「Cafe I Love You」
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「そ、そんなことより!先輩が知っている情報が聞きたいんですけど!」
何とか話を元に戻そうと、父ちゃんがワタワタする。
「え~…アルくんが何を言ったか気になるんだけど」
「大したことじゃないですから、もう忘れてください!アルも、もう言わないの!分かったっ?」
「えぇ~」
「”えぇ~”じゃないの!そんなこと話に来たんじゃないでしょっ」
「そうだけどぉ…」
「ほら、アルくんも何か納得できてなさそうじゃない。ちゃん説明しなさい?説明しないなら、私も情報あげないわよ」
「えっ!?も、もう…っ!だ、だから、大した話じゃないんですって!ただ、僕と先輩が似た者同士だってアルが言ったんですっ」
「…似た者同士?あたしとサカザキくんが?」
「だから、似てない、違うって言ってたんですっ」
「父ちゃん、それだけじゃ」
父ちゃんにジロッと見られて、慌てて口を閉じる。
ダメだ、これ以上喋ったら父ちゃんが本気で怒っちゃう。
サクライたちが恐れるあの恐い父ちゃんにだけは怒られたくない。

「何よ、あたしと似てるって言われたから、あんなに必死に否定してたの?」
「変人の先輩と似てると言われて、喜ぶ人なんていませんよっ」
「失礼ねぇ。でも、似ている部分はあるじゃない。好きなことはとことんやるけど、苦手なことや嫌いなことは一切やらない。自分の信念があって、とにかく頑固」
「どうせ、頑固ですよ。先輩と一緒で」
父ちゃんがムッとすると、トモエさんがニヤリと笑った。
ほら!やっぱり二人は似て―
「でもね、アルくん」
そう言って、トモエさんがボクを見る。
「うん?」
「そういうところが似ている人は、たくさんいるものなの。あたしとサカザキくんだけじゃないのよ」
「そうなの?」
「ふふ、まるで”そうなの?”って聞き返されたみたい。そう、まぁ…そうね、よくある性格といったらいいのかしらね。だって、アルくんだって苦手なことや嫌いなことは、できればやりたくないでしょ?」
「う、うん…」
「きっと、サクライくんやタカミザワくんにも、そういうところがあるんじゃない?」
「そうそう!二人にもあるでしょ、そういうところ」
そうだなぁ…そう言われてみれば、そうかも。
「あとは猫が好きなことが一緒なぐらいで、考え方も好みも違うのよね。そもそも、似ていて気が合っていたら、もっと会話も弾んで楽しげにしてるでしょうし?」
「そうそう!」
父ちゃんが大きく頷く。
「ね、この頷き、ちっとも気が合ってるようには見えないでしょ?残念だけど、アルくんが言うほど似ていないと思うわよ」
「そっかぁ…」

じゃあ、お似合いってわけでもないのかな。
せっかくお似合いの人が見つかったと思ったのにな。
ガッカリして父ちゃんを見上げると、ホッとしたような残念そうな、何とも言えない顔をしていた。

…父ちゃんってトモエさんのこと、どう思ってるんだろ?
似てるって言った時は嫌そうだったけど、理想の相手かもって言った時は、何だか照れてたんだよね。
嫌いだったら、そんな反応しないと思うし…。
変な人だと思ってはいるけど、トモエさんを好きな気持ちもあるんじゃないかなぁ。

う~ん…気になる…。

「でも、すごいわね」
トモエさんが笑顔でボクの頭を撫でた。
ん?何が?
「何がですか?」
「アルくんは話が理解できるだけじゃなくて、考える能力も人間並みね」
え、そう?
「…確かに、きちんと自分で考えて話しますね」
「姿が猫なだけで、あとはまるで人間みたい」
え、人間みたい?ボクが?
ふふっボク、褒められちゃった。
人間みたいだって!
得意げになったボクだったけど、
「ええ…だから心配なんです」
という言葉を聞いて、父ちゃんを見上げる。
父ちゃんは不安そうな顔でボクを見下ろしていた。
「父ちゃん?」
「そうね…」
トモエさんからも笑顔が消えて、神妙な顔になっている。
どうしたの?
「…確かに、アルくんのような猫がいるということは、伏せておいた方がいいわね。もしあたしが教授や学者だったら、確実に研究材料としてほしくなるわ」
「でしょうね」
…え、研究材料?

「父ちゃん、研究材料って何?」
「アルがどんなことを考えたり、どんな能力を持っているのか身体をあちこち調べたりすることだよ」
「調べる?どうやって?」
「身体中に色んな線を付けたり、何か装置を付けたり。もしかしたら身体に何かを埋め込んだりするのかも」
「えっ!身体にっ!?」
「そうだよ。僕はアルをそんな人たちに渡すつもりはないけど、アルがすごい猫だって世間に知れ渡ったら、先輩みたいな変な人に連れ去られるかもしれないんだ」
「ええっ!」
びっくりしてトモエさんを見た。

「ちょっと、あたしみたいって言わないでよ。アルくんがあたしを怖がるじゃない。あたしは教授でも学者でもないわよ?」
「単に大学の研究室は窮屈だからって教授にならなかっただけでしょ?」
「…ま、まぁ…それは…そうだけど…」
「学者並みの頭脳を持ってることに変わりはないんですから、先輩だって同類ですよ。だって、アルのこと、可愛い以上に興味があるでしょ?生物として」
「…う……」
「生態、細胞、構造、色々気になるでしょ?」
「……反論できない…」
「ほらね。ね、だからこういう先輩みたいな人は気をつけなきゃいけないんだよ。分かった?アル?」
「わ、分かった!気をつける!」
すっかり心を許していたけど、トモエさんも全面的に信頼しちゃダメなんだね。
変な人だし、ボクを連れ去るかもしれないし。
…ちょっと離れておこう。
「ああ、アルくんが警戒して離れてく…せっかく慣れてくれたと思ったのに…」
「先輩が変人だからです」
「変人変人うるさいわね。言っておくけど、先生の方が変人なんだからね」
「僕には先輩の方が変人に見えます。そんなことより、不思議な白い猫の情報がないか、早く教えてほしいんですけど。僕はそのために来たんですよ?」
「分かってるわよ、そんなこと。気が短いわねぇ」
ブツブツ言いながら、トモエさんは先ほど父ちゃんに閉じられてしまったパソコンを再度開いた。
「昼からは店を開けますから、暇じゃないんですよ」
「あら、あたしだって暇じゃ―」
「奥から店に出てきた時、完全に寝起きでしたよね」
「……さぁてと、調べてみますかね」
…図星だったみたい。

ボクがついつい目で追ってしまうマウスを使って、トモエさんがカチカチッと操作する。
「いい?こういう情報には、必ず事実とは異なる余分な情報がついてしまったり、広まっていくうちに形が変わっている場合があるから、真実かどうかは分からないって前提は忘れないでね」
「ええ」
「まずは”猫”で調べて……と、膨大にある猫の情報から今回の出来事と関連がありそうなものをピックアップすると……と、いくつか出てきたわ。う~ん…えっと…街を渡り歩く猫…あちこちの街を彷徨う猫…これは似てるから、同じ猫のことかもしれないわね」

あ、ジェイが言っていた話と同じだ!

「父ちゃん、ジェイもあちこちの街を渡り歩く猫の話をしてたよ!」
「ジェイが?」
「うん。街の猫が言ってたんだって」
「じゃあ、猫の世界にもその話はウワサで広がってるんだね」
「うん」
「何が?」
「隣に住む猫が、あちこちの街を渡り歩く猫の話を他の猫から聞いて、アルに話したそうです」
「まぁ!猫もウワサ話をするの?そっちの方に興味津々だわ」

猫だってするよ。
ウワサ話やケンカの話、たまには恋の話だってするんだからね。
よくするのは、美味しい魚屋さんの話かな。

「その話はスノーに近いですよね」
「今回の話からしたら、そうね。仲間の数人から似たような話が出てるから、デマでもなさそう。同じ猫のことなのか、どんな猫かは分からないけど…」
「でも、実際にいるってことですよね」
「そうね、その可能性が高いんじゃないかしら。仲間に聞けば、最初にこの話が出た街や時期、あとはどんな猫かも分かるかもしれないわね」
「え、それ、お願いしてもいいですか?」
「いいわよ。聞いてみるわ」
「他は特に関連しそうな情報はありますか?」
「他?…まぁ、不思議な猫に関しては色々あるけど、あとはモンスターみたいな話ばっかりね」
「モンスター?」
「しっぽが何本もある猫を見たとか」
「猫又か…いるんですかね、猫又」
「いるに決まってるじゃない。だからこそ目撃情報があるんだから。中にはデマや人間によって作られたものもあるけど、信憑性の高い目撃情報だってあるんだから」
「……」
「信じてないわね。不思議なことにも、少しは”あるかもしれない”って思った方がいいわよ。今回、実際に不思議なことが起きてるんだからね。サカザキくんがすべて信じなきゃ、解決できないわよ」
「信じなきゃな…とは思ってますよ。でも、今までそういうことは有り得ないと思ってた人間に、突然信じろって言われても難しいものなんですよ。アルと会話ができるってことは、ただ単純に喜んでますけど」
「そんな気持ちでその白い猫に会うのは危険かもよ」
「どうしてですか?」
「不思議な力を持っている猫よ。人間だってどうにかできる力はあるんじゃない?」
「え…」
「標的はサカザキくんだけじゃないわよ。アルくんもそうだし、サクライくん、タカミザワくんだってどうにかされるかもしれない」
「…っ!」

驚く父ちゃんを見上げる。
ボクも…それが怖いんだ。
スノーが、あの不思議な力で父ちゃんたちにも何かするんじゃないかって。
スノーの力がどれほどなのかもまだ分からないし、何もしないっていう保証もどこにもない。
会わなきゃいけないのは分かってはいるけど、危険じゃないと言い切れる相手じゃないから、本当に会いに行っていいのか、正直不安しかない。

「今のサカザキくんにとっては、大好きなアルくんと会話ができるという、夢のような状態だけど、それには不思議な猫の不思議な力があってこそ起きたことよ。その猫の不思議な力や存在を受け入れないと、先に進まないわ」
「……」
「オカルトやミステリーは信じられなくてもいいわ。ただ、今まで起きたことと、これから起きることを現実だって受け入れればいい。サカザキくんは、その猫に選ばれた人間でもあるんだから」
「え、僕…ですか?」
「当然でしょ?猫と飼い主はセットなんだから。アルくんの能力と、飼い主であるサカザキくんとの関係だって、考慮した上で選ばれたのよ、きっと。アルくんが人間の言葉を話せるようになったことを受け入れられない飼い主じゃ、使い物にならないじゃない」
「そ、それはそうですけど…そんなことまで計算して選んでいるなんて。…猫ですよ?」
「不思議な力を持っている猫よ。あたしたちが思っている以上に頭もいいはず。だからこそ、中途半端な気持ちで会ったら危険ってこと。アルくんを守りたいなら、それなりの気持ちで会いに行くことね」
「……」
「それに、野良猫の人間嫌いはサカザキくんが一番よく分かってるでしょ?」
その言葉に、父ちゃんは無言で頷いた。
「きっとその猫は、簡単にはサカザキくんに心を開かない。アルくんの話からして、一筋縄ではいかない性格してるわ」

うん、そう思う。
スノーはきっと人間が嫌いだ。
不思議な力のせいで捨てられたって言っていたから、人間をひどく恨んでいると思う。
それに、自分と同じ猫にすら心を許していない。
スノーと分かり合うのは、普通の野良猫以上に難しいと思う。

「軽い気持ちでは会わないことね。よく考えてから会いに行きなさい。それだけは忠告しておくわ」
「…分かりました」
トモエさんの言葉に、真剣な顔で父ちゃんは小さく頷いた。

「まぁ、白い猫は不思議な力を持っているってことだから、モンスターに近いけど、まだ何とも言えないわね。そのスノーとかいう猫の目的や素性がもう少し分かれば、真実に近づけるかもしれないけど、さすがに今の情報だけじゃそこまで調べるのは無理ね。もっと、その猫についての情報がほしいわ」
「会って、分かったことがあったらまた連絡します」
「ええ、そうして。あと”白い猫”で調べてみたけど、あんまり関係ありそうな情報はなさそうよ」
「ちなみに、どんな情報がありますか?」
「え~っと…美しい白い猫を飼うと、飼い主が不幸になる話とか」
「不幸?」
「情報には事業に失敗するとか、事故に遭うとか…。これは何とも言えないわね。単に飼い主の運が悪いだけなのに、猫のせいにしたって可能性もあるし」
「確かに」
「かなり古い情報で、最近のものではないわね。十年以上も前の情報みたいよ」
「じゃあ、それは無関係…かなぁ…」
「と思うけど。まぁ、毎日のように情報は増えていくから、関連ありそうな内容が出てきたら、その都度伝えるわ。連絡先、教えてくれる?」
「あ、はい」
「あたしへの連絡もこっちの携帯にお願い」
「分かりました」
「あとさ、今回の件、協力してあげるんだから、あたしのお願いも一つぐらい聞いてほしいんだけど」
「お願い?できることとできないことがありますよ」
「こっちのお願いもサカザキくんが適任よ。顔の広いサカザキくんの力で、今うちにいる猫ちゃんたちの里親を探してくれない?探してはいるけど、あたしの伝手だけじゃ、ちょっと無理そうだから」
「そんなにいるんですか?」
「ちょっと前に、隣町の空き家になっていた大きなお屋敷から野良ちゃんたちが何十匹と見つかってね。その一部を面倒見てるんだけど、まだ五匹貰い手が見つかっていなくて」
「ああ、そういうことですか。それならいいですよ。知り合いに情報流しておきますよ。その野良たちは人に慣れてるんですか?」
「その五匹は幸い、ね。他の子たちはちょっと無理そう。話が終わったら会ってみて。里子に出せそうかはサカザキくんの目で確かめてちょうだい」
「分かりました。じゃあ後でぜひ」
「ああ、サカザキくんが何匹かもらってくれてもいいわよ」
「ははは。そうしたいのは山々ですけど、カフェが猫カフェになったらさすがにサクライに追い出されるので、やめときます」
「サクライくんのことだから、ブツブツ言いながらもOKしてくれそうだけど?彼も結構、犬とか猫って好きだったじゃない」

…え?そう…なの!?

「好きっていうか、嫌いじゃないって感じですよ。でもまぁ、それも昔は…ですけどね。今は店のことで頭がいっぱいみたいで、アルのことも可愛がったりはしませんよ」
「あら、そうなの。何か意外」

ボクはサクライが犬や猫が好きってことの方が意外だ。
あのサクライが?
眉間にシワを作ってボクを見るサクライが、父ちゃんみたいにニッコリ笑顔でボクを撫でるとか……そ、想像できない!!

「まぁ、そうね、経営となると大変よね。あたしみたいに適当な商売じゃないし、のほほんなんてしていられないわよね」
「だと思いますよ。難しい顔して、色々考えてるみたいですし」
「ああ、眉間にシワ寄せて?」
「ええ、で、眉毛が八の字で」
「あはは、相変わらずね。でも、そういう生真面目なところ、サクライくんのいいところよね。ねぇ、特に何が美味しいの?」
「料理もスイーツも、何でも美味しいですよ。あ、ムッシューはサクライが入れるコーヒーに惚れて毎日来てくれますよ」
「え、毎日?それ相当じゃない。今度お店に行こうかしら」
「え、来るんですか?」
父ちゃんが嫌そうな顔をする。
「何よ、その顔。ダメなの?」
「別にダメじゃないですけど…」
「来なくてもいいって?ひどいわね~」
「まだそこまで言ってないです」
「まだってことは言おうとしてたんじゃない。そういうこと言うんだったら、絶対行ってやるんだから」
「え~…」
「え~じゃないの。それに、久しぶりに先生の話が聞きたいもの」
「先輩、あの難しい話についていけるんですか?」
「え?うん、考え方は違うけど、先生の言いたいことは分かるわよ」
「さ、さすが変人…」

トモエさんが店に来たら、じいちゃんとチンプンカンプンな話をするんだろうな。
二人とも目をキラキラさせて。

父ちゃんは来てほしくなさそうだけど、ボクは来てほしいな。
だって、やっぱりこの二人はお似合いなんじゃないかって、ボク思うんだよね。

トモエさんにしてる父ちゃんのあの冷たい態度、もしかしたら、トモエさんにしかしないんじゃないかなって思えるんだ。
誰にでもニコニコしている父ちゃんが、冷たく言い放つ人って、嫌いじゃなかったら、あとは特別な人、でしょ!

よし!
ボク、愛のキューピットになるよ!
二人とも気づいていないだけで、きっとお互いの運命の人なんだよ!
でも、父ちゃんに言うと、”何言ってるの!”って怒られちゃうから、こっそりやらなくちゃね。

サクライとタカミザワにも協力してもらわなくっちゃ!

「……」
「サカザキくん?腕なんかさすって、どうしたのよ?」
「いや…何か急に寒気が…」

…ドキッ!

「あら、風邪?」
「…え?いやぁ、風邪じゃないと思いますけど…」
「なのに寒気?…あ、もしかしたら、誰かが良からぬことを企んでるとか?」
「まさか!…でも、…何だろう、何かすごく嫌な予感がする…」


…き、気のせいだよ!と、父ちゃん!



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