昔々、オズカント王国にルジェネルフィという魔導士がいました。
とても強い魔力を持っているルジェネルフィはある日、噂を耳にした王様にお城へ呼ばれました。
王様はルジェネルフィに宮廷魔導士する為の試験を受けさせようとしたのです。
ルジェネルフィは名誉あるその試験を受ける事にしました。
しかし試験の日、魔物の大群が王国を襲いました。
必死に戦う王国の騎士や魔導士でしたが次々と倒れていきました。
もう駄目だと誰もが思ったその時、ルジェネルフィが魔物達の前に立ち、強大な力でやっつけたのです。
大喜びした王様はさっそくルジェネルフィを宮廷魔導士にしました。
そして王女様と婚約をしたルジェネルフィはこの後も王国を護る偉大な大魔導士として活躍を していきました。

ところがある日、王様へ一番忠誠心のある騎士、ユリウスが異変に気が付きました。
お城にいる仲間の騎士や魔導士の様子がどこかおかしいのです。
ルジェネルフィに心酔して自我がないように見えました。
そこでユリウスは王様にこの事を告げたのですが、すでに王様にもその異変は見られたのです。
ユリウスの言葉に全く耳を貸さずルジェネルフィに言われるがままの王様にユリウスは地下深い 冷たい牢獄に入れられてしまったのです。
それでもユリウスは諦めませんでした。
時間は掛かりましたがどうにか地下牢から脱出したユリウスはアズブランカの森に住んでいると 言われている、前宮廷魔導士のウィコットを訪ねたのです。
話しを聞いたウィコットはユリウスと共にお城へ行きました。
博識であるウィコットはルジェネルフィを見て分かったのです。
ルジェネルフィに邪眼がある事を。
邪眼は人を惑わせ意のままに操る事が出来るのです。
ルジェネルフィは王様や騎士、魔導士達を操りこの国を襲った魔物達もその邪眼で操っていたのです。
ユリウスとウィコットは力を合わせルジェネルフィを追い詰めて行きました。
そしてマジュリスの塔でルジェネルフィを倒したのです。
するとお城にいた者達は正気に戻り、王様はユリウスとウィコットを称え英雄の称号を与えました。
その後、ユリウスは王女様と結婚してこの国を護り続けたのでした。


『英雄、ユリウスとウィコット』より抜粋。








第一章「建国祭」



建国1200年を迎えるオズカント王国は今、国中がお祭りムードで華やかな雰囲気の中、 国民が活気づいていた。
大小個々に店を構える者達にとってもその時は稼ぎ時で各々工夫を凝らし集客を一人でも 多く増やそうとしている。
レンガ造りの街中にある一軒のパン屋「ピコ」はいつも以上に来店するお客に慌ただしく 店員が対応をしていた。
店員と言っても「ピコ」はその名の通りピコ一家が代々営んで来たパン屋だ。
まだまだ働き盛りで貫録があるピコ一家の大黒柱、アーノルド・ピコが主人を務めている。
その昔、かわいい看板娘と評判だったアーノルドの妻であるカーラが接客を。
夫妻の長男のユアンと三男のフリッツがアーノルドの下で日々パンを焼き続けている。
次男のランディは王国騎士に憧れ、アーノルドと喧嘩別れをして一人「ピコ」を出て行った。
以上がピコ一家の面々なのだが最近この一家に寝食を共にしている少年がいる。
彫りが深く明るい色の髪と眼を持つオズカント王国の人種と大きく違い、少年の顔立ちは彫りは 浅く稀な黒髪黒眼だった。
しかし遠い異国から容貌や肌の色が異なる者がたびたび訪れるので特に好奇な目で見られる事は なかった。
その上、少年は明るく良く働いたので悪く言う者もいなかった。

「カーラさん! ただいまー!」

混み合う店内に少年の元気の良い声が響いた。
カーラは四人目の我が子を認めると接客しながらお帰りー!とふくよかな身体から大きな声を出す。
人を避けながらカーラの元へと少年は近付いた。

「今日も大盛況だね。はい、これ配達のお金」
「ナツ、御苦労さま。ユアンの所に行って昼ごはん食べて来な」

うんっと頷いた少年ナツは配達かごとお金をカーラに渡して店の奥の工房へと向かった。
一歩そこへ入ると一段と焼き上がったパンのいい匂いが漂い石窯の中で燃やされている薪が 工房の温度を上げていた。
パンの焼き具合をチェックしていたユアンがナツに気付いてニッコリと笑い手招きをする。
優しい顔立ちをしたユアンは今年30歳で店に訪れる女性客の目の保養になっていた。
ナツはユアンを本当の兄のように慕いユアンもナツを弟のように可愛がっている。

「祭り用のパンの試作品を焼き上げたところなんだ。ナツ、食べてみないか?」
「うん! 食べる!」

わくわくした顔で頷くナツはユアンから出来たてのパンを受け取った。
ほかほかと暖かい丸いパンを二つに割ると混ぜ込んである様々な木の実が顔を出した。
ナツは顔を近付け思いっきり匂いを吸いこむ。

「ん〜! すごくいい匂い! あ、チェルの実を入れたんだね」

いただきまーすと言ってからパクリと噛みつく。
するとチェルの実の甘さが口の中でほのかに感じた。
他の木の実の味の引き立て役にもなっていてとても良い感じだった。
それに。

「ユアン兄、生地に何か入れてる?」

パンの甘さはチェルの実だけではない。全体的な味を決めている甘さがあるのだ。
うーんと頭を捻っていると、ナツの頭の上に手が乗っかった。

「おしいな〜。それが分かったら100点だったのに」
「あ、フリッツ兄」

振り向くとユアンとほぼ同じくらいの身長でガッシリとした体格のフリッツがいた。
歳は19歳で笑うと八重歯が覗き、それが幼く見せて一部の女性から可愛いと評判だった。
下に兄弟が欲しいと思っていたフリッツからもナツは弟のように接されている。
フリッツがこそっとナツに耳打ちした。

「昼ごはん食べたら……」
「うん、分かっているよ」

ナツはフリッツの言う事がすでに分かっていたので快く頷いた。
今のようにパンの新作が出ると決まって工房を抜け出せない兄達の代わりにナツはある人物の 所まで届けているのだ。
カーラが用意した昼食を食べ終えたナツは小さめの配達かごに新作のパンを入れて裏口から 出ようとした時、薪を逞しい太い腕で担ぎ上げながらドアを開けて工房に入って来た、ユアンと フリッツの父親であるアーノルドと鉢合わせになった。
ナツは、咄嗟に配達かごを背後に回して隠した。
なぜなら届け先をアーノルドに知られるとまずいからだ。
しかし、アーノルドにしっかりと配達かごは見られてしまっていた。

「ん? これから配達なのか」
「あ、うん。そ、そうなんだ!」

アーノルドは四人目の息子にそうかと頷き、特に怪しむ事もなく気を付けてなと声を掛けて そのまま歩いて行った。
裏口から街の通りに出たナツは、は〜っと息を吐いて胸を撫で下ろす。

「良かった、バレなくて…」

バレたら絶対に兄達も自分も怒られてしまうだろう。
それだけアーノルドはこれから届けようとしている人物の事を許していないのだ。
王国騎士になると言って出て行った次男のランディを。
昔気質のアーノルドにとって代々続いている「ピコ」は家族全員で営む事が当たり前で 当然の事だと思っている。
だが、ユアンと一つしか違わないランディは他の兄弟と比べると実に自由奔放な性格をしていた。
女好きで酒も好きで王国騎士になりたいという理由もそのステータスでもてるため、パン屋を やっているよりも給料がいいからと悪びれもなくアーノルドの前で言ってのけた。
その時のアーノルドの怒り具合といったら凄まじかった。ユアンとフリッツ二人掛かりで アーノルドを止めなければ間違いなくランディは石窯の中へ放り込まれていただろうとナツは思う。
その日からランディは「ピコ」を飛び出て今は邪な目的の為に王国騎士になるべく城に隣接して いる騎士の養成学校で勉強中だ。

試作が出来るごとにユアンとフリッツがパンをナツに託してなぜそんなランディに食べて もらうのかというと理由があった。
兄弟の中でも一番パンに関して才能があるのはランディだからだ。
うまいか、まずいかの評価はもちろん、もっとおいしくするには何が足りないかなどアドバイスを もらうためナツはこうしてアーノルドに内緒で騎士の養成学校にこっそり届けている。
ランディも兄弟達が作るパンを無下にしたりはしない。
通いなれた石畳の道を進んで行くと道の両脇にたくさんの移動式ワゴンの店が構えていた。
色とりどりの野菜、魚類、肉類などもある。
庶民の台所といった感じだ。
にぎやかなその場を通っているとお菓子が売っているワゴンの前で小さい子供が母親にごねていた。

「あれ、買って、買って〜!」
「何言ってんの! さっきのお店でお菓子買ったでしょ!」
「あれも欲しいの〜!」
「いい加減にしなさい!」

泣き喚き言う事を聞かない子供に母親は最終手段を使う。

「言う事を聞かない子はマジュリスの塔に連れて行かれるわよ」

すると子供はハッとして泣きやみ、おそるおそる母親の顔を見ると口をギュッと閉じた。
母親はしてやったりという顔をして子供の手を引き、その場を立ち去った。
それを見ていたナツはクスッと笑う。

「マジュリスの塔か」

国の中心で壮大に建っている城にはマジュリスの塔があると言われている。
泣き喚く子供を黙らせる事が出来るマジュリスの塔にはそれは恐ろしい大魔導士……その昔、 このオズカント王国を強大な魔力を持って乗っ取ろうとしたルジェネルフィがいるという 言い伝えがあるのだ。
もちろん大人は数百年前の出来事なのでルジェネルフィがいないと言う事は分かっているが、 いると信じている幼い子供にとってはとても恐ろしい事でしかない。
今の平和な王国があるのは王様の祖先にあたる王国騎士ユリウスと宮廷魔導士だったウィコットの おかげだったらしい。
国中に二人の銅像が建ち、建国1000年の時は立派な記念館まで建てられた。
今も、騎士や魔導士を目指す少年少女の憧れの人物の上位にその名は君臨する。

「ランディ兄の憧れの人物にユリウスは出てこないだろうな」

騎士になろうとする動機が不純だしなと思いながらナツは騎士の養成学校までの道のりを進んだ。
しばらく歩くと白い塀に囲まれた青い建物が見えてきた。
大きな正面の門まで行き呼び鈴を鳴らす。
すると警備員が近づいて来てナツを見た途端、手を上げた。

「やあ、ナツ。ランディに用かい?」
「サイモンさん、こんにちは!」

何回も騎士養成学校に訪れているナツは「ピコ」のパンの常連である壮年のサイモンと顔見知りだった。
快くサイモンは校内にいるランディを呼びに行ってくれた。
その間、ナツは門近くの警備小屋で待たせてもらう。
配達かごをテーブルの上に置いて簡易イスに座った。鼻をかごに近づけパンのいい匂いを吸いこむ。
目を閉じそれを堪能しているとドアが開く音がして振り返る。




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