「Cafe I Love You」
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「…あら…ミモザ、アルくんを連れてお出かけ?」
ニャアとミモザさんが返事する。
「さっきはアルくんにご挨拶もしなかったのに、どういう風の吹き回し?」
『…ああもう、いちいちうるさい人だねぇ』と面倒くさそうにミモザさんがニャアともう一度鳴いておばあさんの前を通り過ぎていく。
そんなミモザさんの後ろから、ボクもニャアと鳴いて通り過ぎた。あ、ボクはうるさいなんて思ってないからね!お邪魔しましたって鳴いたんだからね!
「アルくん、また遊びに来てね。…珍しいこともあるものねぇ。ミモザ、また明日もいらっしゃい。美味しい魚を用意して待っているわ」
『魚はうれしいけどね。年寄りなんだから、骨はちゃんと取っておいておくれよ。…あの人、ちょっと抜けててね。たまに忘れて骨だらけなんだよ』
『あ、あはは…』
「お邪魔しました」
「サクライさんによろしくお伝えくださいな」
「はい。色々ありがとうございました」
『行くよ』ミモザさんが鼻で先を示す。
『はい!』

『あれ!ミモザばあちゃん、もういっちゃうの?』
『いっちゃうの?』子猫たちが気づいて走ってきた。
『ああ、ワタシの話が聞きたいんだそうだ』
『めずらしいね!ばあちゃんがはじめてあうコとおはなしするなんて』
『この子は特別さ。少し違えば、ワタシがこの子のようになっていたかもしれないからね』
『え…』
『ふ~ん?』
『むずかしくてよくわかんない!わかるようにせつめいしてよ!』
『あんたたちは分からなくていいよ。ほら、バッタはどうした?』
『あ!』
『ああ!またどっかにいっちゃった!』
『バッタ一匹も捕まえられないなんて、あんたたちはまだまだ子どもだねぇ』
『ムーッ!そんなことないもん!がんばればつかまえられるもん!』
『よし!もういっかいさがそう!』
『うん!さがそう!ばあちゃん、またあしたね!』
『ああ、バッタを捕まえたかどうか、報告を楽しみにしているよ』
『うん!がんばるっ!』
子猫たちがまたバッタ探しに庭を走り回る。ミモザさん、さすが扱いに慣れてるね。
『元気な子たちですね』
『…近くの草むらに捨てられているのをワタシが見つけてね。ここへ連れて来たら、ばあさんが育ててくれたんだよ』
『そうなんですか…』
『その時は弱っていたから心配したけど、今じゃ困ったぐらいに元気になって毎日大変だよ。さぁ、こっちだ』
『あ、はい』
ボクと父ちゃんはミモザさんの後をついていく。

”少し違えば、ワタシがこの子のようになっていたかもしれないからね”

それって、ボクのように”人間の言葉を話す”ようになっていたかもってことだよね。
つまり、ミモザさんはボクと同じようにスノーに会って、同じことを聞かれているってことだ。

それはもうスノーかもしれない、じゃない。
確実にスノーだ!
あんなこと聞くのはスノー以外いないもん!


前を歩くミモザさんに駆け寄って、横に並ぶ。
『…あ、あの、ミモザさんはスノー…えと、その白い猫から”人間と話ができるようになりたくないか”と聞かれませんでしたか?』
ミモザさんの耳がピクッと動く。ゆっくりと振り向き頷いた。
『…聞かれたよ。”自分ならば、それを叶えることができる”なんて言っていたね』
『やっぱり!ミモザさんが会った白い猫は、今ボクの街にいる子です!間違いないです!』
『そうかい。何を突拍子もないことを…そう思ったけど、あんたを見る限りそれは突拍子もないことでも冗談でもなく―』
『本当のことだったんです』
『…そのようだね。あんたたちはどこから来たんだい?』
『ボクたちはトラムに乗って、五つ向こうの駅から来ました』
『あの子、そんなところまで行ったんだね。それにしても、どうしてこの街に?まさか、あの子の探している物がこの街にあったのかい?』
『いえ、その探しているものを見つけるために、彼女がどこの街から来たのかを調べているんです』
『そりゃ、何でまた…』
『実は、彼女は自分が何を探していたのか、忘れてしまったんです』
『……何だって?』
『病気のせいなのか、記憶をどんどん失くしてしまっていて、どこから来たのかすら分からないって言うんです』
『記憶を…失くしている?』
『はい。すべての記憶を失くしたわけではないみたいなんですけど、住んでいた街や飼い主のこと、自分のことも色々忘れてしまって覚えていないんです。なので、探している物が何かすら分からなくて…』
『この街にいたことは?』
『おそらく覚えていないです。オリオンヒルズという街の名前にも反応しませんでした』
『…え、じゃあ、あんたたちは白い猫の目撃情報があるってだけでこの街に来たのかい?』
『はい。父ちゃんの知り合いに白い猫の目撃情報を集めてもらったら、この街で目撃情報が多くて。彼女がトラムの線路づたいにボクたちの街に来たって言っていたので、トラムのある街を転々としているんじゃないかって』
『…なるほど。トラムがあって、目撃情報が多いこの街に的を絞って来てみたわけだね』
『はい。それで―』
『もしあの子がいた街なら、元飼い主やあの子を知っている猫や人間がいるはずだ。それを見つけて情報をもらおう…そんなところかな』
『…は、はい』
ミモザさん、ほんの少し話しただけで、ボクたちがしようとしていることが分かってる。頭が良いんだなぁ。スノーが声を掛けた理由が分かった気がする。ボクよりはるかに頭も良いから、もしミモザさんが人間の言葉を話せるようになっていたら、スノーの探し物をすぐに見つけられるかもしれない。
『…方法としては間違ってないね。でも、あの子とは違う白い猫の目撃情報だってあるだろうし、元飼い主や知り合いの猫を探し出すのはかなり難しいことだ。ここに来るなんてあんたたちは運が良いね。…それとも、情報を集めた人間の手腕…かな』
『…シュワン?』
『その人間、頭が良いんだろうね』
『え?あ、はい。父ちゃんがものすごく頭が良い人だって言ってました』
『そうかい。興味あるねぇ…会って色々話を聞いてみたいよ』
『え…ものすごく頭が良い人ですけど、ものすごく変な人ですよ?』
『頭の良い人間はだいたい変わってるさ。ワタシはそういう人間の話を聞くのが好きでね。人間の世界の面白い話が聞けるから楽しいんだよ』
『は、はぁ…』
『今度連れてきておくれよ。最近、面白い話を聞く機会がなくて退屈してたんだ』
『…あ、はい。じゃ、じゃあ、父ちゃんから伝えてもらいます…』
『そうか。こういう時に人間と話せると便利なんだね。なるほど、良いこともあるね』
そう呟くと、ミモザさんは納得したように頷いた。
『……』
ミモザさんってちょっと変わってる。頭が良い猫も人間と同じようにちょっと変なのかな。
何か…トモエさんみたい。
『…と、ああ、ここだよ』突然ミモザさんが足を止めた。
『えっ』
『ここでその子に会ったんだよ』
慌てて見回すと、そこはさっき父ちゃんと来た、あの街角だった。
『え、こ、ここですか?』
『ああ。ここにいたよ。夜中にね』
じゃあ、人間の目撃情報は間違っていなかったんだ。
「と、父ちゃん!ミモザさんはここで夜中スノーに会ったんだって!目撃情報と同じだよ!」
「え、そうなの?じゃあ、ここにいたことは間違いじゃないんだね。…ここで何を…」父ちゃんが辺りを見渡す。その顔は少し悲しそうに見えた。夜中、真っ白なスノーがたった一匹でポツンとここに座っている姿を想像したのかもしれない。

人間嫌いのスノーがこんな街角にいたなんて。
いたと言われても、にわかには信じられない。
スノーは何を思って、ここにいたんだろう。

見えるものと言ったら、普通の民家に道を行き交う人たち。
あんな真っ白な毛長の猫がいたら、かなり目立つはずだ。人間が近づいてこないわけがない。特に猫好きな人がスノーを見たら、父ちゃんみたいに目を輝かせて近づいてくると思う。まさにスノーの一番嫌いなタイプの人間。そんな人間と出会ってしまいそうなこんな街角に、人間と関わりたくないと思っているスノーが本当にいたのなら、きっと何か理由があるはずだ。

何を見ていたの?
何を探していたの?

父ちゃんがしゃがんでミモザさんを見つめた。
「…ミモザさんが会ったのはいつ頃のことなのかな」
『…ん?いつ会ったかって?ずいぶん前だよ。でも、変わった子だったからよく覚えているよ。不思議な匂いのする、とにかく変わった子だったね』
匂い…さっきもそんなことを言っていたっけ。
『匂いのこと、さっきも言ってましたね。あと、ボクと白い猫の匂いが似てるって。そんなに似てますか?』
『ああ、似ているね。あんたのはあの子の匂いがついたのか、元々の匂いではないんだろうけどね。あの子の不思議な力のせいなのかもしれないねぇ』
『?』自分をクンクンしてみたけど…よく分からない。
『猫だけど、でも猫じゃないような…そんな不思議な匂いさ。子供たちには分からなかったようだし、特殊な匂いで気づく猫とそうでない猫がいるのかもしれないよ』
『…そ、そうなんですか…』
…ど、どんな匂いなんだろう…。
ボクにはそんな不思議な匂い、自分からもスノーからもしないんだけどな。
ミモザさんが言うように、スノーの不思議な力のせいなのかな。
ボクのことをみんなが気づいてくれないのも、その匂いのせい…?

『ミモザさんは、どんな風に声を掛けられたんですか?』
『夜中に通りかかった時に、ここに座っていたんだよ。見ない顔だったけど、ケンカに勝てるほど若くはないから、知らん顔して通り過ぎようとしたんだ。そうしたら…』
『声を掛けてきた』
『ああ。その子はワタシを人間と話せるようにしてあげるから、自分が探している物を見つけてくれと言っていたよ。まぁ、頼むような態度じゃなかったけどね』
『…ボクの時もそんな感じです』
『でも、それは力を使うことができたらの話で、やってみないと分からない…って言って何か試していたね。結局ダメだったみたいで、何も起こらなかった。彼女とはそれきりさ。朝通った時にはもういなかったね。それからは見かけていないし匂いもしないから、この街を出ていったんだと思う』
『ミモザさんは、人間と話したいって答えたんですか?』
『いや?興味無いねって言ったよ。ワタシは人間の話が聞ければそれで十分だからね。でも、あの子はワタシの答えなんて、どっちでもよかったみたいだ。ワタシみたいに人間の言葉が分かる猫であれば、誰でもよかったんじゃないのかな。きっと声を掛ける前にそういう猫に目星を付けていて、その中からワタシが選ばれたんだろうね。アンタもそうだろう?』
『…はい、たぶん…』
『アルが何匹目に声を掛けた猫なのかは分からないけど、あんたとあの子が会った時はその力とやらが使えて、あんたは人間と話せるようになった、ということになるね。ワタシの時と何が違ったんだろうね?』
はて、とミモザさんが首を傾げる。
『…あ、それには理由があって』
『ほう?』
『どうやら彼女は、その探している物がないと不思議な力が使えないみたいなんです』
『…?どういうことだい?』
『それが何かは忘れてしまっていますが、色んな街で試してみたものの、どこに行っても力が使えなかったそうです。その探している物がその街にはないから…らしいです。ボクと会った時、同じように試してみたら力が使えて、ボクは人間と話せるようになったんです。それはつまり、ボクの街に探している物があるからだ、そう彼女は言っています』
『ふぅん…それじゃ、あの子が探している物は自分の不思議な力を使うために必要な何か、なわけかい』
『はい、大事な物だって言っていました』
『大事な物…ねぇ…』
『ミモザさんと会った時、その探している物について何か具体的なことは言っていませんでしたか?小さなことでもいいんです。何か覚えていませんか?』
すると、ミモザさんが小さくため息をついた。
『…あんた、あの子が探している物を本気で見つけようとしてるのかい?この、父ちゃんと』
『はい』
『あの子は猫を仲間だと思っていないし、人間のことは特に嫌っている。きっとその不思議な力だって無理やり与えられたんだろう?協力なんてしなくてもいいんじゃないかい?』
『協力しないなんて言ったら、何をされるか分かりません。彼女の力は恐ろしいものです。ボクだけじゃなくて、もしかしたら父ちゃんまで…だから…』
『…まぁ…確かにこんなことができるなんて、恐ろしいけど…でもねぇ…』
ミモザさんが関わらない方がいいと思う気持ちもボクには分かる。本当だったら、ボクも関わりたくないもん。
でも…
『…ボクも本当は関わりたくないです。彼女はとっても恐ろしくて、怖くて冷たくて、同じ猫と思えないような子で。でも、あんな風になってしまったのは、良い人間に出会えなかったからなのかなって思ったら、とても悲しくて…』
『……』
『ボクは父ちゃんに助けてもらった元野良です。父ちゃんに出会わなかったら、きっと死んでいます。父ちゃんみたいな良い人間がいるのに、それを知らずに人間を心から嫌っている彼女に、そんな人間ばかりじゃないって分かってほしいんです。父ちゃんも、彼女のためにやれることはやってあげたいって言ってくれています。だから、二人で探そうって決めました』
『……あんたは優しい子なんだね』
『父ちゃんに救ってもらったから、そんな風に考えられるんだろうなって思います。優しい父ちゃんのおかげです』
『…確かに人間みんながみんな、悪いわけではない。ワタシがこんな歳まで生きてこられたのも、良い人間がいたからだ。通ってる家の人間たちはみんな優しいよ。さっきのばあさんも。…魚の骨取りは忘れるけどね』
『あはは…』
『あの子が悪い人間にばかり出会っているのなら、そりゃ確かに可哀想ではあるね』
『それに…彼女はかなり衰弱しています』
『え…?』
『不思議な力で元気そうに見せているだけで、身体は痩せ細っているんです。本人も、長くないと気づいています』
『…確か、目が悪かったね』
『はい。目だけではなくて、身体も生まれつき弱いみたいです。…生まれつき身体が弱くて、良い人間とも出会えずに大事な物も記憶も失くしていくなんて、あまりにも可哀想です。せめて、その大事な物を見つけてあげられたらって、思ってます』
『……』
『彼女と話したこと、彼女が言っていたことを教えていただけるだけでいいんです。探すのを手伝ってもらおうだなんて、そんなことは思っていませんし、ミモザさんには迷惑はかけません。何か、覚えていることがあればボクに教えてください』ミモザさんに向かって頭を下げた。
『そんな、頭なんて下げないでおくれ。あんたには悪いんだけど、覚えていることは今のところそれぐらいなんだよ。思い出してはみるけど、ずいぶん前のことだからあんまり期待しないでおくれよ』ミモザさんは困った顔をして、ふぅ…と息を吐いた。
『そんなに前のことなんですか?いつ頃だったか覚えていますか?』
『ん?…確か……ああ、さっきの…何て言ったかな。あんたの父ちゃんとばあさんが話していたケーキ屋の…』
『え?』
『知り合いがそこのケーキ屋にいたんだろう?』
『サクライのことですか?』
『そうそう、そのサクライって人だ。その人の話は、ばあさんがよくしていたから覚えているよ。店からいなくなって残念だってしきりに話していたからね。あの子に会ったのは、その人が店からいなくなった後だよ』
『…そうなんですか!』
『ああ、間違いない。その日、ばあさんがあそこの猫のケーキを買ってきてくれてね。食べさせてくれたのはいいけど、ばあさんはケーキを食べながら、その人がいなくて残念だ、その人のケーキがまた食べたいだなんだってブツブツ言って、ずっとワタシはそれを聞かされてうんざりしてたんだよ。その日の夜にここで会ったんだ。だから間違いないよ』
「父ちゃん!」
「んっ?ミモザさん、何だって?」
「あのね!ミモザさんが言うには、サクライがケーキ屋を辞めた後にスノーに会ったんだって!」
「え、そうなんだ?」
「うん!間違いないって!そこまで分かったら、いつか分かるよね?」
「うん。そうなると…四年以上前だね。そうか、サクライがいなくなってからスノーがこの街に来たから、サクライは白い猫の噂を知らなかったんだね」
「そうみたい!」
まさかスノーのことを調べていて、サクライの名前が出てくるなんて思わなかったな。それにスノーと同じ街にいたっていうのも驚きだ。
サクライがもう少しこの街にいたら、スノーと会ってたかもしれないよね。
…ん~でもサクライはここに真っ白な猫がいても、素通りだね。もしかしたら睨んでいくかも。

『……』
ボクの隣ではミモザさんが無言で考え込んでいる。その顔は何かに気づいたか、思い出しそうな、そんな顔だ。
『何か、思い出しましたか?』
『…どこから来たのか、それも少しは話したと思うんだけどねぇ…何だったかねぇ…』
『え!そ、それはぜひ思い出してほしいです!』
『今、頑張って思い出してるよ。でも、歳も歳だし、なかなかねぇ。お腹も空いているし、集中できないねぇ…』そう言って、ミモザさんはチラリと父ちゃんを見た。
…あ!ボクは父ちゃんの肩に飛び乗って、耳に顔を寄せた。
「と、父ちゃん!」
「ん?ど、どうしたの?」
「そのバッグの中に何かおやつ入ってるっ?」
「え?…う、うん。アルのおやつと水、あとは出会った野良猫にあげるかもしれない猫缶とか…」ボクが小声で話すから、父ちゃんもつられて小声になってる。
「ミモザさんがね、スノーと何を話したのか思い出してくれてるんだけど、昔のことだしお腹も空いてるし、なかなか思い出せないって…」
「…お、ミモザさん、なかなかの策士だねぇ…」
「サクシ?」
「情報がほしいなら、お礼がないとねって言いたいんだよ」
「…な、なるほど…!」
「ミモザさん、おやつだけでいいの?ご飯は?食べたい物があれば、買ってくるよ?」
ピクンとミモザさんの耳が動く。
『……いいのかい?』
「いいの?って聞いてる?いいよ、スノーのこと、色々教えてくれたしね。他にも何か情報があって教えてくれるなら、さらに三匹分食べたい物を買うよ」ニコッと笑いかけると、ミモザさんが目をパチクリした。
「…父ちゃん、三匹分って?」
「ミモザさんと、さっきいた子猫たちの分。…どう?」
『…アル、あんたの父ちゃんも策士だねぇ』
『え?』
『いいよ、思い出したことは全部話すよ。さっきの情報はワタシのご飯で、これから話すことは三匹分の美味しいケーキで手を打とうじゃないか』

スノーの目撃情報があった街角を一旦離れ、ボクと父ちゃんはサクライがいたというケーキ屋さんに行くことになった。三匹分の猫用ケーキを買うためだ。
ミモザさんには、父ちゃんが持ってきた美味しい猫缶を一つプレゼントしたから、今頃モグモグ食べていると思う。
「ねぇ、父ちゃん。どうしてさっき子猫たちの分も買うって言ったの?」
「あの子猫たち、ミモザさんは相当可愛がってるんだろうなって思ってね。もしかして、あの家に子猫たちを連れていったか、おばあさんに子猫たちの存在を知らせたのはミモザさんかな?」
「そう!さっきそう言ってた!あの家に連れていったんだって!」
「あ、やっぱり?うん、だから子猫たちの分も買うよって言われたら、話してくれるかなって」
「……それって…」
「僕もミモザさんと同じ方法を使ってみたわけ」
「だからミモザさん、”父ちゃんもサクシだね”って言ったんだ!」
「あれ、バレてたね。ミモザさん、頭良いなぁ」

ミモザさんに教えてもらった通りに道を歩いていくと、目の前におしゃれなケーキ屋さんが見えてきた。少し入り組んだ細い道の先にあったそのお店には、次から次へとお客さんが入っていく。出てきた人は手に箱や袋を持っていて、みんなとてもうれしそうだ。
「確かに人気みたいだね。お客さんがすごいや」
「きっとすごく美味しいんだよね!」
「そうだね。あと、分かりにくい場所にあるっていうのもよく分かったよ。初めて来た人は迷いそうだね。…あ、おばあさんが言っていたレストランはあれかな?午前中だから、まだやってないなぁ。あっちは午後に行ってみよう」
「うん!」
お店の中を覗いてみる。たくさんのお客さんがいて、お店の人も忙しそうだ。
「…店長さんってどの人かなぁ…できればサクライのこともちょっと聞きたいんだけど…」
「いつ頃、お店を辞めたかとか?」
「うん。それと、ついでにここではサクライはどんな感じだったのかも聞いてみたいな」
「どうして?」
「ここを辞めて、今の街に来る時にサクライと久しぶりに会ったからね。ここではどんな感じで働いてたのかなぁってちょっと興味があるんだ」
「ふぅん」
「…興味なさそうだね。もしかしたら面白い話が聞けるかもしれないよ?」
「例えば?」
「え、例えば?う、う~ん……恋人がいて、毎日恋人の話ばっかりされてたとか!」
「……そんなサクライ想像できないよぅ」
「うん、僕も想像できない。今は眉間にシワを作ってケーキを仕上げてる姿しか見てないもんね。寝ても覚めてもスイーツのことばっかりだもんなぁ、サクライは」
「…サクライ?」
「え?」背後から聞こえてきた声に父ちゃんが振り向くと、そこには白いコックコートを着た男の人が立っていた。ふっくらしていて、まるでジェイみたい。ジェイみたく目付きは悪くないけど。手には紙袋を持っていて、どこで買い物をして帰ってきたみたいだ。
「…えっと…もしかしてこのお店のパティシエさんですか?」
「ええ。パティシエ兼店長です。…今、サクライっておっしゃいました?それって…」
「あ!店長さんですか!初めまして!僕はここで以前働いていたサクライの友人でサカザキと言います。サクライが働いていた店があると聞いたもので、立ち寄ってみたんです」
「サクライくんのご友人でしたか!そうですかぁ!ようこそいらっしゃいました」
「お店、大人気ですね」
「はは、おかげさまで。サクライくんのおかげ、でもあります」
「え?…と言いますと?」
「彼が作るケーキが美味しいと評判になりましてね。それでお客さんが増えたんですよ。彼が考案したケーキや焼き菓子は今でも人気ですよ」
「へぇ!」
そうなんだ!サクライってすごい!
「サクライくんは元気にしていますか?」
「はい、元気です。店長として日々頑張っていますよ」
「そうですか!それはよかった。…えっと、サカザキさんもお店で?」
「あ、はい。もう一人の学生時代の友人と二人でウエイターをしています」
「そうですかぁ。…ああ、立ち話も何ですから、よかったらサロンでお茶でもどうですか?今はテイクアウトは混んでいますが、サロンの方は空いています。お時間があるようでしたら、もう少しサクライくんの近況とか聞かせてください」
「え、お忙しいのにいいんですか?僕もぜひ店長さんにここでのサクライのこととか、少しお聞きしたいなぁ…なんて思っていますが」
「ええ、ぜひ。しばらくは私の作業はないので。反対側にサロンへの入口がありますので、そちらからどうぞ!」
「あ、はい。ありがとうございます。…あ、でも…」父ちゃんが躊躇う。ボクがいるからだ。猫を連れてケーキ屋さんになんて入れないもんね。
すると、店長さんがニコッと笑った。
「うちはペットOKの席を作っていますから、猫も大丈夫ですよ」
「あ、そうなんですか。アル、お店に一緒に入れるって。よかったね」うん!うれしい!
「猫用のケーキもありますから、ぜひ。黒猫くん、良かったら食べて行ってくれよ!」
父ちゃんの腕の中にいるボクを見てニッと笑いかける店長さん。プクッとしたほっぺが何だか美味しそうなお菓子に見えてくる。

うん、大丈夫。
食べる気満々だから!
ミモザさんたちにあげるんだもん、まずはボクが毒見しないとね。

父ちゃん、ボク食べるからね?

父ちゃん、聞いてる!?
食べるからね!!

「…いてて。アル、ちゃんと注文するから爪はしまって?」


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