EVERYBODY NEEDS LOVE GENERATION

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−12−

「あ…あの…っ」
「うん?」
「その……幻滅…してますよね?」
「え?幻滅?」
きょとんとした顔で首を傾げる。
“何に?”ってそんな顔。
「その…実際に私に会って……です。」
「ええっしてないよぉ!会ってこんなに嬉しいのに幻滅なんてとんでもない!」
…相変わらず口が上手いよね。
坂崎さんの言葉はきっと本心じゃないんだ。
私が傷つかないように、そう言ってくれてるんだよね。
どうしてそんなに優しいの?
そんなに優しいと、何だか悲しくなるよ。
「でも、どうして幻滅してる?なんて?」
う…。
せ…説明しなきゃ…ダメか…。
「…私…ファンの方によく言われるんです。こう…実際にお会いした時に“自分の中のイメージと違います”って。“何かガッカリです”って面と向かって言われたこともあるんですよ。…ま、まいっちゃいますよね。」
極力傷ついてない風に笑いながらそう答えた。
本当は、結構傷ついているのにね。
どうして…痛みを隠そうとするんだろう。
強がれば強がるほど、傷が広がっていくことは分かっているのに。
それでもバカみたいに強がって。
そんなにしてまで守りたい?
こんな自分のちっぽけなプライド。
「ああ、勝手に想像膨らましちゃってる人っているよね。自分のいいように作っておいてよく言うよねぇ。僕も言われるよ〜。“もっと大きい人だと思ってた”とか。どうせ小さいよっ!って言いたくなっちゃう。ねぇ?」
あ…そうか。
坂崎さんもファンがいっぱいいるものね。
というより私なんかよりも有名な人だから、きっと私とは比べ物にならないくらい辛いこともいっぱいあるんだよね。
…落ち込んだり…しないのかな。
「坂崎さんは言われた時、落ち込んだりしませんか…?」
「そりゃ落ち込むこともあるよぉ。長いことこの世界に居るけど、どんなに長く居たってロボットみたいに完璧になれるわけじゃないからね。何言われても何されても何があっても、悲しいとか辛いとかって感じないなんてことは絶対ないよ、この先もずっとね。」
「そうですね…。」
ロボットか…。
「僕らは人間だからね。どんなに強い心を持っていたとしても、完璧になることは無理だろうね。まぁ、僕はそんなロボットみたいにはなりたくないけどね。」
…そう…かな。
なれるものなら私は…
「…傷つかなくてもいいのなら、私はロボットみたいに−」
……あ。
…つい、思ったことを口にしてしまった。
しまった、と思った時にはすでに遅く、顔を上げると坂崎さんが少し悲しそうな目で私を見ていた。
「…ロ、ロボットみたいになりたいですけど…っ で、でも、人間なんですから完璧じゃなくて当たり前ですよね。あはは…」
慌てて言い繕う。
でも今更無理に笑顔を作ったところで何の意味もなかった。
この人は察しがいいのだ。
「…佐藤さんはどんなことがあっても傷つきたくない?」
落選のことも、私が落ち込んでいることも知っているだけに、何だかとても奥の深い問いに聞こえた。
坂崎さんはじっと私を見て、私の答えを待っている。
きっと、私が感じたように彼は奥の深い問いかけをしているんだろう。
表面だけの答えでは、答えたことにならない…そんな気がする。
本心で…答えろと言うの?

いつもなら他人に本音なんて言わない。
言ったところで何も変わらないから。
時には自分の心を他人にさらけ出して癒えることもあるかもしれない。
でも、結局はさらけ出した分、忘れたはずの古傷の痛みまでも思い出してしまう。
傷はどんなに努力しても、きれいさっぱり跡形もなく消えることなんてないのだ。
だから私は本音を言いたくない。
昔の痛みなんて、できることなら思い出したくないから。
…でも……
どうしてだろう。
彼と…坂崎さんといると、普段は家族といる時でさえ出てこない本当の自分が顔を出す。
決して彼を全面的に信用しているとか、何でも腹を割って話せる仲でもない。
よく考えればまだ彼とこうして会うのは3回目。
さらによく考えれば、こうしてお互いが笑顔で話せるようになったのは今日が初めてだ。
どう考えても腹を割るには早すぎる。
なのに…不思議。
この人になら話してもいいかな、と思っている自分がいる。
いったい…どういうことなのか。
戸惑いや躊躇する気持ちはどこにも見当たらない。
不思議に思いながら、私は口を開いた。

「…傷つかなくて良いのであれば、誰だって傷つきたくないと思いますよ。辛いことがない人生を歩めるのなら、そんな幸せなことはないと思います。だって毎日が幸せなんですから。」
泣くことも苦しむこともない。
いつだって心から笑える。
作り笑いをしなくて済むんだから。
私の答えを聞いて、坂崎さんは何か思うことがあるのか、そっと目を伏せた。
「…そうだね、僕もできれば悲しいことや辛いことは起きてほしくないな。いつも笑って過ごせるのならそれにこしたことはないよね。でも…」
「…でも?」
「それって…いいことなのかなぁ。」
「…え?」
いいことじゃ…ないの?
坂崎さんが悲しげな表情で膝の上のギターを見下ろす。
私もつられて彼のギターを見た。
「僕は…そりゃ悲しいことや辛いことが起きるとショックだし落ち込むけど、それがない人生なんて幸せじゃないと思うな。」

幸せじゃない?
どうして?
だって辛いこともないのよ?
悲しんだり泣いたりしなくていいのよ?
なのにどうして幸せじゃないの?
「それはど−」

―コンコン―

突然のノックにビクリとして口をつぐんだ。
「ほーい。」
「棚瀬です。お待たせしました。」
申し訳なさそうに棚瀬さんが入ってきた。
さっきは棚瀬さんを今か今かと待っていたのに、ちっとも嬉しくない。
坂崎さんを見ると、いつの間にか笑顔に戻っている。
彼はいったいどんな意味で”幸せじゃない”と言ったのだろうか。
言葉の真意を聞けぬまま、話題は突然棚瀬さんによってプッツリと切られてしまった。
ああ、何て気持ち悪いの…。

「遅いよ、棚瀬〜。…あれ、高見沢も来たの?」
えっ!ほ、本当に来たの!?
よく見ると、先ほどのスーツとは比べ物にならないほどの、一言では言い表せないまさにすごい衣装を着た高見沢さんが棚瀬さんの後ろから顔を出していた。
「うん、さっき会った時に行くって話になってさ。ね、先生!」
全身を白で統一させた高見沢さんはいたって普通にそう言った。
私はまた当然のように彼に釘付けになった。

わっジャケットがドレスみたいに長いっ!
まるでウェディングドレスみたい!
わわっ!中のブラウスにラメが入っててしかもフリル!
わっすごい!ベルトがキラキラしてるっ
おおっ鎖までついてるっ!
わわっパンツもラメ入ってる!
うわっアクセサリーもすごい!

どこもかしこも見慣れない服と装飾品で全身をコーディネートした高見沢さんは、どんなに見続けても飽きそうになかった。
一通り見終わった後でも、新たな発見が必ずありそうだ。
…わっネイルまできっちり塗ってあるっ!
けど、何よりすごいと思うのは、そのびっくりな衣装と彼はものすごくバランスがよくて、しっかりその衣装を着こなしているところだ。
この衣装を着こなす人はそうそういないんじゃないだろうか。
「あれ?今日の衣装お初じゃない?俺見たことない。」
坂崎さんの言葉に高見沢さんは嬉しそうに笑った。
「うん、そう。さすが坂崎!本当は違うやつ着ようと思ったんだけどさ、佐藤先生来てるしせっかくだからと思って昨日完成したやつにしてみた。どう?」
そう言って高見沢さんはその場でクルリと回り、その新しい衣装を私たちにご披露した。
途中まで長い髪とロンジジャケットがふわっと風になびいてとても優雅だったが、回り終わる直前でロングジャケットの裾を足で踏んでしまい、よたっとバランスを崩した。
「あ…」
「おっとっと…。」
高見沢さんは体勢を整え、ちょっと照れくさそうに笑った。
…年上の男性にこんなこと思うのは失礼かもしれないけど、その照れくさそうに笑った顔がとても可愛くて、一瞬年上だということを忘れてしまいそうだった。
何て可愛いんだろう、この人。
高見沢さんも坂崎さんも、格好良くて可愛いだなんてうらやましすぎる。
「…どうって言われてもね。佐藤さん、どう思う?」
苦笑いを浮かべながら坂崎さんが私を見た。
「えっ!?」
わ、私!?
私にふられてもっ
何て答えたらいいのよっ
「…あ、ええと、そのー…」
「……いいんじゃない?って。」
クスクス笑いながら坂崎さんが高見沢さんに言う。
「佐藤先生、まだ何も言ってないじゃん!」
「それくらい察しなよ。見慣れてない人が“わぁ素敵!”って言うと思う?」
「…じゃあ坂崎の感想はっ?」
「……いいんじゃない?」
「それだけかよっ」
「何て言ってほしいんだよぉ。“きゃ〜ったかみー超素敵ぃ♪恋しちゃうぅ〜♪”とか?」
「何でオカマ風なんだよっ」
…ぷっ
あ、笑っちゃった。
「“兄ちゃん格好いいぞ!よっ男前!”とか?」
「普通でいいんだって普通で!」
「だから…いいんじゃない?」
「やっぱりそれだけかよっ」
「他に何言えっての。」
「もっとさぁ!“似合うじゃん、高見沢!俺も着てみたい!”とかさぁ…」
「え〜着たくないよぉ。どう考えたって似合わないでしょ。それに俺着たら裾ぞろぞろだし、まともに歩けないんだからさぁ。着てみたいっていうの桜井くらいだって。あ、そうだよ、桜井に見せればいいじゃん。」
「…あ、そっか。」
「きっと“いいなー”とか言ってくれんじゃない?」
「そうか、そうだよなー。よし、桜井に見せよう。」
うんうん頷きながら高見沢さんは部屋を出ていこうとドアノブに手をかけたが、ハタと立ち止まりこちらを振り返った。
「なに、何か忘れもん?」
「大事な物忘れてた。…佐藤先生!」
「えっ…あっはい?…あ、いや、その“先生”はやめて下さい…ね…?」
「だって先生でしょ?先生は先生だよ。はい、これ!」
ものすごい勢いで差し出されたのは、私の本だった。
「え?」
「サイン。」
「サ、ササササインですかっ!?」
「うん。ぜひ!」
えーっ
サ、サインだなんてっ
こんな有名人に!?
持ってたって自慢にもならないでしょうよ!
「あれっ!ちょ、ちょっと待って下さい…っ」
黙って見ていた棚瀬さんが慌てたように割って入ってきた。
「その本は誰の本ですか?」
そう言われてみればそうだ。
さっき会った時は借りて読んだって…。
当然棚瀬さんの本よね。
坂崎さんも困った顔をしている。
「そうだよ。その本は−」
「これは借りたやつじゃないって。さっき川原に頼んで買ってきてもらったから俺の。」
「えっ!高見沢わざわざ買ってきたの!?…あ、本当だ。これ新品だ。」
「だってサインもらうのに人の本じゃあダメじゃん?」
「そりゃそうだけど…だからってわざわざ買ってくるってのはすごいなぁ。」
「せっかく作家さんご本人とこうして会えたんだからさ、こういう機会は大事にしないとな!ということで俺の本だから大丈夫!はいっ先生!」
ずいっと本を差し出され、断れそうもなかった。
「ああ、は、はい…。わ、私のようなサインなんかでよければ…」
遠慮がちに自分の本を受け取り、さてペンは…と思っていると、棚瀬さんがおもむろに懐からペンを取り出して私に差し出した。
「これ使って下さい。」
素晴らしいことにちゃんと黒マジックだ。
「あ、ありがとうございます。」
「いえいえ。」
どこまで気の利く人なんだろう、この人は。
全身にセンサーでもついているんだろうか。

書き慣れていない、いたずら書きのようなサインを書く。
手が震えているせいで余計に汚く見える。
こんなのもらって嬉しいんだろうか。
どちらかと言えば私は二人のサインの方が何十倍も欲しい。
「…す、すみません…格好良いサインなんてなくて…」
「大丈夫大丈夫!サインは本人が書いてくれたってことに意味があるんだから!」
坂崎さんも確かそんなことを言ってたっけ。
一緒に居ると発言まで同じになるのかしら。
「そうそう。サインなんてのは何だって大丈夫なんだよ。高見沢なんて−」
「うるさいな!」
「まだ何も言ってないよぉ。」
「どうせ字が下手だとか言うつもりだったんだろっ」
「あ、分かった?」
「それぐらい分かるよっ!確かに俺は字は上手くないけどさぁ…」
「“上手くはない”んだ。それってへ…」
「だからうるさいって!」
「はいはい。」
「サインに字の上手い下手は関係ないんだよ。要は心!分かったっ?」
「はいはい、心ね、心。佐藤さん、心だって。」
「あ、は、はい。こ、心ですね、心。心を込めて書きますねっ」
「うん、心だよ。心を込めていれば、下手でもいいんだよっ」
高見沢さんは大きく頷いた。
彼が力説するほど、可愛く見えてしまうのは私だけだろうか。
ステージでもこんな風なんだろうか。
それともステージでは寡黙に演奏と歌に集中するのか。

少しの間しか聞いていないけど、二人のトークはとっても楽しい。
聞いていると、ついつい笑ってしまう。
きっとコンサート中にトークをする時間もあるんだろう。
どんな面白いトークを聞かせてくれるんだろうか。
今日のコンサートが楽しみになった。
そんな妙なところでコンサートを楽しみにしている自分はバカだなぁと思う。
本当は歌を楽しみにするべきなのにね。

でも…
作家になってから今まで、そんな風に思ったことがなかった。
もちろん、うわべだけや口先だけならいくらでも良い事なんて言える。
でも人の晴れ舞台を気にしているほど、自分に余裕もなかったから、心から何かを楽しみにするなんてこと私には出来なかった。
いつだって自分自身で手一杯。
自分のことですら自身でどうにもできなかったり。
そんな私でも、こんな風に心から楽しみだと思うことができるんだ。
何だかちょっと嬉しくなって、サインを書きながら口元が緩んだ。

いやだわ。
何笑ってるのよ、私。

ちょっとだけ、そんな自分が好きになった。


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