信号機のない交差点内で発生した、優先道路進行中の被害車両に交差道路 一時停止標識を無視して交差点内に侵入した加害車両との出合い頭人身事故。     名古屋高裁は、「信頼の原則」を適用して被害車両運転者の民事過失責任を否定した。




控訴審である名古屋高裁は、第1審の名古屋地方裁判所が肯定した被害者側の過失相殺の対象となる過失の存在を、「信頼の原則」を適用して、被害者側には、過失相殺の対象となるべき過失は存在しないと判示した。(平22.3.31民事第4部判決)
ある意味、画期的な判例であると思われる。従来、日常的によく発生するこの事故態様事例には、ほとんどのケ-スで、「別冊 判例タイムズ 16」の【58】図が機械的に適用され、10(優先通行車)対90(非優先通行車)の基本過失割合で決着をみるのが通常で、被害者側が過失修正要素である「加害者の著しい過失」を強く主張してまれに被害者の過失ゼロで決着する場合があるが、かなりの時間と労力を要することになる一方で、加害者側保険会社には、100ゼロ解決を長引かせることによって被害者側の事故車修理期間中の「代車費用」支払いを合法的に免れるという実益が生じている現実がある。


★過失相殺とは⇒被害者にも過失があり、加害者の過失と競合して損害が発生したと認められる場合は、損害賠償額の決定にあたり、被害者の過失の割合に応じて損害賠償額を減額すること(民法722条2項)<自由国民社・法律用語辞典>




第1審の名古屋地方裁判所は、まず、原告(被害者=優先道路通行の普通乗用車運転者)が主張した加害者(被告=一時停止標識を無視した普通貨物自動車の運転者)が「一時停止の見落としは重大な過失、あるいは著しい過失にあたり、原告の過失は零である」との主張を、「別冊判例タイムズの基本割合は、優先道路を横断する車に前方不注視等があることを前提としてのことであり、一時停止の標識を見落として一時停止しなかったからといって、さらに、重過失あるいは著しい過失ということはできない。」と判示して退けた上で、「本件交差点は、東南角の双方の見通しが悪く、原告は本件交差点の安全を確認して減速して進行すべきであり、また、10メ-トル手前で被告車を発見できたものであって、クラクションを鳴らすなどの操作により被害をより小さくできた可能性があり、1割の過失は否定できない。そうすると、原告と被告の過失割合は、基本過失割合どおり1対9と認めるのが相当である。」と結論づけている。
(平21.12.16判決)

本判決は、本件交差点は見通しが悪かったのだから安全を確認して減速して進行すべきであったと、事故現場交通の実態をよく把握しないまま、机上の空論で優先道路通行で徐行義務のない原告の過失肯定の論拠としており、過去判例の主流的な考えを無難に踏襲したいかにも小役人的発想に基づく判例にすぎないと評価せざるを得ない。

ところが、控訴審である名古屋高裁の裁判官の発想は違ったのである。勝手な憶測だが、この裁判官は自らが車を運転した経験のある人物ではないのか。そんな気がしてならない。以下、判例タイムズ1347号236頁以下に掲載されている判決文を抜粋して紹介することにする。

「控訴人車は、優先道路を進行していたのであるから、本件交差点を進行するに当たり徐行義務(道路交通法36条3項、42条)は課されておらず、問題となるのは前方注視義務(同法36条4項)違反である。」

「前方注視義務は、『当該交差点の状況に応じ、交差道路を通行する車両等(中略)に特に注意し、かつ、できる限り安全な速度と方法で進行しなければならない。』というものである。」

「したがって、控訴人は、本件交差点通過するに当たり、優先道路を進行中であることを前提としてよい。すなわち、交通整理の行われていない交差点(本件交差点もこれに当たる。)において、交差道路が優先道路であるときは、当該交差道路を通行する車両の進行妨害をしてはならないのであるから(同法36条2項)、控訴人は、被控訴人車が控訴人車の進行妨害をする方法で本件交差点に侵入してこないことを前提として進行してよく、前方注視義務違反の有無もこのことを前提として判断するのが相当である。」

「そうすると、優先道路を進行している控訴人は、急制動の措置を講ずることなく停止できる場所において、非優先道路から交差点に進入している車両を発見した等の特段の事情のない限り、非優先道路を進行している車両が一時停止をせずに優先道路と交差する交差点に進入してくることを予測して前方注視をし、交差点を進行すべき義務はないというべきである。本件においては、前示の事故態様に照らし、上記特段の事情は認められない。」

「控訴人が、急制動の措置を講ずることなく停止するこが可能な地点を進行していたときに、被控訴人車が本件交差点に進入してきたこと(すくなくとも侵入することが確実であったこと)を認識しえたと認めるに足りる証拠はない。よって、本件事故につき、控訴人に過失(前方注視義務違反)があったとは認められず、被控訴人の過失相殺の抗弁は理由がない。」

★抗弁とは⇒民事訴訟において、AのBに対する権利主張に対して、Aの権利主張は認められない旨のBの反論<yohoo知恵袋・ネット記事より引用>



以上紹介したように、名古屋高裁は、
優先道路の交差する信号機のない交差点内を走行する優先道路通行車には「信頼の原則」が適用されるのであって、特段の事情が認められない限り、非優先交差道路から他の車両が一時停止をすることなく交差点に進入してくることを予測して前方注視をし、交差点を進行すべき義務はないと判示したのである。

この高裁判例は、今後保険実務においてかなりの影響が出てくる可能性が高いと思う。
何よりも、過去の判例において事例が少なかった、交通事故における被害者の民事過失責任を「信頼の原則」を適用して高裁レベルで否定した点に大きな意味があるからだ。

また、この高裁判例が出たことにより、今後同一事案において争いになった時、法律審である最高裁への事案持ち込みのハ-ドルが低くなったことにより、最高裁での最終決着がより可能になった点があげられると思う。(2011.8.7)