「Cafe I Love You」
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「…興味、ものすごくありそうですね」
先ほどとは打って変わってキラキラした目のトモエさんに、父ちゃんは苦笑いを浮かべて言った。

話し始めた時は、テーブルに肘をついてつまらなさそうな顔をしていたのに、だんだん前のめりになってきて、最終的には父ちゃんの膝の上にいるボクの鼻に顔がくっつくぐらいの距離に顔を寄せている。
何だかとっても良い香りがする。
こんな近くで美人さんに見つめられたら、ボク恥ずかしいよぉ。

「先輩、アルのこと食べちゃダメですよ」
「可愛いから食べたいけど!何それ、本当に本当の話!?」
「ええ、僕もアルも信じられない話ですけど、どうやら現実に起きた本当のことのようです。これが夢の中でなければ、ですけどね」
「そ、そんなことがあるなんて!!」
トモエさんはさらに目をキラキラさせて、ボクを凝視する。

この人、じいちゃんと同じみたいだ。
普段は普通で…って、この人は普段から変わった人だけど、好きなことになると子どもみたいに目をキラキラさせる。

何か、悪い人じゃない気がするな。
すごく変わってて、この人の前だと父ちゃんが怖いけど、意外に良い人なのかもしれない。

…ま、まだ分からないけど。

「こんな話を聞いて、興味がない人はいないでしょ!住んでいる街で、しかも身近でこんなことが起きたんですもの!興奮しちゃうわ!!ねぇ、ネットで叫んでいいっ!?」
そう言って、すぐ横にあるノートパソコンのキーボードに手を置いた。
「ちょ、ちょっと!!」
慌てて父ちゃんがパソコンを閉める。
「ダメですよ!そんなことしたら、先輩みたいな人たちがこの街に集結しちゃうじゃないですか!」
「やだ、冗談に決まってるでしょ。それぐらいしたくなるほど興奮してるってことよ」
「先輩の言うことは、どこまでが冗談でどこまでが本気か分かりにくいんですから、そういう冗談言うのはやめてくださいよ!」
「はいはい。失礼しましたー」
面倒くさそうに謝るトモエさんに、父ちゃんはため息をついた。
が、トモエさんはそんな父ちゃんを気にすることなく、話を先に進める。

「ねぇ、じゃあ、今、このアルくんはサカザキくんにとっては”人間の言葉を話せる”状態ってことなのよね?」
「そうなります」
「そして、アルくんも人間の言葉をきちんと理解できていて、会話が成り立ってる…ってわけね」
「ええ」
「はぁ~夢のような状態ね。なるほど、それで先生があたしを紹介したのね、納得だわ」
「だって、先輩みたいな人しか無理でしょう。まずは信じてくれる人ですら、なかなか見つからないような話なんですから」
「そうね、あたしみたいに手放しで信じる人はいないかもね。他の人だったら頭がおかしくなったと思って、サカザキくんは病院に連れて行かれるわ」
「ですよね」
「先生、さすがね。人選が完璧だわ」
「…え、ということは、手伝ってくれるってことですか?」
「だって脅されてるしねぇ…」
「やだな、あれは冗談に決まってるんじゃないですか」
「嘘、あれは冗談じゃない顔だった」
「え~?」
「……ほらね。その笑顔が本気だったって言ってる。まぁ、そのことを抜きにしても、あたしもその白い猫の存在は気になるし、調べてみたいから協力しましょ」
「ありがとうございます!…あ、でも―」
父ちゃんが真剣な顔をしてトモエさんを見る。
「でも、何?」
「先輩、この話で一つお願いがあります」
「お願い?」
「ええ。今回の話、先輩のご友人たちには、内緒にしてもらいたいことがあるんです」
「内緒って…何を?」
「アルのことです。ご友人たちにはアルのことは話さないでほしいんです」
「…ああ、そういうこと。つまり、人間の言葉を話せるようになった猫がいるということは知られたくないわけね」
「はい」
「…アルくんが大事なのね」
「はい。僕のことを”父ちゃん”と呼んでくれる、大事な息子ですから」

父ちゃん…

「親バカねぇ…まぁ、そうなるのも仕方がないわよね。飼い猫と会話できるようになったんですもの。余計に可愛いわよね。いいわね、あたしもうちの子たちと会話してみたいわ」
「先輩ならできそうですけどね」
「何それ、どういう意味?」
「いや、深い意味はないですけどね?」
「明確な意味がありそうだけど」
「……え?」
「…まぁ、いいわ。分かった、アルくんのことは伏せましょ」
「ありがとうございます」
「じゃあ、早速私が持っている情報でも見る?」
「あ、その前に、先輩にアルの言葉が聞こえるか確認したいです。ムッシューには残念ながら聞こえなかったので」
「あ、それはぜひお願いしたいわ。猫の口から出てくる人間の言葉、聞いてみたい」
「聞こえるといいんですけど…。アル、先輩に話してみて?」
「うん。トモエさん、初めまして。ボクはアルです」

「……」
トモエさんは無言でじっとボクに耳を傾けてるけど、反応はなかった。
「どうですか?今、しゃべったんですけど…」
「……残念ね、”ニャー”としか聞こえなかったわ。微かでもいいから、何か聞こえないかと期待したけど、無理みたい」
「そうですか…じゃあ、やっぱり僕とタカミザワ、サクライの三人だけか…」
「…その可能性が高いわね。あと…」
「あと、なんですか?」
父ちゃんが尋ねると、トモエさんがボクを見た。
「アルくんって、以前から人の言葉を理解しているようにタイミングよく鳴いたりしてた?」
「え、ええ。いつも僕の言葉に返事するように鳴いてましたよ。まるで、僕の言葉が分かっているようで…。アル、僕の言葉、前から何て言ってるか分かってたの?」
「うん!だから、ちゃんと返事してたんだよ」
「そうなんだ!すごいなぁ!」
「分かってたって?」
「ええ、ちゃんと僕の言葉を理解して鳴いていたそうです」
「そう。…これはあくまで私の推測だけど」
「はい」
「その白い猫は、それぞれが持っている優れた部分を特別な能力にする力を持っているんじゃないかしら」
「…特別な能力、ですか」
「そう。アルくんの場合だと、人の言葉を理解できていたってところね。その優れた部分をより高めて、アルくん自身が人の言葉を話せるようにした…とかね」
「そうなると、他の猫で例えばケンカが強かったら、さらに強くしちゃうってことですか」
「ってことなんじゃないかしら」
「なるほど…となると、もし違う猫が選ばれていたら、また違うすごい猫が現れていたかもしれないわけですね」
「…他の猫…か…それはどうかしらね」
トモエさんの言葉に、父ちゃんが首を傾げる。
「どういうことですか?」
「…その白い猫は、アルくんみたいな猫が必要だったんじゃないかしら」
「え?」
「その猫は、何かを探してるって言ってたんでしょ?」
「ええ、そうらしいです」
「探している物が何かは分からないけど、いくら何かの能力に長けていたとしても、猫だけで探し出すのは無理だわ。彼女は、人間の力を借りたいんじゃないかしら」
「…そうか、人間と話せる猫と、その猫に協力してくれる人間が欲しかった」
「そう考えれば、アルくんは飼い主と話せるだけで十分よね。飼い主に言葉が通じれば、他の人間には飼い主から伝達できる」
「だから、他の人たちに言葉が通じる必要がない」
「…ってことかもね」
「…え、ちょっと待ってください。そうなると、アルが白い猫と広場で会ったのは偶然じゃないかもしれないってこと…ですか?」
「あたしの推測が当たっていたら、偶然じゃなかったかもしれないわね。広場で白い猫と会う前に、何かなかった?」
「何かって…」

…あ。

「と、父ちゃん!」
「ん?」
「スノー、昼間に向かいの道を歩いて行った!」
「あ!そうだ!会う数時間前、その白い猫が店がある通りを歩いて行ったんですよ」
「じゃあ、広場で会う前に一度会っているのね」
「ええ。その時に、アルはスノーと目が合った…んだよね?」
「うん。スノーは、目が悪いからどこを歩いていたか分からないし、ボクの存在には気づかなかったって言ってたけど…」
「アルに気づかなかったっていうのは嘘なのかもしれないな。あの時、アルを見つけて、すでに企んでいたのかも」
「え~…ボク、選ばれちゃってたのかな…」
「かもしれないね」
「あくまでも、あたしの推測よ。実際はまったく違う理由かもしれないし、本当にただの偶然かもしれないんだからね」
「いや…でも、先輩の推測で色々つじつまが合いますし、それが真実のような気がしてならないですよ。さすが頭がよくて変わり者の先輩は考えることが違いますね。学生の頃は、先輩の話はチンプンカンプンでしたけど、今起きている不可解な出来事には、そのチンプンカンプンな部分がすごく活きてますよ」
「ちっとも褒めてるようには聞こえないけど」
「いやー褒めてますよ。今日初めてトモエ先輩を尊敬しましたよ」
「それ、全然うれしくない。でも、サカザキくん以外に、サクライくんとタカミザワくんにも言葉が通じるんでしょ?飼い主だけでいいところを、何で二人もってことになるじゃない」
「ああ、それは三人が飼い主だと思われたと考えれば、納得できます。三人で店をやってますし、三人とも店の上に住んでますから」
「…え、店の上に?三人とも?」
「ええ、店の上が居住スペースで…」
「やだ、どれだけ仲がいいのよ。男三人で一緒に住むなんて」
「まさか!何言ってるんですか!二階から四階まで三部屋あって、それぞれ一人ずつで住んでるんですよ!」
「…なんだ、そういうこと?あたしはてっきり同じ部屋で一緒に住んでいるのかと…」
「そんなわけないでしょ!いい歳の男三人が布団並べて川の字で寝てたら気持ち悪いでしょ!」
「…そう?あなたたちなら有り得そう。ほら、サカザキくんが真ん中で…」
「…はぁ?」
「やだ、目が怖い。冗談に決まってるじゃない。いやぁね、冗談が通じないんだから。…アルくん、これがあなたの飼い主の本当の姿よ。怒らせると怖いんだからね、良い子にしてなきゃダメよ?」
「…う、うん」
返事をすると、パッとトモエさんの顔が明るくなった。
「あら!本当だわ。ちゃんと返事してくれた。可愛いわ~。これでちゃんと言葉が分かったら、もっと可愛いわ~」
「褒めても、アルはあげませんよ。それに、アルはいつも良い子だから怒ることなんてないんです」
「あ、そう。…サカザキくんってさ、本当に興味のない女には冷たくなるわよね。大学に入りたての頃は、ニコニコして可愛かったのに。猫以外の話をし出したら、急に冷たくなっちゃってさ」
「先輩が変人すぎたんですって。才色兼備でオカルト好きって、誰も思いませんよ。ギャップがすごすぎる」
「あら、そのギャップが素敵でしょ?」
「素敵だと思うのはオカルト好きだけですよ」
「…いちいち失礼よねぇ。何、あたしってそんなにダメなの?」
「いや、ダメとか…そこまでは言ってないですけど」
「言ってるようなものじゃない。あのねぇ、あたしのことダメダメ言うけど、サカザキくんだってダメな部分いっぱいあるんだから、人のこと言えないわよ。分かってる?」
「…先輩ほどひどくはないです」
「ふ~ん。じゃあ、今、彼女は?」
「…いませんよ」
「どうせお気に入りが何人もいて、一人に絞れてないんでしょ?」
「……」
「学生の頃から変わってないわね、君も」
「お互い様ですよ」
「お互い、見つかるかしらねぇ…理想の相手」
「いますよ、きっとどこかに。あ、僕の相手は、ですよ」
「え、あたしの相手は?」
「それは難しいんじゃないですか?」
「何それ、ひどっ!」
「はははっ」

…父ちゃんとトモエさんって、お互いのこと、よく分かっていて言い合ってる感じがする。
どっちもかなり冷たいけど。
これって、似た者同士…ってことじゃないのかな。

父ちゃんを見上げていたら、それに気づいた父ちゃんがボクを見た。
「ん?何、アル?」
「父ちゃんとトモエさん、何か似てるね」
「へっ?」
「似た者同士って感じがするよ」
「え、や、やめてよ、アル。似てないよ!」
「?」
プルプル首を振る父ちゃんに、トモエさんが首を傾げてる。
「もしかしたら、父ちゃんの理想の相手はトモエさんかもしれないよ!」
「な、何言ってんの!違うって!」
「え、何?アルくん、何だって?」
「何でもない!何でもないです!」
「え?何よ、教えてよ」
「ダメ!」
「え~父ちゃん、トモエさんに伝えてよ」
「やだ!」
「ちょっと、何が嫌なのよ?ねぇ?」
何のことだかさっぱり分からないトモエさんが、父ちゃんの顔を覗き込んでくると、父ちゃんが慌てて顔を背けた。
何だか頬が赤い。
「な、何でもないですって!絶対違う!」
「はぁ?何の話よ?」
「とにかく、絶対違うんです!」
「はぁ?」
「父ちゃん、トモエさんにドキドキしてる~」
「違う!!困ってるの!アルが変なこと言うから!」
「え~だって―」
「もう!アルは黙ってて!」
「ちょっと、全然分からないわよ。あたしにもちゃんと説明してよ。ねぇ、何の話?あたしの話なの?」

ギュッと目をつむって、父ちゃんはひたすら首をブンブン横に振る。
「違う!絶対違う!」
「ちょっと、説明してってば」
「絶対言わない!ぜっっったい言わなーいっ!!!」


ああ!代わりにボクがトモエさんに言いたーい!!


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