EVERYBODY NEEDS LOVE GENERATION

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−11−

「佐藤さんはクラシック好きなの?」
「…え?あ…あ、はははい。」
突然、声を掛けられて慌ててテーブルに空の湯のみを置いた。
その手が微かに震えている。
この震えは何から来ているんだろう…。
とりあえずアルコールじゃないことは確かだ。
「よく聴きに行くんだ?」
「よ、よく…というほどではないですね。友人に誘われて行く程度です。なかなか自分でチケットを買って行く、ということは…な、ないので。」
「そうなんだぁ。クラシックもいいよね。」
「え、ええ。」
普通の会話なのに、なにドキドキしてるのよ、私。
さっきあんなこと考えたからだわ、きっと。

「僕たち、クラシックと自分たちの曲を融合したことがあるんだよ。」
「え?融合…ですか?」
「そう。僕たちの曲とクラシックをくっつけて、一つの曲にしちゃうの。」
「そんなことができるんですか?」
「できちゃうんだよねぇ。プロがやるとね、すんごい格好良くなっちゃうの。オーケストラと演奏したこともあるし、あれもなかなか聴き応えのある音楽だよ。」
「そうなんですか。ぜひ聴いてみたいです。」
「あ、CD出てるから機会があったら。…なんて、さりげに宣伝。」
「あはは。はい、今度CD見つけて聴いてみます。」
「うん。もしなかったら棚瀬に言ってくれれば用意させるし。」
「いえ、そんな!お店に行って自分で探してみますので!」
さすがにそこまでは甘えられないわよ!
「そう?棚瀬だったら“代金はいいです”って言うだろうからタダだよ?」
そう言って坂崎さんはクスッと笑った。
そうなるからイヤなんだってば!…と言いたいところだけど、さすがにそんな馴れ馴れしくは言えない。
「いえ、まぁ…そうかもしれないんですが!…今までも散々棚瀬さんにはお世話になりっぱなしですし、そ、それにせっかくですから自分で買いたいなと思うんですよ!なので、CDの件はその…棚瀬さんのお力は…」
って何でしどろもどろなんだろう。
まるで言い訳してるみたいじゃない。
自分でCD買うことは当たり前なのに。

「そりゃ買ってもらえるならそれはそれで嬉しいけど…佐藤さん無理してない?」
「えっ!む、無理だなんてそんなことはないですっ!…私、前からアルフィーの曲が結構好きで、コンサートも観てみたいなと思っていたんですからっ!」
「えっそうなの?」
「そうなんですよっ」
…あ、あれ?言わないつもりだったのになに言っちゃってるのよ、私!
どこ行っちゃったのよ私の変な意地!
「そうなんだぁ。僕、てっきり佐藤さんは僕らみたいな歌は聞かないと思ってたよ。」
「え、そんなことないですよ!コンサートには行ったことないですけど、ロックとかも結構好きですよっ」
なに力説してるのよ、私!
ロックが好きなのは嘘じゃないけど、何だか媚を売ってるみたい。
きっと力説している私はみっともない顔してるんだわ。
また…笑われちゃう…
「そっかぁ。そうなんだ。佐藤さん、僕らの歌、聴いてくれてたんだ。嬉しいなぁ…。」
そう言って坂崎さんは笑った。
ああ、やっぱり笑われた…。

でもその笑顔は、決して私の力説を笑ったものではなくて、心から私の言葉に喜んでいるように見えた。
私が“アルフィーの曲が結構好き”だってことに、素直に喜んでくれているような、そんな笑顔。
言わないつもりだったけど、喜んでもらえたのなら言ってよかったのかもしれない。
まぁ、いっか。
坂崎さん、嬉しそうだしね。

“言ってよかった”

素直にそう思い、そんな自分にびっくりした。
“言ってよかった”…ですって?
いつもなら、誰にだって何にだって意地を張って強がってそんなこと思わないのに。
思ったとしても口に出すこともなければ、その言葉を認めたりもしないのに。
そんな私が今、素直にそう思った。
何て…ことだろう。
今までに有り得なかったことだけに、自分でも信じられなかった。
どうしてなんだろう。
ここへ来てから、いつもの私と何かが違う。
極度の緊張が性格すらも変えているのか。
今までの長年の作家生活の中で染み付いた可愛くない意固地な性格が、たった一日で…しかも数時間のうちに変化するものなのだろうか。

…それとも。
ここへ来てから、が理由じゃないとか…?
ニコニコと笑う彼を見た。
…彼…のせい?
坂崎さんに会ったから…?

「…ん?どうかした?」
「…え?あ、いえ…その…坂崎さんに喜んでいただけるなんて、光栄だなぁ…と…」
「僕だけじゃなくて棚瀬も、高見沢も桜井もみんな喜ぶよぉ。」
「そんな…」
「ほんとほんと。今日はみんなしていつも以上にライブ張り切っちゃうよ。…あ、でも一番張り切るのは僕だな。」
「え?坂崎さんが…ですか?」
そんな嘘ばっかり。
調子いいんだから。
そう思っていると、坂崎さんがちょっと照れくさそうに笑いながら私を見て言った。
「だって…本当に嬉しいんだもん。」

−ドックン……ッ−

…な…何て顔して言うのよ…っ
そ、そんな顔でそんなこと言われたら…ほ、ほらっまた心拍数が…っ
カーッと顔が熱くなるのを感じた。
…絶対顔が赤くなってる…!
やだ…っ
「あれ?佐藤さん?顔赤くない?」
うわっ気づかれたっ
「えっ?いいえっ?き、気のせいじゃないですかっ?」
慌てて顔をそらしてごまかすために再度湯のみを手に取った。
「佐藤さん。」
「は、ははははいっ?」
「もうお茶入ってないよ。」
「……」
そうだった…さっき飲み干したんだ…。
カカーッとさらに体温が上昇する。
ああ、もう…バカみたい…。
クスクスと楽しげな坂崎さんの笑い声に、穴でも箱でも隙間でもいいからどこかに入りたくなった。
「…本当に佐藤さんは可愛いよねぇ。」
その口調は何だか意地悪に聞こえる。
私、またからかわれてる?
絶対からかわれてるよね?
「……可愛くないですよ…っ さ、坂崎さんって時々意地悪ですよね…っ」
「えぇ?意地悪?」
「私のこと、よくからかいますよねっ」
「そんなことないよぉ。」
いや、ある。
出会いからして、私は坂崎さんにからかわれている。
絶対に今もからかっているに違いないんだわ。
「佐藤さん信じてないね。」
「はいっ」
「うわぁ言い切られちゃった。こりゃ本当に嫌われちゃうかな。」
「い、意地悪なことをおっしゃられなければ大丈夫ですっ」
「そっか。じゃあこれからは言わないように気をつけよ。」
「…“これからは”ってことは今までは意地悪なことおっしゃってたんですねっ!」
「…あ。」
しまった、な顔。
ほら、やっぱり私のことからかってたんだ。
ひどいわっ

…でも何でかな。
ちっとも悲しくない。
むしろ嬉しく感じるのは…
そういうこと?
…ま、まさかね。

「いや、そんなね、意地悪してるつもりはないよ?ちょっとね、佐藤さんの反応が面白いからつい…」
「か、からかいたくなるわけですか。」
「うん…」
私ってそんなに反応が面白いのかしら…。
自分の面白さって全然分からない。
自分が面白いって分かっていたら、私は作家じゃなくてお笑い芸人になったのに。
「うちの高見沢も面白いんだよ。」
「高見沢さん、ですか?」
「そう。あいつねぇ、いっつも突拍子もないことするの。面白発言したり、ね。超がつく天然ボケ。だからどんなに一緒にいても飽きないんだなぁ。」
「…つまり私も高見沢さんと同じ天然ボケだとおっしゃりたいんですか。」
「…でしょ。確実に。」
「か、確実ですか。」
「うん、確実に。」
…か、確実って…。
私のどこが天然なのだろう。
そりゃ、一度や二度人から言われたことはあったけど、さほど気にしてもいなかったし、自分が天然ボケかそうじゃないか、なんて考えたこともなかった。
何が天然?
どこが天然?
発言?
行動?
それとも…
天然…
そもそも天然ってどういう…
「佐藤さん、佐藤さん。」
「…え?あ、はい?」
「考えすぎ。今、“天然”って何ぞやってとこまでいってなかった?」
「……」
バレバレじゃないの…。
クスクスと坂崎さんが笑う。
「そういうところもね、天然の証だと思うよ。ね?自分では気づいてないでしょ?」
「……」
こんなところで自分が天然ボケだと気づかされるとは…。
それとも今まで気づかなかった私がバカだってこと?
ここに来てから色んなことに気づかされている気がする。
良いことなのか悪いことなのか…。
自分が気づいていなかったことに気づいているから、一応良いことなの…かしら。

「…何か最初に会った時と佐藤さんのイメージが変わってきたかも。」
「…え?どんな風にですか?」
「う〜ん…最初は僕らとは世界が違うかなぁ…って。イメージが変わってきたというより…そうだなぁ。僕らは佐藤さんの小説でしか佐藤さんのことを知ることができなかったから、ほとんどが自分たちの想像だったんだよね。こういう物語を書いている人だからきっとこんな人だろうな、みたいに。それがこうして佐藤さん本人と話すようになって、ようやく佐藤さんがどんな人なのか分かってきた…って感じかな。」
ああ…よくあるパターンだ…。
過去、幾度とあった数々の悲しい思い出が蘇ってくる。

どうやら私は文章と実物のイメージが一致していないらしい。
私のファンだという人に、何度か目の前でガッカリされたことがあるのだ。
作家にはとても見えない…のだろう。
見た目だけで判断されるなんて、と思うのだが、私も人を見た目で判断することはよくある。
だから見た目で判断されても致し方ないことなのだと気にしなければいいのだが、他人の印象というものはそう簡単に割り切れるものじゃない。
どうしても気になってしまうのだ。
たいした作品を書いているわけでもないのに、読者の中で私という人間はどれだけ美化されているのか。
そういう時、作品を世にさらけ出すということに不安を感じる。
世間にどう思われているのか。
読者にどう思われているのか。

…もちろん、それは目の前にいる坂崎さんも同じことで……。
きっと、心の中では幻滅しているんだ。
”こんな人だったなんて…”って。

そう考えたら、途端に悲しくなってきた。
どうしてこんなにも悲しくなるの?っていうぐらい。
キューッと胸が苦しくなる。

坂崎さんから見た私はどんな人?
実際に会ってイメージが違ってガッカリしてる?
それとも…
あなたの目に、私はどんな風に映っているの?

聞きたい。
聞いて…みたい。
でも…聞けない、聞けないよ。
だって怖い。
他人の心の内を知るのは怖い。
本心を知って、負わなくてもいい心の傷を増やしたくない。
表面だけでも笑顔で接してくれていれば、それ以上を望まなくてもいいじゃない。

そう思っているのに、怖いのに…“知りたい”気持ちが膨らんでいる。
彼にどう思われているのか…

それは…彼だから?
坂崎さんだから?
…分からない。
分からないけど…

知りたいの−

―ドクン…ドクン…ドクン…―

知りたい気持ちと知りたくない気持ちが心の中でぶつかり合う。

私が聞いたら、彼は何と答えるのだろうか。
そう考えただけで苦しくなる。
それでも“知りたい”と思う私の気持ちは消えない。
どんなに苦しくても、“知りたい”という思いが大きく膨らんでいく。
他人の本心に何より打たれ弱い私が、こんなにも“知りたい”と思っている。
こんなこと…今までなかった。
私の中で、何かが変化している…そういうことなのだろうか。

…なんて。
たかが自分の印象を聞くだけなのに、どうしてここまで悩むのかな。
私、バカみたい。
今更、他人から見た印象を気にしたって仕方ないんだから。
“良い”か“悪い”か、どちらかしかないんだし。
そうよ、それしかないじゃない。
バカみたいに悩むことないのよ。

「…佐藤さん?」
怪訝そうな彼の声。

―ドクン…ドクン…ドクン…―

開き直って聞けばいいのよ。
幻滅されるのは慣れてるでしょ?
そろそろ、決めなさいよ自分。
聞くの?聞かないの?
どっち?

彼に気づかれないように深呼吸。
私はようやく顔を上げた。


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