「Cafe I Love You」
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「…つ、つまり……その白い猫が不思議な力を使って、アルに言葉を与えた…ということかね?」
じいちゃんの言葉に、
「うん」と答えた。
じいちゃんには”ニャー”としか聞こえないけど。

じいちゃんは、信じられないと言いたげな表情で、目を丸くする。
三人も予想もしていない話だったのか、口がぽっかり空いている。

「…信じられない話かもしれないけど、でも、本当なんだ!ボク…ボク…ッ嘘なんて言わないよ!」
すると、そっと父ちゃんが頭を撫でてくれた。
「うん、アルは嘘なんてつかないよね。良い子だもんね。でも…」
「でも?」
「そんなことが現実にあるなんて…。僕は小説や映画の中だけの話だと思っていたけど…」
「そんなの誰だってそう思ってるさ。人間にだって、超能力とか不思議な力を持っているやつがいるなんて、にわかに信じられない話だ。なのに、まさか猫に不思議な力を持つやつがいるなんて……頭がこんがらがりそうだ」
サクライがお手上げだ、と両手を上げた。
猫のボクだって、そんなことが現実にあるなんて思ってもみなかったよ。

難しい顔をして、タカミザワが考え込む。
「マジック…サイキック…いや、でもそもそも人じゃないし……ムッシューの研究で、そんな動物がいるとか、そんな話は―」
「まさか。もはや生物という分野を飛び越えて、ファンタジーやオカルトの世界の話だよ」
「で、ですよね…」

「アル、その白い猫って、昨日の昼間見た…あの?」
「うん」
「…そうか、あの子が…」
「え、サカザキもその猫を見たのか?」
「うん。昨日の昼間、向かいの歩道を歩いていったんだよ。毛長の真っ白なキレイな猫だったよ」
「毛長の…白い猫…」
サクライがポツリと呟く。
「どうした?」
「…いや、そんなキレイな白い猫が街中を歩いてるなんて、そもそも変だなと思って」
「そうだよ!何でその時に変だと思って捕まえなかったんだよ!」
「だって、昨日はそこまで変だと思わなかったし。…って、タカミザワ?僕は猫と遭遇したら、どの子も捕まえてるわけじゃないよ?」
「知ってるよ。捕まえない方がいい猫もいるわけだろ?」
「そう。広場の猫たちみたいに野良として生きることしかできない子もいるからね。それぞれ見極めないといけないの」
「じゃあ、その白い猫はサカザキとしては捕まえない方がいいって感じだったわけ?」
「う~ん……というより、どこかの飼い猫だと思ったからね。野良猫って認識がなかった。でも、あの子は野良猫なんだよね、アル?」
「うん。飼い主はいないって言ってたよ」
「とてもそうは思えない毛並みだったけどなぁ」
「マダムが抱いていそうな血統書付きの猫みたいな?」
「そうそう、そんな感じ」
やっぱり、人間もそう思うんだね。
同じ猫のボクから見てもそう思う。
野良だなんて、今でも信じられないし、スノーの言っていたことを全部信じることも出来ない。
だって、すでに言っていたことと違うことが起きてるんだから。

「まぁ、不思議な力を持ってるような猫だから、見た目も普通と違うのかもしれないね」
「今の段階では、そういうことにしておくしかないだろ。普通の猫じゃないってことしか分かってないんだし。色々疑問はあるが、アルが喋れるようになったのは事実だからな」
と、サクライがボクを見下ろして言うと、
「そうだね」
と、父ちゃんが頷いた。
「…で、でもね!」
「ん?」
「ボクはてっきり人間全員にボクの言葉が分かるようになったと思っていたから、ボクの言葉が分からない人間がいることが不思議なんだ」
「…あ、そうか。その白い猫…スノーは、アルに人間の言葉を与えるって言ったんだよね ?」
「うん」
「今の状態はどっちかと言ったら、僕たちにアルの言葉が分かるようになったって状態だもんね。確かに変だね」
「ムッシューだけ分からないなんて、そんなこともないだろうしな」
そう言ってじいちゃんを見たタカミザワが、何かに驚いてビクッとする。
「?」
ボクと父ちゃんが不思議に思ってじいちゃんを見ると、じいちゃんの目がまた子供みたいにキラキラしていた。
あ、また出た、少年じいちゃん。

「ム、ムッシュー、そんなにキラキラした目で見ないでください」
父ちゃんに言われて、ハッとすると、また照れくさそうにした。
「ははは、すまない。無意識で…」
「無意識でしたか…」
「アルと会話をしていると思うと、うれしくて…。私もその輪の中に入りたいねぇ…」
「ボクもじいちゃんとお話ししたかったよ」
そう言って、じいちゃんにスリスリした。
言葉が分からなくても、きっとじいちゃんには、ボクの気持ちが伝わるはず。
「ん?もしかして、私に何か話してくれている…のかな?」
「アルもムッシューと話したかったそうです」
「そうかい!それはうれしいねぇ…ちなみにアルは私のことは何て?」
「”じいちゃん”と呼んでますよ」
「…そ、そうかい、”じいちゃん”と…」
じいちゃんの顔が何だかうれしそう。
「ムッシュー、孫ができましたね」
父ちゃんに言われて、照れくさそうに笑った。

そっか、じいちゃんには子供がいないんだっけ。
ばあちゃんもいなくなって、ひとりだもんね。
ボクもひとりぼっちになったことがあったから、じいちゃんの気持ち、すごく分かるよ。
だけど、今は父ちゃんがいてくれるから、ボクはひとりじゃないし、じいちゃんもひとりじゃないよ。
ボクも父ちゃんたちもいるからね。

「父ちゃん、父ちゃん!」
「ん?」
「じいちゃんに、ボクがいるからひとりじゃないよって伝えて!じいちゃん大好きって!」
本当は自分で言いたいけど、分からないもんね。
いつまで父ちゃんたちに言葉が通じるのか分からないし、伝えられる時に伝えておかなくちゃ。
父ちゃんにも、ちゃんと言わなきゃね。
もちろん、サクライとタカミザワにも。

「そんなこと伝えたら、ムッシュー泣いちゃいそうだなぁ」
「え?泣いちゃう?どうして?」
「だって―」
「な、なんだい?何て言ったんだいっ?」
「“ボクがいるからひとりじゃないよ、大好き!”だそうです」
すると、じいちゃんが目を丸くしたかと思ったら、父ちゃんが言った通り、泣きそうな顔になってしまった。
え、悲しくなるようなこと言っちゃったのかな…?
不安になってると、じいちゃんがボクを抱き上げて、ウルウルした目で、
「……あ、ありがとう、アル」
と言った。
あ、そっか、うれしくて涙が出てきちゃったんだね。
よかった、喜んでくれて。
「私が思っていた通り、アルはとても優しくて良い子だね。うれしいなぁ、こんな可愛い孫が出来て」
そう言って、じいちゃんがギュッとしてくれる。

ボクもうれしいよ。
この街に来て、父ちゃんだけじゃなくて、じいちゃんまでできたんだもん。
家族がいるって、いいね。
ボク、心がポカポカするよ。
じいちゃんもポカポカしてる?

「コホン」

誰かの咳払いが聞こえた。
見上げると、
「感動的なシーンに口を挟んで悪いが…」
とサクライがボクと父ちゃん、じいちゃんを見てから、
「これからどうするんだよ?」
と父ちゃんに尋ねた。
「どうするって言われてもなぁ…」
「でもさ、その白い猫が何か探すの手伝えってアルに言ったんだろ?」
タカミザワの言葉にボクは頷いた。
「うん、ボクが人間の言葉を話せるようになったら、探すの手伝ってもらうって。冗談とか、そんな感じじゃなかったから、本気だと思う」
「何を探すのかは、まだ聞いてないんだよね、アル?」
「うん…この街にあるとか…そんなことしか聞いてなくて、どんなものかも分からないんだ」
サクライの眉間にシワが寄る。
「それ、探し出せるのか?何を探すか分かったとしても、この街の中から探すなんて、無理じゃないか?」
「そうだよ。小さい街とは言え、何かを探すには広すぎる。俺たちだって、この街に来てまだ数年だぞ?街のすべてを知ってるわけじゃないんだから。俺なんて、両隣の家の人は覚えたけど、それ以外はまだ顔と名前が一致しないし、この辺でも二本ぐらい中の道に入るとまだ迷うぞ」
「それはタカミザワに覚えようって気がないだけでしょ」
「す、少しぐらいはあるぞ…!」
「それ、無いに等しいでしょ」
「う……」
「じゃあさ、前住んでたとこの両隣の部屋に住んでた人の名前は覚えてる?」
「…え?」
「大家さんの名前は?」
「……ん?」
「こいつはまったくあてにならないな」
「だね」
「………」

じいちゃんも困ったように腕を組んだ。
「この街のことなら任せてくれ、と言いたいところだが、私は長年住んでいても、この辺りのことしか分からないからなぁ…」
「いやぁ、みんなそんなものですよ。街全体を知り尽くしている人なんて、そんなにいないと思いますよ」
「サカザキ、街のことを知っている人間を探す前に、まずは白い猫に会った方がいいんじゃないか?こいつを疑ってるわけじゃないが、どんなやつか知る必要があるだろ?」
「そうだね、僕もちゃんと会ってみたいし、詳しい話も聞かないと」
父ちゃんの言葉にハッとする。
「スノーに会ってくれるの?」
「会わなきゃ探したい物が何か分からないでしょ?」
「で、でも、嘘を言ってて本当は探し物なんてないかもしれないし、それに父ちゃんも何かされるかもしれないし…っ」
「う~ん、確かにその猫は危険な存在なのかもしれないけど、会って話を聞いてみないと先に進めないし。それにお礼を言わなきゃね」
「…え?…お礼…?」
「アルとこうして話せるようになったのは、そのスノーって子のおかげでしょ?アルと話したかった僕には、”ありがとう”って気持ちしかないよ」
「父ちゃん…」
「これから先のことは、みんなで一緒に考えていこう。アル一人で悩まなくていいんだよ」
「…うんっ!父ちゃん、ありがとう!」
うれしい!みんなが一緒なら、心強いよ!
「おい、みんなって、俺とタカミザワもかよ?」
「当然」
二人がものすごく嫌そうな顔をする。
やっぱり?
「アルの言葉が分かる人は、全員関係者ってこと。協力してもらうからね」
「……」
二人は顔を見合わせて、何か言いたげ。
「…何、文句あるの?」
「いえ、ありません」
サクライがプルプルと首を振る。
「タカミザワは?文句があるなら聞くけど?」
「ないない!ないよ!手伝えばいいんだろ、手伝えば !」
「そうそう、手伝ってね」
…父ちゃん、笑顔が怖いよ。

「あ…」
と、声を上げたのはじいちゃんだ。
「どうしました?」
「私の教え子が何か手掛かりになる情報をもっているかもしれない。まぁ、ちょっと…いや、大分変わった子なのだが…」
「変わった子、ですか」
「そう。ほら、私の研究にたった一人賛同してくれた子だよ」
「ああ!その貴重な方ですか」
「そう、貴重な子」
じいちゃんが頷いて笑う。
「情報を持っているかどうかは分からないが、相当マニアックな子で、私とはまた違う分野を極めているんだよ。その白い猫の場合は、その子の分野の情報が役に立ちそうだ」
「と、言うと?」
「ミステリーやオカルト、ファンタジーが好きでね。私の研究に賛同してくれたのは、生物学というより、オカルトやファンタジー要素があって興味があったからだそうだ。世界中の不可解な事件や出来事の収集をしているよ」
「じゃあ、ムッシューよりも情報を持ってるかもしれないですね。不思議な白い猫の話を聞いたことがあるかもしれない」
「可能性はあると思うよ。大学を卒業後も、仕事をしながら仲間たちと情報交換をしていると以前話していたし、彼女の情報網を上手く使うといいんじゃないかな」
「えっ?女性なんですか?」
父ちゃんがびっくりする。
「ああ、言ってなかったかな。そう、女性だよ。とにかく変わった子でね。大学も他のところに行っていたのに、つまらないからと中退して、私がいた大学に入り直したんだそうだよ」
「へぇ~」
「つまらないからって入り直すなんて、何か次元が違うな」
「すごいな、よほど頭がいいんだな」
「そう、頭もいいし変わってるしで、やることが普通の人と違ったんだろうね。…変わり者と言われた私が言うセリフではないかもしれないが…」
「あはは」
「そういや、俺たちの大学にもいたよな、そんな先輩」
「そうだっけ?」
サクライに言われて、はて?とタカミザワが首を傾げた。
「タカミザワって、記憶力ないなぁ。一つ上の先輩でいたじゃん。二年の途中で”つまらないから他の大学に行く”って言って、パッと辞めちゃった人が」
「……ああ!いたいた!あの人も変わってる人だったよな」
「相当変わってたね」
「確か…そうそう!猫好きで!大学の敷地内にいた猫を可愛がってたっけ。…あの人、サカザキと意気投合してなかった?」
「猫好きなところはね。それ以外はチンプンカンプンな話ばっかりで、全然ついていけなかったよ」
「変わった人だったもんな。でも、結構美人だったよな」
サクライの言葉に、タカミザワが頷く。
「そうそう、美人だった!どうせサカザキは狙ってたんだろ?」
「……」
「やっぱり」
「何も言ってないけど」
「何も言えないイコール、狙ってたんだろ」
「……」
図星な父ちゃんは、何も言い返せないみたい。

「ははは、そうか。君たちの大学にもそういう人がいたんだね。どこの大学にも、変わった人はいるんだねぇ。私の教え子も、なかなかの美人だよ」
「そうなんですか!」
父ちゃんの顔がすごくうれしそう。
「歳も君たちとそう変わらないんじゃないかな。確か猫も好きだったはずだ。恋人がいるかどうかは知らないが、独身だよ」
「へぇ!」
「あ~あ、サカザキが興味持っちゃった」
「白い猫のことがなかったとしても、会いに行くな、これは」
タカミザワとサクライがうんうんと頷いた。
「何言ってんの、白い猫のことがなかったら行かないよ !」
「ムッシュー 、ちなみにその人はどこに住んでるんですか?」
「この街にいるよ」
「えっ!?」
「丘の上のチャペルの近くで、小さなアンティークショップをやっているよ」
「思った以上に近いな」
「しかも、サカザキと好みが一緒じゃあ、会いに行かないわけがないな」
うん、ボクもそう思う。
だって父ちゃんの顔を見れば分かる。
もう会う気満々な顔してるもん。

「私から彼女に連絡しておくよ。きっと彼女も今回の出来事には興味があるだろうから、断りはしないと思うし」
「助かります!」
わ!気になる!ボクも一緒に行きたい!!
「父ちゃん!ボクも行きたい!」
「えっ!アルも?」
「連れて行った方がいいんじゃないか?猫好きなら喜ぶだろ」
「あ、そっか」
「共通の話題があった方が話もしやすいだろ。ま、サカザキにそんな小細工は必要ないだろうけどな」
「もうっサクライってば、何言ってんの」
父ちゃんが、カウンター越しにサクライの腕をグーでパンチした。
「いって~」
「嘘ばっかり。力入れてないじゃん」
父ちゃんに言われて、サクライがペロッと舌を出す。

「彼女にも、私と同じようにアルの言葉が分からないのか確認するためにも、アルを連れて行った方がいいかもしれないね」
「なるほど、確かにアルの言葉が分かる人が他にいるのかどうかも、確かめた方がよさそうですね」
「いよいよサカザキに運命の人が現れたか?」
ニヤリとタカミザワが笑う。
「お気に入りを一人に絞る時がきたかもな」
サクライも妙に楽しそう。
「ねぇ、二人は何か誤解してない?僕は白い猫のことを聞きに行くんだよ?」
「ついでに仲良くなれたらいいなーと思ってんだろ?」
「……い、いや、そんなことは…」
「その迷いはなんだよ。そんな気がないなら即答できるだろ」
その言葉を聞いて、父ちゃんがムッとして頬を膨らませた。
「じゃあ聞くけど、趣味が一緒で歳が近くて美人が同じ街に住んでるって聞いても、二人は興味ないわけ?」
「……」
「……」
「興味あるんじゃん!」
「…興味ないわけがないだろ。なぁ、サクライ?」
「…まぁな」
「じゃあ、僕だけに突っ込まないでよ」
「サカザキの場合は、そういう風に興味をもつ相手が多すぎるんだよ。もう少し許容範囲を狭くしないと、いい仲になんてなれないぜ」
「そうそう。お気に入りを増やしたところで、意味ないじゃん。特定の恋人を作らなきゃ、恋愛なんてできないだろ」
「…そんなの二人に言われなくても分かってるよ。何だよ、二人だって恋人いないくせして、偉そうなことばっかり言わないでよ」
「俺は店のことで手一杯で、今は恋愛なんて興味ない」
「俺も今は興味ないな。駅前のジムで汗かいてる方がいい」
「…スイーツバカと筋肉バカ」
「一つのことに熱中してるのは良いことだろ。なぁ、サクライ?」
「サカザキは趣味も多すぎるんだよ。猫にカメラに爬虫類に…それに女好きときた。どれか一つに絞れないわけ?」
「サクライ、まだあるぞ。アンティークだろ?万年筆に、前は熱帯魚、それから…」
「…もう!二人ともうるさいよ!とにかく!!その人に会って、不思議な白い猫の話を聞いたことがないか、聞いてくるから!」
「ついでに連絡先も聞くな」
「次に会う約束もしてき…」
と、途中でタカミザワが言うのをやめた。

「ん?どうしたね?」
気づいていないじいちゃんが、不思議そうに首を傾げる。
「い、いえ、何でも。…じゃ、じゃあ俺は屋上の菜園で野菜の収穫でもしてくるかな」
「じゃ、じゃあ…俺はオープンまで部屋に戻ってるよ。また時間になったら降りてくるから」
二人はそう言うと、そそくさと店の奥へ行き、扉を開けて去っていった。

…うん、さすが二人はよく分かってる。
そろそろやめた方がいいっていう空気が漂ってるもんね。
ボクの背中に感じる冷たい空気は、きっと…ううん、99%間違いなく父ちゃんから出てくる空気だもん。
これ以上言うと、二人はあとで泣くことになっちゃうもんね。

実はボクも、本当は二人と同じ気持ちなんだけどね。
でも、怖いから言うのはやめておこうっと。

「まったく…」
と、父ちゃんがため息をついて呟く。
「二人はどうしたのかねぇ?途中で話をやめて行ってしまったが…」
「あ、ああ、ムッシューはお気になさらず。大した理由じゃないですから」
「そう…かい?」
「その…ムッシューの教え子さん、今日連絡ってとれますか?夕方には広場に行って白い猫に会ってこようと思うので、それまでに会えればと思っているんですが…」
「ああ、そうかい。じゃあ電話してみよう。自由気ままにアンティークショップをやっているような人だから、都合はいくらでもつくと思うよ」
「ありがとうございます。アルを連れて、少し話を聞いてこようと思います」
「うん、参考になる話があればいいのだがね」
そう言って、じいちゃんは胸のポケットからいつもの財布を取り出すと、小さな紙をいくつか出した。
「店の電話を借りてもいいかな。確か、以前名刺をもらったはずなんだ」
「あ、はい。どうぞ」
父ちゃんが店の電話の子機を取り、じいちゃんの前に置いた。

「ありがとう。ええと……あ、あったあった、これだ。今の時間なら店が開いているし、店の方にかけてみるかな。サカザキくんと意気投合するといいねぇ」
「ム、ムッシューまで、そんなこと言わないでくださいよっ!」
「ははは。同じ趣味なら、相性はいいかもしれないからねぇ。変わり者ではあるが、良い子であることは間違いないよ」
「いやいや、頭のいい女性は僕には…。頭の中の構造が違いますからね、話も合わないですよ。大学の先輩も、猫の話は盛り上がりましたけど、その他は全然話が合わなくて」
「ははは、そうかい。そんなにも話が合わなかったか」
「細胞の中の…なんとかって可愛いと思わない?とか…。ミステリー研究会を作りたいから入れってしつこく言ってくるし、夜中にどこどこの心霊スポットに行こうとか…もう無理無理 !って感じでしたよ」
「はっはっは。何だか私の教え子に似てるなぁ」
「そうなんですか?じゃあ、やっぱり無理ですよ」
「面白いねぇ。頭がいい人は変わってるのかねぇ」
「考え方が普通の人と違うんですよ、きっと。頭の中はどうなっているんでしょうね」
「ははは、複雑な構造で私でも理解するのは難しそうだ」
そう言って、じいちゃんは子機のボタンをいくつか押すと、耳に押し当てた。

プルルル…という音が電話の中から聞こえてくる。
今頃、電話の向こうにいる人は、びっくりしてるかな。
だって、電話って突然鳴るでしょ?
ボク、お店の電話が鳴るたびにびっくりするんだよね。
鳴るなら鳴るって先に言ってくれたらいいのにな。

しばらくすると、音がなくなって、”はい”と小さな声が聞こえてきた。
わ、何かドキドキする!

「……あ、もしもし?」

じいちゃんが話し始めると、父ちゃんはボクを椅子の上に残して、カウンターの中へ入っていった。
カウンターの中から空になったじいちゃんのカップを手に取って、ゴシゴシ洗う。

ふふ、気にしてないように見せかけてるけど、気になって仕方がないんだよね。
だって、耳はじいちゃんの方に向けてるもん。

「…うん、そうなんだ。それで、これから店の方に行ってもいいかな?…ああ、うん、…そうかい、そう言ってもらえると、うれしいよ。じゃあ、急で申し訳ないが、よろしく頼むよ。…うん?ああ、そうだね、また食事にでも行こう。面白い話を楽しみにしているよ。じゃあ」

どうやら、会えるみたいだ。
カウンターの中の父ちゃんを見やると、何だかうれしそうだった。
ふふ、父ちゃん可愛い。
父ちゃんと話が合うといいね。
ボクも楽しみだな。

「いつでも来てくれていいそうだよ」
「そうですか!じゃあ、早速行ってくるとします。結果は明日にでもご報告しますね」
「楽しみにしているよ。…ああ、この名刺を預けておくよ。地図も書いてあるから、使うといい」
「ありがとうございます。助かります」
差し出された紙を父ちゃんが受け取る。
「じゃあ、私は帰るとするよ。今日はすまなかったね。私のせいでお休みにさせてしまって…」
「いえ、お気になさらず!こちらも、昨日から頭が混乱していたので、いい具合に頭が冷やせました」
「そうかい。じゃあ、お互いにいい時間になったのかな」
「ええ」
「そうか、それはよかった。それじゃあ、また」
「はい、色々お話ありがとうございました」
店の扉を開けようと父ちゃんがカウンターから出ようとすると、
「ああ、いいよ。お気遣いありがとう」
と、じいちゃんが手で制して、自分で扉を開けた。

またね、じいちゃん!
ボクの鳴き声に振り返り、
「また来るよ、アル」
と、じいちゃんがボクに手を振ってくれた。
そして、その笑顔を父ちゃんに向ける。
「コーヒー、ごちそうさま。トモエくんによろしく」

ふ~ん、トモエさんって言うんだ。
どんな人かな。
楽しみだな。
ね、父ちゃん!

でも、振り返った先にいる父ちゃんは、思ってもみない顔になっていた。
さっきのうれしそうな顔じゃなくて、何かに驚き、固まっている。

え、なに?
どうしたの?

「父ちゃん、ど、どうしたの?」
ボクが声を掛けると、ハッとして、じいちゃんから貸してもらった名刺とかいう紙を見つめると、今度は目をまん丸くした。
「と、父ちゃん?」
「………」
「父ちゃん?」
「………」
「あの…」
「………」
「とう…ちゃん…?」

何度尋ねても、父ちゃんの答えは返ってこなかったけど、しばらくして、たった一つ返ってきたのは、紙を見つめたまま吐いた、大きくて長い、深いため息だった。


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