「Cafe I Love You」
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「いただきます」
サクライも自分の分の肉をナイフでカットして、パクリと食べた。
「…うん、まぁまぁだな。もうちょっと、あっさりにしてもよかったな」
「ダメ!これくらいがちょうどいい!」
「濃くないか?」
「濃いのが好きな俺にはちょうどいいの!」
「ってことは、サカザキだったら一皿食うのは無理ってことだな」
「大丈夫!サカザキが残した肉は俺が食べるから!」
「そういう問題じゃないって。…ま、ソースは選べるようにすればいいか」
食べながら、手元のノートにメモを取ってる。

「あ、これ、新メニューの試作?」
「来月のランチのな」
「あ~ランチなら、濃すぎると女の子たちが食べられないか」
「そういうこと。あとは、肉とサラダの比率をどうするか…だな」
「やっぱりサラダは多めがいいんじゃない?」
「そうすると、男が物足らないだろ。おまえはこのくらいないと足りないだろ?」
「うん。…あ、肉のグラムが選べるってのは?」
「…なるほど、それもアリだな。もうちょっと考えるか」
「デザートは何作るか決めたのか?」
「一品はな」
「さっきの洋ナシ?」
「そ、あれはタルトで決まりだろ。モノがいいから素材そのものを活かしたいからな」
「試作品、いつでも食べてやるからな!」
「何でも試食してくれて助かってる部分もあるけど、おまえは食べすぎだ」
「美味しいものはいくらでも入っちゃうんだもーん」
「まったく、どんな胃をしてるんだか」

呆れるサクライは、黙々と食べ進めて皿をからっぽにすると、カウンターの中に戻った。
いつの間にか、後から食べ始めたサクライがタカミザワを追い抜いちゃった。
タカミザワは最初の一口は豪快だったけど、その後はのんびり味わって食べてるから、そりゃ抜かされるよね。

「さてと、次はアルの飯か」
うれしい言葉に反応して、勢いよくサクライの方を見た。
すると、珍しいことにボクを見ていたようで、サングラスの奥の目とバチッと目が合った。
「……」
な、何か言いたそうな目だな……。
何だろう、ボク、また変なことしたかな…。

「…ん?どうかしたのか?アルをジッと見つめちゃって」
「…こいつ、本当に俺たちの言葉が分かってそうだなと思って」
「だろ?」
「それに…」
「それに?」
「何か言いたそうな顔してるよな」
ドキッ!!
「そう?例えば?」
「そうだなぁ……例えば…」
…た、例えば…?
「…サカザキが調子悪くなった理由とか」
ドッキーン!!!
「ははっ!確かに調子が悪くなったのはアルと出掛けてからだもんな。アルが一番何があったか知ってるかも」
そ、そそそその通りだよ!
何もかも、全部ボクが知ってるし、ボクのせいなんだよ!
話していいなら、今すぐにでも全部話したいよ!
「アル、おまえ、サカザキがあんな風になった理由、知ってんだろ?」
タカミザワが顔を近づけてきた。
知ってますとも!
「風邪か?失恋か?」
同じように顔を近づけてきたサクライの問いに、どっちも違うよ!ってつい首を振りそうになる。

確かに失恋?みたいなこともあったけど、お気に入りさんに恋人が出来たことに、がっかりしてただけだもん。
きっとまたすぐにお気に入りさんは増えるだろうし。
あ、思い出した。
時計台の近くにある花屋のお姉さんも可愛いって言ってたな。
サクライが可愛いっていうマルシェの店員さんも、発見したらきっと追加されるよ。
…あれ、これで何人だっけ?

「こら、何か言えよぉ~」
ツンと鼻の頭を突かれて我に返ると、二人がボクを覗き込んでいた。
…な、何かって、本当に何か言ったら驚くくせに。
……言ってもいいなら言うけど!?

もしかして、これはチャンスなのかな。
今なら話しても、受け入れてもらえるかな。
父ちゃんみたいに、ならないかな。

二人まで、父ちゃんみたいになったらやだな。
そうしたらボク、ここから追い出されちゃう。
昔みたいにひとりぼっちになっちゃうよ。

……

やだ。
やだやだ。
もう、ひとりぼっちになんてなりたくない。

ひとりぼっちになるなら、ボク、このまま黙ってる。
ここにいたいから、下手くそでも”ニャア”って鳴き真似する。
普通の猫と同じように、”ニャア”しか言わないんだ。


『もしあなたが人間の言葉が話すことができたら、一緒に探すのを手伝ってもらうわ。』

…あ……

『もしできたら手伝ってもらうわ、絶対に。』


…ダ、ダメだ。
スノーが…スノーがいるかぎり、黙ってるなんて無理だ。
彼女はボクが広場に行かなかったら、きっと居場所を探し出してここまでやってくる。
父ちゃんたちまで、スノーの不思議な力でどうにかされちゃうかもしれない。
ボクだって、次は何をされるか分からない。
もしかしたら…こ、殺され……

うわぁ!やだやだ!
それもやだ!!
殺されるなんてやだ!
父ちゃんとさよならするなんてやだ!!

ねぇ、ボクはどうすればいいの?

人間の言葉を話しても話さなくても、どっちにしてもボクは何かをなくさなきゃいけないの?

そんなのひどいよ。
ボク、何にも悪いことしてないのに。

あんなに話したかった人間の言葉。
話せるようになったら、楽しいことばっかりだと思ってたのに。
こんな気持ちになるなんて、思ってもいなかった。

「アル?どうしたんだよ?下向いちゃって。まだサカザキのこと心配してんのか?」
……タカミザワなら、天然な分、こんな不思議なことも受け入れてくれるかもしれない。
”えー!!すげぇ!!”とか言って驚きつつも、面白い!って言ってくれないかな。
ジッと見つめると、タカミザワはちょっとうろたえた。
「…な、何?そんな、ジッと見ないでよ。何か訴えてる?」
うう…飛びついて、”聞いてよ!”って言いたいよ。

「おまえと一緒でこいつも腹減ってんだって。ほら、できたぞ。タカミザワ、アルの飯、下に置いてやって」
「うん。アル、できたってよ」
「少しは冷ましたけど、猫にはまだ熱いだろうから気をつけろよ。タカミザワみたいにすぐ食うと火傷するぞ」
「失礼だな。まるで毎日やってるみたいな言い方して。俺は毎日そんなドジ踏んでるわけじゃ―」
「ほぼ毎日だろ。昨日、熱いお茶飲んで”あっちいー!!”って叫んでたの誰だよ」
「う…」
「そういやぁ、一昨日も何か熱いもん食ってひーひー言ってたぞ。ほら、毎日じゃないか」
「うるさいな!もういいよ!」

…食べられるかな……何か食欲なくなっちゃったよ…。
心配事がありすぎると、食欲もなくなっちゃうんだね。
さっきまで、あんなにうれしくて待ち遠しかったのに。

椅子の上から、床に置かれたご飯をチラリと見てみた。
湯気がふわふわしてて熱そうだけど、その湯気の中には美味しそうな魚の姿があった。
ボクが食べやすいように、ちゃんと小さくほぐしてある。
父ちゃんよりも丁寧だ。
それに、ものすごく美味しそうで、キラキラして見えた。

…あれは……美味しそうじゃなくて、絶対に美味しいぞ。
間違いない。

……

ジュルッ

よだれとともに、心配事なんて一気にふっ飛んだ。

そうだよ、心配してたって仕方ないじゃないか!
色々考えたって、事態は変わらないんだもん。

今大事なのは…

美味しいご飯だぁ~っ!!!!!

元気よく床に飛び降りてお皿に突撃。
でも、一舐めしたら、やっぱり熱かった。
あ~っ!早く冷めないかなぁ!

「お、何か急に元気になった?しっぽがゆらゆら揺れてる」
「だから、おまえと一緒で腹減ってただけだって」
そんなことないよ。
タカミザワと一緒にしないでくれる?

お皿の前でそわそわしながら冷めるのを待っていると、サクライがやってきた。
見上げると、渋い顔をしてボクの水入れを持っていた。
…えっと……まさか水を掛けようとか、思ってないよね?
ちょっとドキドキしていたら、
「ほら、水」と言って、コトッと水入れを床に置いてくれた。
…ホッ。

「猫は可哀想だな、アツアツが食べられなくて」
そう?
熱くなくても、美味しいものは冷たくても結構美味しいよ。

…って、今ボクに普通に話し掛けてくれた!?
邪魔!とか、そういうことしか言ってくれないサクライが!?
信じられなくて、ボクはサクライをじっと見つめた。

「…何か、凝視されてる…」
「もっと冷まして出せって言ってるんじゃない?」
「ふん、贅沢な。作ってやっただけでも有難いと思えってんだ」
…そんなこと言ってないよぉ!
サクライが話し掛けてくれたことがうれしかったんだもん。

サクライに”ご飯美味しいよ”って言ったら、喜んでくれるかな。
”時々でいいから作ってほしいな”って言ったら何て言うかな。
”やなこった”って言われちゃうかな。

でも、また作ってくれてボクうれしいよ。
サクライが作るものは、みんなを幸せにするんだよ。
じいちゃんみたいに、悲しいことがあってしょんぼりしてた人も、元気になるんだ。
だから、これからも美味しいものをいっぱい作ってね。

時々でいいから、ボクのも作ってくれたらいいな。

ようやく湯気が少なくなってきたぞ。
食べられるかな?
そ~っと鼻を近づけてみると、ご飯の良い香りがして、またよだれが出てきた。
…あ~!もう待てない!
ちょっとぐらい熱くても食べてやるもん!

ボクは大きな口を開けて、ご飯に口を突っ込もうとしたけど、やっぱりちょっと怖くて、一番上の魚をそっと歯でつかむと、はふはふしながら口の中に運んだ。

……お、おおお、美味しいよぉ…っ!!!

初めてサクライのご飯を食べた時の感動がよみがえってくる。
ううん、それ以上だ!
あの時よりも、もっともっと美味しいよ!!

そもそもあの魚自体、美味しいと思うんだ。
それが、何倍にもさらに美味しくなってるみたいだ!
どうやったらこんなに美味しくなるの!?

サクライって…サクライって………すごいっ!!

カウンターの中に戻ったサクライに尊敬の眼差しを向けると、眉間にシワが寄った。
「…こ、今度は何だよ」
「う~ん、あれはおそらく”美味い!美味いよ!サクライ!”って言ってるんじゃない?」
タカミザワ!いいこと言った!その通りだよ!
「どうだか」
「だってあれ、アルのご飯だけど、人間にも美味そうに見えるじゃん」
「…美味そうに見えるだけだろ?本当に美味いかは、こいつが言わなきゃ分からないだろ」
「かわいくない奴だなぁ。素直に”喜んで食べてるな。美味いんだろうな”って思えばいいだろ?」
そうだそうだ!
「あいにく、俺ははっきり言われないと信じない性格なんでね」
「猫に”美味いよ!”って言えってか?言うわけないじゃん」
「だから、なんて思ってるかなんて分からないって言ってんの」
「怒ってんのか喜んでんのかぐらいは見れば分かるよ」
「それは人間の勝手な判断だろ?あいつが”美味い”って言ったか?」
「…言ってないけど…」
「ほらみろ」
「でも、アルはサカザキが拾ってきてから、ずっとここにいるじゃないか。ここに来てから今日までのアルを見ていれば、アルが喜んでる時ぐらいはだいだい分かるだろ?」

そうだよ。
こんなにもサクライが作ってくれたご飯に喜んでるのに、それすらも分かってくれないの?
不安でいっぱいで、食欲がなくなってたのに、サクライが作った美味しいご飯のおかげで幸せになれたんだよ?

ねぇ、サクライ。
そんなにボクに興味がない?

興味がなくたって、ボクの喜怒哀楽ぐらい、そろそろ分かってよ。

片付けをするサクライを見上げると、一瞬ボクの方を見たけど、無表情のままフイと顔を逸らしてしまった。
まるで、拒絶されているみたいで、ひどく悲しくなった。

「それは、人間が思う”だといいな”って気持ちだ。それは単なる想像であって、答えじゃない。人間の言葉を理解しているのかどうかも想像にすぎないんだ。ニャーニャー鳴かれても、すり寄られても、俺にはこいつが何を考えているのか分からないね」

……

心がズキンとした。

サクライがボクに興味がないことは、前から知ってるけど、今の言葉はすごく悲しくなる。

だって、ボクのこと嫌いって言ってるように聞こえた。


ねぇ、サクライ。

ボクのこと…嫌い?
いない方がいいと思ってる?

サクライの横顔にそう問いかけたけど、ボクの視線に気づいてくれないその姿が、まるで”YES”って言っているようで、すごく辛くなるよ。


サクライが優しい人なのは知ってる。
作ってくれたご飯を食べれば、そんなのすぐに分かるもん。

でも、ちっともボクのこと、認めてくれない。

ここの飼い猫だってことも、きっと認めてくれてないんだ。

きっと…ボクのことが嫌いだから。
嫌いなんだ、きっと。


…悲しい。
……悲しいよ。

ボクの心はまた、悲しみと不安でいっぱいになった。


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