「Cafe I Love You」
・・・25へ・・・   ・・・27へ・・・
-26-


…美味しい!すごく美味しいよぉ!!

出てきた猫用ケーキをバクバク食べる。
ケーキって……こ、こんなに美味しいものなの!?
ふわふわで…甘くて…目が飛び出ちゃうぐらい美味しいよ!!
それに、このクリームはいったい何でできてるんだろう!?
ほら!もう口の中なくなっちゃったもん!!
口の中で溶けちゃうってどういうこと!?
今食べたのは幻!?

「…ああ…顔がクリームまみれに…あとで顔を拭かなきゃね。アル、美味しい?」
「うんっ!」
「はははっ この子、何か返事してるみたいに鳴きますね。気に入ってくれたのかな?」
「美味しいよ!店長さん!!とっっっても!!」
「お、また鳴いた」
「アルがとっても美味しいって言って…」
「え?」
「あ、いえ、えっと…食べっぷりからしてかなり気に入ったみたいです。もちろん、人間用のケーキもとても美味しいです。絶妙な甘さですね」
「そうですか。どちらも褒めてもらえてうれしいです」店長さんがニカッと笑う。

本当にすっごく美味しいよっ!毎日でも食べたいぐらい!!ミモザさんがまた食べたいって言うのも当然だよ!
店長さん、すごいねっ!!
ケーキを作るパティシエってすごいね!!

…ということは、サクライもすごいってことだ!
美味しいご飯も作れて、こんな美味しいケーキも作れるなんて。
やっぱり桜井はすごいやっ!!

「今はペットにもスイーツを食べさせたいという方が増えていますからね。ペット用のスイーツを考案してサロンにもペットOKのエリアを作ったら、散歩がてらに立ち寄ってくれる人が増えました」
「今はペットというより”家族”と考える人が多いですからね。時代や流行に合わせてお店も作っていかないといけないので、経営者は大変ですね」
「そうですね。世間の流行にも目を光らせていないといけないので、若い子たちのアイデアも色々取り入れて何とかやっていますよ」
「サクライも難しい顔をして、よく新作ケーキを作っていますから、色々大変なんだろうなと思います」
「常に新しいことを取り入れないとつまらないし、お客さんも飽きてしまいますからね。サクライくんのお店はオープンしてどのくらいになりますか?」
「ええと…四年ですね」
「そうですか…もう四年ですか。早いなぁ…」
「ここでのサクライはどうでしたか?今は寝ても覚めても店のこととスイーツのことばかり考えていますけど」
「ははは、ここにいた時もそうでしたよ。店にいる時だけじゃなく、自宅に帰った後も色々試作を作っては研究していたようです」
「サクライらしいです」
「私の店には一年ほどでしたけど、来た当初から彼の作るスイーツには驚かされました。ショートケーキを食べた時には、子供の頃に初めてケーキを食べた時の感動を思い出して、とても幸せな気持ちになりました。食べた人を幸せにするということも、パティシエにとってとても大事なことですからね。私の店にいてはもったいない、自分の店を持ってたくさんの人に自分のスイーツを味わってもらうべきだと独立を勧めたんです」
「へぇ…」
そうなんだ。サクライって本当にすごい人なんだね。そんなサクライにご飯を作ってもらったボクって、もしかしてものすごく幸運なのかも!
「季節や気温、湿度を考慮して常に変わらない食感、味にする技術もありますから、お客さんに長く愛されるお店としてやっていけると思います。性格も真面目で手先も器用、まさに職人気質ですしね」
「そうですね。いつも同じように仕上げるのも結構難しいと思いますが、それをそつなくやっていますから、本当、職人だなと思います」
「人付き合いや接客は苦手というあたりからしても、昔ながらの職人のようですしね」

店長さんにそう言われて、父ちゃんが怪訝な顔をして首を傾げる。そして、ボクも。
苦手?人付き合いや接客が?サクライ、お客さんと普通にお話ししてるよね。苦手なんかじゃないよ?
「…あれ?違いましたか?」ボクたち…じゃない、父ちゃんの顔を見て、店長さんも首を傾げる。
「店長さんにはサクライはそう見えるんですか?人付き合いや接客が苦手だ…と」
「…え、違うんですか?面接の時に製造のみで働きたいと言っていましたし、普段も黙々と作業していて、そんなに会話もなかったので、店頭やサロンでの接客や人付き合いは苦手なんだな…と」
「…え?サクライが?製造のみで働きたいと言ったんですか?」
「え、ええ。できれば、という言い方でしたけど」
「……」
「まぁ、忙しい時は店頭もサロンも手伝ってくれましたから、まったく接客していないわけではないですけどね。いやぁ、面接の時のその言葉で僕が勝手に思い込んでしまっていただけのようですね。製造に専念したかっただけかもしれませんね。失礼しました」
「……」
「…あれ、何だか深刻な顔に…僕、何かまずいこと言いました?」
「あ、いえ…ちょっと気になって…」
「製造のみで働きたいと言ったことが…ですか?」
「ええ」
「サカザキさん的にはサクライくんらしくない?」
「ええ、まぁ…」
「サクライくんは学生時代、どんな感じだったんですか?一年も一緒に働いていたのに、サクライくんのことはほとんど何も知らないんですよね。話す時はいつもスイーツの話ばかりしていましたし」
「え、まぁ、普通の男子学生ですよ。おバカな話で笑い合ったり。音楽の話とかコンサートに行ったりもしましたね」
「へぇ~サクライくんがおバカな話で笑ったりしていたんですか。想像できないなぁ…。ここではとにかく寡黙にケーキを作っていましたからねぇ。みんなでディナーに行く時も誘っても断られちゃいましたしね。店を辞める時も送別会をと提案したんですけど、それもやんわり断られましたよ」
「あの大酒飲みが誘いを断るなんて…」
「…え、大酒飲みなんですか?何か…サクライくんって、僕が思っていた感じとはずいぶん違うなぁ…」
「あ、でも、職人気質なところはサクライらしいので、そういう部分は昔と同じです。この店でのサクライが全部違うとか、そこまではないですよ。ただ、あんな風に無愛想になったのは、ここ数年で…」
「ここ…数年?」
「ええ。僕が知る限り、この街に来る前か、来た頃か…そのくらいじゃないかなと」
「え…っ」
「歳を重ねて落ち着いてきたということもあるでしょうし、いずれ自分の店を持つことも、もしかしたら心のどこかで考えていたかもしれません。これからのことを考えて変わってきた部分もあるとは思いますが、あそこまで無愛想になったのには、何か理由があるんじゃないかな…と僕は思っています」
「…そうなんですか……。彼からは何も聞いていないんですか?」
「今の街で一緒に働くようになるまでは、お互い違う街で暮らしていましたし、たまに会うぐらいでプライベートなことはあんまり…。この街にいた時のことも、ここで働いていたことぐらいしか聞いていなくて」
「そうですか。う~ん……」
店長さんが腕組みして考え込む。
「あ、すみません。店長さんまで悩ませてしまって…」
「いえいえ。彼の人となりを僕は全然知らなかったんだなと改めて気づかされましたよ。ここ数年ですか……サクライくん、前の店ではどうだったんだろう?」
「確か前の店は違う街だったとか」
「ええ。この街にはうちに来る時に越してきたと聞いています。うちに来る前は確か……あ!」何かに気づいて店長さんが誰かを手招きした。
「ごめん!ちょっと来てくれる?」
サロンにいた一人の店員がこちらにやってくる。
「彼、以前サクライくんと同じ店で働いていた子なんです」
「え、そうなんですか!」
「ええ」
「店長、何すか?」
「君、サクライくんと以前同じ店で働いていたよね?どこだっけ?」
「え?あ、はい。イヴェールのパティスリーで」
「ああ、イヴェール!そうそう、そうだったね」
「イヴェール?イヴェールって確かトラムの…」
「そうです、トラムの終点の街です。ここから5つ先ですね」
「…あの、店長?こちらは…?」店長さんと父ちゃんを見比べつつ、店員さんが尋ねた。
「あ、こちら、サクライくんのご友人で今はサクライくんのお店でウェイターをされているサカザキさん」
「こんにちは。すみません、お仕事中に…」
「あ、どうも。いえ、全然。サクライさんのお店の方でしたか。サクライさんにはイヴェールの店で色々お世話になりました。あの…サクライさんがどうかしたんすか?何かあったんすか?」店員さんが不安げに尋ねる。
「いや、彼は元気で頑張ってるそうだよ。ただ、ちょっと気になることがあってね。イヴェールの店で働いている時、サクライくんってどんな感じだったかなと思ってさ。接客とかしてた?」
「え?ええ、普通にしてましたよ。店頭にも出てましたし、マルシェに出店した時も販売係もやってましたし」
「え、そうなんだ?そうかぁ…じゃあ、接客が苦手なわけでもなかったのか」
「何でサクライさんが接客が苦手ってことになってるんすか?」
「それが、うちに面接に来た時は、製造のみで働きたいって言ってたんだよ。それに普段から寡黙だし。だから、接客や人付き合いが苦手なんだと思い込んでてね」
「え?…仕事終わりに飲みに行ったり、休憩中も話したりしてましたから、人付き合いも悪くなかったし、寡黙なんて印象まったくないっすけど…」
「え、飲みに誘ったら断られなかった?」
「…いえ?都合が悪い時はもちろんありましたけど、予定がない時は喜んで参加してくれましたよ?よく笑う楽しい人っすよ。常連のお客とも、よく話してましたし」
「え、えぇ……」
「……あ、でも…」そう言うと、店員さんはちょっと表情を曇らせた。
「でも…何ですか?」父ちゃんが尋ねる。
「…急によそよそしくなったんすよ」
「よそよそしくなった?急に?」
「ええ。急に付き合いが悪くなって。どうしたのかと思っていたら、その数日後に店を辞めちゃったんすよ。急だったから、他のスタッフも店長もびっくりしてましたよ」
「え、そんな急に辞めたんだ?」
「ええ」
「あの、サクライはその時、何か理由とか言っていましたか?」
「…いえ、特には。ただ、街を出るから、ということは言ってましたけど」
「ふぅん。じゃあ、街を出ることはすでに決まっていて、店を辞めることになったわけか」
「そうみたいっすよ。イヴェールに居づらくなることでもあったのかなって俺は思いましたけど」
「街に居づらくなることかぁ…プライベートで何かあって、店を辞めて逃げるように街を出たのかなぁ。君はその辺、聞いてないよね」
「聞いてないっすね。急でしたし」
「……」
街に居づらくなること…って何だろう。
よほどのことだよね、きっと。
ボクは、強い野良猫や苦手な人間がいる街は居づらくて、街から逃げ出してたな。
サクライにもそんなことがあったのかな…。
「…あ、もしかしたらアパートの大家と揉めて出て行かなきゃいけなくなったのかな」
「大家?」
「住んでいたアパート、ペット飼育禁止なのにこっそり猫を飼ってたから―」
「えっ?」
「えっ!?」
「ええっ!?」ボクもついつい叫ぶ。
「わっ!…え、な、何すか。俺、何か変なこと言いました…?ね、猫まで鳴くし…」
今、この人何て言った?
猫?サクライが猫を飼っていたの!?
「え、あの、サクライくんが猫を飼ってたの?」店長さんがボクと同じことを聞いてくれた。
「そ、そう言ってましたよ。店を辞める一年ぐらい前だったか…俺に電話してきて、”近くにいい動物病院はないか”って聞いてくるんで、どうしたんすかって聞いたら、アパートの近くで野良猫を拾ったって言ってたんすよ」
「…サクライくんが野良猫を?」
「ええ。で、弱っているから病院に連れて行きたいって。翌日聞いたら、出会ったのも何かの縁だし面倒みることにしたって。首輪も付けたって言ってましたし、俺に話してくれた時は、猫のこと可愛がってる感じでしたよ?」
「あのサクライくんが?本当に?」
「え、そ、そんなにイメージないんすか?」
「ないよ。だってここにいる時、ペット用のケーキやお菓子を考えてほしいって言ったら、ものすごく嫌そうだったもん。アイデアは出してくれたけど、猫とか犬はあんまり好きじゃないんだなって思ったよ、僕は。店の前に野良猫が来ると追い払ってたし」
「はぁ?サクライさんがそんなことするわけないっすよ。イヴェールの店の近くにも野良猫はいましたけど、追い払うどころか、俺が教えた動物病院の人に連絡して、誰か保護してくれないかとお願いするような人っすよ」
「えぇ…ねぇ、君、本当にそれサクライくんの話してる?別人じゃないの?」
「何言ってんすか!イヴェールのパティスリーの店長や他の店員、客に聞いたって、同じ話が返ってきますよ。店を辞める頃には何かあったのかもしれませんけど、サクライさんは元々野良猫にだって優しいし、明るくて楽しい良い先輩っすよ!」
「……」
ポカンとする店長さんとボク。

何…それ。
サクライが野良猫に優しいって…嘘でしょ?
店員さんが言っていることが本当だとしたら、じゃあ、ボクに対するあの態度は何?
ボクだけじゃなくて、街の野良猫たちへの態度も…あれはいったい何なの?
ボクが知っているサクライは、本当のサクライじゃないの……?

不安になって見上げた先の父ちゃんと目が合った。
ねぇ、父ちゃん…?
サクライの本当の姿は…どっちなの?

父ちゃんはただ、小さく微笑んだ。


『これで間違いないですか?』
ボクがそう尋ねると、買ってきたケーキを見て、ミモザさんがニンマリと笑った。
『そうそう、これだよ。これが美味しいんだよ』
『あ、よかった!』
『おや、あんたも食べてきたのかい。口の周りから良い匂いがするよ』
『あ、はい。食べて来ちゃいました。すごく美味しかったです!』
『だろう?ばあさんが買ってきてくれたのがこれなんだよ。もう一度食べたかったんだ』
『ミモザさんが、というより、子猫たちに食べさせたかったんですよね?』
『…何言ってんだい。あの子たちはワタシのついでだよ。本当はこんな美味しい物をあんな小さい時に食べる必要なんてないんだからね』
何て言ってるけど、鼻がピクッと動いたから図星だよね。父ちゃんの言う通り、本当は子猫たちが可愛くて仕方がないんだね。
「父ちゃん、ミモザさんが食べたかったケーキ、これで合ってるって!」
「そう、よかった。じゃあ、あとでおばあさんのお家に持っていくから、子猫たちと食べてね」
『ああ、ありがとう』
「これでミモザさんが持っている情報、僕たちにくれるかな?」
『もちろん、約束通り話してやるよ。思い出したことはね』
『ありがとうございます!』


お腹もいっぱいになったミモザさんは出し惜しみすることなく、機嫌よく話し始めた。
『…あの子の探している物、だけどね。あの子との会話を少し思い出したんだよ』
『え!何ですか!?』
『飼い主からもらった物、そう言っていたよ』
『え…』
『それが何かは言わなかったけど、あの子にとってはとても大事な物だったようだ。けれど、気づいたら失くなっていたそうだ』
『気づいたら失くなっていた?』
『ああ。だから、どこで失くしたのかも分からないらしい。まぁ、それは記憶を失くしていないなら、の話だけどね。もしワタシと会った時にすでに記憶を失くし始めていたのなら、あの子が単に忘れてしまったということも考えられる』
『あ、そうか…』
『もし記憶を失くしていないのなら、飼い主が持っているか捨ててしまった可能性が高いと思う』
『なるほど…』
『その大事な物があると力が使えるという話はよく分からないけど、もしそれが本当なら、今もそれは存在していて、もしかしたら元飼い主が持ち歩いている…ということも考えられるね』
『…スノーにあげた物を今でも元飼い主が持ってるということなら、スノーのことをとても大事にしていた…ということになりますよね?』
『…そうかもしれないね。でも、それはワタシたちには分からない話さ。現にあの子は野良なんだろう?』
『……事情があって…離れ離れになったとか…』
『アル、あの子と元飼い主のことを想像していても解決しないよ。今知るべきことは、あの子がどこから来たのか、その飼い主は誰なのか、だろう?』
『あ…はい…』
『余計な事は考えない方がいい。感情が邪魔して真実にたどり着けなくなるよ』
『は、はい…』
『まずはあの子がその大事な物をくれた元飼い主と暮らした街を見つけることだね』

ミモザさん、まるで事件を解決するお巡りさんみたいだ。
本当に頭が良いんだなぁ。
もしかしたら、話しているうちに他にも何か思い出してくれるかもしれない。
『ミモザさんにはどこから来たとか、そんな話はしませんでしたか?』
『街の名前は言ってなかったと思うよ』
『元飼い主の名前とか…』
『名前?…名前は…聞いた記憶がないねぇ…』
『そうですか…』
『…ああ、でも、飼い主がつけた自分の名前の話はしていたかな』
『え、スノーの名前、ですか?』
『ああ。だいたいの人間は見た目で名前を付けたけど、一人だけ変わった名前を付けたって言っていたよ』
『変わった名前?』
『どんな名前だったかは言わなかったけど、その名前は気に入っていたみたいだよ。その話の時だけ、笑っていたからね』
『笑ってた…』
そういえば、広場でもそんなこと言ってたっけ。確かその時も少し笑ったよね。すぐに真顔に戻っちゃったけど。
『たぶん、その飼い主のことは好きだったんだと思うよ。だからこそ、その飼い主からもらったという物を探しているんじゃないのかな』
『……』
スノーに好きな飼い主がいた…
ボクにとって父ちゃんみたいな、そんな飼い主が…
でも、広場で話した時、スノーはそんな飼い主がいたことも忘れてしまっているみたいだった。
好きな飼い主のことも忘れてしまうなんて、そんなの悲しいよ…

『…あと、一つ気になることを言っていたよ』
『気になること?』
『あの子、野良になった時の記憶がないそうだ』
『え?』
『…自分は飼い猫だったはずなのに、気づいたら野良猫になっていたらしい』
『え、な、何ですか、それ…』
『さぁ?野良猫になって、飼い主からもらった物がなくなっていることに気づいて、暮らしていた街を出たそうだよ。…可哀想だけど、捨てられたのかもしれないね』
『そんな…』
『あんたと父ちゃんみたいに、相思相愛ならいいさ。でも、一方通行の場合もある。猫はその人間が好きでも、人間はそうでもないこともあるよ。…あの子の病気が悪化して、面倒を看きれなくなって捨てられてしまった。…もしそれが真実なら、あの子は知らないまま…忘れたままの方が幸せかもしれないね』







オリオンヒルズから帰ってきたボクと父ちゃんは、無言で店までの道を歩いて行く。
スノーのこと、少し分かってきたけど、結局どこの街から来たのかは分からなかったな。
ミモザさんとおばあさんのお家に行ってケーキを渡した後、ケーキ屋さんの方に戻って近くのレストランにも聞きに行ったけど、スノーらしき猫を見た人はいなかったし。

スノーはあそこで何をしていたんだろう。
まだまだ分からないことだらけだ。

そして、サクライのことも。
ケーキ屋さんで聞いた話、本当なのかな。
店員さんの話してたサクライは、ボクの知ってるサクライじゃないみたいだった。
野良猫を拾って飼ってたなんて、今のサクライはそんなことするとは思えない。
父ちゃんがボクをお店に連れて帰った時の顔、今でも覚えてるもん。迷惑そうな…たぶん、店長さんが言っていたみたいな”嫌そうな”顔をしてた。

そんな人が、野良猫を拾って連れて帰るかな。
それとも、イヴェールって街にいた時は、サクライは父ちゃんみたいに野良猫に優しかったのかな。
野良猫を見ても、嫌な顔をするんじゃなくて、ニッコリ笑っていたのかな。

じゃあ、どうしてオリオンヒルズにいた時は違うの?そして、今も。
サクライに何があったんだろう…。

「父ちゃん…」
「……ん?」
「……」
「アル?……もしかして、サクライのこと?」
「…うん…。父ちゃんは、サクライのことどう思う?どっちが本当のサクライなの?」
「…う~ん、どっちも本当のサクライだと思うよ。ただ、何かがあって、今みたいなヤツになっちゃったんだろうね」
「何かって…何?」
「それは僕も分からないな。サクライってそういう話は僕やタカミザワにはしないしね」
「野良猫を拾ったっていうのも、父ちゃんはおかしいって思わない?」
「はは、アルにはおかしいと思うよね。あんなに冷たいし」
「うん…」
「元々動物は嫌いではないと思うよ。子供の頃、家で犬を飼っていたって聞いたことあるし。でも、今はあえて近づかないようにしているのかなって思う」
「あえて?」
「うん。根は優しいヤツだっていうのは、アルも分かってるでしょ?」
「うん。そうじゃなきゃ、父ちゃんがいないからってご飯作ってなんてくれないだろうし、ボクが人間の言葉を話せるようになった時、父ちゃんに電話しないと思う」
「はは、そうだね。アルとはできるだけ距離を置くようにしているけど、だからってすべてを邪険に扱ったりはしない。それが分かっていたから、僕はアルを店に連れていったんだ。サクライが本当に猫が嫌いで、ひどい扱いをするなら、いくらアルを飼いたくても店に連れて行かないよ」
「どうしてそんな風にしているの?猫が嫌いじゃないならどうして……ボクが…嫌い…なのかな…」
「それも違うと思う。アルはこんなに良い子だもん。猫が嫌いな人でもアルは好きって人もきっといるよ。大丈夫、アルのせいじゃない。きっと、サクライの気持ちの問題だよ」
「気持ち?」
「そう、気持ち。…ねぇ、アル。アルのお父さんとお母さんは?兄弟はいるの?」
「……父ちゃんは知らないんだ。ボクが生まれた時にはもういなかったから。母ちゃんは小さい時に死んじゃったし、兄弟は生まれた時に死んじゃったって母ちゃんから聞いた」
「…そう…一人で辛かったね…」ボクを抱く父ちゃんの腕にキュッと力がこもる。
「うん……でも、でもね?この街に来て父ちゃんに出会って、ボクはいっぱい愛情をもらってるから、もう辛くないよ。今はとっても幸せだよ」
「……ありがとう。…サクライはきっと…辛かった頃のアルと同じような気持ちなのかもしれないよ」
「…え?」
「野良猫を拾って飼っていたはずのサクライに、今はその猫はいないよね。それはつまり…」
「……死んじゃった…」
「もしくはサクライのところから出ていってしまったか、だね。猫は死期が近づくと、自ら姿を消すこともあるからね」
「……」
「首輪もつけたって言っていたそうだから、サクライは愛情を込めて野良猫を可愛がっていたんじゃないかな。その猫とどんな風に別れたのかは分からないけど、必要以上にアルに近づかないのは、その野良猫との別れに理由があるんじゃないか…僕はそんな気がする」
「……」
「もちろん、これは僕の想像だよ。実際は全然違う理由かもしれない。でも、それが理由ならサクライらしくて納得できるんだ」
「サクライらしい?」
「うん」父ちゃんがニコッと笑って頷いた。何だかすっきりしたような顔をしてる。
ボクは…まだ全然すっきりしてないけど…。
「近いうちにこの話は僕からサクライにしてみるよ。サクライのことは僕に任せて」
「…うん…でも…」
「大丈夫。アルは心配しなくていいよ」
「うん…」
「いい?サクライの前で拾った野良猫の話はしないこと。僕たちに話していないってことは、それだけ話しにくいことだと思うから。分かった?」
「うん…」
「今なら話してくれるかな?って思った時に切り出してみるよ」
「うん…」
「ほら、心配しないの。大丈夫だって」
「うん……」
「それに、今はサクライのことよりも心配なことがあるしね」
「え?」
「……お店、どうなってるんだろうね」
「……あ!」

そうだった!!

父ちゃんが見つめる先にある店。
外はいつも通りに見えるけど、中はいつも通りじゃないかもしれない。


 ・・・25へ・・・   ・・・27へ・・・