「よぉ、ナツ」
「ランディ兄!」

警備小屋に見習い騎士の格好をしたランディが現れた。養成学校の建物と同じ色の青で王国騎士の 服と比べると飾り気が少なくシンプルだ。
まだ見習いという雰囲気を出している。
それでもナツは同じ男としてすごいなという目でランディを見つめた。

「そんな熱い目でみつめちゃって、俺の魅力に惚れ惚れしちゃってんのか?」
「違うよ、動機はどうであれ騎士を目指すってかっこいいなと思っただけ」

その言葉にランディの後ろにいたサイモンが声を殺して笑う。
ナツはパンの入っているかごをランディに、はいっと手渡した。

「また試作か。わざわざ俺に持って来なくてもなぁ」
「ランディ兄は舌だけはいいからね」
「言うようになったな、お前」

ランディの腕がナツの首に絡んできて軽く締め上げられた。
騎士として訓練をしているランディの腕は鍛え上げられていて力強く必死に抵抗しても外れなかった。

「わーっ! ギブギブ!」
「まいったか?」
「まいりました〜!」
「ごめんなさいは?」
「ごめんなさい〜!」
「ランディお兄様、オズカント王国一ステキ! と言え」

えー、それは……とナツが正直に渋っていると助け船が出された。
ポカッとサイモンがランディの頭を叩いたのだ。

「それくらいにしろ」
「いってーなぁ!」

首から腕が外れてナツは慌てて距離を取った。そして早く食べるように言う。

「あ、サイモンさんもどうぞ食べて下さい」
「お、いいのか」

嬉しそうにサイモンが破顔するとランディはケッと嫌そうな顔をした。
ナツはパンをサイモンにも渡すようにランディに注意する。
どっちが兄だか分からんなと無理矢理パンをランディから奪ったサイモンは呟いた。

「どう? おいしいでしょ?」

もぐもぐと咀嚼しているランディをナツは見守る。
ペロっと口を舐め、いいんじゃねえの? と頷いた。
ナツは顔を輝かせヤッタ! と拳を上げた。
サイモンもうまいうまいと絶賛している。

「兄貴とフリッツ、考えたな。チェルの実にラッテか」

その言葉にナツは生地に入れているものがようやく分かった。
ラッテは果物なのだがそのまま食べてもおいしくない。
ゆでるととても甘くなる不思議な果物だった。
そのラッテの果汁を練り込んでいるのだ。
ランディに良いと言ってもらえたパンは絶対に売れるので早く二人の兄達に報告をしたい気持ちで 一杯になる。

「それね、建国祭の為の新作なんだよ!」

するといきなりランディは溜息を吐き、暗い顔になった。
突然の事にナツは心配になって、どうしたの? と聞いてみると……。

「せっかくのお祭りだぞ。出会いのチャンスでもあるんだぞ。それなのに、俺達騎士見習いも 祭りの警備に駆り出されるんだ! やってられっか!」

わーっと喚くランディにナツはさっき母親に駄々をこねていた子供が重なって見えた。
ナツとサイモンはやれやれと首を振る。

「ランディ兄、そんな事を言っているとマジュリスの塔に連れて行くよ」

喚いていたランディはマジュリスの塔……? と聞き返しナツは真面目にうんと頷いた。
これにサイモンは、こりゃぁ、良い! と大笑いをする。
しかめっ面になったランディにナツは思い出したように質問をした。

「ねえ、ランディ兄の憧れの人って誰?」
「なんだよ。いきなり……」

ふと、ランディはニヤッと笑って『ルジェネルフィ』と答えた。
思ってもみなかった返答にキョトンっとするが話しの流れ上、冗談だと思い今度はナツが しかめっ面になった。

「そんな顔すんなよ。結構、本当だぞ」
「ルジェネルフィって王国を乗っ取ろうとした大魔導士でしょ。騎士の大敵じゃないか」
「騎士としてはな。個人的な憧れって事だよ」

知ってるか? と言ってランディはルジェネルフィの事を話し始めた。
ルジェネルフィは目もくらむような魅力のある男で、一国の王女様が一目見て恋に落ちるくらいだった。

「話しでは邪眼を使って惑わせた説もあるけどな」

ナツはもしかして…と思った。

「ルジェネルフィに憧れる理由ってソコ?」
「俺にも王女様イチコロな美貌があればなぁ。後、邪眼な!」

しみじみと本気で言っている次兄にナツは呆れて深い深い溜息を零した。

「それだけじゃないぜ。魔物をおっぱらったっていうくらいものすごい魔力を持っていて、 その力は時空を操れたと言われているんだ」
「時空……?」

ナツはポツリと聞き返す。

「そ、魔物を時空の彼方に吹き飛ばしたっていう説もある」
「時空って別の世界って事だよね?」
「まあな。そうなるだろ」

真剣な顔で聞いて来るナツにランディは若干、戸惑いを見せたが自分が持っているネタをさらに 披露した。

「今もマジュリスの塔にはルジェネルフィがいるって噂だぜ」
「え……?」

だって数百年前の話しなのに……? と驚いていると、学校の鐘の音が鳴り響く。

「もう昼休み終わりかよ」

舌打ちをしたランディはナツにまたなと声を掛けて警備小屋を出て行こうとする。
ナツは慌ててランディの服を掴んで止めた。

「待って、その話しは本当なの?」
「噂だよ。どうした? やけに食い付くな」

グリグリ頭を撫でられ、ナツはそっと掴んでいた服を離した。
ふるふると頭を振り、勉強がんばってねと笑う。
少し様子がおかしいナツにランディは何かあったらいつでも来いよ、と笑い返し学校へと 戻って行った。


ナツは新作のパンを絶賛していたサイモンとの挨拶もそこそこにとぼとぼと道を歩いていた。
今、ナツの頭の中はマジュリスの塔にいるかもしれないルジェネルフィで一杯だった。

「もしもルジェネルフィがいて、時空を操れたら。そうしたら僕は……」

生まれ育った自分の世界を思い出し胸が苦しい程に痛くなる。
涙が出て来ないようにギュッと目を閉じた。
そして再び目を開けて振り返り遠く離れている城を見つめた。
そこに手掛かりがあるのなら、何もしないでいるよりはその可能性に賭けてみたい。
ナツは空になった配達かごの持ち手を強く握る。
一旦、「ピコ」に戻って計画を練る事にした。


出て行った時と同じように裏口から中へ入る。
するとパンの生地をこねているフリッツと目が合い、ナツはグッと親指を立てた。
フリッツは良しっと拳を上げ、ナツが帰って来た事に気付いたユアンも二人の様子を見て頷いた。
これで建国祭のための新作は決まった。
他にもアーノルドが考えたパンや各々ユアンとフリッツが考えたパンも出されるのでいつもより 種類が多くなるだろう。
楽しみだなと思う一方、ナツの頭の大半は城の中に入る方法の事で占められていた。
お城は一般庶民など入る事なんて出来ない。忍び込むのは優秀な王国騎士や警備兵がいるので どう考えても難しい。
それにマジュリスの塔が城のどこにあるのかが分からなかった。
溜息を吐き困り果てていると……。

「そうだ、建国祭の時、城に行って来いよ」
「え!?」

フリッツがナツに何気なく言った言葉に目を丸くして驚いた。
クスクス笑うユアンにそうだな、年に一度城の中に入れるチャンスだからな、と言われてますます 驚き、お城に入れるの!? と聞き返した。
興奮する弟に二人の兄達は肯定する。

「こういう大きな祭りがある時に一般公開されるんだ。公開されている場所は限られているけど、 普段俺達が入れない所に行ってみるのもいいんじゃないか? 結構驚くぞ。な、兄貴?」
「ああ、今回、公開される場所が少し増やされるみたいだな。謁見の部屋なんてすごく立派で ビックリするぞ」

すでに城へと行った事のあるユアンとフリッツはその時の事を思い出しながら盛り上がっている。
ドキドキと高鳴る胸を抑えながらナツは高揚していた。
行ける…! 城へ入れる!
後は建国祭の前までにマジュリスの塔がどこにあるのか調べなくては、と新たな課題に気合いが入った。
ダメ元で兄達に聞いてみた結果、予想通りの返答をされた。

「マジュリスの塔? ……って、あの話しに出てくるやつだろ?」
「うん。お城に行った時にどの辺にあったか知っている?」

フリッツは首を傾げユアンに視線を移す。
視線を受けとったユアンは期待を込めて見てくるナツに少し困った顔をして分からないと首を振った。
そっか、やっぱりな、とがっくり肩を落とすナツにフリッツがアドバイスをする。

「ランディの兄貴なら仮にも見習い騎士なんだからもしかしたら城に行った事があるんじゃないか?」
「ああ、そうだな。あいつは仮にも見習い騎士だしな。その可能性はあるな」

ナツはそっかー仮にも見習い騎士だもんね! と目を輝かせた。
三人の兄弟に仮りを付けられ話しに出されたランディが盛大にくしゃみを教官の目の前で連発し、 睨まれた事はまた別の話しである。





offline