「Cafe I Love You」
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店に戻って、サクライたちに”妙な気配”のことを話して、店や上の部屋のあちこちを調べてもらったけど、怪しい人間やものは何も見つからなかった。
一体、どこに“妙な気配”がある?いる?んだろう。

父ちゃんに抱っこされながら、前を歩くサクライとタカミザワの会話に聞き耳を立てる。
「俺は、広場もこの中にある”妙な気配”っていうのも、スノーって猫だと思うな。うん、きっとそうだ!」
「根拠は?」
「…俺の勘!」
「…タカミザワの勘はあてにならなさそうだな」
「ひどい!」
「だってそうだろ?ここにはその猫はいないんだぞ?なのに気配があるって変だろ」
「…えっと~それはぁ~…ほ、ほら!ア、アルに不思議な力を使ったじゃん?だから…そう!スノーの気配がアルにくっついててアルからその気配を感じるんだよ、きっと!」
「でもさっきアルは外にいたぞ?猫たちは家からって言ったんだろ?おかしいじゃないか」
「それは…」
「そもそも気配がくっついてくるなんてあるのか?」
「うぅ……」
「あのな、考えるだけ無駄だって。どうひっくり返っても俺たちで解明できるわけがないんだ。先輩みたくかなり頭が良くないと」
「頭が良いだけじゃなくて、変人じゃないとね」父ちゃんが久しぶりに口を開いた。さっきからずっと無言で二人の後ろに隠れるようについていってるから、いることすら忘れ去られているかもしれない。
「あ、サカザキいたんだ?」タカミザワが笑う。
「ずっといるじゃん!」
「小さくて気づかなかった。昨日より縮んだ?」
「縮んでない!ていうか、気づかないほどの小ささじゃない!」
「怖いからって気配消しすぎなんだよ。そんなんで今夜一人で寝られるのか?」
「…っ!ね、寝られるよ!」
「俺の部屋に来る?」からかうようにタカミザワに言われた父ちゃんは、頬をプクッと膨らませて、
「部屋の片付けまでさせられそうだから、例え一人で寝られなくてもタカミザワの部屋には行かない」と言い返した。
「何だよ~。片付けてもらうほど汚くはー」
「おまえの基準はあてにならない」サクライに勢いよく否定され、父ちゃんが大きく頷く。
「ひどい…」
「事実を言ったまでだ」
どんなに汚いんだろう…
「ふーんだ!じゃあ、サクライの部屋に行けば!」
「何で部屋に行く前提なんだよ。行かないよ」
「…何だ、来ないのか」サクライが背中を向けたまま、何だか寂しそうにポツリと呟いた。
え、サクライ、来てほしいの?どうしたの?
「な、何だよ…!来てほしいの!?」父ちゃんもギョッとして慌てる。でも、振り返ったサクライは、ニヤリ顔だった。
「今日、お客からおまえに譲る予定だっていうカメラを預かったんだが?」
「…それは別の話だろ!もう!あとで行くよ!」
「はははっ」
怖がる父ちゃんはやたらとからかわれるね。普段はできないから、ここぞとばかりにからかうのかな?
「またカメラもらったのか?」
「またって、誤解を招くからやめてくれる?そんなに何度も譲ってもらってないよ。今回のだって、壊れてるんだから」
「え、壊れたのもらったってしょうがないじゃん」
「直せるなら使っていいよって言われたんだとよ。どっかが壊れたから処分するって言ってたんだろ?」
「そう。それなら直せると思いますよって言ったんだけど、面倒くさいし買い替えるからいらないって」
「それでもらったのか」
「だって、結構良いカメラだし、もったいないでしょ」
「だからって壊れてるカメラもらってもなぁ…」
「何台もあるんだしな。いくつあるんだよ?」
「……内緒」
『山ほどあるんだな。』二人の声が揃った。
バレバレだね、父ちゃん。

「とりあえず、異常なしってことでいいのか?」タカミザワに問いかけられ、サクライはふぅ、と息を吐いた。
「…まぁ、今のところはそういうことになるだろうな。なぁ、サカザキ?」
「そうだね。誰も何にも感じないし。一応、その妙な気配は俺たちや猫たちにも害はないだろうって先輩は言ってたし、大丈夫だと思う」父ちゃんはそう言って、ため息をつく。
「それって、つまりは先輩には何か分かってるってことか?」
「どうなんだろう。何、とは断言しなかったけど、霊感も強いらしいし、もしそういった類いのものなら何かは分かってるのかもしれない」
「え、先輩、霊感が強いんだ!?」
「みたいだよ」
「そういえば、大学の時も何もないところをじっと見てたりしてたな。何見てるんだろうなって不思議に思っていたが、あれってつまり―」
「視えてるってことだろうね」
「へぇ!単なるオカルト好きじゃないんだな!!すごいな!」タカミザワが目を輝かせていると、父ちゃんがうんざりした顔になった。
「確かにすごいけど、”変なもの連れてるわね”とか言われたりするんだよ?怖いだけでしょ」
「う、それは確かに怖い…」
「視えることに気づいた霊が寄ってくるみたいだしね。乗り移られたりするから、いざという時のために霊を祓う技術とか、そういうのも習得してるらしいよ」
「…な、何者だよ、先輩は…」
「何でそんな人がアンティークショップなんかやってるんだよ?おかしくないか?」
「知らないよ。先輩の考えてることなんて凡人に分かると思う?」
「分かんないな…」
「でしょ?」
「分かるのはきっとムッシューだけだな」
桜井の言葉に、父ちゃんとタカミザワが大きく頷いた。







コンコン

「サクライ、いい?」
「ああ」
サクライの返事を待って、父ちゃんがドアを開けた。部屋の中で、何かを書いていたサクライがその手を止めてこちらを見る。
いつもは髪をしっかりセットしてサングラスをしているサクライだけど、お風呂に入った後だからまるで別人だ。
「カメラだろ?」
「うん」
「ほら、これ」
「ありがとう」父ちゃんがニコリと笑って部屋に入る。そういえば、ボク、サクライの部屋に入るの初めてだ。何だかうれしくなった。
部屋の中はキレイに片付いているけど、サクライの手元にはスイーツ作りに使うのだろう、フルーツや何かの粒や粉みたいなものが置いてあって、そこだけは物であふれていた。
ああ、何か色んな匂いがする。中には食べ物ではない匂いもあるみたいだけど、色々混ざっていてそれが何か分からないや。不快な匂いはないけど、ボクにとって落ち着ける状態の部屋ではないなぁ…。
いやいや、でも今は我慢だ。

「何だよ、アル連れてきて。一人が怖いのか?」ニヤリと笑うサクライに、父ちゃんはムッとしながら紙袋を受け取る。
「悪かったね、怖がりで」
「一緒に寝てやろうか?」
「タカミザワと同じこと言わないでくれる?アルがいれば大丈夫!」
「はははっ」
「二人してからかって…もう。…ところで、それ何?何書いてるの?」サクライの手元にあるノートを指差す。
「ああ、これ?今後のランチやスイーツの案。早めに次の季節のものを考えて試作を作らないといけないからな」
「ふぅん。パティシエは大変だねぇ。仕事が終わってもそういうの考えなきゃいけないなんて」
「俺の場合は考える時間も楽しんでるから苦ではないけどな」
「本当、サクライは仕事が好きだよね。よいしょっと」父ちゃんがサクライの横に腰を下ろして、ノートを覗き込む。
「…今はな。昔は苦だったぞ」
「そうなの?」
「今は独立してるから自由に作れるが、若い頃は何作ってもダメ出しばっかりだからな。楽しくもなんともないさ。まぁ、経験や知識が足らなくてアイデアが貧相だったのもあるだろうけどな」
「まぁ、若いうちはそんなもんだよね。独立して好きに作れるようになって良かったね」
「まぁな。ただ、その分責任は重い。店を維持していかないといけないし、サカザキたちに給料も払わないといけないからな」
「そんなこと心配しなくてもいいよ。もし、万が一店が危機的状況になったとしても三人で頑張れば大丈夫だって」
「おまえは楽観的だな」
「そう?だって二人がいるんだもん、何も不安な事なんてないよ。」
言い切る父ちゃんにサクライがキョトンとする。
「きっと三人でなら、何だって乗り越えられると思うよ。一人より二人、二人より三人。悪いことは三分の一になって良いことは三倍になる。ほら、不安なことなんて、ないでしょ?」
「…ははは、そうだな。確かにそうだ」
「だから、サクライはサクライのやりたいように店をやればいいよ。二人で支えるからさ」
「…ああ、頼りにしてる」
あ~あ、微笑みあっちゃって。本当に仲良しなんだから。
「ふふ。それより、今日はありがとね」
「…え?」
「話してくれて。辛いことを話させちゃったよね」
「……あ、ああ。あ、いや、こっちこそ今まで話さなくてすまなかったな」
「ううん」
「話したおかげで、少し吹っ切れた」
「そっか、それなら良かった。アルも心配してたんだよ。ね、アル?」
「うん」
「猫にまで心配されていたのか…」
「そうだよ。はい」突然、父ちゃんがボクをサクライに差し出した。
「…え、な、何だよ?」
「父ちゃん?」
「撫でてやって」
「な、何で急に…」
「なるべく猫と接しないようにしてたんでしょ?レインを思い出すから」
「……」
「レインとの思い出を封印していた分、代わりにアルを撫でてやってよ。撫でて、思い出してあげて。レインも喜ぶと思う」
「…代わりって…」困ったようにサクライが父ちゃんとボクを交互に見る。

その時、
「おーい!サカザキー!!先輩から電話ー!!」とタカミザワの声がした。どうやら下の店からみたいだ。
「え?電話?…店に?」
「おまえ、携帯の番号とか教えたんじゃなかったのか?」
「うん、教えたんだけどな……あ、携帯は部屋だ。持って来てないや」
「出ないから店に掛けたのかもな」
「そうかも。今行くー!…というわけで、アルよろしくね!」
有無を言わさず、サクライの膝にボクを乗せると、父ちゃんは急いで店へと降りていった。
「……」
「……」
何て言ったらいいか分からずに、ただ黙ってサクライの膝の上からサクライを見上げた。
サクライもボクを見下ろす。今までにないぐらい困り果てた顔をしていた。これはさすがに”さぁ、撫でて!”なんて、言えない。
「……い、嫌だよね?お、降りるね」ぎこちなく笑ってボクは前脚を出そうとした。でも、それはできなかった。サクライがそっとボクを掴んだから。
「…サクライ…?」もう一度見上げようとしたら、頭を撫でられた。それはもう、とても遠慮がちに。初めて猫を触る人みたいに。でも、嫌な感じはしない。むしろ、うれしかった。初めてサクライがボクを撫でている。こんな日が来るなんて、思ってもみなかった。
「……降りなくていいの?無理に撫でなくてもいいよ?」
「おまえこそ、撫でられたくないなら無理に膝にいなくていいぞ。サカザキみたいに上手く撫でられないんだし」
「サクライが撫でるのが嫌じゃなかったら、レインの代わりにいっぱい撫でて。ボクは嫌じゃないし、サクライに撫でてもらうなんて、貴重な体験だし!」
「貴重って何だよ…」
「貴重でしょ。だって初めてだもん、ボク」
「…そうか、おまえのこと、撫でたことなかったか」
「ないよぉ!」
「そうか、なかったか」そう言って、サクライはボクを撫でてくれた。
遠慮がちではあるけど、サクライの優しさが手から伝わってきて、きっとレインはサクライに撫でられて幸せを感じていたんだろうなと思った。
「…撫でるのは辛くない?」
「…辛くはないな」
「そっか」
「…でも、看取れなかったことはやっぱり残念だったなと改めて思う」
「…そ、それは―」
「分かってる。おまえやサカザキの言う通り、必ずしも看取れるわけがないのも、日々の愛情の方が大事だってことも。…分かってはいるが…看取っていたら、こんな気持ちにはならなかったのかもしれない…って思うんだよ」
「サクライ…」
「おまえみたいに話せるわけじゃないんだから、看取ったとしても”ありがとう”とか”お世話になりました”なんて言ってもらえるわけでもないんだけどな。まぁ、要は俺の気持ち次第、なんだろうな」
「……」
「…それにしても、まさか、おまえにまで心配されていたとはな」
「だって、店長さんと昔一緒に働いてた人が言うサクライはまるっきり違うんだもん。違う人の話を聞いてるみたいだったよ」
「自分ではそんな違わないと思っていたんだがな」
「どこが!ぜんっぜん違うよ!野良猫を飼うってあたりでボクの知ってるサクライじゃなかったもん」
「そうか」
「そうだよ」

何か、不思議な気持ち。
父ちゃんとおしゃべりするみたいに普通にサクライと話してるよ。
サクライも何か声がちょっと優しいし。
この良い声で優しげって心地よすぎるでしょ。
レインは毎日この膝の上でこの良い声を聞きながら、丸まってたんだ。
…幸せじゃないわけないよ。

どうして人間は分からないのかな。大好きだよってスリスリしても幸せだよって鳴いても、やっぱり言葉で言われないと分かってくれないなんて、なんて不器用で面倒くさい生き物だろう。
ボクたち猫と違ってすごい物を作ったりすごいことができるんだから、もっと自信を持ったらいいのに。

「…ねぇ、サクライ?」
「ん?」
「レインのこと、聞いてもいい?」
「…ああ」
「どんな子だったの?優しい子?」
「う~ん…いや、優しいって感じではなかったな。ツンとしてたぞ。最初は人間をひどく警戒していたしな」
「野良だったら、人間のことはどうしても警戒しちゃうからね」
「エサやっても食べないし、触らせてはくれないしで、飼うのは無理かと思っていたんだが、徐々に警戒を解いてくれるようになってな」
「サクライのことを敵じゃないって思うようになったんだね」
「なかなかいい性格をしてたぞ。見るとそっぽ向くくせに、見てないとジーッと俺のこと見てて。近づくと逃げて、離れると寄ってくる」
「ははは!ジェイみたい!」
「隣の?」
「そう。ジェイは意地っ張りでね。父ちゃんのことが大好きなのに、父ちゃんの前ではそっけなくするの。好きじゃない!って嘘つくの」
「何だ、あいつサカザキが嫌いなんじゃなくて、好きなのか」
「そうだよ。照れてるんだよ、きっと」
「へぇ、それは聞かなかったら、一生知らずに終わったな」
「だから、レインもサクライのことが大好きだったんだよ。でも、照れくさくて、逃げてたんだと思うよ」
「意地っ張りだったわけか」
「きっとね」
「…そう言われたら、納得できることが色々あるな。なるほど、そういうことか」ククッとサクライが笑う。レインの行動で色々思い当たることがあるみたいだ。
じゃあ、レインも後悔している部分がありそうだな。素直に”大好き”を行動にも出していたら…って。
大好きだって伝わらないまま、さよならなんて、きっと心残りがあるはずだ。ボクだったら”死にたくない!”って思う。

ふと、サクライの手が止まった。
見上げると遠くを見つめるようにサクライがぼぅ…としていた。
レインのことを想っているのかな。

「ねぇ、サクライ?」
「…ん?」
「泣いてもいいよ?」
「だっ、誰が泣くか…っ」ちょっぴり顔を赤くしてサクライが慌てるから、ボクはあははと笑う。
「か、からかうヤツは撫でてやらん!」
「わっ!」ぐっと身体を両手で持たれたと思ったら、床に降ろされてゴロッと転がされた。見えるものがグルッと一回転するからびっくりしてガバッと起き上がる。
「ちょっと!びっくりするじゃん!転がさないでよ!」
「おまえがからかうからだろ…!サカザキがいない時に何にも作ってやらないぞ!」
「え!やだ!ごめん!また作ってよ!サクライのご飯、すっごく美味しいんだから!」
慌てて駆け寄ってサクライの膝に前脚を乗せる。
「おだててもダメ!」
サクライはそう言ってフーンとそっぽを向くから、ちょっとムッとしてグッと前脚に力を入れてやる。すると、サクライが顔をしかめた。
「いてててっ!つ、爪を立てるな!」
「だってサクライがもう作らないって…!作ってくれなきゃ嫌だ!」
「痛い!分かった!作る!作るから爪を立てるな!」
「本当!?絶対だからね!?嘘ついたら、本気で引っ掻くからね!?」
「分かった分かった!」
「よし!じゃあ楽しみにしてるね!」
「……いつかな、いつか」
「わぁい!!やった………ん?」
ちょっと待って?いつかって言った?いつかって……それはつまり、決まってないってことだから……
「ちょ、ちょっと待って!今、いつかって言った!?いつかって、作る気がないってことじゃないの!?」くわっと口を開けてサクライを見上げる。
そこには、しまったと口を押さえて目を逸らすサクライがいた。
カッと頭に血が上る。
「サッ サクライーッ!!」
ボクはにゅっと爪を出した両方の前脚をサクライの膝に向かって、振り下ろした。
「わ…っ バカ…ッ」
ボクはむちゃくちゃ腹を立てつつ、サクライと距離が縮まった今この時がむちゃくちゃうれしくなった。怒ってるのに、きっと顔は笑ってる。

「嘘をつくヤツにはこうしてやるっ!」
「いてーっ!!!!!」

ボクの父ちゃんの友達は、父ちゃんと同じくらい、飼い猫に愛情を注ぐ優しい人間、でした!



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