【特集】万年筆を買いに

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私のお気に入りのペンや購入記の紹介
●万年筆を買いに(フルハルター・ペリカンM400購入記)

大井町の万年筆専門店「フルハルター」で、ペリカンの万年筆を入手した。
 
これまで、万年筆を入手するために、南青山書斎館から始まり、丸の内オアゾ丸善本店、銀座伊東屋本店、日本橋丸善、三越日本橋本店、御徒町ダイアストア、同マルイ商店、神田金ペン堂、大阪うめだ阪急百貨店本店、神戸元町ペン&メッセージ等々、いわゆる有名店といわれるショップを数多く訪問してきた。
 
しかし、有名店と言われる中でただ一箇所、大井町にだけは近づくことがなかった。
 
その理由は2つ。
一つは、常連の万オタと鉢合わせになるのが嫌だったから。
自分たちは楽しいのかもしれないが、アンチーク万年筆ショップで、椅子を占領した彼らを目にして、かなり気分の悪い買い物をさせられたことが何度かあった。
楽しいはずのお買い物で、嫌な想いをするのは絶対にイヤだった。
 
二つ目は、ペン先の調整。
フルハルターの売りは、丸研ぎの萬年筆。
調整不要論者の私から見ると、こちらのお店の調整方法には少々抵抗があった。
私の場合、万年筆のなかでも、特にペリカンの万年筆が大好き。
その中でもさらに、太字のスタブっぽい書き味が大好きなのだ。
そのペリカンの持ち味を変えてしまう調整に、かなり抵抗があった。
なので、こちらのお店の売りとしていることに、食指が動くことがなかった。
 
しかし、昨年来、あちこちでペリカンの万年筆を買い漁り、その本数が20本近くに達したとき、考えが変わってきた自分がいた。
大きな理由の一つは、太字を何本も入手する中、同じペリカンの太字でも、その一本一本の書き味があまりにも違ったこと。
 
既製品でここまで筆記感が異なるのであれば、万年筆文化を知るという意味で、フルハルターの森山スペシャルと名付けられた万年筆にも触れておく必要があるのでは?と考えるようになってきた。
たぶん、森山氏が引退したら、この特殊な調整をする人はいなくなってしまう。
「入手可能な間に、森山氏の調整した万年筆を一本所有してもよいのでは?」と考えるようになると、考え方が180度変わるから面白い。
 
私は、ペリカンの万年筆で、角研ぎではないトラディショナルの鉄ペン先も好きなのである。
トラディショナルは、細字から極太までとても書きやすいペン先で、スーベレーンとはまた違った魅力がある。
できれば、あの金型で、金ペン先を作ってほしいとも思うほどだった。
 
こうなってくると、買いモードに完全に突入し、綿密なリサーチが始まる。
この瞬間から、購入までにあれこれ調べるのが、また楽しいのである。
 
昨年末に、情報処理試験のプロジェクトマネージャに合格したお祝いを何にしようか考えていた私は、フルハルターの森山スペシャルをその記念にすることに決めた。
 
   ◇
 
食指が動きだすと、残る問題は万オタ対策である。
仕事で、大井町の隣の大森に行くことが多いので、仕事帰りによってみようと思いながらも、万オタも寄るならば仕事帰りか?などと考えてしまう。
そうなると、やはり訪問が憂鬱になり、足が遠のいてしまう。
最低でも3万円の買い物をするのであるから、絶対に気分の悪い思いはしたくない。
 
このままでは、いつまでたってもお店に行けないではないか?と、不安になってきたわたしは、モールスキンを片手に、真剣に作戦を練りはじめた。
 
作戦の目的は一つ。
万オタと遭遇しない時期を洗い出し、一つ一つ仮説検証し、私にとって最適な訪問日を決定すること。
そのあたりは、コンサルティングを生業とする私の得意分野。
 
仮説検証を重ねた結果、得た結論。
決行は3月中旬だ!!
 
3月中旬。
それは、三越の万年筆祭が開催される時期。
万オタは、磁石に吸い寄せられる砂鉄のごとく、日本橋に吸収されていくはず。
オマケに、この時期に合わせて、丸善がビンテージ万年筆フェアを開催してくれる。
さらに、万オタを吸収してくれる磁場が発生するのだ。
この時期を逃すと、森山スペシャルの入手は不可能と考えた。
 
ちょうど、万年筆祭の期間中の一日、大森へ行く用件があったので、その日をフルハル訪問日のXディにすることを決定。
 
もう、薄暗くなりかけた夕方、HPからプリントした地図を片手に、三菱鉛筆の横を通り抜け、わたしは、目的の万年筆専門店にたどり着いた。
もちろん作戦は大成功!
外から丸見えの店内に、万オタの姿をみることはなかったのである。
 
   ◇
 
フルハルターは、大井町駅からは思っていたより近い。
初めての道だったが、大通りに面していたので、迷うことなく到着。
 
お店は想像していたよりも、かなり狭い。
もし、この狭い空間で他の客と一緒になってしまったら、かなり辛い。
 
幸いにして、他のお客の姿は見えない。
第一関門はクリアだ。
他の客とかち合ったという話を聞くが、あれは都市伝説の一つなのだろうか?
かなり身構えていただけに、ちょっと拍子抜け。
とあるお店での嫌悪感が、過剰な警戒心を生み出していただけなのかもしれない。
(後日、完成の連絡を受けたときは、いち早くブツを手にしたかったので、リスクを承知で休日に訪問したが、先客も後からのお客にも、かち合うことはなかった。)
 
しかし、ガラス張りのお店を覗いても、他のお客どころか、肝心の店主の姿も見えない。
まさか、灯りが燈っているので休みではないだろうとは思うが、少々不安。
 
黄昏時の大井町。
裸電球で琥珀色に照らされた店内が、路面に浮かび上がっている。
通りの車は多いが、人通りがまったくない。
なぜか、子供の頃に読んだ、江戸川乱歩の小説の挿絵が脳裏に浮かんでくる。
 
店の前でボーっとしていてもはじまらない。
なんて声をかけたらよいのか少し迷ったが、ここは無難なところで「こんにちわ」と言いながらドアに手をかける。
 
以前、大阪のフラナガンに行った時に、開店日なのに「チョッと外出してきます」と張り紙があり、鍵がかかっていたことがあった。
そのときは、近くのハンズで時間をつぶして再訪したのだが、一人でまかなっているお店を訪れるときには、こういうことがあるから注意。
 
せっかく、他の客がいないのに、店主までいなかったら嫌だなと思ったが、杞憂。
奥から森山さんの返事が聞こえてきた。
店の奥が作業場なのだろうか?
 
出てきた主人は、趣味文などで見たとおりの方。
なので、初めてお目にかかったはずなのに、初めてでない気がする。
(どうも最近このパタンが多い)
もちろん、写真のとおり、エプロンをしたままだ。
 
さっそく、椅子をすすめられる。
少し低いテーブルを挟み、店主と向き合って座る。
座って店内を眺めると、広さも什器も違うが、神戸のP&Mと同じような雰囲気を感じる。
木の温もりの感触だろうか?
 
   ◇
 
まず最初に、初めての訪問であること、そして、店主が調整したペリカンの万年筆が欲しい旨を伝える。
訪問前のプランでは、M400のBBを細めのBで研ぎ出してもらおうと考えていたが、それは黙っておく。
 
店主は、軽く頷き、すぐに試筆用の万年筆を準備してくれる。
私の目の前に出されたのは2本。
 
3Bを3Bのまま研ぎ出したM800
BをMに研ぎ出したM400
あと、インキの入っていないM600を、サイズ確認用として準備してくれた。
 
さっそく、丸研ぎのスーベレーンを試筆させてもらう。
自分が買うものを試すのではないので、これを試筆といえるかは少し疑問だが、丸研ぎスーベレーンがどのようなものかは、やはり確認が必要。
日常使いのスーベレーンのはずなのに、なんだか初めての種類の万年筆に向かうような気分。
 
まずはM800の3B。
インキは、ペリカンのターコイズ。
3Bを3Bのまま研ぎ出したものとのことだが、思っていたより細い。
わたしが持っている、M250柔らかペン先のBや、Lamy2000のBの方が太い。
 
テーブルに準備されている試筆紙に、色々と落書きをする。
丸研ぎのトラディショナルとも違うし、もちろん角研ぎのスーベレーンとも違う、なんだか、不思議な感じ。
これくらいの太さなら、いつも使っているノートでもOKかなと思う。
 
続いて、M400の中字。
こちらのインキは、ペリカンのブラウン。
M800がターコイズだったので、こちらにはフルハルターの熟成緑インキが入っていないかな?とチョッと期待していたのだが残念。
通常、試筆用にはグリーンを吸わせていないのかな?
 
こちらも、わたしの持っている中字より細い。
(モールスキンに試筆したものを、帰宅後に確認してみたら、書斎館で入手したM400無調整中字よりは太く、金ペン堂調整のM250の中字よりかは細かった)
 
2本とも思っていたより細かったので、その感想を伝えるが、どうも太さは店主の中に持つ基準のよう。
そもそも、ペン先の太さの基準というものは何かあるのだろうか?
無調整のものでも、個体差が激しいし、結局は自分の目で、用途に合った太さかどうかを確かめるということになるのだろう。
 
   ◇
 
今回、フルハルターにはペリカンの万年筆が欲しいと思って訪問したのだが、実は、パイロットのコースのペン先を、ペリカンの太字のように角研ぎにしてもらうのもいいかな?と、心の片隅で少々迷う自分がいた。
しかし、店主のお話を伺う中、迷いはふっ切れた。
こういう職人の方には、細かい注文を出すより、その人のもっとも得意な分野を任せてしまう方が、アウトプットとしては最上のものが得られると判断したからだ。
 
技術としては可能なのだろうが、ここで、角研ぎとか、通常のパタンと違う細かいオーダーを言い出すと、たぶん、自分が思っていたものと違うアウトプットがでてくる確率が高くなる気がする。
今回入手する丸研ぎのペリカンを使い込んで面白かったら、パイロットの丸研ぎを次の楽しみにすることして、当初の予定どおり、今回はペリカンで考えることにする。
 
試筆をしながら、軸はM400に決めたが、太字と中字どちらにしようか迷っていた。
Mが思いのほか、書きやすかったのである。
 
実は、このときの訪問では、日頃使っている万年筆を数本持参していた。
できれば、使いなれた万年筆と比較して比べてみたいなと思っていたのだが、言い出すタイミングを逃してしまい、どうしようと思っていた。
 
すると、店主の方から、「いつも使う万年筆は持っていませんか?」
と話を振ってきてくれた。
お店で試筆するときには、緊張していないようでも、自宅で万年筆を使う場合に比べると緊張しているとのこと。
なので、使い慣れた万年筆を持っているのならば、それと比較してみるのがよい。
そして、いつも使っているノートや手帳があれば、それに書いてみるのが、さらによいと言われた。
 
ノートは持ち歩いていなかったが、モールスキンは持ち歩いている。
なので、モールスキンと手持ちの万年筆を取り出して、試筆用万年筆と比較してみる。
そして、いろいろとお話を伺った結果、M400の太字を太字のままで研ぎだしていただくことで注文を確定した。
 
当然、その日の持ち帰りはないので、あとは、仕上がりを楽しみに待つだけである。
で、いろいろなところで聞いたのと同じく、忘れたころに完成の連絡をいただく。
 
早速、自宅に持ち帰り、ルーペでペン先を覗いてみる。
ツルツルに美しく磨き上げられたペン先。
ちゃんと私の持ちクセに合わせた、左をほんの少し落とした調整になっている。
職場で3年間、毎日使い込んだLamyサファリと同じ状態の当たりを作り込んでいるところが、職人技を感じさせてくれる。
 
さっそくペリカンのローヤルブルーを吸入してのウエルカムの儀式。
不思議な書き味だが、書きやすい。
スリットの開きも美しく、フローも良好。
見た目だけでなく、実際の筆記感も、私の持ち癖にきちんと合致しているところがスゴイ!
日頃使っている万年筆を持参して書いてみたのが良かったのかもしれない。
 
いつも使っている、ルーズリーフの罫線の中にも、問題なく収まる太さだ。
丸研ぎのM205の太字と比較してみても、森山さん調整のM400太字の方が細い。
他のスーベレーンの太字2本と同様、勉強ノート用の万年筆として活用することにする。
 
   ◇
 
通常、万年筆という製品に、「作り手の顔」を見ることはあまりない。
今回のフルハルターでの万年筆の注文も、いわば既製品のペン先を調整してもらったものなので、正確には手作りという表現は当てはまらない。
しかし、書斎で、森山さんに調整してもらった万年筆を使ってノートを整理していると、ふと、あの狭い店内で色々とお話を伺ったことを思い出す。
 
上手く表現できないが、今まで入手した万年筆と、今回入手した万年筆は私の中で、何か違うような気がする。
何本も手に入れたいという感覚は、今は持たないが、万年筆文化の一つを知ると言う意味で、この万年筆を入手してよかったと思っている。
デフォルトのペリカンのペン先と大きく違う状態から使い込んで、今後、どのように育っていくかが、これまた楽しみだ。
 
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