「Cafe I Love You」
・・・18へ・・・   ・・・20へ・・・
-19-


公園を出て、来た道に戻ると、ボクと父ちゃんはお店に戻るべく坂を下っていく。

トリオに会えてホッとしたよ。
ちゃんとご飯ももらっていて元気そうでよかった。
たまにしか来られないと思うけど、また公園に行くからね。

でも、トウフのその後がちょっと心配だ。

「次に来た時、トウフがガリガリに痩せてたりしないかな」
「あのトウフが、ご飯を我慢できると思う?」
「う~ん…無理だと思う」
「でしょ?大丈夫だよ。先輩がご飯をやめることはないだろうし、次に来た時も、変わらずぷにぷにだよ」

…となると、タクローさんの怒りは変わらないってことだ。
また後ろ脚で蹴られそう…。


坂を下り、住み慣れたエリアに戻ってくると、見慣れた風景にホッとする。
同じ街ではあるけど、丘は隣のエリアということもあって、やっぱりちょっと違うんだよね。

お店までの通りは、買い物をして家に帰る人や、これからランチに行く人たちが歩道を行き交っていて、賑やかだ。
あちこちのレストランからはいい匂いが流れてきて、よだれが出てきちゃう。

途中、お店の常連さんとすれ違い、今朝は何かあったの?って聞かれた。
父ちゃんは、あれこれ誤魔化しつつ、昼から開けますから…とその人に謝っていた。
ごめんね…ボクのせいなんだ。
今朝の出来事を思い出して、ボクはちょっとしょんぼりした。

三人にしかボクの言葉が聞こえないみたいだけど、でもそれも今のところ、だ。
もしかしたら、他にも聞こえる人がいるかもしれない。
三人以外がいるところでは、これからも気をつけなきゃね。

よし、と気合を入れて顔を上げた時、向かいの歩道に知っている人がいるのを見つけた。
でも、何だか変だ。
しょんぼりして、元気がない。

常連さんが、じゃあ…と去っていったのを確認してから、父ちゃんに話しかける。
「父ちゃん」
「ん?」
「あそこ、見て」
「え?どこ?」
「向かいの歩道」
「ん?…ああ、昨日ディナーに行くって言ってたミユキさんだね。…あれ、何か…元気ないね」
「ね、元気ないよね。どうしたのかな」
そう、昨日マルシェに行く途中で会った父ちゃんのお気に入りさん、ミユキさんが、歩道をこちらに向かってトボトボと歩いてくるのだ。
「昨日、父ちゃんはデートだって言ってたよね」
「うん、うれしそうだったから、きっと彼氏さんとのディナーだと思ったんだけど…」
「そのデートで何かあったのかな…」
「…う~ん…」


ミユキさんはいつもニコニコ笑顔を絶やさない人。
街で会うと、いつもパッと笑顔になって、ボクを撫でてくれる優しい人なんだ。

そんなミユキさんが悲しそうな顔をしている。

あんなに悲しそうな顔のミユキさん、ボク見たことないよ。

いつも笑ってる人が悲しい顔をしてると、ボクも悲しくなる。
そんな顔、しないで。
いつものニコニコ笑顔に戻ってよ。

どうしたら、笑顔に戻る?
どうしたら……

…あ、そうだ!

「ねぇ、父ちゃ―」
「ミユキさぁーん!」
父ちゃんが大きな声でミユキさんを呼ぶ。
見上げると、ボクを見てニコッと笑った。

あ!父ちゃんもボクと同じことを考えてる!
ボクはうれしくなった。

名前を呼ばれたミユキさんは、ハッとして顔を上げた。
父ちゃんが大きく手を振る。
「ミユキさん!こんにちは~!」
向かいの歩道にいるボクたちを見つけると、小さく頭を下げて、目を逸らして俯いてしまった。
「…知り合いに会いたくなかったかもしれないね」
「でも、あんな悲しそうにしてたら…」
「ね、放っておけないよね」
「うん!」
父ちゃんはすぐ近くの横断歩道を渡り、ミユキさんの元に向かう。

「こんにちは!」
父ちゃんがにっこり笑うと、俯いたまま、
「こんにちは…」
と小さな声が返ってくる。
よく見ると、ミユキさんのまぶたが腫れていた。
泣いてたのかな……。
父ちゃんも、気づいたみたいだ。

「今日もお仕事はお休み?」
「…あ、はい…」
「これからどこに?ランチかな?」
「…え…ええ。でも…その…特には…決めて…いなくて……」
「そうなんだ。じゃあ、よかったらうちの店に来ない?」
「…え?」
「うちのパティシエが、来月からメニューに載せるスイーツの試作品を作ってるんだけど、女の子に食べてもらって感想が聞きたいって言ってたんだ。よかったら食べて感想を聞かせてほしいなと思って」
「わ…私が…ですか?」
「うん。お店には来たことなかったよね?」
「え、ええ」
「うちのスイーツ、美味しいんだよ。マルシェで買ってきた新鮮なフルーツを使ってるし、パティシエの腕も抜群。絶対美味しいよ」
「…で、でも…私…」
「あ、もしかしてスイーツはあんまり好きじゃない?」
「や、す、好きですけど…でも…今日は…」
「…ミユキさん、うちのスイーツにはすごい秘密があるの、知ってる?」
「え?秘密…?」
顔を上げたミユキさんに、父ちゃんが飛びきりの笑顔を返した。
「もし時間があればぜひ来てほしいな。うちのスイーツを食べたら、きっと元気になるよ。ほら、アルもおいでって」

そうだよ!絶対元気になれるよ!
ボクも父ちゃんに負けないぐらいの気持ちで、ニャーン!と鳴いた。


メニューの看板を店の前に出しているサクライがボクたちを見つけると、父ちゃんが軽く手を挙げた。
サクライの視線は、一緒に歩いてきた女の子に注がれている。

「ただいま。お客さん、連れてきたよ」
「そりゃどうも。こんにちは」
サクライがニコリと笑いかける。
「…あ、はい…こんにちは…」
サクライにはきっと、父ちゃんがミユキさんを連れて来た意味がもう分かってるはずだ。
「サカザキのお知り合いか?」
「そう、駅前に住んでるミユキさん。たまたま歩道で見かけたから、サクライの試作スイーツ食べにおいでって誘ったんだよ。女の子に試食してもらいたいって言ってたでしょ?」
「確かにそう言ったけど…。ミユキさん、きっとサカザキに無理やり連れて来られたんですよね。申し訳ないです」
「…え、いえ、そんな…」
「ひどいな、無理やりだなんて。絶対に美味しいから、時間があるならぜひって誘っただけだよ」
「やっぱり無理やりじゃないか。絶対美味しいって誘い方がそもそも間違ってるだろ」
「だって、美味しいじゃん」
「おまえなぁ…」
「…あ、あの……」
ミユキさんがサクライにおずおずと話しかける。
「はい?」
「あの…試作品を食べるの、私みたいな素人でいいんですか?スイーツに詳しいわけでもないので、大した感想も言えないと思うんですけど…」
「大丈夫ですよ。一番大切なのは”食べてみて美味しいかどうか”ですから。気楽に食べてください。それとも、スイーツはあまりお好きではなかったですか?」
「い、いえ!大好きです…っ」
「それはよかった。お口に合うかは分かりませんが、ぜひ味見をお願いします」
「…は、はい…こ、こちらこそ、よろしくお願いします…っ」
ミユキさんは恥ずかしそうに頭を下げた。
「じゃあ、店内にご案内!さぁ、どうぞ」
父ちゃんがやけに張り切っちゃってる。
お気に入りさんが店に来てくれたから、うれしいんだね。

ミユキさんに元気になってほしいね。
またいつものように笑ってほしいね。

サクライのスイーツで、ミユキさんが笑顔になりますように。


「今日は、さっきオープンしたところだから、まだお客さんが少ないんだ。ゆっくりしていってね」
エプロンをつけて、すっかり店員さんになった父ちゃんが、そう言いながらミユキさんの前にフォークとスプーンを置いた。
「あ、はい。ありがとうございます」

ミユキさんを案内したテーブルは、窓側の一番角の席。
カウンターから一番離れていて、窓側といっても外から丸見えってほどでもない。
父ちゃんたちは、連れてきたお客さんをだいたいこのテーブルに案内するんだ。
放っておいてほしいって思ってるような人ばっかりだから、お店の一番隅で、周りを気にせずのんびりしてほしいんだって。

「あ、食べられるなら、ランチもどう?」
「あ…えと、スイーツだけで十分です。ランチもいただいたら、スイーツが食べられなさそうで…」
「そっか。飲み物はどうしよう?コーヒーと紅茶、あとフルーツジュースとかもあるよ」
「えっと…じゃあ、アイスティーでお願いします」
「アイスティーね。ちょっと待っててね」
「はい」
「あ…」
「え?」
「これ、サービスで」
そう言うと、父ちゃんがボクを抱き上げて、ミユキさんの膝にポンと置いた。
「えっ…」
「スイーツの準備ができるまで、アルのお相手、よろしくお願いしま~す」
「…え、あ、あの…」
ボクと父ちゃんを交互に見て戸惑うミユキさん。
父ちゃんはそんなミユキさんに手を振って、カウンターの中に入っていった。

一人になりたいと思っても、一人は寂しいもんね。
ボクでよければ、そばにいるよ。
ミユキさんを見上げて、”ニャーン”と鳴いた。

ミユキさんは、かすかに微笑むと、まるで壊れ物を扱うみたいにボクをそっと撫でた。
いつもとは違う、すごく遠慮がちな撫で方だ。
それに、脚に力が入っていて、まだまだリラックスできていないみたい。

ボクはもう一度小さく鳴いて、膝の上に丸まった。

大丈夫、ボクがそばにいるよ。
だから、安心して。

大丈夫。
大丈夫だよ。

そう、気持ちを込めて。


ミユキさんはボクを撫でながら、窓の外に視線を移した。
でも、外の様子を眺めている感じはしない。
見ているようで見ていなくて、見えているようで見えていないような。
もし、目の前で誰かが手を振っても、ミユキさんは気づかないかもしれない。
それくらい、ぼぅ…っと、ただただ窓の外を見ている。

お店の中には、他のお客さんもいて話し声や笑い声もしてるけど、たぶん今のミユキさんにはあまり聞こえていない。
ただ、流れていく時間の中で、何かを思ってる。

昨日あったことを思い出してるのかな。

少しして、父ちゃんが静かにやってきて、そっとアイスティーを置いた。
ミユキさんは気づいていない。
ボクが父ちゃんを見ると、”し~っ”と人差し指で口元を押さえて、何も言わずにテーブルを離れていった。

父ちゃんたちは、訳ありなお客さんが来ても、”どうしたの?”なんて聞いたりしない。
聞かれたくないこともあるだろうしねって。

だから、父ちゃんたちは邪魔をしないように、そっと見守るんだ。

”辛い出来事から乗り越えられるかどうかは、本人次第だからね”
って、前に父ちゃんが言ってた。

悲しかったり辛かった出来事は、自分自身がちゃんと受け止めなきゃダメなんだって。
受け止めなきゃ、前に進めないから。

どんなに悲しくても、どんなに辛くても、時間はどんどん先に進んでいく。
先に進みたくなくても、時を止めたくても、時間は止まらない。

だから、どんなに時間がかかっても、自分の力で乗り越えなきゃいけないんだって。


きっと、ミユキさんは今、辛い出来事を受け止めようと自分の心と闘ってる。
たくさん泣いて、たくさん考えて、乗り越えようとしてる。

ボクや父ちゃんたちは何もしてあげられないけど、ミユキさんを見守ってるよ。

頑張って。
一人じゃないよ。


しばらくボクを撫でていたミユキさんが、ようやく口を開いた。
「…アルは温かいね」

そう?
ミユキさんの膝も温かいよ。

「…昨夜からずっと一人で泣いていたから、アルの温もりにホッとする。ありがとね、アル」

…そうなんだ。
辛いことがあったんだね。

ボクなら全然平気だよ。
いつでも膝で丸まるよ。

「…アル、聞いてくれる?」

うん、いいよ。
何でも話して。

「昨日ね、ずっと好きだった人とディナーだったんだ」

そっか、彼氏さんとのディナーじゃなくて、好きな人とのディナーだったんだ。
だから、うれしそうにしてたんだね。

目に涙を溜めて、ミユキさんが続ける。

「職場の人でね、…今まで…ただの友達として接してきたけど、思い切ってディナーに誘ったの」

うん。

「ディナーの後に、勇気を出して告白したんだ。好きですって。でも…ダメだった。私は…”友達としか思えない”って」

そっか…

「分かっては…いたんだよ。私のことは、そんな風に見ていないって。…でも……もしかしたら…って少し期待してたの。バカだよね、期待しちゃったから、振られて泣いて落ち込んで、仕事にも行けなくて。みっともないよね…」

そんなことないよ。

大人だって泣きたい時はあるでしょ?
泣きたい時は泣いていいと思うよ。

ボクなんて、昨日もっと大泣きしたんだから。
タカミザワに”顔汚い!”って言われるぐらい。
ミユキさんに見られなくてよかったよ。

「…こんな顔で会社で彼と顔を合わせたくないから、今日も仕事を休んじゃったんだ。明日は仕事に行かなくちゃ。…でも、ダメだね……思い出すと泣けてきちゃう」

だって昨日のことだもん。
仕方がないよ。

「私、弱いよね……強く…なりたいな…」

強い人なんて、きっといないよ。
みんな、色んなことを経験して、強くなっていくんだって、父ちゃんも言ってたよ。

ボクもそうだもん。
まだまだ強くはないけど、小さい頃はもっと弱かったんだから。

だから大丈夫。

ね?


父ちゃんとサクライがこちらにやってくるのが見えた。
父ちゃんの手にはお皿がある。

来た!サクライのスイーツだ!
思わず、ミユキさんの膝の上で腰を上げると、ミユキさんも二人に気づいて、目元の涙を慌てて拭いた。


「ミユキさん、お待たせ」
父ちゃんがそう言って、テーブルの上にお皿を置いた。

瞬きをすれば、涙がこぼれてしまいそうな目をしていたミユキさんだったけど、お皿の上のスイーツを見て、自然と口元が緩んだ。
「わ…わぁ…!可愛い…!マカロンですね!」
「はい。新作スイーツはマカロンです」
サクライが小さく笑って頷いた。

マカロン?
初めて聞くスイーツの名前に、ボクはついつい膝の上からテーブルに前脚をかけて、お皿を覗き込んだ。
お皿の上には、小さなガラスの器が一つと、色の違う小さな丸いものが六個置かれている。
お皿の縁にはチョコレートで絵が描いてあるみたいだ。

「そういえば、うちでマカロン作って出すの、初めてだよね」
「ああ」
「一昔前に、結構流行ってたよね。あの時には作らなかったのに何で今頃?」
「どこに行ってもマカロンがある時にマカロンを作って出しても面白くないし、目立たないだろ。流行りが落ち着いた時に、出そうと思ってたんだよ」
「なるほどねぇ、それで今なのか。ミユキさんはマカロン好き?」
「はい、好きです。…確かに、流行っていた時はどこのケーキ屋さんでも作ってましたね。でも、どこでも見かけるようになりましたけど、本当に美味しいマカロンはなかなかないって、友達が言ってました」
「そうなんだ?」
「そうなんだよ。どこの店もこぞって作ったはいいけど、完成度が低い。生地の食感がいまいちだったり中のクリームが美味しくなかったりするから、美味しくないマカロンを食べてガッカリする人も多かったはずだ」
「ふ~ん、そうなんだ。じゃあ、サクライが作ったマカロンは?」
「…まぁ、そりゃあ、生地もクリームもこだわって作ったから、それなりの完成度の……はず。バランスは悪くなかっただろ?」
「うん。僕は他の店のマカロンを食べてないから、比べるものがないけど、生地もクリームも美味しかったよ」
「それは楽しみです。このマカロンたちは何味なんですか?」
「定番のものと、少し変わったもので六種類作っています。こちらがブルーベリーで、この手前のが―」
「ダメダメ!この前、僕とタカミザワが試食した時に決めた名前で言ってよ」
「…あれ、決まりなのかよ?」
「当然でしょ」
「……じゃあ、サカザキが言えよ。俺が言うと気持ち悪いし」
「そんなことないでしょ」
「いや、そんなことある。それに俺は全部覚えてない。サカザキが言え」
「何だよ、も~。しょうがないなぁ…じゃあ、僕が」
「はい」
「左から、”健康一番!目に優しいブルーベリー”、”シュワッと弾けるサイダー”、”しつこくないよ♪ サッパリメロン”、”のんびり和みの抹茶”、”初恋の味☆スイートラズベリー”、で最後が”大人の香りワイン”です」

ノリノリで名前を言う父ちゃんにミユキさんが思わず笑う。
「あはは、それぞれにキャッチフレーズみたいなタイトルがあるんですね」
「そう。単にブルーベリー、サイダー、メロン…なんて言っても楽しくないでしょ?せっかくの新作スイーツなんだしね」
「ふふ、面白いですね。ブルーベリーや抹茶は食べたことがありますけど、他のお味は初めてです」
「サイダーとかワインって変わってるよね。サイダーは本当にシュワッとするから面白いよ」
「へぇ!」
お皿を見つめるミユキさんの表情が、さっきよりずいぶん和らいできた気がする。
今は、辛いことも忘れて、サクライのスイーツを食べて幸せな気持ちになってね。

「この小さなガラスの器には、シャーベットを添えています。マカロンのバタークリームが濃厚だと、さっぱりしたもので口直しをしたくなると思うので。シャーベットは日によって変わりますが、今日は洋ナシです」
「洋ナシですか!大好きです」
「あ、昨日マルシェで買ってきたやつだね」
「そう。味見したら、かなり美味かったから、タルトの他にも何かにしたいと思ってね。試しにシャーベットに使ってみたんだよ」
「洋ナシのシャーベット、かなり美味いよ!!」
タカミザワが会話に入ってくる。
「え、なに、タカミザワはもう食べたの?」
「うん、さっき」
「早っ」
「作った俺より先に食ったからな、あいつ」
「ははは、さすがタカミザワ。あいつがあれだけ美味しいって言うぐらいだから、きっとかなり美味しいよ、ミユキさん」
「はい、楽しみです」
「じゃあ、ゆっくり食べてね」
「はい、ありがとうございます。いただきます」
「さぁ、アルはこっちにおいで」

はーい。

ミユキさんの膝から降りて、ニャーンと一鳴き。
ミユキさん、ごゆっくり。

「アル、ありがとう。また撫で撫でさせてね」

うん、いつでも撫でてね!


カウンターのいつもの椅子に飛び乗って、遠くからミユキさんの様子をそれとなく見てみる。
お皿の上のスイーツをどれから食べようか迷ってるみたいで、目がキョロキョロしてる。
頬に手を当てて、困ったような顔になった。
でも、さっきみたいな悲しそうな顔ではないから、食べる順番が決まらなくて困ってるだけみたい。
「…少し、気分転換になったかもね」
父ちゃんがコソッとボクに言う。
うん、ちょっと元気になった気がするね。

ようやく、マカロンっていうスイーツを一つ手に取った。
パクッと半分口に入れる。
美味しいって言ってくれるかな。
何だかドキドキするよ。

もぐもぐするミユキさんの顔が、パァッと明るくなった。
目をくりくりさせて、手に持っている残りの半分をジッと見つめてる。

あれはきっと”何これ、美味しい!何でこんなに美味しいのっ?”って思ってるよね。
ね、サクライが作るスイーツ、美味しいでしょ?

残りの半分もパクッと食べて、満足そうな顔。

今度は洋ナシのシャーベットを一口食べて、何かに驚いたように目を大きく見開いた。
とても美味しかったのか、二口目、三口目…と、どんどん食べていく。
タカミザワが美味しいって言ってたもんね。

カウンターの中にいるサクライは、忙しそうに作業しながらも、ミユキさんのそんな様子を見て、小さく笑った。

ミユキさんが喜んで食べてくれてよかったね。
これで正式メニューに決定かな。

「ふふ、美味しかったみたいだね」
うん、父ちゃんもうれしそう。

「こんちは~」
「あ、いらっしゃい!」
「ランチよろしく。で、アイスコーヒーね」
「はい、いつもありがとうございます」

「あーよかった!やってるやってる!」
「いらっしゃい。すみませんね、午前中は休んじゃって」
「誰か調子でも悪かったとか?…あれ、三人とも元気そうだね」
「あ~っと……ちょっと…猫が…ね…」
「猫?…元気そうだけど…」
「う…うん、まぁ…すぐ治ってね」
「ふ~ん、そうなんだ」

ランチのお客さんが続々やってくる。
忙しい時間に突入だ。

特に午前中お店を閉めていたから、今日は余計に忙しいかも。

「サカザキ、これ、あちらのマダムたちのコーヒー」
「はいはい」
「タカミザワ、ランチもうすぐできるから、準備頼む。皿は三セット」
「おう」

三人が忙しそうに歩き回る。

邪魔しちゃ悪いから、外に出ようかな。
扉の前まで来ると、やってきたお客さんがボクに気づいてくれた。
あ、マルシェにお店を出してる魚屋のおじさんだ。
「お、アルは外に行くのか?」

うん!
ボクが鳴くと、扉を開けたまま待っていてくれた。
「ほら、出な」

ありがとう!

「車には気をつけろよ」

うん!
おじさんは美味しいご飯、いっぱい食べていってね!

外に出て、ミユキさんが座っている窓の前に行ってみる。
ガラスの向こうで、ミユキさんはサクライのスイーツに夢中だった。
ボクが見てることも、ちっとも気づかない。

その顔は、さっきとは全然違う。
昨日のことを受け止められたのかどうかは分からないけど、今のミユキさんは、とても幸せそうな顔をしてる。

ね、来てよかったでしょ?
サクライが作るものは、みんな美味しいんだから!

美味しいスイーツで幸せな気持ちになったから、もう大丈夫。
明日はきっと元気になれるよ。


ボク、笑顔いっぱいのミユキさんに会いたいな。

だから、早く元気になってね。

そしたら、いっぱいいっぱい撫でてね!


  ・・・18へ・・・   ・・・20へ・・・