「Cafe I Love You」
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「ここ…みたいだけど…」
公園の入り口で父ちゃんがキョロキョロする。
「騎士さんは?」
「…えっと……ああ、あそこにあるみたい」
父ちゃんが指差す公園の奥の方に、大きな人のようなものが見えた。
「あ、あの大きいの?」
「うん、あれだ。…よかった、台座だけになっていなくて」

小さな子供とママたちが遊ぶエリアを通り抜けて、ベンチがある花で囲まれた円形の場所に、その騎士さんがいた。
台の上に立っているから、とっても大きい。
父ちゃんと見上げてみる。
「結構大きいなぁ…。本当だ、”騎士団”って書いてある」
「これが動くの?」
「どうだろうねぇ」
「この人、硬そうだよ?」
「そりゃあ、金属だからね。う~ん…ほら、スプーンやフォークがあるでしょ?金属の種類は違うけど、ああいうのが人間が触らないでも動くってことと一緒なんだよ」
「え、そんなことあるの?」
「ないと思いたいけど、今の僕にはないとは言い切れないよ」
「じゃあ、お店のスプーンやフォークは、誰もいなくなったら引き出しから出てきて、あちこち歩いてるかもしれないの?」
「かもしれないねぇ」
「え~!見てみたい!」
「僕は見たくないよ。それに、そんなことは起きていないと信じたい」
「面白そうだけどなぁ」
「やめてよ、アル。今夜、夢に出てきそうだよ」
「え~出てきてほしい!」
「出てこない出てこない!」
「え~出てくるかもしれない―……んっ!」
ハッとして鼻をクンクンする。

「えっ?なにっ?まさか騎士が動いたっ?」
「違う違う!トリオの匂いがする!」
「え、トリオの?やっぱりこの辺にいるってこと?」
「絶対いるよ!ボクの鼻は匂いを間違えたりしないもん!」
クンクンクンクン、鼻をあちこち向けて、匂いの元を探してみる。
これだけ匂うなら、向こうもボクの匂いに気づいているはず。
なのに、どうして出てきてくれないんだろう。
ボク、何もしてない…よね?

クンクンしながら辺りを見渡していると、少し離れた草木がガサガサッと揺れた。
その場所をジッと見つめる。
すると、草木の隙間から特徴的な模様を持つ顔が、チラリと見えた。
「あ!いた!コパンダ!」
ボクの声にコパンダがびっくりして、キョロキョロしている。
あれ、まだボクに気づいていないの?
「父ちゃん、コパンダだよ。行ってくる!」
「うん」
父ちゃんの腕から飛び降りて、コパンダのところへ向かう。
『コパンダ!ボクだよ、アルだよ!』
『…えっ?…アル?』
やっとボクに気づいてくれた。
コパンダは茂みからそっと顔を覗かせ、ボクの姿を見つけると、ホッとしたように姿を現した。

その目元には、いつもと変わらない模様がある。
この特徴的な顔を他の猫と見間違えるわけがないよ。

名前をつけたのはもちろん父ちゃん。

コパンダは白と黒のブチで、目の周りにパンダみたいな模様があるんだ。
だから父ちゃんは”パンダ”って付けようとしたんだけど、猫で小さいし…ってことで”コパンダ”にしたんだって。

もちろん、あとの二匹の名前も父ちゃんがつけたんだよ。
コパンダが出てきてくれたから、二匹も出てきてくれるかも。

コパンダと身体をスリスリしてご挨拶。

『何だ、アルだったのか。野良犬か何かに見つかったのかと思って、びっくりしたよ』
『野良犬?やだな、犬と一緒にしないでよ。ボクの匂い、しなかったの?コパンダの匂い、さっきも通りを歩いている時にしたよ?ボク、近くにいたのに、ちっとも気づいてくれないんだもん』
『え、そうなのか?気がつかなかったなぁ』
『ひどいなぁ。でも、何でここにいるの?昨日も広場にいなかったよね?』
『あ~…それはさぁ…』
『あれ、何だ、アルじゃないか』
『本当だ!何でこんなところにいるのぉ?』
あとの二匹も茂みから出てきてくれた。
茶トラのスマートな猫と、ぽちぽち茶色の模様がある薄いクリーム色のぷにぷにしたぽっちゃり猫。
これでトリオが揃ったね!

茶トラが広場にいる猫たちのリーダー的存在のタクローさん。
父ちゃんたちがこの街に来る前から住んでいて、他の猫とは貫禄が違ってたから、父ちゃんが尊敬する人の名前にしたんだって。

クリーム色のぽっちゃりさんは、トウフ。
ぷにぷにしてて、柔らかい触り心地と見た目が食べ物の豆腐に見えたから、そう名付けたんだって。

『何だ、じゃないですよ、タクローさん。トウフも、それはこっちのセリフだよぉ』
『あん?親父も一緒なのか。…ああ、そうか。一緒じゃないとこんなところにはいないか』
『親父さんってば、こんなところまで猫にご飯あげに来てるの?』
『違うよ~。父ちゃんの知り合いがこっちにいて、会いに来た帰り』

二匹ともご挨拶して、ようやく本題だ。

『タクローさん、何でこんなところにいるんですか?広場で何かあったんですか?』
『…あったというか、ありそうだったから逃げたというか…まぁ、そんなところだ』
『え?それはどういう…』
すると、コパンダが口を開いた。
『変な気配を感じたんだよ』
『変な気配?』
『そう。得体のしれない、変な気配。猫なのか、犬なのか、それとも他の動物なのか、今まで感じたことのない気配がしたんだ』
そう言ってコパンダがタクローさんを見ると、タクローさんがボクを見て頷いた。
『長年この街にいるオレも初めて感じた気配だった。縄張りを離れたくはなかったが、厄介なことには巻き込まれたくなかったからな。他の猫たちにも気をつけろって伝えて、とりあえずオレたちはこっちに来たってわけだ。昨日、広場で他の猫たちには会ったか?』
『夕方、父ちゃんとマルシェに行った時は誰もいなかったですよ』
『そうか。じゃあ、みんな散ったんだな。それを聞いて安心した。アルが行った時、変な気配は感じなかったか?』
『ボクは何も…』
『そうか…』
『もう、いなくなったんすかね?広場に戻りますか?』
『戻りたいのは山々だが、まだ戻らない方がいいだろう。有り難いことに、こっちに住んでる野良猫は思ったより多くないし、厄介なやつも今のところいない。雨風をしのげる場所も何とか見つけたし、しばらくは様子を見る』
『そうっすね。了解っす』

変な気配……
まさか…スノーなのかな。
ボクにはそんな変な気配、感じなかったけど…。

『あの、タクローさん。広場で、白い猫に会いませんでしたか?』
『白い猫?…広場でか?』
『ええ。真っ白で毛が長くて、すごいきれいな猫です』
それを聞いて、トウフがケラケラ笑う。
『そんな血統書付きの飼い猫みたいな猫、広場に来るわけないよぉ。ボクはそんな猫見てないよ。タクローさんとコパンダは?』
『見てないな』
『オレも見てないよ』
『そっか…』
『その白い猫がどうかしたのか?』
『ええ…ちょっと…』

「本当にこの辺にいたんだなぁ。すごいな、アルの鼻」
父ちゃんがゆっくりと近づいてきて、ちょこんと座り込んだ。
「だから言ったでしょ?ボクの鼻は匂いを間違えたりしないって」
「本当だね。やぁ、タクローさん、コパンダ、トウフ。ちゃんとご飯は食べてる?…あ、トウフの体型が変わりないから、きっと大丈夫だね」
『あ、今、またボクのこと言ったなっ!?』
トウフがぷにっとした頬をさらにふくらませる。
『うん、言った言った!”ご飯”っていうのも聞こえたぞ!』
『アル、親父のやつ、トウフが何だって?』
『トウフの身体がぷにぷにのままだから、ここでもちゃんとご飯を食べられてるねって』
『はは。さすが親父、よく分かってるじゃないか。なぁ、トウフ。もらった飯、オレが残したのも全部食ってるもんな』
タクローさんがトウフの身体をツンツンする。
『やめてくださいよぉ!だってご飯、残すなんてもったいないじゃないですかぁ』
『そんなことしてると、ジェイみたいに中年太りな猫になっちまうぞ』
『タクローさん、もうなってますって。だってほら、こんなにぷにぷに』
『コパンダひどい!これでも気にしてるんだからぁ!』
トウフがプリプリしてコパンダに頭突きすると、コパンダも負けじと頭突きで返す。
『はぁ?気にしてたら、普通あんなに食べないだろ』
『気にしてるのっ!それにボクは悪くないもん!ご飯が美味しいのが悪いんだもんっ!』
そんなトウフをタクローさんが前脚でペシッと叩く。
『何言ってんだ、バカ。飯のせいにするなよ。我慢できないおまえが悪いんだろ』
『う…』
『今よりさらに太ったら坂を駆け下りれなくなって、転がり落ちるぞ』
『そうだぞ。そのうち塀にも上れなくなるぞ』
『そんなぁ…』
トウフは、ショボンと下を向いた。

『あはは、トウフは相変わらずだね。でも、元気そうでよかった。この公園にご飯をくれる人が来るの?』
『そう!キレイなお姉さんが来るんだぜ!』
コパンダがうれしそうに言う。
『へぇ、そうなんだ』
『まぁ、確かに美人っちゃ美人だな』
タクローさんも頷く。
トウフも何か言いたそうにしてるけど、タクローさんに怒られたところだから、口が挟めなくてモジモジしてる。
『何かいい匂いがしてさ~もっと近づいてみたいんだけど、タクローさんがダメって言うんだよね』
『親父みたいな人間だけじゃないんだ。本当に信用できるまでは距離を保った方がいいんだ』
『え~。害があるようには見えないっすよ。…まぁ、ちょっと変わってますけど』

ん?…ちょっと変わってる…?

で、キレイなお姉さん…?

『…それってもしかして…すぐ近くでお店やってるお姉さん?』
『店?それは知らないけど…ほら、あの人間の置物があるだろ?あそこで何かブツブツ言いながら置物を眺めたりしてる、ちょっと変わったお姉さんなんだよ。ね、タクローさん?』
『ああ。あの周りをぐるぐるしたり、顔寄せてあちこち見たり。何か変わってるから、まだちょっと信用できてない。美味い飯もらっといて言うのも何だけどな』
『そうそう、持ってくるご飯は美味いんすよね。猫缶じゃなくて、ちゃんと作ってきてくれるんだよ』
『だからトウフがいつも以上に食べちまうんだけどな』
『そうそう!』
『…だって美味しいんだもん……』

『…ははは、それ、絶対トモエさんだ』
タクローさんたちにまで変わった人間だと思われてるなんて、トモエさん、あの騎士さんの前でいったい何をやってるんだか。
『あ?知り合いか?』
『ええ、たぶん。父ちゃんが学校に行ってた頃の先輩で。たった今、会ってきたところなんですよ。キレイな人で、かなり変わった人でしたから、その人だと思います』
『何だ、あの人、親父の知り合いかよ。…もしかして親父の女か?』
『う~ん、違うみたいですけどね。父ちゃんと同じように野良猫にご飯をあげたり、保護したりしているみたいですよ』
『へぇ!そうなんだぁ』
『どおりでこっちも野良猫が少ないわけだ』
納得したようにコパンダとトウフがウンウン頷いた。
『かなり変わった人ですけど、猫にはとにかく優しい人なので、たぶん信用して大丈夫だと思いますよ』
『そうか。アルがそう言うなら大丈夫そうだな。コパンダ、今度来た時はもう少し近づいてみろ』
『やった!オレ、撫でてもらお!』
『ボクも~』
『おまえら、すっかり仲良くなる気満々だけど、ちゃんと警戒はしろよ』
『美味しいご飯をくれる人は良い人っすよ』
『そうだよぉ』
『バカ!』
今度はコパンダが叩かれた。
『ったぁ…タクローさん、痛いっすよ!』
『おまえまでトウフみたいなこと言ってんじゃない。知らんぞ、人間に捕まって何かされても。おまえらが捕まってもオレは助けないからな。一人で逃げるぞ』
『そんな、冷たいっすよ!』
『そうだよぉ!助けてよぉ!』
『バカかおまえらは。そんな事態が起きないようにしろって言ってるんだ』
『バカバカ言わないでくださいよ~』
『そうだよぉ…』
『バカなことばっかり言うからだろ。そんなことばっかり言ってると、この辺の野良猫に絡まれても助けてやらないぞ』
『いやっそれは困りますって!オレ、タクローさんがいないと生きていけないんすから!』
『ボクもぉ!』
二匹がタクローさんにスリスリする。
『くっつくな!離れろ!』
『やだぁ~』
『オレたちとタクローさんは固い絆で結ばれてるんすよ!離れられない運命ってやつですよ!』
『そうそうっ』
『あ~もー!離れろっての!』

『ははは…』
「ねぇ、何じゃれあってるの?」
父ちゃんがクスクス笑う。
「コパンダとトウフとタクローさんは、離れられない運命なんだって」
「ははは、仲良いんだねぇ」
「父ちゃん、トモエさんがご飯あげに来てるみたいだよ。美人さんだけど、変わった人がご飯持ってきてくれるって言ってるよ」
「あははっ!先輩のイメージは人間も猫も同じなんだね!面白いなぁ…今度先輩に教えてあげよう」
「え、やめておいた方がいいんじゃないかなぁ。落ち込みそう」
「それが見てみたいもん」
「…父ちゃん、どこまで意地悪なの…」

振り向くと、三匹が顔を見合わせて首を傾げていた。
『…ん?どうしたの?』
『…いや、アル…おまえ何か変じゃないか?アルが変っていうか、親父が変っていうか』
『え?』
『うん、何か変だねぇ。ねぇ、コパンダ?』
『うん。アルって前から人間の言葉を色々理解して、オレたちが分からないことを教えてくれるけど、今、何か親父さんと会話してるように見えたぞ』
『あ、ああ!そのことかぁ…。…あのね、実は人間の言葉が話せるようになったんですよ、ボク』
『…えっ!?』
三匹がギョッと驚く。
『え…な、何で?どういうこと?』
『それが…昨日、広場で会った白い猫に、人間の言葉を話せるようにしてやるって言われて…』
『はぁ?何言ってんだ、そんなことあるわけ―』
『それが本当なんですよ!ボクだって最初は信じられなかったですけど、実際に父ちゃんと、あとサクライとタカミザワにも、ボクの言葉がちゃんと人間の言葉で聞こえてるんです!』
『…本当かよ……』
タクローさんがまじまじとボクを見る。
見た目は何も変わっていないけどね。

『アル、その猫に何されたの?』
『何か、こう…変な光がボクに覆い被さってきて、目を開けたら、地面も何もないところにいて…』
『ええっ何それ!こ、怖いよぉ…』
『その後、父ちゃんに普通に”ニャー”って言ったつもりが、人間の言葉になっちゃってたんだ』
『嘘みたいな話だな…』
タクローさんが呟くと、二匹も怯えたようにウンと頷いた。
『…その猫、いったい何者?』
『ボクにもまださっぱり。でも普通の猫じゃないことは確かだよ。人間にもないような、不思議な力を持ってる』
『なぁ、そいつ、本当に猫なのか?』
『ボクには猫にしか見えなかったけど、もしかしたらその白い猫がみんなが感じた”得体のしれない気配”なのかもしれないんです。普通の猫じゃなかったから』
『…なるほど、そいつの可能性もあるな。そんなやつが広場にいるなんて、こっちに逃げてきてよかったよ。やっぱり広場に戻るのは、しばらくやめておいた方がいいな』
『そうすっね』
『アルもそんな怪しいやつにはもう会うなよ?』
『そうしたいところなんですけど、会わなきゃいけない理由があるんですよ。なので、今夜、父ちゃんともう一度会ってきます』
『理由って何?何で会わなきゃいけないんだよ?』
『何かを探しているらしいんだ。どうやら、それを見つけるのを手伝ってもらいたくて、ボクに人間の言葉を話せるようにしたんだ』
『探してるって…何を?』
『それがまだ分からなくて。今夜、聞いてみるつもりです。でも、この街にあるはずだって言ってました』
『…何もかもが怪しいやつだな。どこから来たとか、そういう話はしてないのか?』
『うん、自分のことはあんまり話してくれないんですよ。だから、何を探しているかもまだ聞けてなくて』
『ふ~ん…何を探してるんだろうな?』
『きっと一番美味しい猫缶を探してるんだよぉ~』
『それはトウフだけ!!』
タクローさん、コパンダ、ボクが一斉にツッコむ。
どんな話でも美味しいご飯に行き着いてしまうんだから、トウフのご飯に対する愛は半端なくすごい。
ぷにぷにになるのも無理ないね。

『…あ、そうだ。タクローさんはウワサで聞いたことないですか?あちこちの街を渡り歩いてる猫の話。ジェイがウワサになってるって言ってたんですけど。その白い猫がそうなんじゃないかと思ってるんですよ』
『ああ、聞いたことあるぞ。ずいぶん前からちらほら耳にする。他の街から来たやつらからだったかな』
『隣町から来た猫も何か言ってたっすよね』
『ああ。でも、どういう猫かは聞いたことないぞ。いるらしいって話ばっかりで、実際に会ったやつはいないんじゃないか?』
『そうですか…』
『…ああ、そうか。その猫に会ったことがあるやつを見つけて、どういう猫だったか知りたいわけか』
『できれば、ですけど。それが白い猫なら、ボクが会った猫がその猫の可能性がありますよね』
『そうだな』
『それが分かれば、その猫の住んでいた街とか目的も少しは分かるんじゃないのかなぁって。ここでご飯をくれるお姉さんにも、今それをお願いしてきたところなんです』
『なるほど。ねぇ、タクローさん!オレたちも協力してやりましょうよ!こっちでも少しは知り合いもできたし、今までと違う話を知っているやつがいるかもしれないし!』
『そうだな。そんな怪しいやつにこれからも広場に居座られたら、たまったもんじゃないし、アルにも親父にも世話になってるからな』
『わっ!ありがとうございます!』
『なぁに、どうせオレたちは暇だからな。退屈しのぎにもなる』
『あ、でも、他の野良猫たちには気をつけてくださいね?』
『タクローさんがいれば大丈夫だよぉ!』
『そうそう、タクローさんのおかげでこの公園でも、受け入れてもらえたんだよ』
『へぇ?タクローさん、こっちでも有名なんですか?』
『違うよ。広場しか縄張りを持っていないオレが、そんなに有名なわけないだろ。もっと有名なやつがいるだろ?そいつの名前を出したんだよ』
『有名?』
『そ、おまえの身近に住んでるじゃないか』
『…あ、ああ!ジェイですか!』
『そうそう。あいつの名前出したら、”ジェイさんの知り合いなら”ってケンカせずに済んだんだ』
『タクローさん、頭いいだろ!?』
『ジェイの名前を出したら、どの猫もビクッとするんだよぉ。面白かったよねぇ』
『ははは…さすがジェイ。丘の方まで名前が知れ渡ってるんだね…』
『”ケンカが強くてヤバイやつ”って思われてたぞ』
『ケンカしてるところなんて、一度も見たことないのにねぇ』
『なのに、恐れられてるってすごいよな。ジェイさまさまだよ』
『ははは…』

何だか本人の知らないところで名前だけが一人歩きしてるような。
…でもまぁ、ジェイの名前を出すことで野良猫同士がケンカしないで住めるのなら、いいことだよね。

…でも、ジェイには黙っておいたほうがいいかな。

「アル、そろそろ帰ろうか」
父ちゃんがボクの頭をポンポンする。
「うん!」
『帰るのか?』
『うん。じゃあ、またお姉さんのところに来た時にここに寄りますね。タクローさん、その時に何か情報があったら教えてください』
『分かった。色々聞いとくよ。おまえも、その白い猫には十分気をつけろよ』
『はい』
『あ、アル!』
『ん?何、トウフ?』
『親父さんと会話ができるなら、伝えてほしいことがあるんだけど!』
トウフの目がキラキラしてる。
『…う、うん?何?』
『あのねっ!いつも持ってきてくれる猫缶にね!魚をのせたらめちゃくちゃ美味しいんだよぉ!だから、時々でいいから猫缶と一緒に魚も―』
『この…バカッ!』
タクローさんの容赦ない後ろ脚の蹴りがトウフのお尻に炸裂した。
トウフがゴロゴロと転がっていく。
『ああっタクローさん!そんなに思いっきり蹴らなくても…っ』
「わ、タクローさん、何してんの!?ケンカっ?」
父ちゃんが慌ててトウフに駆け寄る。

転がったトウフが泣きそうな顔でボクたちを見る。
『タクローさん、痛いよぉ…』
『おまえがバカなこと言うからだ!』
『本当だよ。せめて、いつもご飯をくれるから”ありがとう”って伝えてくれ、とか言えないのかよ』
コパンダも呆れたようにため息をついた。
『だって!本当にそうやって食べると美味しいんだもん!』
『どこまで食い意地が張ってやがるんだ!』
プリプリしながら、タクローさんがトウフを睨む。
『まったく…恥ずかしいったらない。コパンダ!』
『はい!』
『今からこっちで知り合ったやつらに会いに行って、話聞くぞ』
『了解っす!』
『トウフ、おまえもだからな』
『え…ボ、ボクも?ボクはここで待ってるよぉ』
『バカ!お前も行くに決まってるだろ!ほらっ!行くぞ!』
鼻でぐいぐいトウフを押して、無理やり立たせると、タクローさんがトウフの耳をかじって引っ張っていく。
『いっ痛い!タクローさん、痛いよぉ!』
『コパンダ!こいつ絶対前より重くなってやがる!後ろから押せ!』
『おいっす!』
『やだぁ!』
嫌がるトウフを引きずるように連れていく二匹。
『ああ…』
『アル、さっきのトウフが言ったこと、親父に言わなくていいからな!』
『え、あ、はい…』
『やだぁ!アル!親父さんにちゃんと伝えてぇ!』
『おまえ、いい加減にしろ!!』
『じゃあな~アル!』
『う、うん…またね…』
『魚のせて食べたいよぉ…っ!』
『うるさいっ!』

わーわー言い合いながら茂みに入っていく三匹。
しばらくすると静かになり、匂いも消えていった。

「ねぇ、アル。もしかしてトウフはタクローさんに怒られてたの?」
「うん。あまりに食い意地が張ったことを言ったから、タクローさんがキレちゃった」
「何言ったの?」
「うん…でも、タクローさんが言わなくていいぞって言ってたから言わないでおくよ。恥ずかしいって」
「よっぽど食い意地が張った内容だったんだ」
「ははは、うん…」

トウフが坂を転がり落ちていく日もそう遠くないかもしれない。


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