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  闇の色のしなやかな髪に深い闇の色の眼。吸血鬼を目の敵にする教会の執拗な追求を300年間生き延び、ディートハルトは今や押しも押されもせぬ闇の王となった。気に入りの漆黒のマントは最初の犠牲者、シャルロッテ伯爵令嬢が逢い引きに出かける時に人目を忍ぶため、頭から深くかぶったものだという。その黄金の留め金には今もヘルター伯爵家の紋章が深く刻まれている。
 シャルロッテ伯爵令嬢は社交界でも評判の佳人で、中でもその美しい金髪は皆の羨望の的であった。伯爵令嬢はとある夜会でディートハルトと踊り、誘われるままに再会を約束した。そして次の夜会に約束通り現れたディートハルトと時間を忘れて踊りあかした。そして、また次の夜会でも。
 シャルロッテ嬢の婚約者のライマー侯爵は令嬢の態度が急に冷たくなった事を不審に思い、バルツァー家の仮面舞踊会に仮病を装って欠席の返事を出した。そして偽名を使って出席した。
 ディートハルトとシャルロッテが仲睦まじく踊り、お互いを離さない様子を見た侯爵は楽士達にワルツの演奏をやめるように命じると、ディートハルトとシャルロッテを荒々しく引き離し、激しい罵声をディートハルトに浴びせた。
 ディートハルトはシャルロッテが哀願するように首を横に振るのを見てその場から黙って姿を消した。侯爵は家来にディートハルトの後を追うように命じたが、ディートハルトの姿は闇に溶け、追跡に成功した者はいなかった。
 シャルロッテは父の館で謹慎を命じられた。初めは平穏な日々が過ぎていったが、しばらくして召使い達の間で妙な噂が流れ始めた。『お嬢様の首に妙な傷がある。あれは吸血鬼の噛み跡ではないか』、と。
 父のヘルター伯は、館に牧師を呼び寄せ、娘に首筋を見せるように命じた。シャルロッテは嫌がったが、伯爵が無理矢理首筋を見ると、召使い達の噂通り妙な噛み傷があった。牧師はその傷を見ると、十字をきり、吸血鬼の噛み跡だと断言した。
 ヘルター伯は激怒した。娘が吸血鬼の誘惑に屈した事を激しく罵り、部屋から一歩も出ないように命じた。召使い達は令嬢の部屋の窓が開かないように釘をうちつけ、固定した。
 真夜中、シャルロッテ嬢は牧師から貰ったロザリオを首から外すと、部屋に隠してあった伯爵のマントを頭からかぶった。女物では小さく用をなさなかったのだ。そして窓から出ようとしたが、窓は堅く固定されシャルロッテは出る事ができなかった。
 シャルロッテが窓から虚しく月を眺めていると、部屋の隅の闇がわだかまり、人の形をとった。ディートハルトである。シャルロッテ嬢が手を差し出すと、ディートハルトはその手をとり、シャルロッテを引き寄せた。そして、シャルロッテを優しくマントでくるむと胸に抱き、そのまま姿を消した。
 朝になり、部屋から娘の姿が消えた事を知った伯爵は娘を連れ去った吸血鬼に対して激しい呪詛を浴びせた。彼は伯爵家の全財産をディートハルトを殺しシャルロッテ嬢を連れ戻した者に残す旨を言い残し、激情の命じるままに自らの命をたった。財産と、シャルロッテ嬢の残したロザリオは今も引き渡される時を待っている。

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