「Cafe I Love You」
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「あ!!やっと来た!何してたんだよ!遅いよ!」
店の前に仁王立ちするタカミザワを見つけた。
遅くなったから怒ってるみたいだ。
大股でボクと父ちゃんに近づいてくる。
「サカザキ!自転車押してくるから時間がかかるんだろ!何で乗ってこないんだよ!?」
「………」
「腹減って死にそうだよ!これで肉を買い忘れたって言ったら絶交だからな!!……って、サカザキ?」
一言も発しない俯く父ちゃんに、タカミザワの顔が曇る。
「…サカザキ?…どうしたんだよ?」

「帰ってきたか?」
サクライも店から出てきた。
「あ、サクライ!サカザキが何か変なんだよ」
「え?」
サクライもボクたちのところにやってくる。
「………」
「サカザキ、どうした?…大丈夫か?顔、真っ青だぞ?」
そう言って、サクライは自転車のハンドルを掴んだ。
ボクは父ちゃんの肩から地面へと飛び降りて、父ちゃんを見上げる。
でも、父ちゃんはボクを見ようとはしなかった。

「…遅くなってごめん。何か体調悪くなっちゃって……」
「風邪か?医者に診てもらった方がいいんじゃないか?」
「ううん、たぶん…疲れてるだけだと…思う……部屋で横になったら良くなるよ…きっと…」
「休んで良くなるならいいけど……夕飯はどうする?何か軽いものでも作って持って行こうか?」
「ううん、いいや。今は食欲ない…」
とぼとぼと歩いてお店の扉を開けると、父ちゃんは幽霊みたいに音もなく中へと消えて行ってしまった。

二人は怪訝な顔で首を傾げた。
「……どうしたんだろ?買い物に行くまでは元気だったよな?」
「ああ…。まぁ、それはあとで本人に聞くとして、とりあえず自転車を置いてくる。夕飯も作らないとな」
「そうだよ!飯!!空腹で死にそう!!」
「分かった分かった、すぐ作るって」
裏口に自転車を置き、父ちゃんが買ったものをサクライが店へと運び入れた。
サクライの後ろをタカミザワがついて行く。ボクもそれに続く。
気がつけば、メニューボードもすでに片づけられて、扉にはCloseの札がかかっていた。
もうそんな時間だったんだ。
そういえば、さっき時計台の鐘が鳴ってたっけ。いつもは鐘が鳴る頃には家に戻ってて、父ちゃんからご飯をもらってるもんな。タカミザワが怒るのも当然だね。
「タカミザワ、鍵かけといてくれ」
「おお」
「あ、アルは?入れ忘れたら、サカザキに怒られるぞ」
「大丈夫だって。俺が忘れてても、こいつはちゃんとついてきてるよ。ほら」
そう言ってタカミザワがボクを指差す。
「おまえよりしっかりしてるな」
「うるさいなぁ!」
「ははっ」

サクライが荷物をドサッとカウンターの上に置いた。
「それにしても、サカザキはどうしたんだろ?失恋でもしたかな?」
そう言いながら、カウンターの椅子に腰掛けてタカミザワが頬杖をつく。
「失恋にしては落ち込みすぎだろ。本当に体調が悪くなったってことも考えられるぞ」
「突然?さっきまで元気だったのに?」
「実は無理してたとか…」
タカミザワと話しながら、サクライは袋の中から食材を取り出し、冷蔵庫や野菜置き場にテキパキと片づけていく。
袋の中から、駐輪場で会ったおばちゃんも買った洋ナシが出てきた。そういえば、父ちゃんが何のフルーツを買ったのか聞いてなかったな。
「美味しそうな洋ナシだな。タルトに良さそうだ」
サクライはそう呟いて満足そうに笑った。

ボクは、いつもより遠慮がちにタカミザワの隣の椅子に飛び乗って、静かに腰を下した。
父ちゃん、大丈夫かな…。
ボクが父ちゃんを呼んだら、父ちゃんはまるで石みたいに固まっちゃって、しばらく動かなくて。
やっと歩き出したと思ったら、何かブツブツ言って、ボクのことも見てくれなかった。
ボク…父ちゃんに嫌われたのかな……

どんより考え事をしていたら、誰かの手がボクの頭を撫でてくれた。
見上げると、タカミザワが優しい笑顔でボクを見ていた。
「大丈夫だよ、サカザキはきっと明日になったら元気になってるって」
タカミザワ……
「何、アルが心配そうにしてた?」
「ああ…今朝、ムッシューの話を聞いたからかな。何か心配してるみたいに見えるんだよ。気のせいかもしれないけどさ」
タカミザワの言葉を聞いて、サクライが手を止めてボクを見たけど、
「…ふ~ん…」
と言って、すぐにボクから視線を外して、作業を再開した。
「いつもサカザキにベッタリだからさ。きっと俺たちより心配してるんだよ。こいつにとってサカザキは親なんだろうな」
「まぁ、猫がどう思ってるかは分からんし、サカザキがああなった理由はさっぱり分からんが、あいつならすぐにケロッとした顔で元通りになるさ。こっちが心配するだけ無駄だろうよ」
「ほら、サクライもああ言ってるし、おまえもそんなに心配しなくていいぞ。な?」

うう…何だか涙が出そう…。
タカミザワの言葉がうれしいのもあるけど、父ちゃんの元気がなくなったのは、100%ボクのせいだもん。ごめんねって気持ちでいっぱいだよ。

「ん?」
サクライの手が止まった。あ、あれはボクの魚だ。
それはボクのだよ、父ちゃんが買ってくれたんだよって今のボクなら言えるけど、ボクが話したら父ちゃんがあんな風になっちゃったし、言いたくないな…。
でも、魚…食べたい……でも……

…なんて迷っていたら、ボクの魚への熱い視線に気が付いたのか、サクライがボクを見た。

「…これはアルのみたいだな。アル、おまえの飯は悪いが後な。ここに今にも暴れ出しそうな空腹男がいるから、こっちが先だ」
「当たり前だろ!猫が先だったら本当に暴れてやる!!」
「おまえの場合、本当にやりそうだからな」
「”やりそう”じゃなくて”やる”だよっ」
「店が壊れるからやめてくれ。すぐに直せるほど、うちは儲かってない」
大丈夫だよ、今日は素直に待ってるから。だって、遅くなったのはボクのせいだもんね。だから、腹ぺこなタカミザワのご飯、早く作ってあげて。

「でも…気になるなぁ。サカザキがあんなになるなんて」
「……おまえの言う”失恋”か?」
「う~ん、分かんないけど。サクライは何だと思う?」
「さぁ」
「何だよ、ちょっとは考えろよ~」
「予想したって仕方ないだろ。明日にでも、元通りになったサカザキに聞きゃ分かるだろうよ」
そう返しながら、父ちゃんが買ってきた肉を、フライパンの上に二つ置いた。ジューッといい音がする。サクライ、いつの間に下ごしらえしたんだろう。相変わらず手際がいい。
「あ~いい音!」
タカミザワはそう言うと、目を閉じて幸せそうな顔をした。

「さてと…サカザキがあんな状態だから、アルのは俺が作ってやるしかないな」
サクライがボクの魚を手に取った。

……。

…ん?

…今、サクライ何て言った?
”俺が作ってやる”って言わなかった?
…言ったよね!?

それって、つまり……
サクライのご飯が食べられるってことだよね?
ものすごく美味しい、サクライのご飯が食べられるってことだよね!?


「…やっ」
…はっ!ボクは思わず声を出してしまい、慌てて顔を椅子に押し付けた。
ダメダメ!まだ話しても大丈夫な雰囲気じゃないよ!

「あ?何?」
サクライの声だ。聞こえちゃったみたいだ。
少し顔を上げて様子を見てみると、サクライはタカミザワを見ていた。
「…ん?何?」
「今、何か言わなかったか?」
「言わないよ。アルじゃないの?」
ドキッ!!
「アル?おまえか?」
二人の視線がチクチク刺さる。
…み、見てる…すっごい見てるぞ……。
猫らしく鳴かなきゃ怪しまれちゃう。
顔を上げて、鳴いてみた。
「ニ…ニャア~」

…へ、下手くそだ……
猫なのに下手って!!
ボク、どうやって鳴いてたんだ?
鳴こうと思うと上手く鳴けないよぅ!!

ど、どうしよう…怪しまれちゃったかな…
二人を見ると、ボクを見て怪訝な顔をしていた。
や、ややややっぱり変だった!?

タカミザワが顔を近づけてくる。
「…なぁ、今のアル、いつもと鳴き方が違わなかった?」
ドキッ!
「もしかして、こいつも調子悪いのか?」
サ、サクライ!そ、そんな怖い顔で見ないでよぅ…っ
「何かさ、人間が猫の鳴き真似するみたいな感じだったよな」
ドキドキッ!
なんでこういう時に限ってタカミザワは鋭いんだよ!
「それはおまえがムッシューの話に影響されてるからだろ。俺には声がかすれてるように聞こえたぞ」
「え、じゃあサカザキとアルは風邪?」
「何だよ、マルシェに行って身体が冷えることでもしてきたのか?」
「もしかして、アルとサカザキが噴水に落ちたとか?」
違う違う!
「もしそうなら濡れて帰ってくるはずだろ」
「あ、そうか」
「…いや、待て?」
サクライが何かを思いついたみたい。
ジッとボクを見つめる。
…もしかしてボクの身に起こったことに気づいた…!?

「ん?何?」
「…噴水に落ちて困っていたところに、美女が通りかかって”私の家でよければ服を乾かしていきませんか”とサカザキが声を掛けられて、アルを連れて喜んで付いていった…とか」
「そんな上手い話があるかよ~!」
本当だよ!!
「…だよな」
でも、もし本当にそんなことがあったら、父ちゃんは付いていくよ。

…そうだよ、気づくわけないよね。
こんな嘘みたいなこと、誰も起こるなんて思ってもないんだから。

…ん、いい匂いがしてきたぞ。

「お!肉、いい感じじゃない?」
「そうだな、これくらいでいいか。カットした方がいいか?」
「そのままで!」
「そう言うと思った。じゃあ、このまま皿に載せて…と」
サクライが盛り付けると、さらに美味しそうに見えるなぁ。
「美味そう!!」
タカミザワ、よだれよだれ!

…よかった、ボクの鳴き方が変なことは、すっかり忘れたみたい。
食べ終わっても、思い出さないでね?

「これで…よし。出来たぞ」
「やったー!!食べよう!すぐ食べよう!」
サクライが手に取った皿を凝視するタカミザワの手には、すでにナイフとフォークが握りしめられている。
「猫より食い意地が張ってんなぁ…」
タカミザワの前に皿を置きつつ、サクライが苦笑する。
「だっていつもより一時間以上も遅いんだから当然だろ!先食べるよ!」
「ど~ぞ」
「いっただっきまーすっ!」
肉に豪快にナイフとフォークを突き刺すと、素早くカットして、それ一口で入る?と聞きたくなるような大きさの肉を大きな口に放り込んだ。
すっごいなぁ。ボクだったら、今の肉、半分も口に入らないよ。
タカミザワは、もぐもぐしながら、しきりにうんうん頷いてる。
「…タカミザワ、ステーキソースが鼻の頭に付いてるぞ。なぁ、もうちょっと上品に―」
「サクライ!!」
「あ?」
「超美味いっ!!何、このソース!!肉にめっちゃ合ってる~っ!!」
目をキラキラさせて、飛びっきりの笑顔で言う姿は、まるで女の子みたいに可愛い。
ああいうとこがあるから憎めないんだよね~。
「お、おお」

サクライってば、そっけないの。
もうちょっとうれしそうに言えばいいのに。

あれね、実はすっごくうれしいんだよ。
ほら、鼻の頭をちょいっと触ったでしょ?あれ、うれしいことを言われて照れた時にするんだ。
父ちゃんみたいにいつも一緒にいるわけじゃないし、相手にされてないけど、ボクだってそれくらいのことは分かるようになったんだよ。
毎日見ていれば、自然に見えてくるしね。

サクライはタカミザワと違って、自分の気持ちをあんまり態度や顔に出さないんだ。
そういうところがまたサクライを格好良くさせちゃうから、大人の男で素敵だってお客の女の子がうっとりしちゃう。
確かに格好良いけど、ボクはそんなサクライは見慣れてるからなぁ。
笑い転げるサクライとか、見てみたいかな。
今度、サクライの部屋を覗いてみようか。
もしかしたら、店とは全然違うサクライが見られるかも。

……

どうしよう!
可愛いパジャマ着て、部屋にはぬいぐるみが並んでて、その子たちに赤ちゃん言葉で声掛けてたら!

……あれ、想像したら、意外に可愛いぞ?

…って、ボク……変!?


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