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 複数の評価基準によるシステムの最適化の方法に、階層化分析法( Analytic Hierarchy Process AHP )や妥協的計画法( Compromise Programming CP )がある。

2.4.6.1 階層化分析法(AHP)

 大規模,複雑なシステムの問題解決に,主観的評価を加えた階層化分析法( Analytic Hierarchy Process AHP )は,極めて有効で広く応用されている.( ahp.doc ) AHPの概要と手順を次に示す.

 a) AHPの手順

 手順1 抽象的な全体目的から,しだいに具体的な複数の下位目的へと目的の階層をとらえる.最下位レベルの要素は代替案である.(第1図)

            レベル1           全体目的

            レベル2       下位目的    下位目的    下位目的

            レベルL         代替案   代替案      代替案

         図2.26 目的階層

 手順2 各階層レベル内の要素A i A jについて,直接上位目的に対して,一対比較を行ない,“直接上位目的の達成に, A i A jではどちらがどれくらい重要か(あるいは,寄与するか)”を比率で答える. A i のほうがA jより重要のときは,その比率a i j≧1を( ij )成分に表わし,( ij )成分には逆数1/a i j を記入して,一対比較行列A( a i j )を求める.

 手順3 各一対比較行列Aの最大固有根に対する(成分和を1に)正規化した固有ベクトルを求め,それを直接上位目的に対するプライオリティ(=ウエイト)とする.

 手順4 階層レベルに沿って手順3で求めたプライオリティを合成し,代替案の総合プライオリティを求める.

 b) 手順2

手順2では,意思決定者の負担を軽くするため,一対比較の際,次の対応表が与えられており,“同じ位”,“少し”,“かなり”,“非常に”,“圧倒的に”といった“幅のある”言葉で答えることができる.

言葉

同じ位

重要

少し

より重要

かなり

より重要

非常に

より重要

圧倒的に

より重要

数値

1

3

5

7

9

(2, 468は中間のときに用いる)

 この対応表のように,一対比較行列をつくるときそれらは1〜9の数値に変換されるが,どんな場合にもこの言葉に1〜9の数値を対応させねばならないというものでなく,問題ごとにあったスケールを用いればよい.ただ,次のように,1〜9のスケールがかなりよく個人の選好をとらえているという

 (i) 真のウエイトが分かっている問題で調べると,よくあてはまること,(ii) 簡単な1〜9のスケールを用いても固有ベクトルの非線形な振舞いが,非線形な認知スケールを表わすことができる.(iii) 固有ベクトルは幾分スケールに左右されないところがある.

 c) 手順3

 手順3では,一対比較行列Aから

w=λmaxw

を解き,wをプライオリティとする.ここで,λ はAの最大固有根を,wは対応する固有ベクトルを表わす.プライオリティだからwの要素は負や0になったら困るが,Perron-Frobeniusの定理より,wはいつも正のベクトルになることが保証されている.さらに,すべての一対比較行列について,λmax ≧nが成立ち,等号はAに整合性(すべてのi,j,κについて,a i j×a i ka i kが成り立つとき,Aに整合性があるという)があるときのみに限る.ここで,nは要素の数である.

 λmaxは整合性がなくなればなくなるほど大きくなるので,どの程度整合性があるかのチェックには,整合度CI (consistency index)

CI=(λmax−n)/(n−1)

が用いられ,これがあまり大きいと一対比較をやり直さねばならない.

 もちろん,人間の判断の能力の限界から,いくら一生懸命に答えても,Aが完全に整合性を満たす(すなわち,CI=0)ことはふつう無理なことであるができるだけ0に近いのが望ましい.もちろん,整合性を満たしているが全く正しくない一対比較行列もあるが,少なくとも整合性があまり大きいと,答えに矛盾が大きいことを意味するので,整合性がある程度満足する(CIが0に近い)ように,一対比較をやり直す必要がある.ところで整合度CIがどれくらいなら整合性のチェックをパスしたと考えてよいかについては,(一対比較判断を全くでたらめに行なった場合でもCIが計算できるので),経験的には要素の値をランダムに与えてできる行列から計算したCIの平均(これをランダム・インデックスRIという)で割った整合比CR(=CI/RI)が0.1以内がひとつの目安として考えられる.最近,要素の数nが3のときは正確な分布に基づき,nが4以上のときは,2,500のサンプル(Saaty 13はサンプルの大きさ500で推定している)をもとに推定した分布から,RIを求め,でたらめに与えた一対比較行列のCRが経験則0.1以下になる確率を求めている 18.(表2.12,2.13参照)

表2.12 ランダム・インデックスRI

3

4

5

6

7

8

RI

0.52 0.87 1.10 1.25 1.34 1.40

表2.13 要素をランダムに与えた一対比較行列のCRが0.1以下になる確率

3

4

5

6

7

8

確率 0.21 0.03 0.004 0.0004 0.0001 0.00001

この表2.13から分かるように,nが5以上のときは経験則は十分満足いくものであることがわかる.ただ,n=3および4のときは,でたらめな一対比較行列でも経験則で与えた値以下になることがそれぞれ21%,3%の割合で起こることになる.そこでn=3,4のときは,基準をよりきつくして,CRがそれぞれ0.00350.048(それらはそれぞれ5%,1%の点である)にすることを提案している 18

 d) 手順4

 手順4では,代替案の総合プライオリティを求める段階である.いま,L階層からなる目的階層を考える.第1レベルは要素は一つで全体目的を表わし,Lレベルでは代替案からなるものとする.各κレベルにはNκ要素があるとする.

(κ−1)レベルのi要素に関するκレベルのプライオリティを

wκ, i =(w1, iw 2, i,…,w Nκ, i

とし,これを第i列ベクトルとするNκ×Nκ− 1行列をWκとする.

 代替案の総合プライオリティw

w=WL×WL1×…×W2

で与えられる.

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