「Cafe I Love You」
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「それはそうと、一番重要なことを忘れてないか?」
サクライが思い出したように言う。
「…何が?」
ビールを飲み干した父ちゃんが、キョトンとして聞き返すと、タカミザワがそうだよ!と言って、立ち上がった。
「そもそも、アルが人の言葉を話せるようになった理由を聞いてないよ!」

ボクはハッとして顔を上げる。
そうだよ!それを言わなきゃいけないじゃないか!
「はほへ!ほへはへ!」
ああ、もう!
口の中のご飯のせいで、上手く話せないじゃないか!
ボクは一生懸命モグモグしたけど、いっぱい口に入れちゃったから、なかなかなくならない。
「…アル、ごめん。タイミングが悪かったな。まずはご飯食べな?」
タカミザワが申し訳なさそうな顔でボクを見る。
「いいよ、話は明日でも。いっぱい色んなことがあって疲れたでしょ?今日はゆっくり寝よう」
父ちゃんもそう言ってニッコリ笑う。
「へも…」
「今はご飯をいっぱい食べな?サクライのご飯、美味しい?」
ようやくご飯を飲み込んで、父ちゃんの言葉に大きく頷いた。
「うん!すっごく美味しいよ!」
「ほら!美味いって言ってるじゃん!」
勝ち誇ったようにタカミザワがサクライに言ったけど、
「…はいはい、そりゃどうも」
と、口先だけの心のこもっていない言葉が返ってきた。

…ちぇ。

エプロンを手早くはずし、
「明日早いから、先に行くわ。あと、よろしくな」
と父ちゃんたちに声を掛けて、サクライがカウンターから出て行く。

「ほーい。お疲れさん」
「お疲れ~」

奥の扉へと向かうサクライを目で追う。

”はいはい、そりゃどうも”だって。
美味しいって、褒めたのにさ。

ほんと、タカミザワが言う通りサクライは可愛くないよね。
少しは父ちゃんを見習って-
「……アル」

…え?

サクライが、振り返ってボクの名前を呼んだ。
ちゃんとボクのことを見てる。

「え、えっ…な、なにっ?」
慌てて返事をしたけど、サクライは何だか言いにくそうにしてる。
「…あ~……」
な、何?
褒めてくれてありがとうって言おうとしてる!?
「…その飯……」
「う、うんっ?」
「……本当に美味いのか?」
「へっ?」
ガクッと力が抜ける。
なに?そんなこと?
「すっごく美味しいって、さっきから言ってるじゃん!」
「……そうか」
「そうだよ!どんな猫が食べても、美味しいって言うよ!」
「………」
あれ、何にも反応が…ないよ?
「…?…サクラ―」
「……そうか」

またガクッとなる。
反応が遅いよ!
なんなの?
ボクの言うこと、疑ってるわけ?
そんなに信じられないの?

「サクライ、アルは嘘なんて言わないって。本当に美味しいんだよ」
そう父ちゃんが声を掛けると、
「…いや、こいつが嘘を言ってるとは思って…ないんだが…」
とボソボソ言って、頭をポリポリかいた。
「じゃあ、何が気になってんの?」
「…うん…まぁ、いいや。何でもない。大したことじゃないし」
「ふぅん?」
「じゃあ、お疲れ。アル、残さず食えよ」
突然話しかけられて、またドキッとする。
「の、残さないよ!美味しいんだもん!」
「はいはい、そりゃどうも」
手をひらひらさせて、サクライは店から出て行った。

も、もうっ!
なんだよぉ!
結局、褒めたお礼はそれだけ?
なんだ、期待して損した!

「何あれ?サクライ、変じゃなかった?」
「アルからご飯美味しいって言われて、新鮮だったんじゃない?ほら、はっきり言われないと信じないじゃん、サクライって。はっきり言われて、本当なんだなぁと思って照れくさかったんじゃない?」

そういえば、そんなことさっき言ってたっけ。
でもさ、他に言うことあるでしょ。
”ありがとう”とか、”また作ってやるよ”とかさ。

父ちゃんだったら、ギュッと抱きしめてくれるよ!

やっぱりサクライは―

可愛くない!




「アル、おいで~」
毛づくろいをしていると、父ちゃんがベッドの上から手招きをする。

お風呂上がり、お気に入りのパジャマを着て、乾かした髪をふわふわさせて、ちょこんと座ってる父ちゃんはやっぱり可愛い。
パジャマがちょっと大きいから、余計可愛く見えるのかも。

ベッドの上に飛び乗って父ちゃんを見上げると、小さな目がもっと小さく細くなって、とっても眠そう。
父ちゃん、夜は苦手だもんね。

そんな父ちゃんはボクの頭を撫でてから、鼻の上をくりくりする。
「ふぇ…っ」
「ふふっ アルはここが好きだよねぇ~」
さすが父ちゃん、分かってる!
そこをくりくりされると、メロメロになっちゃうんだよぉ!
気持ちよすぎて、顔ごと父ちゃんに向かって突き出しちゃう。
「今日は一緒に寝ようね」
「ふ…ふんっ」
気持ち良くて、ふにゃふにゃになりながらそう返事をしたけど、言われた言葉に、えっ!となった。
「い、いいの?だってボク…」

ボクはいつもボク専用の猫用ベッドで寝てて、父ちゃんとは別々なんだ。
寝相がね…すっごく悪いみたいで…。
父ちゃんの顔の上で寝たり、脚で蹴ったりするから、父ちゃんを引っかいちゃうんだって。
ボクが父ちゃんにそんなことするなんてって信じられないけど、起きたら父ちゃんの顔に引っかき傷があるんだもん…どう考えてもボクだよね…。

だから、父ちゃんと一緒に寝れるなんてうれしいけど、父ちゃんが心配…

「寝相のこと?」
「うん。だって、また父ちゃんのこと引っかいちゃうかもしれないよ?」
「平気平気!」
「でも…」
「だって、アルとお話ししながら寝たいもん」
そう言って布団を上げて、
「ほら、おいで?」
って笑顔で言われたら、ボクは断る理由なんてないよぉ!
「はーい!」
喜んで布団に入る。
「電気消すよ~」
「はーい」
部屋が暗くなり、父ちゃんが横になると、父ちゃんにぴったりくっついた。
ふふ、暖かい。

「わ~アル暖かいなぁ…」
「父ちゃんも暖かいよ」
「久しぶりだね、一緒に寝るの」
「うんっすっごくうれしい!」
「…アルは可愛いなぁ……」
「父ちゃんも可愛いよ。女の子だけじゃなくて、タカミザワとサクライも可愛いって言ってたね」
「そ、その話はもういいよっ」
困ったような笑顔で首をプルプル振る。
「どうして?」
「ど、どうして…って…。だって変でしょ、可愛いなんて」
「変じゃないよ?」
「変だよぉ…どうせなら格好いいって言われた方がうれしいよ。ほら、サクライとかタカミザワはお客さんに格好いいって言われてるでしょ?僕もそんな風に言われたいなぁ」
「でもサクライは格好いいかもしれないけど、可愛くないよ!」
「あ、ああ、さっきの?」
「うん。せっかくご飯褒めたのにさ。いくら格好いいってお客さんに言われてても、父ちゃんみたいに可愛さもないとダメだよ!」
「ははは、アルは厳しいなぁ」
「だって…!」
「サクライは自分の感情をあんまり表に出さないからね。あれでも、美味しいって言われて喜んでたと思うよ」
「あれで?」
「と思うよ」
「ふ~ん…」
「昔はもうちょっと素直で、面白おかしいやつだったんだけどね」
「昔?」
「うん。ここに店を出す、もっと前。まだ人の店で働いてた頃だね。人の店で働いている時と違って、自分の店となると、色々と考えなきゃいけなくなるからね。おちゃらけている場合じゃないって思ってるかもしれないな。結構…真面目なやつだから」
ふあぁぁ…と父ちゃんがあくびをする。

そうなんだ。
そっか、そうだよね。
サクライはお店のために毎日大変だもんね。
お客さんが来てくれないとダメだし、美味しいものを作らないといけないし。
色々考えていたら、猫になんて構っていられないよね。

…ボク、自分のことばっかり考えてたな。
ご飯作ってくれただけでも、喜ばなきゃいけないのにね。

う~ん…ちょっとワガママだったな…。
…反省。

「まぁ、それだけじゃないのかもしれないけどね」
「?」
「この街に来る前、久しぶりに会ったらあんまり笑わなくなってたんだ。前は別々の場所に住んでいたから、いつからって正確には分からないんだけど」
「そうなんだ。何かあったのかな…」
「パティシエとしてなのか、サクライ個人としてなのか…それは分からないけど、誰にだって色んなことが起きるものだからね。気持ちの変化が起きるような何かがあったんだろうね」
「そっか…」
「でも…その時に店を出すから手伝ってほしいって言われてね。何かがあったんだろうけど、店長として前向きに頑張ろうとしてるサクライのサポートをしようってタカミザワと話して、店を手伝うことにしたんだ」
「そうだったんだね」
「と言っても、できることって接客や洗い物ぐらいで…あんまりやれることが…ないんだけどさ。作るのは全部サクライだし…ね」
「でも、サクライが作ったものをみんなに食べてもらった方がいいと思うよ!だってみんな元気になるんだもん」
「…やっぱりアルもそう…思う?」
「うん。ボクもそうだったから」
「…アル…も?」
「父ちゃんがここに連れてきてくれた時、サクライがご飯を作ってくれたでしょ?ボク、とっても幸せな気持ちになったんだよ。あんなに美味しいご飯、初めて食べたもん」
「…そっかぁ…それは…よかった……」
「ここに来てね。ボク、すごく幸せなんだよ!」
「……本当?」
「うん!だってね!いつも大好きな父ちゃんといられるから!」
「……そう…うれしいな…ずっと……アルが…」
「うん?」
「アルが……どう…思ってるか……知りた…かった……から…」
「ボク、幸せだよ?」
「うん……あり…が……と……」
うれしそうな顔をした父ちゃんだったけど、もう目がなくなっちゃったよ。
ふふ、もう限界だね。
「おやすみ、父ちゃん」
「………お……す…み……アル…」

父ちゃんの寝息を聞きながら、ボクも眠りについた。
今夜は引っかかないように頑張るからね。


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