「Cafe I Love You」
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-27-


父ちゃんと窓から店の中を覗くと、常連さんと笑顔で話しているトモエさんを発見した。
カウンターにはいつも通りサクライが、空いたテーブルにはお皿やカップを片付けているタカミザワがいる。お客さんは常連さん一人みたい。
「……変わった様子は…なさそうだね」
「うん…」
すると、顔を上げたサクライがボクたちに気づいた。さすがサクライ、猫みたいに敏感だ。もしかしてサクライのヒゲはボクたち猫のヒゲと同じようにセンサーが付いているのかな?
「あ、サクライに気づかれちゃった。入ろう」

-カラン-

「ただいま」
「おかえり。どこの覗きかと思ったぞ」
「入る前に様子をね。心配だったからさ」
「失礼ね!どうせあたしのせいで、お店がとんでもないことになってるんじゃないかって思ってたんでしょ!」
「分かってるじゃないですか」
「きぃ!」
「サクライ、大丈夫だった?」
「……何とかな」
「サクライくん!?何とかってどういうことよ!」
「タカミザワ、何かやつれてない?」
「…あぁ…まぁ…」
「…色々あったみたいだね。あとで聞くよ」
「だから何にもないって言ってるじゃないの!」
「何もなかったら、サクライは何もないって言うでしょう。タカミザワだってたった一日であんなにやつれたりしませんよ」
「だからって全部あたしのせいだと思わないでほしいわ。忙しかっただけよ。ねぇ、タカミザワくん?」
「……」
「否定してよ!」
「否定する理由がないってことでしょう」
「きぃっ!」

わーわー騒がしいトモエさんに、一日騒がしかったんだろうなってボクは思った。 穏やかなゆっくりとした時間をお客さんに過ごしてもらおうと思っているサクライにとっては、トモエさんは賑やか過ぎるかもしれないね。

「ごちそうさま」
常連さんが立ち上がってレジに向かったので、サクライが素早く移動する。
「騒がしくて落ち着かなかったですよね。すみませんでした」
「いやいや、女性の店員さんがいると華やかになって、そういうのもいいね」
「ですよね!ありがとうございますっ」
トモエさんがにっこり笑うと、父ちゃんが冷たい目をした。
「…気を遣ってくれただけなのに、真に受けちゃって…」
「何か言った、サカザキくん!?」
「…いえ?」
「ありがとうございました」
サクライが頭を下げてお客さんを見送ると、メニューの看板を中に入れ、扉のプレートをひっくり返した。
「あら、まだ閉店には早いんじゃないの?」
「ほぼ食材が空っぽになったんですよ。だから、ちょっと早いですけど、今日はもう店じまいです。お疲れ様でした」
「そう!準備した食材がほぼなくなるなんて、すごいじゃない」
「トモエさんのおかげですよ」
「え、あたし?」
「トモエさん見たさに集まった男共がわんさか来ましたからね」
「で、普段はコーヒーだけの連中も今日はランチまで食べていったから、普段よりランチがいっぱい出たんですよ」
タカミザワが目の前の椅子に腰を下ろした。そしてテーブルにだらんと突っ伏す。
「あら、そうなの?やだ~!あたしもまだまだイケるわね!」
「……」 父ちゃんの目が怖いよぉ…
「繁盛するのはうれしいけど、運ぶの大変だったぁ…」
「その筋肉が役に立ったんじゃないの?無駄な筋肉だなと思ってたけど」
「無駄じゃなーい!」
「あははっ」

ふぅ、と小さなため息をついて、父ちゃんが常連さんのカップを手に取った。
それをカウンターに戻ったサクライへ手渡しながら、
「…つまり、オーダーされた品を運んだのは、ほぼタカミザワってことか」と言った。
「ま、そういうことだ」
「ごめん、やっぱり先輩じゃ一人分の仕事は無理だったね」
サクライに謝りながら、目の前の椅子にボクを乗せる。
「いや、やれることは色々やってくれたよ。レジもできるだけやってくれた。でも、いつもは男しかいない店に珍しく女性店員がいたんだ。しかも美人ときた。あちこちから声が掛かるのは当然だろ?先輩も愛想を振りまいてくれていたから、運ぶに運べなかったんだよ」
「…あ、そ」
「俺はおかげで常連たちの話し相手をする時間が少なくなって、中の仕事に集中できたしな」
「ふ~ん。サクライが楽できたならいいか」
「…安心しろ。どいつのことも軽くあしらってたから」
「…俺、何にも言ってないけど」
「気になってるかと思―」
「は?」
「…い、いや、ななな何でもない!つ、疲れただろ、何か飲むか?」
「…そうだね。何が残ってる?」
「リンゴならいくつか…あ、飯は?」
「軽く食べてきたから夕飯はいいよ。サクライ特製のリンゴジュースをお願い」
「あいよ」 サクライがホッと息を吐いてる。もう少しで怒らせるところだったね。
「それで?どうだったの?」トモエさんが父ちゃんにピタッとくっついた。
「…まぁ、それなりに収穫はありましたよ」そう答えながら迷惑そうに父ちゃんが離れる。
「目撃情報があった場所で、新たな目撃者は見つかった?」またトモエさんが父ちゃんにピッタリくっつく。父ちゃんがあれだけ不機嫌なオーラを出していても、物ともせずに体当たりできるトモエさんはある意味すごい人だと思う。

「……」父ちゃんが観念したように無言でボクの左隣の椅子に座った。すると、トモエさんはボクを抱き上げて椅子に座り、ボクを膝の上に載せた。この状態、居心地悪いなぁ…と思っていたら、父ちゃんがボクを抱き上げて自分の膝に置いてくれた。こっそりホッとする。
「あん、アルくん盗られたっ」
「僕の猫ですけど?」
そうだよ!ボクは父ちゃんの猫なんだからね!忘れてもらっちゃ困るよ!
「ちょっとくらいいいじゃないの」
「ダメです。アルは僕の心の安定剤なんですから」そう言いながら、父ちゃんがボクの頭を撫でた。いつもより強めにゆっくりと。
ああ、そうか。だからボクが必要なんだね。
この撫で方ね、父ちゃんが気持ちを落ち着けたい時の撫で方なんだ。イライラした時とか腹が立っている時にボクをゆっくり撫でると、気持ちが落ち着くんだって。
トモエさんに自分のペースを乱されて、ちょっとイラッとしちゃってるんじゃないかな。まぁ、それだけじゃない気もするけど…。
何も関係のない人だったら、冷たくあしらって”はい、終わり!”にできるけど、トモエさんは協力してくれてる人だからね。説明しないわけにはいかないから、父ちゃんは気持ちを落ち着けて話をしようとしているんだと思う。

「心の安定剤をそんなに撫でてるってことは、オリオンヒルズで心が乱されることでもあったってわけ?」
「……」 トモエさん以外みんな”乱されてるのは今です!”って思ったよね。でもそれを言わないのは、また”きぃっ!”ってなって騒がしくなっちゃうから。 そうなるとまた父ちゃんの機嫌が悪くなるもんね。
「…まぁ、いいわ。で、収穫っていうのは?」
「…残念ながら、スノーを見たという人の目撃情報は得られませんでしたけど、スノーに会ったという猫には会えましたよ」
「え、猫はいたんだ!?じゃあ、アルくんが話を聞いてくれたのね?」
うん、そうだよ。
「ありがとう、アルくん!それで、その猫は何て?」
「アルと同じように、探している物を見つけてほしいと言われたそうです。でも、オリオンヒルズでは不思議な力を使えなかったから、力を与えることができずに諦めて去ったようです。その後は一度も見ていないそうです」
「…そう。オリオンヒルズもこの街と同じように、たまたま来た街だったかもしれないわね。ただ、元飼い猫なら、家の中で暮らしていた可能性が高いから、断定はできないけど」
「ええ。暮らしていた街は今の段階ではまだ分かりませんね。ただ、先輩が言っていた通り、スノーはアルみたいな子に声を掛けているということはほぼ間違いないです」
「…ということは、そのスノーに会ったという猫も…」
「人間の言葉が理解できる子でした。それもかなり頭の良い子でしたよ」
「へぇ!会ってみたいわねぇ!」
「ああ、アルの話ではその猫、先輩に興味を持っていたそうですよ」
「え、あたしに?」
「目撃情報だけで街に来たのに、スノーに会ったことがある自分にたどり着けるなんて、情報を集めた人間がすごいのかもしれない、会ってみたいなんて話していたそうです」
「あら、何てステキな猫ちゃんなのかしら。今度会いに行ってみようかしら」
うれしそうにトモエさんが微笑んだ。 そうだね、トモエさんとミモザさんなら色々話が合いそうだから、会ったら楽しいかも。他の人や猫には分からない話をずっとしてそう。

「確かに、言われてみればたった一度オリオンヒルズに行っただけでそんな猫に会えるなんて、偶然とは思えない遭遇率ですね。たくさんある目撃情報から、どうやってその場所に絞ったんですか?」
父ちゃんのリンゴジュースを置きながら、サクライがトモエさんに尋ねた。
「あら、簡単よ。おそらくスノーは毎回アルくんと同じようなパターンでターゲットに接触してくると予想したの。力を与えてみようと試し、ダメだと分かったら、すぐにきっと次の街へ移動して、またターゲットを探す。だから彼女の行動パターンに合う目撃情報だけをピックアップしたの」
「行動パターンに合う目撃情報だけ…?」
「そう。昼夜問わず何度も目撃されている猫の情報は、ただの街の野良猫として除外、目撃された日がある特定の日や時間の猫だけに絞ったの」
「なるほど」
「そこから、最後に目撃された日以降、目撃情報がないものだけをピックアップしたのがサカザキくんに渡した情報よ」
「そうか!」テーブルに突っ伏していたタカミザワがパッと顔を上げて叫んだ。
「あら、タカミザワくん、分かった?」
「つまり、力を与えられなかったらすぐに街を出るという行動パターンから、目撃された日以降はもう街にいない、と読んだわけですね」トモエさんがニコッと笑う。
「毎回そのパターンじゃないかもしれないけど、そうしてることが多いんじゃないかなと思ってね。力が使えないと分かったら街にいる必要はないでしょうから」
「実際にその先輩の予想した行動パターンだったと考えると、やっぱりオリオンヒルズも単なる通過点と考えた方がよさそうですね」
「まぁ、断定はできないけど、そう考えた方がいいかもね」
「ああ、そうだ。サクライが白い猫の噂を聞いたことがない理由も分かったよ」
「?どういうことだ?」
「サクライがオリオンヒルズを出てからスノーは街に来たんだよ。出会った野良猫の話で、スノーと会った日にはサクライはもう店を辞めていて、街を出ていることが分かったんだ」
「……ちょっと待て。話を聞いたっていう野良猫が俺を知ってたっていうのか?」
「ん~…正確にはその野良猫が通ってる家のマダムがサクライを知ってたんだよ。そのマダムがその猫にサクライが店からいなくなったことを何度も話していて、スノーと会ったのはマダムからその話を聞いたあとだって言うんだ」
「へぇ!猫がそこまで人間の話を記憶しているなんてすごいわね!」
「その猫が特別かもしれませんけどね。とても頭の良い子でしたから」
「…サカザキ、もしかしてそのマダムって、店の近くのオレンジ屋根の?」
「そうそう!あれ、あのマダムのこと知ってるんだ?」
「よく買いに来てくれたからな。俺は店の奥で作業していることが多かったが、彼女が来ると店頭のやつらがわざわざ俺を呼ぶんだよ。おまえのファンが来たぞってな」
「サクライのケーキが食べられなくなって残念がってたから、ここのカード渡しておいたよ。娘さんがこの街にいるそうだから、来た時に寄るって」
「そうか。じゃあ、その時は色々サービスしないとな」
「うん、そうしてあげてよ。猫にまでサクライがいなくなったことを何度も話すんだから、相当サクライのケーキに惚れてるよ」
「ファンがいるっていうサクライくんもすごいけど、その猫ちゃんの記憶力もすごいわね。いいな~会いたいわぁ…」
「なぁ、アル。本当にその野良猫はそんなこと言ったのか?」疑うようにタカミザワが言う。同じ気持ちなのか、サクライもボクを見た。
「ボク、嘘なんか言ってないもん!ボク―」
「アルは本当のことを言っていると思う」
そう父ちゃんが言うと、
「俺もそう思う」と意外な人が肯定してくれた。サクライだ。
「え、サクライは信じるのか?根拠は?」
「アルがその猫から聞いたという話は、マダムらしくて真実味がある。俺がすぐにそのマダムの話だと分かるぐらいだからな」
「そうだよ、アルは嘘は言ってないよ。聞いた内容を僕に伝えてくれた時にアルが意味を知らない言葉も出てきたし、アルが勝手に考えて言ったとはとても思えない。アルはその子が言ったことをそのまま僕に伝えてくれてるよ」
「オリオンヒルズの野良猫ちゃんもすごいけど、アルくんもすごいわ!」 トモエさんがわしゃわしゃボクを撫でまくる。やめて~と言いたいところだけど、気持ちいいから抵抗はしない。 猫好きの人間ってなんでこうも撫でるの上手いんだろう?

「で、サカザキ、ケーキは?」
「え?」
「え?って、そりゃないよ!サクライがいた店に行ってきたんなら、ケーキ買ってきてよ!食べたかったのに!」
「あ~ごめん、アルと二人で食べて満足して帰ってきちゃった」
「はぁー!?何だよもーっ!!」
「ごめんごめん」
「こっちは汗水垂らして頑張ってたのに…」またテーブルに突っ伏していじけるタカミザワ。
「だから、ごめんって」
「あたしも食べたかったぁ!」
「今度行った時に買ってきますから」
「今度っていつよぉ?」
「いつだよー!?」
「もう…二人して…」 父ちゃんが困った顔をしてため息をつく。面倒くさいことになっちゃったね。
「お土産買ってくるの忘れちゃったね、父ちゃん。どうしよう…」
「どうしようって言われてもなぁ…帰ってきちゃったし。また店に行っても着くのが店が閉まる頃だし…」
「……あ」突然、サクライが声を上げた。
「サクライ?」 見ると、カウンターの中にある大きな冷蔵庫を開けている。何かを手にしてカウンターに戻ってくる。
「オリオンヒルズのケーキ屋のじゃなくてもいいなら、うちの残ったケーキでも食べるか?」銀のトレイに違う種類のケーキが三つ並んでいる。どれも美味しそうなサクライ手作りのケーキたちだ。
『食べる!!』 タカミザワとトモエさんの声が揃った。
「トモエさん、好きなの選んでください。タカミザワは残ったのでいいよな?」
「いいよ!これ、どれも好きだから!」
「え~、どれにしようかしら!サクライくんのオススメは?」
「そうですね…これは今の時期だけです。そろそろ旬が終わるので、マルシェで手に入らなくなったら終わりです。あとの二つは年中作っているので、また来た時でも食べられますよ」
「じゃあ、この旬のケーキにするわ!今しか食べられないって言葉に弱いのよね」
「はは、みんなそうですよ。コーヒーも入れますね」
「ありがとう!ごめんね、もう今日は終わりなのに」
「こちらこそ、残り物を食べてもらえて助かります。空っぽになった方がうれしいですから。タカミザワは二つとも食べ」
「食べるに決まってる!!」
「だよな。…あ、じゃあ夕飯の後にするか?」
「うん、夕飯の後に食べる!…あ、俺、風呂入ってきていい?」
「おう、さっぱりしてこい」
タカミザワは結っていた髪をおろし、奥のドアを開けて自分の部屋へと戻っていった。
一日汗水流して頑張ったんだもんね。さっぱりしてきてね。
「先輩もよかったら夕飯食べていきませんか?」
「あ、ううん。私は遠慮しておくわ。これからいただくケーキが夕飯の代わり」
「え、ケーキでいいんですか?」
「ええ、普段から夜は少なめにしてるの。若い頃と同じように食べていたら太っちゃう」
「ああ、確かに夜は少なめがいいって言いますよね」


コーヒーを入れるサクライは格好良いな。
今度ミユキさんがカウンターに座ったら、この姿を見るってことだよね。好きになっちゃうのも仕方がないかもしれないなぁ。
「……」ふと見ると、トモエさんが頬杖をつきながら、ジッとサクライを見つめていた。…あれ、これってもしかして…もしかする?
いや、でも、ミユキさんとは違う感じがする。観察しているような、そんな感じ。何か気になることでもあるのかな?

ふわっとコーヒーの香りが広がって来た。
「…そんなに見られると緊張するんですけど」苦笑しながらサクライがコーヒーとケーキを置く。
「どうぞ」
「ありがと。普段から女性客に見つめられて慣れてるくせによく言うわ」
「女性客に見つめられているのはタカミザワですよ」
「ああ、まぁ、彼はね。でも、サクライくん目当てだっているでしょう」
「いますかね、そんな物好き」
うん、いるよ。
昨日、一人増えたし。
…父ちゃんにはごめん、だけど。

「いると思うわよ。一人と言わず、何人も」
「そんなことは…」やめてくれ、そう言いたそうな顔だ。サクライは自分の話をするのがあまり好きじゃないみたいだ。
「ねぇ、サクライくん?」
「はい?」
「今日一日一緒にいて気になったんだけど」
「?何ですか?」
「……何かあったの?」
「え?」

…え?
びっくりしてトモエさんを見る。
父ちゃんも驚いたのか、トモエさんを見た。

「…な、何ですか、急に」
「だってサクライくんらしくないもの」
「……」
「何か、誰に対しても一歩も二歩も引いてるのよね。まるで見えない壁があるみたい。初対面の人はそういうところが格好良いと思うかもしれないけど、学生時代のサクライくんを知ってるあたしにとっては、違和感だらけよ」

ト、トモエさんてば父ちゃんですらなかなかサクライに聞けなかったことを、サラッと…!
父ちゃんがどんな顔をしているのか気になった。見上げると、ただサクライのことをジッと見つめていた。その顔は怒っているようでも悲しそうでもない。サクライがトモエさんに何て返すのか、たぶん待っているんだと思う。
父ちゃんも本当は誰よりも知りたいことだから。

「何か…って、特に何もないですよ」と、苦笑いを浮かべてサクライが答えた。
「何も?…例えば恋人に振られたとか」
「店のことで手一杯ですよ」
「誰かに裏切られたとか」
「ないですって」
「じゃあ、お店の経営のことで何か悩んでるとか」
「もちろん、売り上げのこととかはどうしたら伸びるかなと考えているところはありますけど、悩むほどではないですよ」
「ふ~ん…そう…」
「考えすぎですよ。何にもありませんよ、残念ながら」そう言いながら、居心地が悪そうな顔をしてる。サングラスの奥の目も泳いでるよ。
「じゃあ、あの頃のサクライくんはどこに行ったのよ?ねぇ、サカザキくんはどう思う?サクライくんって大学卒業してからはこんな感じなの?」
サクライがジッと父ちゃんが見つめている。余計なことを言うな、そんな感じだ。
けれど、父ちゃんはそんなサクライの視線に気づいたのに、フンとそっぽを向いた。
「この店を開く前、久しぶりに会った時にはこんな風でしたよ。僕もこいつはどうしたんだろうなって思いましたけど、サクライ個人の問題だし特に何も聞いてませんよ」
「ほら、やっぱり何かあったんじゃない」
「……」無言のまま二人から顔を逸らしたサクライ。ほっといてくれと言いたそうな顔だ。でも、今日はトモエさんがいる。ほっといてくれない気がする。
「ねぇ、どういうことなの?」
「先輩には関係のない話ですよ」
「そうだけど、サカザキくんにも話してないなんて、気になるじゃない」

ふと、父ちゃんがボクを撫でる。さっきと同じように。少し強めにゆっくりと。
…父ちゃん、もしかして…

「い、いくら長い付き合いでも、何でも話すわけじゃ―」
「ねぇ、サクライ。…イヴェールで何があったの?」
「…っ!?」サクライの表情が明らかに変わった。
「…イヴェール?イヴェールってトラムの終点の街…よね」
「ええ。サクライがオリオンヒルズの前に暮らしていたのがイヴェールなんです」
「…何で…俺はおまえにイヴェールにいたなんて話したことは―」
「今日、オリオンヒルズのケーキ屋で、イヴェールの店でサクライと一緒に働いていたって人に会ったんだよ。そこで初めて知った。オリオンヒルズの前はイヴェールに住んでたってね」
「……」
「イヴェールでのサクライは、先輩も知っている昔のサクライだった。でも、オリオンヒルズでのサクライは、人が変わったみたいに今のサクライになっていた。まるでサクライって人間が二人いるみたいで、話を聞いた店長さんも混乱してたよ」
「……」
「ねぇ、どっちが本当のサクライなの?」父ちゃんがすごく悲しそうな顔をしてる。
「……」
「今のサクライが良くないわけじゃないよ。でも、この店のウェイターを頼まれた時、久しぶりに会ったおまえがまるで人が変わったみたいになっていて、俺とタカミザワが何も思わないとでも思った?二人で心配してたんだよ?でも、おまえのことだから、聞いたって話したくないことは絶対話さない。だから話してくれるまで待とう、何も言わずに店を手伝おうってタカミザワと決めたんだよ」
「サ、サカ―」
「あれから何年経った?いつになったら話してくれるんだよ?俺たちって、悩みや抱えていることも打ち明けられないそんな薄い関係なの?俺とタカミザワはおまえの何?必要なくなったら首を切られる、ただの仕事仲間?」
「違―」
「…もっと…頼ってよ。頼りないかもしれないけどさぁ……力に…なりたいじゃん…」
「サカザキ…」

父ちゃん……
俯く父ちゃんにスリスリする。
父ちゃん、ずっとサクライのこと心配してたんだね。
ボクが思っているよりも、もっともっとサクライのことを思っているんだね。
きっと、タカミザワも…。

「…サクライくんのことだから、心配させたくなくて話さないのかもしれないけど、話してもらえないことでさらに心配してしまうものなのよ」
「……」
「単なる仕事仲間じゃなくて、二人は大事な親友。サクライくんもそう思ってるんでしょ?」
「それは…もちろん」
「心配性の二人に、ちゃんと話してあげなさい。…本当は話したかったんじゃない?ただ、話すタイミングが掴めなかっただけで」
「…先輩は何でもお見通しなんですね」
「先生(ムッシュー)も認める変人ですから」そう言って、トモエさんはニッコリ笑った。
「はは、そうでしたね」
「あそこから覗いている人も含めて、後で話してあげて」
「え?」トモエさんが指差す方向には、奥のドアの隙間から覗くタカミザワの姿があった。
「タ、タカミザワ!」
「…ご、ごめん…出るに出られなくて…」洗った髪から水滴をポトポト落としながら、タカミザワが照れくさそうに言う。
「こんなに心配してくれる友達、いないわよ。大事にしなさい?」
「…はい。…サカザキ、タカミザワ、心配してくれてありがとな。飯食いながら話すよ。聞いてくれるか?」
『もちろん!』うれしそうな顔で二人が頷いた。


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