「Cafe I Love You」
・・・16へ・・・   ・・・18へ・・・
-17-

トモエさんのお店を出て父ちゃんが振り返ると、トモエさんがボクに向かってニッコリと笑った。
「アルくん、また来てね。大丈夫よ、連れ去ったりしないから」

うーん、本当かなぁ…
そこはちょっと心配だけど、また来てってことは、父ちゃんも一緒に来るんだもんね。
父ちゃんとトモエさんにどんどん仲良くなってもらいたいから、また来るよ!
ボクは”ニャーン”と一鳴きした。

「あ、”うん”って言ってくれたのかしら?」
「ちょっと答えに迷っていたから、”やだ”じゃないですか?それか”考えとく”とか。ねぇ、アル?」
「え?えっと…」
「…アルくん、サカザキくんが嫌になったら、いつでもうちにいらっしゃいね」
「僕が嫌になっても、先輩のところへ行くわけないじゃないですか」
「……」
「…何か?」
「…別に」

睨み合う二人はやっぱり怖い……。
お似合いって思うボク、間違ってるのかなぁ…

何かちょっと自信なくなっちゃう。

「まったく…こんな可愛くない後輩に協力するあたしって何て優しいのかしら」
「何言ってるんですか。こんな変な先輩の相手をしてあげている僕がかなり優しいんですよ」
「は?どこが優しいのよ。悪魔のくせしてよく言うわ。ほら、もう用事は済んだんだから、さっさと帰んなさい」
「言われなくても帰りますよ」
「ふん」
トモエさんは店の中へ入ると、こちらも見ないで、
「じゃあね」
と手をヒラヒラさせた。

何か、ケンカ別れみたいになってるよぉ。
この二人、何で普通に会話ができないのかなぁ。
ボク、二人が普通に話しているところが見てみたいよ。

ふぅ…と父ちゃんは一つため息を落とし、そのまま帰る…のかと思いきや、
「先輩」
と、トモエさんの背中に声をかけた。
「何よ」
振り返らずにトモエさんが声だけ返してくる。
「協力してくれてとても助かります。ムッシューの生徒が先輩でよかったです。また情報よろしくお願いします」
見上げると、父ちゃんは優しい笑顔でトモエさんの方を見ていた。

その顔で今の言葉が嘘じゃないって、ボクには分かった。
好きとか嫌いとか、そういうのはまだよく分からないけど、父ちゃんは本当にトモエさんに感謝してる。

それなら、何も背中に向かって言わなくても…
ちゃんと顔を見て言えばいいのにね。

あ、そうか、分かったぞ。
父ちゃん、照れくさいんだ。
顔を見ると、ケンカみたいに言い合いになっちゃうから、背中を向けたトモエさんに言ったんだね、きっと。
もう、素直じゃないなぁ…父ちゃんは。

そんな素直じゃない父ちゃんのせいで、トモエさんからは、
「…ふん、どうだか」
と、冷たい言葉が返ってきた。

あ~あ、振り返ってもくれなかったよ。
ちゃんと顔を見て言っていたら、トモエさんももっと優しく返してくれていたかもしれないのに。

も~父ちゃんが素直じゃないからだよぉ!
苦笑いを浮かべてる場合じゃないって!

こんなんじゃ、ちっとも仲良くなれないじゃん…!

愛のキューピットを宣言したばっかりだけど、もうボクの心は折れそうだよ。


「じゃあ」
ようやく父ちゃんが歩き出した。
でも、数歩進んだところで、
「ねぇ」
と、今度はトモエさんが呼び止めた。
父ちゃんは立ち止まって振り返る。
「はい?」
「今夜、会いに行くつもり?」
「…ええ、そのつもりです」
トモエさんが振り向く。
「起きたことをまだしっかり受け止めきれていないのに?」
「先延ばししたって、何も解決しませんしね。アルともしっかり話してから会いに行きますよ」
「本当に気をつけなきゃダメよ?相手が猫だからって油断しないのよ?」
「分かってますよ。もう、何回目ですか?耳にタコができますって」
父ちゃんが困ったような顔で笑った。
「正体が分かっていないし、何が起きるか分からないからよ。どうもサカザキくんって、状況を飲み込めていない気がするのよね」
「失礼ですねぇ。ちゃんと分かってますよ」
「本当に?」
「…アルと話せるって浮かれてる場合じゃないことぐらい、僕にだって分かりますよ。そして、白い猫がどう考えても幸せではないことも」
「……」
「何を探しているのかは分かりませんけど、その探し物を見つけることでその白い猫が幸せになるんだったら、協力してあげたい。もし、先輩が僕の立場になっていたら、同じことをしてますよね?」
「…そう、かもね」

「そうそう。僕、一つ謎が解けたんですよ」
「え?謎?」
「ええ。前々から不思議に思っていたんですよね。何故、丘の方は野良猫が少ないんだろうって。今日、ようやくその謎が解けましたよ。先輩だったんですね」
「あたしも気になっていたわよ。どうして広場の方は野良猫が減っているんだろうって。誰かが世話をしているのは明らかだったけど、まさかそれがサカザキくんだったなんてね。世間は狭いわね」
「本当ですよ」
「でも、謎が解けてうれしい反面、あたしはちょっと寂しいけどね」
「え、何でですか?」
「だって、この街の七不思議が一つ減ってしまったんだもの。また一つ、不思議なことを探さないとね」
「七不思議?この街にそんな不思議なことがあるんですか?」
「あら、どの街にだって七つぐらい不思議はあるわよ。それと、ミステリーもね」
「…ミ、ミステリーって…」

父ちゃんが嫌そうな顔をすると、トモエさんがニヤリと笑った。
「ああ、この先にチャペルがあるでしょ?その近くの公園にもミステリーがあるのよ」
「え…」
「あの公園に騎士のブロンズ像があるの知ってる?」
「騎士?…あ、ああ、何かありますね」
「あの騎士、夜になると動くらしいわよ」
「は、はぁ?ブロンズ像が?」
「あれは戦乱の時代、この街を守った騎士団を称えて作られた像なんだけど、あの像に戦いで亡くなった騎士の霊が宿っていて、その霊が今でもこの街を守るために夜になると台座から降りて、街を見回っているそうよ」
「まさか!」
「真夜中に公園に行った人が、騎士の姿がなくなって台座だけになっているのを見ているのよ。翌朝、もう一度公園に行ってみると、騎士のブロンズ像はいつものようにそこにあったんですって」
「そ、そんなわけ―」
「あら、聞いたことない?夜中にガシャン…ガシャン…って何かが歩くような音と金属がこすれ合う音」
「……」
「あたし、あるのよねぇ…。この家の前を通っていったのよ。慌てて外に出たけど、残念ながら姿がなかったわ」
「……」
「戦乱の時代が終わって数百年も経つのに、未だに騎士は敵からこの街を夜な夜な守っている……なんて!!素敵な話じゃない!?月明かりの下、鈍く光る鎧の騎士…ああっ!ぜひこの目で見てみたいわ~…って、ちょっと!!」

トモエさんが熱く語っている間に、父ちゃんはてくてくと歩き始めていた。
「じゃ、帰ります」
「ちょっ…何よ!まだ続きがあるんだから!他にも目撃情報があって、実際に街の中で騎士と遭遇した人が―」
「興味ないです」
「…ああっ!もう!ちょっと!!それぐらい聞いてよ!」
「だから興味ないですって」
「少しぐらい興味持ちなさいよ!!」
「一生持ちません」
「かーっ!やっぱり可愛くない!!」
「先輩に可愛いと思われたいなんて思ってないです」
「キーッ!ほんっとに可愛くない!!早く帰って!!」
「帰りまーす」
「もう二度と来るなーーーーーっ!!!」

あ~あ、やっぱりケンカ別れになっちゃった。



「ね、変な人だったでしょ?」
「うん。でも、いいの?二度と来るなって…」
「ああ、大丈夫。数日経てば、”ねぇねぇ”ってまた普通に話しかけてくるよ」
「そ、そうなんだ」
「ミステリーだなんだって話題になると、とにかく話が長くなるから、ああやって途中で切らないと帰れなくなっちゃうんだよ」
「楽しそうに話してたもんね」
「でしょ?興味ない僕にはああいう話は退屈だよ」
「でも、協力してくれるのはうれしいね!」
「そうだね。先輩のことだから、絶対興味を持つとは思っていたけどね。白い猫についての情報は先輩に任せて、僕たちは実際に会って、その探し物とやらが何かを聞いてこないとね」
「父ちゃん、夜に広場に行くの…?」
「うん、会わなきゃ何も始まらないからね。大丈夫、アルにはもう怖い思いはさせないから。それに、その猫にお礼も言わないとね」
「お礼?」
「うん。アルと話ができるようにしてくれて、ありがとうって」
「父ちゃん…」
「その猫にとっては、僕は探し物を見つけるために選ばれただけの人間だろうけど、アルが人の言葉を話せるようになっても、アルとの関係が変わらないと判断されて選ばれたのなら、そういう風に見てもらえたことはうれしいかな。…まぁ、自分がおかしくなったと思っちゃったけど」
「スノー…父ちゃんに何もしないといいんだけど…」
「う~ん…それは保証できないけど…あ、でも、背を伸ばしてくれるんだったら、ぜひやってもらいたいかな」
そう言って、父ちゃんがニコッと笑う。
ボクが不安になってるから、そうやって言ってくれてるんだよね。
ありがと、父ちゃん。
「でも、父ちゃんが大きくなったら、何か変だよ」
「え、変?」
「うん、父ちゃんじゃないみたい」
「そっかぁ…じゃあ、やめておこうかなぁ…」
「今の父ちゃんで十分だよ。優しくて、可愛くて、だぁい好き!」
「アル…も、もう、アルの方が百倍可愛いよ!」
「へへっ…」
父ちゃんがぎゅーっとしてくれるだけで、ボクは幸せだよ!

そうだね。
怖い思いをしたし、いっぱい不安だったけど、父ちゃんとこうして話ができるようになったことは、スノーに感謝しなくちゃね。

スノーの探し物を見つけて、スノーも幸せになったらいいな。

「さぁ、帰ろうか」
「うん!…あ!」
「ん?どうした?」
「まだ時間ある?」
「うん…と、まだ大丈夫だよ。どこか行きたい?」
「さっきトモエさんが言ってた公園!」
「ええっ!?何で!」
「だって気になるもん。その、騎士とかいう人、見てみたい!」
「え~…」
「今は夜じゃないから、公園にいるんでしょ?」
「あのねぇ…夜になったら動くなんて、そもそもそれが有り得ないよ。銅っていう金属でできてる置物だよ?」
「金属の置物は動かないの?」
「そりゃそうだよ。だって―……」
「…父ちゃん?」
「…今や”有り得ない”なんて、言い切れないか。こうしてアルが人の言葉を話しているわけだし、何が起きても不思議じゃないね」
「うん?」
「よし、じゃあ、気味が悪いけど行ってみるか」
「やった~!」
「ちょっとでもおかしなことが起きたら、帰るからね」
「うん。あれ、父ちゃん怖いの?」
「そういうの嫌いなの。怖いわけじゃないよ」
「ふ~ん…」
「あ、信じてないね?」
「そんなことないよ?」

そっか、父ちゃんは嫌いなんだ。
だから、トモエさんがミステリー話とかすると、嫌そうな顔をするんだね。
…あ、そういえば夏にオバケのテレビをやっていた時、慌ててテレビを消してたっけ。

やっぱり父ちゃんは嫌いよりも、怖い…のかも。

「父ちゃん!」
「ん?」
「騎士さん、動くといいね!」
「……」
「父ちゃん?」
「…アルも案外意地悪だね」

”父ちゃんには負けるよ”

言いそうになったその言葉を、ボクはゴクンと飲み込んだ。


  ・・・16へ・・・   ・・・18へ・・・