「ワン、ワン、ワンッ!!」
すぐさま、庭へ飛び出した赤丸も応じる。
すると黒い影が、不器用に音をたてて、屋根の上へと姿を現した。
「ナ、ナルトくん?」
驚き、後ろを振り返るヒナタの前で、影は片膝を立てた姿勢から、ゆっくり立ち上がる。
目元を隈取る濃い色合いが、その顔に浮かんで見えた。
ナルトが仙術を使っている、何よりの証拠だ。
暗がりだと濃淡が強調されて余計に目立つが、それもあっという間に消えてしまった。
仙術を使い、探し当てたヒナタの前に、姿を現したことで、仙人モードも解けてしまったのだろう。
そんなナルトへ体ごと向き直り、オレに背を向けたヒナタは、口をきけずにいた。
ナルトも口をへの字に曲げたまま、立ち尽くし、動こうとしない。
そのクセ、ふたりの視線は交わったままだ。
オレの存在すら目に入らないかのように、ただじっと見つめ合っている。
(恋人を通り越して、家族になるイミなんか、明らかだろーが……)
宙を渡る、ほんのり冷たい、夜風にうながされ、オレはそっと後ずさった。
軒下をのぞき込み、口に人差し指を当てて、いま下へ行くからな、と赤丸へ合図をする。
(ナルトも同じコトを考えてんだよ。傷付けたくねェってな)
屋根から飛び降り、尻尾を振りながら走り寄ってきた、赤丸に並んだ。
(たとえソレが恋じゃなくてもイイだろ、ヒナタ……ナルトには今、オマエしか、見えてねーんだから)
ソレが答えだ、と振り返り、仰ぎ見た屋根の上で、ヒナタが動いた。
ナルトへ向かい、そっと手を差し出している。
弾かれたように、ナルトも腕を伸ばした。
やがて重なった二つの影が、向こう側に広がる満天の星空へと、姿を消すまで、さほど時間はかからなかった。
「ちぇ……オレを通さなきゃ、マトモに向き合うコトさえ、出来ねーのかよ」
軽く舌打ちをすると、赤丸の背をポンと叩く。
「ホント、恋愛に不器用な連中だよな」
「ワン、ワン!」
問いかけるように吠えられ、
「ん? 追いかける必要なんか、ねえって」
と、肩をすくめた。
「ヒナタは、女だぞ。いつまでも、小さい頃のまんま、オレ等と四六時中ベッタリっつーワケにはいかねーよ」
クウゥン、と頭を垂れて、赤丸は不満そうに啼く。
「どうせ遅かれ早かれ、誰かのモンになっちまうんだし……だったら、ヒナタの相手は、ナルトがイイだろ?」
いや、とオレは即座に、いい直した。
「ナルトじゃなきゃ、ダメなんだ」
そうでなきゃ、とつぶやき、上目遣いにオレを見やる、赤丸の頭を撫でた。
「オレがナットクしねーよ……」
何度でも、ヒナタは恋に落ちる。
ナルトに恋い初(そ)める、そんな彼女を、オレは見守るばかりだった。
「人を好きになったら、何よりも、相手の幸せを願っちまうんだな」
赤丸の湿った鼻先に触れ、ペロリと指をなめられた。
「見返りを求めたら、そんなの、恋じゃねえってコトか……」
「ワン、ワンワン!」
吠える赤丸へ笑いかけ、大きくうなずく。
「だよなァ!」
夜空を見上げ、オレは自分にいい聞かせた。
「ホントの優しさって、そーいうモンなんだな、きっと」
ワン! と明るく返す赤丸へ視線を戻し、ドアに手を伸ばす。
そして、まぶしい星空を背に、家の中へと足を踏み入れた。
「キバッ、さすが我が子!! ライバルでもある親友のため、立派に一肌脱いだよ!」
「背中を預けてきた、かけがえのない、大切な仲間だもんね。信頼に足る男へきちんと手渡せなきゃ、悔いも残るよね」
飛び出してきた母と姉に、いきなり早口でまくしたてられ、きつく抱き締められる。
「ちょっ……二人して、やめてくれって!!」
ある程度、予想はしていた。
上忍の母ちゃんと中忍の姉ちゃんであれば、盗み聞きなど、朝メシ前だ。
それにしても、かけられた言葉が、予想外だった。
(なんか、まるで、オレがフラれたみたいな……)
二人に絞め殺されそうなほど強く抱きつかれたまま、出かかったため息を飲み込み、オレはそっと目を閉じる。
どういう形であれ、こうして見守られ、いたわり合うのが、家族というモノだ。
だから、オレは願う。
ヒナタとナルトの二人が、本当の意味で家族となり、幸せになることを――優しさが、実は勇気であるように、変わらないヒナタの想いが、いつまでもナルトを守り、救うであろうことを。
ヒナタの視線に気付くと、人一倍にぎやかなナルトが、視線をあらぬほうへ向け、ちょっぴり言葉少なになる。
そのクセ、クタクタとなっている任務中でも、オレ達――ではなく、"ヒナタ"が合流すると、張りきって動き出す。
モテモテになりたいと、半ば口グセのように、いっていたナルトのコトだ。
そんな様子を見かけても、面白半分に、からかう程度だった。
それに、サクラと一緒の方が、ナルトは浮かれて大声を出すし、いちいち目立つ。
ヒナタとどうこうなんて、ありえない。
オレはそう、思っていた。
それが、結婚だ。
しかも、式は半年後に決まった。
五代目が立会人だとか、一緒に住む家を探しているとか、今現在、どんどん話も進んでいる。
どこか、不思議だった。
何が、ナルトを決意させたんだろう。
思い起こせば、ヒナタは報告書の作成を手伝ったダケだ。
その礼に二日後、ナルトはヒナタを夕食に誘った。
たったソレっぽっちのコトで、デートらしいデートもしていない二人の仲が、たまたま里のウワサとなった。
そして、ナルトはヒナタにプロポーズをしたのだ。
しかもソコには、多かれ少なかれ、オレまで絡んでる。
ありえねーよな、とシノを相手にグチをこぼせば、恐ろしいほど、長い説明が返ってきた。
まあ、いつものコトだ。
気にせず、右から左へと聞き流す。
ただ、例外もあった。
サクラと違って、大して会話が弾むワケでもないヒナタを、どうして、ナルトは選んだのか。
その疑問に対する、シノの回答が、強く胸に響いた。
――なぜなら、無理に会話をしなくていい、無言でも許される、一番安心できる相手だからだ。
黙っていても、待ってくれる、揺るぎなき相手。
ようやくナルトは今、ヒナタの隣に立った。
ヒナタの恋に報いるのではなく、それを受け入れ、ひとつになれる確かな時を、ナルトも待っていたんだろうか。
なんだ、と思わず口にして、シノが怪訝な顔をする。
だから、オレは繰り返した。
――なんだ。奥手なのはヒナタだけじゃなかったっつう、オチかよ。ややこしいったら、ありゃしねェ。
ああ、恋は奥深い、とシノはうなずき、また長々と話し出す。
後ろで寝そべる赤丸へ寄りかかり、オレはただ、声を出さずに笑った。
忍として名を知られた存在でも、フツーの人間として、ごく当たり前の、平凡な家庭におさまってしまう。
しかも、ずっと自分を見ていた少女へと振り向き、その恋をかなえてやるかのように。
それでこそ、オレのライバルだ。
かけがえのない、大切な仲間を、きっとアイツは泣かせたりしない。
そして、思い知る。
恋をして、人は何を得るのか。
答えはきっと、今、この胸の中にある。
<終>