「Cafe I Love You」
・・・19へ・・・   ・・・21へ・・・
-20-


「ごちそうさまでした!」
ウトウトとしていたボクは、聞こえてきたミユキさんの声にハッとして目を開けた。
お店を出てきたミユキさんを追うように、サクライが店を出てくる。
ボクは二人の元に駆け寄った。
「あ、アル!今日はありがとね。いっぱい癒されたよ~」
ミユキさんが腰を下ろして撫でてくれる。

え、そんなぁ。
照れちゃうよぉ。

ミユキさん、元気になったみたいだね!

「うちのスイーツを気に入っていただけてよかったです。マカロンはどの味が特によかったですか?」
「どれも美味しかったんですけど、一番最初に食べたブルーベリーがとても美味しかったです」
「たっぷり使って作りましたからね。きっと疲れた目にも効きますよ」
サクライにそう言われて、ミユキさんが、あ…っと恥ずかしそうに目元を押さえた。
「…な、泣いたのバレバレですよね……恥ずかしい…」
「サカザキが心配になって、店にお連れしたようです」
「はい、きっと、そうだろうなって」
二人がお店の方に目を向けて、他のお客さんとおしゃべりしている父ちゃんを見た。

「お節介なやつですみません」
「いえ!お店に来てよかったです。最初はスイーツを食べる気分じゃなかったので、お断りしようと思ったんです。きっと、楽しくお話もできないでしょうし。…でも、お店のスイーツには秘密があるってサカザキさんが言っていたので、何か気になって」
「はは、秘密なんてないですよ。サカザキに騙されてますよ」
「いえ、あると思います!私、食べてそう思いました」
ミユキさんが前のめりになって、大きく頷いた。
その勢いにサクライがちょっと驚く。
「そ、そうですか?」
「はい!こんなに幸せな気持ちになるスイーツは初めて食べました。悲しいことがあって落ち込んでいましたけど、美味しいスイーツを食べたら、落ち込んでいるのが馬鹿馬鹿しくなってきて、もう泣くのはやめようって。伺ってよかったです」
「そうですか。そんな風に思っていただけて光栄です」
少し照れくさそうにサクライが笑うと、ミユキさんも照れくさそうに微笑んだ。

うん、本当、元気になってよかった。
父ちゃんも喜んでるよ。

「でも…よかったんですか?お代がアイスティーだけだなんて…。私、申し訳なくて…」
「試作ですから、お気になさらず。正式メニューになった時に、また食べに来てください。その時はお友達やご家族も、ぜひご一緒に」
「は、はい!スイーツ好きの友達を連れて、また来ます!一人でも食べに来ます!」
「お待ちしています」

ボクも待ってるよ!

「あ、あの…」
「はい?」
「こ、今度は…その…ぜひ…カウンター席で……サクライさんがスイーツを作っているところが見てみたいですっ!」

…ん?

「作っているところを…ですか?それは構いませんが、カウンター席だと常連の人たちでかなり賑やかですよ」
苦笑するサクライに、ミユキさんがブンブン首を振る。
「そんな、平気です!どんな風に作られていくのか、ぜひ見てみたいので…っ!」

…んん?
何かミユキさんの目が妙にキラキラしてない?

「そうですか?それでしたら…いいのですが…」
「はい、いいんです!」
「は、はぁ…」
キラキラした目のミユキさんに、サクライが押され気味になってる。

「そ、それではまた。今日は本当にありがとうございましたっ!」
「い、いえ。こちらこそ」
「また伺います!」
サクライに向かって深々と頭を下げると、ミユキさんは軽い足取りで駅の方へと歩いていった。

一度チラッと振り返ったけど、その視線の先はボクじゃなくてサクライ。
ボクのことなんてちっとも見ていなかった。

…これは…もしかして…
いや、もしかしなくても…

ミユキさんの後ろ姿を眺めながら、まったく気づいていないサクライが呟く。
「……なんか、面白い子だな。スイーツの作り方が見たいなんて」
「…う、うん、そうだね…」

ボクは何も気づいていないフリをして頷いた。
言えない…
ミユキさんのお気に入りがサクライになっちゃったみたい、だなんて。

父ちゃんに言えないよぉ…っ!


「今日は忙しかったなぁ…」
タカミザワが肩をグルグル回して、ふぅとため息をつくと、
「こら、まだ終わってないぞ。そういうことはクローズしてから言え」
とサクライに怒られた。
怒られるのは当然だ。
だって、夕方から閉店までのんびりコーヒーを飲みに来る常連さんが、まだカウンターでコーヒーを楽しんでるんだもん。
まぁ、常連さんは笑ってるから、気にしてないと思うけど。
父ちゃんもお皿を拭きながら、クスクス笑ってる。

「あ、す、すみません…っ!だ、だってさ、ランチが忙しくてさぁ…」
「昼からオープンしたからでしょ。いつも午前中に来るお客さんたちも、昼に来たし、その分ランチに集中しちゃったね」
「ああ。まさか、ランチがあんなに早く売り切れるとはな」
「本当だよね。びっくりだね」
「そんなにすごかったんだ?」
常連さんに尋ねられ、タカミザワがここぞとばかりに大きく頷いた。
「そうなんですよ!運んでも運んでも、とにかくランチセットばっかりで!皿が足らなくなるんじゃないかとヒヤヒヤしてましたよ」
「はは、そうなんだ。運ぶ途中で焦って転ばなかった?」
「えっ!ひ、ひどいなぁ!そんな頻繁に転びませんよ!」
「あははは、ごめんごめん。だってタカミザワくん、よくつまずいてるし」
「…そ、それは…じ、事実ですけど…っ」

タカミザワとお客さんのやりとりを眺めながら、サクライが父ちゃんにコソッと声を掛けた。
「広場に行くんだろ?」
「あ、うん」
「もう上がっていいぞ」
「クローズしてからでいいよ?何時って決まってないし」
「あんまり遅く行くと眠くなるだろ」
「…あの、子供じゃないんだけど」
「今日はマルシェもやってないぞ。日が落ちたら人っ子一人いなくなる。真っ暗の中、一人で大丈夫か?帰って来られるか?」
「だから、子供じゃないってば…っ」
「…それに、最近は気味の悪い話も出てる。早めに行った方がいいかもしれないぞ」
「…え?」
「この前、客の誰かが話してたんだよ。夜、広場の横を通ったら、青白い光の玉が浮いてて―」
「アル、サクライが行っていいって言ってるから、そろそろ行こうか」
そう言うと、父ちゃんは素早くエプロンを外した。

コロッと態度が変わった父ちゃんを見て、サクライがククッと笑う。
父ちゃんってば、本当、そういうの苦手なんだね。

「サクライ、何笑ってんの!」
「…いや?」
「別に、怖いわけじゃないからね!早く行った方がいいと思ったからなんだからね!」
「はいはい」
「ほら、アル行くよ!」

はーい!
うん、そういうことにしておこう!


「スノー、いるかなぁ…」
父ちゃんに抱っこされながら、ボクたちは広場に向かう坂を下っていく。
空がどんどん夕焼けしてきて、父ちゃんの顔がオレンジ色になってる。
「う~ん、どうだろうね。でも、僕はいると思うな」
「どうして?」
「アルを待っている気がする。だって、アルが来たら探し物を探すの手伝ってくれるってことでしょ?その子はきっとソワソワして待ってるよ」

あの、スノーが?ソワソワ?
…全然想像できない。

「ソワソワなんて、してないと思うよ」
「そう?」
「うん。だってそんな猫じゃないもん。きっと”あら、来たの。何の用?”って冷たく言われるよ」
「え~…スノーって、同じ猫から見てもそんなに冷たいの?」
「うん、冷たいよ。猫なのに猫と仲良くする気がないもん。言い方も冷たいし、ツンッてしてるし。わざとボクが怒るような言い方をしたりするから、すごく意地悪。ボク、スノーのことは好きになれないよ」
「そっか…」
「でも…」
「でも?」
「そんな風になってしまったのが、スノーが持っている不思議な力とスノーの昔の飼い主のせいなら、それはすごく可哀想だなって思うんだ。家族や仲間、飼い主もいなくて一人ぼっちで…。一人の寂しさはボクにも分かる。ボクも野良猫の時に一人ぼっちになったから」
「うん…」

父ちゃんの腕がギュッとボクを包んでくれる。
ありがとう、父ちゃん。
とっても暖かいよ。
ボクも父ちゃんの胸に、ぴったりくっついた。

「スノーの不思議な力は怖いし、嫌なことも言われたけど、スノーもボクみたいに幸せになってほしいって思ってる」
「そっか、アルは優しいね。僕も、どんな猫だとしても、一匹一匹幸せであってほしいと思うんだ。そうなれるような手助けが僕にできるなら、精一杯してあげたい。僕たちで、スノーが幸せになれる道を探してあげようね」
「うん!」
父ちゃんとなら、きっとできると思う。
たくさんの猫を救ってる父ちゃんなら、スノーも幸せにしてあげられる。
きっと。

ボクも、頑張るからね。

「あ」
父ちゃんが何かを思い出したように声を上げた。
「ん?どうしたの?」
「そういえば、ミユキさん、帰る時にサクライと話してたみたいだけど、何を話してたの?」

ドキッ!!

「えっと…スイーツが美味しかったっていうのと、元気になったよって言ってたよ…っ」
「そう、それはよかった」

ボ、ボク、嘘は言ってないよね。
美味しかったっていうのも、元気になったっていうのも本当のことだもん!
サクライのことを気に入ったみたいだった…っていうのは、”もしかして”なだけで、ミユキさんが言ってたわけじゃないし!

「サクライと笑いながら話してたから、気分転換にはなったんだろうなぁとは思ってたけど、元気になったって言っていたのなら、明日からはきっとまたいつものミユキさんに戻れるかな」
「う、うん、きっと大丈夫だよ!」
「店に連れてきて正解だったね。よかったよかった」

うれしそうに笑う父ちゃんには、あのこと、言わない方がいいよね…。

「それにしても、すごいね、サクライが作るスイーツは。効果抜群だね」
「うん。サクライにもスノーみたいに不思議な力があるのかな」
「さぁ、どうなんだろう?でも、確かに何か不思議な力があるんじゃないかってぐらいすごいよね。実は魔法が使えて、僕たちが見ていないところで呪文を唱えてる…のかな?」
「呪文?」
「そう、呪文。魔法使いが魔法をかける時とか、なんちゃらかんちゃら~って呪文を言うんだよ」
「へぇ!そうなんだ!サクライも言ってるのかな?」
「どうかな?…”ヒゲヒゲ~グラサン!”なんて、言ってたりして。今度、観察してみて?」
父ちゃんはそう言うと、クスクス笑った。
そっか、実はボクたちに隠れて、魔法をかけているのかもしれないんだ。
よぉし、明日はサクライを一日観察するぞぉ!
「うん!明日、早速観察してみるね!」
「え、本当に観察するの?どうしよう、本当に言ってたら。やだなぁ…あの顔で魔法をかける呪文だなんて……うわぁ、想像しちゃったよ」
心の底から嫌そうな顔で父ちゃんはプルプルと首を振った。
「え、ボクは言っててほしいよ!」
「え、えぇ~…アルは物好きだなぁ…。僕は言ってないことを祈るよ」

やだやだ!言っててほしい!
今日のミユキさんを見てたら、やっぱりサクライが作るものには美味しいだけじゃなくて、不思議な力があると思うんだよね。

スノーのような気味の悪い力じゃなくて、人を元気にするすごい力。
それも、悲しんでいたり、辛い思いをしている人を元気にしちゃう力。

絶対にあると思うんだけどな。

サクライ本人はどう思ってるんだろう?

”そんな力なんてあるわけないだろ。偶然だ偶然。”
って言いそう。
うん、絶対そう言う。

でも、偶然でそんなこと、何回もあるかな。
ボクが父ちゃんと暮らし始めてからだけでも、何度もそんなところを目撃してる。
きっと、ボクが来る前にも、同じようなことが起きてると思うし。

う~ん…気になる!

明日からこっそり観察して、サクライが呪文を言うところを見なくっちゃ!

聞きたいなぁ!
ヒゲヒゲ~グラサン!


  ・・・19へ・・・   ・・・21へ・・・