© 東洋経済オンライン レーシック手術は「近視が治せる夢のような方法」なのだろうか?…  

 目の角膜にレーザーを照射し、視力を矯正するレーシック手術。最近はずいぶんと一般的になり、中には安くレーシック手術をしてくれるところもあるようですが、どこで手術を受けても同じなのでしょうか?

 そんなことはありません。レーシック手術は、医師の技量や知識、そして手術に使用する機器によって、結果に大きな差がでます。

 しかし患者さんには、どこで手術を受けるべきかの判別がつきづらいものです。気をつけなくてはいけないのは、金儲けだけが目的のレーシッククリニックほど、派手なキャンペーンや甘い宣伝文句で患者さんを集めているということです。

 私が初めて書いた一般向けの著書『やってはいけない目の治療 スーパードクターが教える“ほんとうは怖い”目のはなし』の中で、日本のレーシック手術の現状を批判しました。営利第一で参入してきたクリニックが多すぎるのです。

 では、どういう施設で手術を受けるべきなのか、述べていきたいと思います。

美容外科がレーシックに進出し、手術の質が低下した

 あれは何年前だったでしょうか。銀座眼科という今は閉院した診療所で、レーシック近視矯正手術をした多くの方々が感染症にかかり、後遺症に苦しめられた事件がありました。破格の安値で施術し、その代償として衛生管理を粗末にしたことが原因でした。

 日本でレーシック手術に関する事故が多く起こるようになったのは、美容外科が進出するようになってからです。大きな収入になると見込んだ経営者が、大宣伝をして患者さんを集め、大量のレーシック手術を行った結果、逆に視力を失う患者さんが数多く生まれてしまったのです。

 宣伝といっても、派手なテレビCMなどは医療法違反になるのでできません。患者さんから聞いたのですが、あるレーシッククリニックでは、お友達を紹介して、その方が手術を受けると4万円もの成功報酬をキックバックするキャンペーンを行っているそうです。

 また、「診察は無料」との宣伝文句に惹かれ、クリニックに行く方がいます。ところがいったんその施設に入ると、手術を前提に検査が進みます。そして手術を予約するまで帰してくれないそうです。内部の人から聞いた本当の話です。

 この手法、どこかで聞いたことがあると思ったら、キャッチセールスの手法でしたね。これらも医療法では違反行為に当たります。しかし実際には捕まることはあまりありません。それを長年の経験で知っている美容外科の経営陣は、図々しくも違法キャンペーンを続けているのです。

 このため「近視が治せる夢のような方法」と最初はやし立てたテレビなどのメディアが、近年は手のひらを返したように、「レーシックは危険な手術」とレッテルを張っています。

 本当にそんなに危険な手術なのでしょうか?

 実は私は、このレーシック手術に開発段階から関わっていました。レーシックはエキシマレーザーと言う193ナノメーターの短い波長のレーザー波を使います。このレーザーはシリコンチップの加工用に開発されたのですが、0.25ミクロンというほんのわずかの深さを切ったり削ったりできるのです。これを人間の眼で応用できないかと始めたのがドイツのテオ・ザイラー医師です。彼の友人でもあった私は、アジア太平洋地域で初めてのレーシック手術の開発段階の参加者となったのです。

 新しい手術は基礎実験や臨床実験を経て、慎重に人間の眼で行います。1992年にザイラー医師が世界で最初にレーシックを施行した患者さんは、失明した方でした。十分な説明をし、医科学の発展のためのデータを集めるボランティアとして協力されました。

日本で初めてのレーシック手術を行った

 日本で初めてのレーシック手術は、1994年に私が横浜で開始しました。慎重に手術方法を開発し、患者さんにはよいことを説明する前に、まず可能性のある合併症の話など悪いことばかり話しました。患者さんにすれば驚いたことでしょう。しかし、何も隠すことなく正直に時間をかけて患者さんに説明したためか、とても信頼していただけて、私がレーシック手術をした患者さんは、すべての方が成功しました。

 最初に私がレーシック手術を施行した方々は、現在では手術から22年も経過して、今度は白内障手術を受ける世代となり再来院されています。思えば当時は、レーシックが限られた本当の眼科外科医によって手術された、幸せな時期だったのです。

 ところが、レーシックは近視が治せる夢のような方法だと話題になり、テレビや新聞の報道が続きました。私は夢のような方法などないと強調したのですが、人々の期待は加熱していきました。それでも眼科医だけが手術していた時代は問題がなかったのです。

 やがておカネの匂いをかぎつけた美容外科系の施設が、突然に豊富な資金で宣伝を始め、患者を誘導してレーシック手術を開始し、多くの問題が起き始めたのです。

 美容外科系の施設で手術を失敗し、網膜剥離などの合併症を引き起こされた患者さんが今でも助けを求めて私の施設に来ます。彼らは異口同音に言います。

 「手術を受けた美容外科系のクリニックではよいことばかり言われ、レーシックって簡単だと思っていました。先生から初めて詳しいことを教えてもらったのです。早くほんとの知識を知りたかった」

 白内障や網膜剥離や緑内障の合併症が起きていたとしても、もともとは美容外科医で、眼科医ではない彼らには目の病気を見つけることができません。ましてや治療はできないので、さらなる問題を起こしてしまうのです。

 レーシック手術は機械が手術のかなりの部分を行うので、通常の眼科外科医の技術がなくともある程度の結果は出せてしまう手術です。ある程度と言ったのは、現実には技術や知識の低い医師がレーシック手術をすると、経験の豊富な医師とは結果に格段の差が出るからです。

手術機器にも大きな差がある

 また、医師の知識や技量だけでなく、手術機器にも大きな差があります。現在の最新のエキシマレーザーは、フライングスポットという1ミリ弱の小さな点のレーザー照射をコンピュータ制御で高速で行います。このレーザーが角膜を削って望みの屈折を作ります。言わば、角膜にコンタクトのカーブを作るようなものです。このエキシマレーザーは非常に高価で7000万円ほどします。しかし、1回の照射エネルギーを抑えているのでほかの水晶体や網膜には障害を起こしません。

 一方で2000万円ほどの安いエキシマレーザーもあります。これは旧式のレーザータイプで、ブロードビームという大きなエネルギーを一気に角膜に照射します。強いエネルギーが一気にかかるので、網膜剥離や白内障を起こす可能性もあります。

 レーシック手術を受けるような強い近視の患者さんは、目が長くて網膜が伸ばされています。風船を膨らませた状態を考えてください。風船をどんどんと膨らませると風船の壁は薄くなっていきますよね。同じように強度近視で目が長くなると、内張りの網膜は伸びた風船のように薄くなってきます。

 つまり、ちょっとした衝撃でも網膜に穴が開くことがありえるのです。網膜に穴が開けば、そこから水が網膜の下に入り、網膜剥離になることがあります。レーシック後の網膜剥離は意外に多くあるのです。

 多くの網膜剥離手術の経験がある医師は、近視矯正手術を希望してきた患者さんでも網膜をくまなく検査します。網膜裂孔や網膜剥離があれば、まずはそれを治します。網膜の薄い患者ならレーザーのエネルギーをコントロールしてフライングスポットで網膜に障害が起きないようにします。まともな医師なら、安物のレーザーはちょっと怖くて使えないのです。

 ​目はたった2つしかない貴重な臓器です。替えはきかないのです。レーシック手術を希望する方は、病院選びを慎重に行ってください。派手なキャンペーンを行っているクリニック、手術代が安すぎるクリニックは要注意です。手術代をケチった結果、視力を失っては何の意味もありません。

 重視すべきは、医師の経験と施設の設備です。そしてもっとも重視すべきは、医師がレーシックのよい点ばかりでなく、危険な点も前もって正直に話してくれるかどうかです。信頼できない人物に、あなたの大切な目を委ねるべきではありません。