No119

涸沢トレッキング奇行

2001.10.21掲載

またまたオットが山行きを勝手に決めた。
今度は会社の先輩(♂)も誘ったと言う。小屋も予約したと言う。
この秋の紅葉のシーズンはいっぱいだから予約した方がいいって
本に書いてあったらしい。

ちょっと待って・・・ワタシ、今短期のバイトでその頃も忙しいし、何よ
り金曜日の朝、朝?3時半に家を出るその行程が気に入らない。た
だでさえ、体力がないところに持ってきて、ウィークデーの疲れを背
負ったまま、睡眠時間も少ないまま出かけるなんて・・・。

それに、今度のその”涸沢”とやらは7時間も歩くって言うではない
か・・・。な、な、なな時間〜?ほとんどなだらかな初心者向きの道
らしいよ〜って呑気に言うけど、ワタシは平地でも7時間歩いたこと
ないんですけど。

でも、ワタシが何を言ってもオットの耳には念仏だった。
紅葉のシーズンは今しかなく、混雑する土日を避けるとその日しか
ないという。まぁ、そう言われるとそうだけど。。。

んで、ひとりで山と渓谷から出ている秋号の『涸沢が燃えている』を
読んで「アンタも本でも読んで、もっとわくわくしられよ〜」って言うけ
れど、ワタシはこの1週間、新聞だって読んでないのだ(ーー;)
それに、この1週間ずっと気にして見てきた週間天気予報は、金曜
日の雨だけどうしてもとれてくれなかった。雨の中のトレッキングな
んて、そんな修行僧みたいな登山はいやなのだ。ほんとに行くの
だろうか。。。

そうして、ともかく10月4日の木曜の夜は9時半には眠りに就いた。
その週はバイトで短時間とはいえ毎日往復1時間かかって出かけ、
木曜日に至ってはお茶の稽古で居眠りするほど疲れ果てていた。

目覚まし時計は3個、3時に設定していたけど、珍しく3時前に目
が開いたので、そのまま起きた。目覚めの気分はまずまず。
だけど、カーテンを開けると、道路は濡れていた。何時であろうと
起きるとすぐにお腹が減るオットの為に用意してたバナナを食べて
暖かいカフェオレを飲んで、お腹を落ち着かせてとりあえず出発。

先輩と合流して国道41号線を走り平湯へ。
まだまだ明るくならない。反対車線をトラックがびゅんびゅん走って
行く。後ろの座席で、うつむいて荷物の整理をしていたら、気持ち
悪くなって、朝ごはんに食べようと思って握ってきた昨日の栗ご飯
が食べられなかった。道もかなりくねくねしてきた。

平湯で車を置いて、上高地行きのバスに乗った。
上高地から、行程の半分はラクな道だと聴いていたけど、ワタシの
人生で初めて歩く7時間。一体どうなることやら。。。

初めは1時間歩くごとにきれいな休憩所があってびっくりだった。
トイレもきれいだし、何より”紙”がたくさんあるところがうれしい。最
初の休憩所で、車の中で食べ損ねたおにぎりを立ったまま頬ばっ
た。ほんのり塩味のきいた栗ご飯にぎりは美味しかった〜。

ほんとに往きはラクな道だった。いよいよこれから、まともな(?)休
憩場所がなくなるっていう最後の休憩場所で大休憩をとって、お湯
を沸かしてカップラーメンを食べ、おにぎりも食べ、コーヒーを飲んだ。
歩いている間はTシャツの上にネルのシャツでちょうどよかったけど、
休むとすぐに汗が冷えて寒くなるので、ワタシは帽子をフリース素
材のモノに替えて、持ってきた服を全て(カッパも)ごろごろに着込ま
なければならなかった。

さてさて、いよいよこれから登山道かぁ〜!って思ってたけど、まだ
そうでもなかった。雨はときどきポツポツと落ちては来たけど、カッパ
を着るほどでもなく、とりあえずやっぱりぱきらは晴れ男だった。先輩
が雨男らしいので、ぱきらが勝ったってことだ。

一向に登山道らしくならないのでって言っても、今回は頂上に行くん
じゃなかった。終点が近いのかどうか分からなかったけど、だんだん
真っ赤に色づいたナナカマドが見られるようなった。オットはぜんぜん
ワタシを待ってはいないで、どんどん歩いていくタイプ。んで、たま〜
〜に振り向いて、腰に手なんかあてたりしてワタシを待ってみる。だ
けど、ワタシが必死に追い付くか追い付かないかっていう微妙な距
離になると、またさっさと歩き出すっていうちょっとやなヤツだ。前を歩
いていくカップルは、ちゃんと男の人が女の人の後ろからゆっくりゆっ
くり歩いていく・・・ちぇっ!

そんなこんなで無事小屋に着いた。実は、見えている小屋にたどり
着くまでの登りが結構キツかった。急激な登りで、暴れたくなった。
大休憩(約1時間)も入れて7時間。よく歩いたな〜。今回は数ペー
ジだけど読むことができた『山でバテない本』の通り、大股でバネを
使っては歩かなかったからか、前回ほど疲労困憊してはいなかった。
大股で歩いたりするとエネルギーを3倍も使ってしまうらしい。それよ
り、ワタシにバネなんてものがあるのかな。

小屋の中に入るときれいで新しくって民宿?みたいなカンジで、こな
いだの唐松岳山荘とは全然違ってた。あんまり山小屋らしくない。
ちょっと拍子抜け。

指定された部屋は階段を昇りきったすぐの部屋だった。ワタシ達3人
がおずおずと入っていくと、一瞬話が止んだ。たぶん、3人分のスペ
ースを探してくれたのだろう。少しして「そこそこ、そこだ。」って教え
られたスペースは入り口近くの壁際で、どう見ても、普通だったらひ
とり分のスペースだった。え・・・?ワタシ達も黙り込んでしまった。

今夜は8畳部屋に20人らしく・・・つまりは分数的に要約すると、畳
4枚に10人。もっと要約すると、畳1枚に2人と半身。『隣同士は足
と頭を交互にせよ』みたいな張り紙もあった。確かに。確かに交互に
すると収容するのにはいいだろう。だけど、顔の両側に足があるなん
てなんかやだなぁ。それに、頭が壁際になる人はいいとしても、頭が
通路(実際には通路のスペースはないけど)側あたる人は、消灯後
トイレに起きたりする人に頭を蹴られたり踏まれたりしないのだろうか
・・・。ワタシはすごく心配になった。だって、ワタシ通路側なんだもん。

そんな心配をよそに、すでにぐーすかぐーすか寝てる人もいた。こん
なにがやがやしてる部屋で。そう、ワタシ達の部屋にはすごくおし
ゃべり好きそうな東京の人と思われるオジサンがいた。ひとりでずっ
としゃべっていた。

ワタシはだけど途方に暮れていた。はて、どうやって着替えよう。女
性陣はみんなどうやって着替えたんだろう。汗が冷えないウチに着
替えたい。オジサンはしゃべり続けている。困ったな〜って思ってた
ら、先輩が布団でも被って着替えたらどうって言ってくれた。おぉ〜♪
乙女ゴコロを察して下さってありがとう。オットも気付けよ(ーー;)

なんかヘンだけどそうするより他なさそうだし、しゃべっているオジサン
に背を向けて、布団を被ってTシャツを着替えた。下着さえ着替えたら
こっちのもんだ。あぁぁぁ、あったかい〜。いつのまにかオジサンも、話
を聞いてくれる人に寝られてしまったりして、うとうと寝ていた。もしかし
たら、寝たフリをしてくれてたのかもしれないけど。

ほっこりしたので、外のテラスでコーヒーを沸かそうってことになった。
だって、あの部屋じゃ外に行くより他にないもの。まだ、時計はまだ3
時にもなってなかった。

お湯はなかなか沸いてくれなかった。外は風が吹いていてとてもとて
も寒かった。ワタシは何度も小屋に戻って、その度にごろごろになっ
て来た。

ワタシ達が凍えながら座ってるベンチは喫茶部の窓のすぐそばだった。
中はなんてあったかそうなんだろ〜。窓ガラスなんて曇っちゃっている
ではないか。なのに、なんでワタシ達はこんな寒いところで震えなが
らコーヒーを飲もうとしてるんだろう。先輩が重い思いをしてたくさん持っ
てきたみかんをすすめて下さるけど、とても手が出なかった。みかんは
ほんとは必需品なんだけど、今日はひとつも手が出なかった。

だけど、外でソフトクリームを食べてる人もいた。クリーム部分が白色
じゃなくて、薄いベージュ色したいかにも濃厚そうなミルク味を想像さ
せてくれたけど、思わず目を逸らしてしまった。あんな寒いもんを見て
はいけない。。。

やっとこさ沸いたお湯でいれてもらったコーヒーはおいしかったけど、
ワタシはすぐに部屋に戻った。

部屋ではやっぱりオジサンの声が途切れることはなかった。寝ている
人だっているのに、うるさいな〜ちょっとは黙っててよって思ってる人
もいるだろうに、不思議なことにオジサンの話の相手をする人も、代
わる代わる、まるで順番が決められてるみたいに、上手い具合に途
切れることはなかった。

オジサンの話は当たり前だけど山の話だった。相変わらず、じっとし
ていられないタチのオットは、先輩とともにまだ戻ってこなかった。ワ
タシは、約束通り通路側を頭にして、なんかしっくり来ないけど横に
なって、オジサンの話を聞くとはなしに聴いていたが、時々ふっと笑
いを誘われて話に参加したりしてた。

そのうち、オジサンが交互に寝るのはどうしたものかと言い出した。
やっぱり通路側の人がかわいそうだと言ってくれた。いっそのこと、
みんなで仲良く壁際を頭にして寝ようではないか。そんな提案をして
「じゃあ、ここにいる人達で寝れるかどうかやってみましょう。」と。

ワタシ達はとにかく、同じ列で10人並んで横になってみた。やや、
身体は斜め気味で寝返りを打てるかどうかが問題だけど「まぁ、な
んとかなるでしょう。これで行きましょう。」それで決定した。もっと混
んでる時は、横にさえなれないらしい。ワタシの心配事はひとつ減っ
た。これで、頭を蹴られる事はないだろう。

おかげで、今度は横になってても落ち着いていられる。オット達はま
だ帰って来ない。オジサン以外の人が入れ替わり立ち替わりするう
ち、ワタシの列の女性陣が勢揃いしたみたいだった。みんなで横に
なって話をしたりして、知らない者同士だけど、ちょっとなつかしい気
分。

誰かが、こうすると足の疲れがとれるのよって、寝たまま、足を上に
挙げてぶらぶらぶら〜ってやった。そうそう、そうなんですよねって
ワタシもやった。結局、女性陣が4人並んで、一斉に足をぶらぶらぶ
ら〜ってやった。なんなんだこの部屋は。やっぱりオジサンはしゃべ
り続けていた。ワタシ達が到着したとき既に眠っていた人もいつのま
にかむっくり起きあがって、オジサンと山談義に花を咲かせていた。
みんな、あの山渓の『涸沢が燃えている』を見て、ここに来たらしかっ
た。

無事、ばんごはんにもありついて、部屋に戻ってもまだ6時半だった。
消灯までまだ3時間もある。やっぱりワタシ達の部屋は賑やかだった。
隣の部屋を覗いてみたら、もう暗くして眠っていてびっくりだった。

消灯になると、とりあえずみんな暗くして横になった。さすがのオジサ
ンも黙った。でも、そんなにすぐに寝付けるものではない。昼間にシュ
ミレーションをしてみたとはいえ、やっぱり20人揃うと窮屈だった。そ
れに暑い。こんな山の中で窓は開けっ放しだった。

誰かが、星が見えてきたって言った。その人の寝床からは、なんと寝
たまま星が見えるのだ。ずる〜い!そんなこと言われたら起きあがっ
て見るしかない。窓辺まで行って外を見た。ずっとあった雲がようやく
晴れてきたみたいだ。明日は青空だといいな〜。

ワタシは、前の唐松岳の時もそうだったんだけど、なぜかしら夜にな
ると鼻が詰まって、鼻水がじゅるじゅるだったけど寒くはなかった。
幸いイビキのうるさい人はいないみたいだったけど、耳栓をしたら周
りのざわめきが気にならなくなって、時々だけど眠ることが出来た。
唐松の時より全然眠れた。耳栓さまさま。

掛け布団も1枚で2人半。心配してたけど、人の熱って熱いもんなん
だな〜。熱くて、布団も要らないくらい。あんなに拒んでたみかんを
食べてる夢まで見た。

朝はやっぱり5時に起きて、まだ暗いうちから日の出ってゆうか、モ
ルゲンロートを見に行った。外はまだ青かった。月の光ってほんとに
青いんだな〜。ワタシは、朝日に照らされた赤い景色より、この青い
光に照らされた山の方が好きだな。月も新月(?)で見えない時もあ
るだろうに、ワタシってラッキー♪

オットも先輩も存分に写真を撮って部屋に戻ると、もうオジサンの姿
はなかった。今日はまた別の上の山を目指すって言ってたっけ。

さぁて、いよいよ膝がくがくの下り坂。昨日来たルートとは違うけど、
帰りは写真でも撮りながらゆっくり楽しもうって聴いていたから呑気
にしてた。

だけど、歩き始めて20分もしないうちにワタシは不穏な気持ちにな
った。ーこの先道悪し。初心者通行不可ーっていう立て看板を通過。
「ね〜、ちょっとちょっと〜」先を行くオットに声をかけても、やっぱり
馬の耳に念仏だった。聞こえてないの?聞こえてないフリしてるの?
どっちなんだ!

しばらくすると渋滞している・・・なんでだ?
先を見ると、岩壁を掴んで横歩きしているではないか。足元も平たく
ない。おまけにに狭い。おいおいおい、いきなりロープなしかい。な
んか手に汗かいてきた。ワタシ達の後ろにもご一行様が。こちらは
ベテランらしく、手袋なんかしてちゃダメだよ〜って言ってる。滑るか
ら。ワタシもすぐに手袋を外した。

明日の新聞に『滑落』『死亡』なんて載るのはいやだ。
上空を、荷物を運ぶヘリが何度も往復している。今日はもっとたくさ
んの人が泊まるんだろうな・・・。オットの次で、ワタシの前にいた2
番手の先輩がワタシの後ろにまわって、心配顔のワタシを真ん中に
入れてくれた。そーだ、そーだ、そうしてくれたらワタシもちょっとは
安心だ。

いよいよ順番がまわってきた。先のオットはするりと通過。渋滞させ
ていたのは50代のお母さんだった。思ったよりだいじょぶなのかも
しれない。とはいうものの、慎重に足を運んだ。乗せた足がずりずり
と滑らないか確認しながら。ロープはあるにはあるのだけど、たわん
でいてとても命とこの体重を預ける気にはなれなかった。ただひとつ
救いだったのは、崖下に木が茂っていたから、恐怖感は和らいだ。

行けた!何とか通過できた。と思ってホッとしてたら、今度は垂直っ
て言ってもいいくらいの登りが待っていた。木の根っこに手をかけて
よっこらしょと登る。汗が吹き出る。こんなことが何度も繰り返された。

なんだよ〜。下りばっかりじゃないばかりか、コワイ道あり、急な登
りありで、しかもそれがリピートリピート・・・めちゃくちゃハードじゃん。
ワタシは騙された気分でぶーたれていた。一体どこを目差している
んだ。なんで帰り道なのに登りがこんなに多いんだ。おかしい。

行き先を聴いてのけぞった。屏風に寄るという・・・どうりで登りが多
いワケだ。「あそこ、あそこ。ほら見えてきた。」ってうれしそうに言わ
れたけど、ワタシはそれを見てよけい意気消沈した。うっそやろ〜。

”あそこ”と言われた目標物はまだまだ離れたところで、それに高く
で〜んとそびえ立っていた。今、自分が立っている足元から、どこを
どう辿っていけば着けるのか視線を這わせてみた。やっぱ遠い。
ねぇ、うそだよねぇ・・・。どっと疲れが出た。

それからのワタシはもう文句たらたらだった。一体全体、なんでこん
なことしなきゃいけないんだ・・・ブツブツブツブツ。。。もちろん、オッ
トの耳には届くわけもない。もし、これが、初めから予想されてた事
だったら、こんなにもふてくされなかったとは思うけど。

そのうち、きれいな緑色のハイマツが見られるようになった。あぁ、
せめてここで雷鳥にでも会えたら、ワタシの機嫌は直るんだけどな
ぁ。こんなところにいるのかいないのか知らないけど、とにかく立山
登山で一度雷鳥の親子に出くわしているワタシには、ハイマツを見
ると雷鳥もセットになって思い出すのだった。

ハイマツのしっとりしたグリーンは安らぎを与えてくれる。見た目は
ちくちくしてて痛そうだけど、さわってみるとそのやわらかさに驚く。
ふわふわしてて、ハイマツのアタマから何度も手のひらの感触を
楽しんだ。

高度がぐんぐん高くなってきて、見える景色も変わってきた。赤く色
づいたナナカマドと黄色いダケカンバの葉っぱ。白くごてごてしたダ
ケカンバの幹の間だから、向こうに山が見える。ほ〜なかなか。

足元には大きい石がごろごろと積み上げてあった。これって誰か積
んだのだろうか。それとも自然の技なのか。ワタシはぜーはーぜー
はーと口数少なく登りながら、ここを下るときの心配も怠らなかった。

ようやく、目的の屏風の耳に着くと、すごい景色が待っていた。そう
いえば、ここ”パノラマコース”とかって書いてあったっけ。何回聴い
ても山の名前と顔が一致しないので、何が見えるのか書けないの
が残念だけど。文句をたれながらでも来た甲斐があったというわけだ。

お尻がむずむずするので、あまり”縁”には行かないで、どてっと腰
を下ろしたら根っこが生えてしまった。オットも先輩も、まるでサルの
ようにここからさらに一度下って登る頭(かしら)に行って写真を撮っ
たりしていたが、ワタシは根っこを伸ばし続けた。

また、コーヒーを沸かし、クッキーをつまみ、みかんを食べた。今日
のみかんはおいしかった。風もないし、最高のお天気だった。

ゆっくり、青空と景色とおやつを楽しんでから、今度こそほんとうに
下る一方のはずだ。さてさて、今日はどれくらい足ががくがくになる
だろう。登って来る人とすれ違うと、ついさっきのワタシの姿と重なっ
た。「もう少しですよ。」

下り始めると、すぐにもうつま先が痛くなってきた。高度が下がると
あっと言う間に周りにあるはずの高い山が見えなくなって、景色も
全然つまらないし、なんの楽しみもなく、ただ黙々と下るだけだった。

この下りがまたしんどかった。かなり急なのではないのかな。登っ
て来る人はもっとつらそうだった。ワタシの10倍はしんどそうだった。
ワタシは、このコースはまだ下りでよかったと思った。絶対に登って
は来たくない。

しんどそうに登ってくる人はたいていうつむいているから、こちらが
道を開けて、待っている。ワタシにとっては”待ってる”って言うより
これ幸いと”休んでる”んだけど。「すみません、顔を上げられなく
て。」て言って顔を上げる余裕のない人もいた。そんなこと全然構
わないのに。特に、ワタシにはよく分かる。

ワタシも、どんどん先を行くオット達の背中を追いながら、がくがくわ
なわなのピノキオの足を持て余して必死だった。ふと顔を上げると、
年輩の恰幅のいい紳士風の人が待っていて下さった。待っていられ
ると、焦る。慌ててお礼を言ってすれ違ったけど、その先にはやっと
こさ登ってきたちょっと小ぎれいな40代後半の女性の姿があった。
さっきの人のお連れさんかな。

ワタシは気付かれないようにそっと待っていた。休憩も兼ねて。女
の人は苦しそうでなかなか前に進めなかった。「お〜い!待ってく
れてんだぞ〜!」とワタシの後ろからさっきの男の人の声がした。
やっと顔を上げた女の人は「すみません。お先にどうぞ。」って言っ
たけど、「ワタシも休んでるんです。」って応えた。

お互いに笑って、そうしてしばらく距離を縮められずそのままでいた。

「どっちが休んでんだ〜!」また、背後から同じ声が笑っていた。
「両方ーーー!」ワタシが振り返って応えた。「休んだっていいじゃ
ないのよねぇ〜。」女の人が言った。ワタシには、この女性の気持
ちがすごく分かる。ワタシとオットも年取ったらこんな風かも。

ようやく、再び足を踏み出すと、遅いワタシをふたりが待っていた。

あぁ、それにしてもひどい下り坂。足元がふらついてしょうがない。
こればかりは、休んでも休んでもどうにもならない。休んだ後の足
のもたつきはちょっと笑えた。誰かビデオでも撮っててくれたらいい
のに。

男二人に女一人。ワタシはこれまで、こうゆうグループで登山して
いる女性をきっとものすごい健脚の人なんだろうなって思って来た
けど、ワタシのような立場のモノもいることに我ながら気付いた。
でも、やっぱり、もしかしたら端から見ればそうゆう風に見られてい
たのかな。いや、まず、ワタシはそうは見られないだろうな。

だいぶ下って来て、ようやくふたりとも距離が近くなった。涸沢小屋
で食べれなかったソフトクリームを食べさせてやるからがんばれ!
ってそればっかり。ソフトクリーム要らないから、この道平地にしてよ
って言いたかった。とにかく足がおかしい。どうにかなってしまってい
る。山道を終えてからは、筋肉の気分転換で後ろ向きで歩いてみた
りもした。少しラクなような気がして、よっぽど歩けた。

「それにしてもあのオジサンようしゃべっとったなぁ〜。」
「あのオジサン、ほんとは涸沢小屋に雇われとったりして〜。」げら
げら笑いながらオジサンの話は尽きない。「”涸沢が燃えている”
て言うより”オジサンは燃えている”やの〜。」

下り続けて2時間半。徳沢でようやくおいしいラーメンにありついた。
残念ながら、そこにソフトクリームはなかった。ワタシにソフトクリー
ム、ソフトクリームと呪文のように言い続けて来たふたりは、自分た
ちが呪文にかかってしまったのか、ものすごくソフトクリームを食べ
たがっていた。芝生に腰を下ろし、今回最後のコーヒーを沸かし、あ
まりに長かった下りを振り返りながらゆっくり休んだ。ワタシは甘い
ココアを入れてもらった。ホッとする甘さだった。

そういえば、そうゆう打ち合わせはしなかったので、ワタシ達もコー
ヒーを持って来てたけど、先輩もたくさんコーヒーやらココアやらを持
って来てたからたっぷり飲めた。ま、軽いからいいんだけど。

ここから先は、これまでと比べるとほとんど平らだけど、目的の上高
地まではまだ2時間歩かなければいけなかった。歩き始めると、案
外足はすんなりと動いてくれた。今度はワタシは2番手になって、3
人縦に並んでたったかたったか、もう牛蒡抜きで歩いた。やっぱりオ
ットは相変わらず先頭を切って歩いていた。

この歩きは、下り疲れた足のいいリハビリになったようで、どうしたこ
とか、ワタシの足はすっかり絶好調だった。

無事、上高地に着いてバスの発車時間を確認して、急いで売店のあ
る2階へ上がり、オット母へのおみやげを買って約束通りソフトクリー
ムを食べた。ソフトクリームもおいしかったけど、お水がおいしかった。
今下りてきた山から来ているお水だろうか。蛇口から手で受けて飲ん
だのは久しぶりだった。

家に帰って、初めて件の本を開いてみた。ページを開く度に、

ー涸沢がー
         ー燃えているー
                     ーあなたをー
                               ー待っているー

って、短いコトバだけど、上手いなぁ。。。ちょっと鳥肌。

そして、また、ワタシはあの燃えていたオジサンを思い出した。
今度はこてこての山小屋、涸沢ヒュッテに泊まってみたいな。


           
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