな、そういうの。
そういえばテレビに出ている時も、やたらとトークが面白くて、つい歌手だということを忘れて大笑いしちゃうっけ。
そこらへんの芸人さんより面白いかも。

…う〜ん、まずいなぁ。
やっぱり歌よりトークを楽しみにしている自分がいる。
“コンサートどうだった?”
コンサートが終わったあと、そんな風に感想を聞かれるかもしれない。
出版社でまた坂崎さんとか棚瀬さんに会った時とかに。
そんな時、私は何て答えるんだろう。
“お腹がよじれるぐらい笑って楽しかったです”
歌手のコンサートに行った時の感想じゃないだろう。
何か間違ってる。
普通は歌が良かったとか、演奏が格好良かったとか言うべきよね。

でも確実にそうなる気がする。
ものすごく。

…し、仕方ないよね。
だって三人が面白いんだもの。
私のせいじゃないわ。

人知れず開き直り、坂崎さんと桜井さんのトークに耳を傾けた。
トークを楽しんでいることを二人に気づかれないように。


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