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猪瀬 直樹 著
朝日新聞社:756 円(税込)
ISBN: 4022731486 (2007/06)
おすすめランク★★★★★
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久しぶりに、日経系以外に新しい本を読んだ。
最近は作家という肩書きより、吠える政府関係委員OR東京都副知事としての顔の方が有名になってしまった猪瀬氏。
実は、氏の作品は以前から好きで、ちょこちょこ読んでいた。
今、書斎で伊東屋オリヂナルノートにLamyのサファリオレンヂでこの原稿を書いているが、ふと、背中の文庫本本棚に目をやっただけで、数冊の氏の本が目に入ってくる。
土地の神話、欲望のメディア、黒船の世紀・・・。
色々読んでいる中で、過去の氏の作品では「昭和16年夏の敗戦」が一番すき。
昭和16年春、若手新進官僚が密かに研究生として集められ、日米戦争の結末についてシミュレートした話。
彼らが導き出した結論は、敗戦だった。
しかし、時の内閣はこのシミュレート結果を無視して、無謀な戦争に突入していたったのは周知の事実。
氏のこうしたテーマの設定には、興味をそそられるものが多いが、いったいどこでこうしたテーマを思いつくのであろうか?
その原動力の一つは、強い好奇心と軽いフットワークなのであろう。
今回入手した本は、大阪に遊びに行ったときに、心斎橋そごうの中にある三省堂で入手した。
平積みで置いてあったので、新刊と思ったら6月に出ていた本みたい。
2001年6月〜7月にNHKで放映された人間講座「作家の誕生」のテキストを加筆したらしい。
わたしは、この人間講座という番組をみていなかったので、新鮮な気持ちで読むことができた。
◇
本書の冒頭で「インターネットに代表される、新しいネットワークの原型は、20世紀初頭に形成されていた」とある。
また、続いて「情報発信の意欲は100年前も今も変わらない」とも。
氏は現代のブログによる情報発信の意欲は、100年前で言えば、投稿雑誌に熱中していた女子学生のパワーと同じ事とのこと。
明治34年10月6日、「女子之友」という投稿雑誌が、誌友懇話会という名の読者参加イベントを誌上にて広告したところ、応募者が全国から殺到したとある。
猪瀬氏は、この誌友懇話会なるイヴェントが現在のインターネット時代における「オフ会」に当たると分析。
普段、通信のみで顔が知らない同士が集うように、100年前もそうした若者が集まったのである。
この部分は、あくまで本書のさわりの中のさわりの部分で本題とはあまり関係ないが、明治の作家誕生の時代背景として紹介されていたのが面白かったので、紹介した。
本書によると、川端康成も大宅壮一も熱心な投稿少年だったらしい。2人は大阪の茨木中学で学年が違うので互いに顔は知らないが、投稿欄ではお互いを認識していたらしい。
この投稿という情報発信は、小説の世界だけでなく、戦後に花開くマンガの世界でも同じである。
藤子不二雄両人も富山の片田舎にすむ投稿少年であったし、石森章太郎も東北からの投稿で、その仲間内では名が知られていた。
マンガの投稿少年たちの熱い想いについては、藤子不二雄の「まんが道」に詳しく描かれている。
本書は、こうした現代にもあてはまるエピソードを紹介しながら、漱石から菊池寛、太宰から三島へと、エンターテイメントとしての文学の生産者である作家の誕生を紹介している。
猪瀬氏の独特の視点で、作家の誕生を、彼らの生活(お金を稼ぐ)という切り口で分析しているのが面白い一冊であった。
最近、文庫本の乱発で、どうしようもない内容のものが多数書店に並んでいる中では、内容の濃いい一冊だった。
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