恋をするのが、億劫になる。

ヒナタはオレを、そんな気分にさせた。

ナルトが笑っていると、ホッとしたように、胸を撫で下ろす。

ナルトが怒っていると、不安そうに、顔をしかめる。

ナルトが落ち込んでいると唇を引き結び、強くあろうと誓うように、背筋を伸ばす。

全ては、いつも身近にいるオレやシノがようやく気付くほどの、わずかな変化だ。

けれども、一途なその想いを目の当たりにするたび、オレは思った。

恋なんて、するもんじゃない。

ペインとの戦いを終え、里へ戻ったナルトを、サクラは涙を流しながら抱き締めた。
誰もが胸を打たれた光景だった。

ナルトの無事を知ったヒナタも泣くのをやめ、ただ嬉しそうに、ナルトとサクラの二人を見守っていた。

自分が死にかけたことさえ忘れ、微笑んでいたヒナタの、その後を知れば、恋なんて、本当にろくでもない代物だとわかる。

やはり、ヒナタは遠くから、ナルトを眺めるだけだった。

ナルトもヒナタに、これといった言葉をかけなかった。

鉄の国から戻って来た時も、そうだ。

サスケとは誰も闘うな、闘えるのは自分一人だけだと、集まった同期の皆へ告げて、さっさと立ち去ってしまったナルトを、ただ黙って見送るヒナタに、ひどく腹がたった。

サクラの不器用でバカバカしい、けれども、自分を憎んでくれてかまわないという、必死な茶番に付き合ったせいもある。

サクラに好きだと告げられ、最初にナルトがどんな顔をしたか。
そして、どれだけ怒ったか。
サスケと再会を果たしたのち、サクラと距離を置きながらも、どれだけ彼女を気遣い、明るく振る舞ったか。

あの時のナルトをつぶさに見たオレだから、断言できる。
アイツは決して、ヒナタへ振り向かない。

そんな報われない恋に、いったい何の意味があるんだ。

そう考えたからこそ、一度だけシノに、ナルトの態度はあんまりだと、不満を漏らしたことがある。
だけど、シノはいった。
ヒナタが結ばれることを望み、ひたすらナルトに想いを寄せているのなら、何とかしてやりたいと思う。
だが、ヒナタは何も苦痛を感じていない。
両思いになりたいと、願ってもいない。

バカみたいだ。
まったく、アホらしくて、付き合ってられない。

オレがどんなに口を挟んだところで、ヒナタは恋をし続ける。
いつまでも、ナルト、ただ一人に。
だから、恋を鬱陶しく感じるのは、ナルトのせいでもあるんだ。

オレは決めた。
口を出せないなら、手を出せばいい。
ナルトが相手なら、オレにも、その権利がある。

ヒナタの恋がどうなろうと、知ったことか。
いっそ、ナルトにフラれて、終わってしまったほうがいい。

そうでないと、恋をするのが、怖くなる。

振り向いてもらえないまま、見守るだけのヒナタ。
振り向かないまま、知らん顔を続けるナルト。

絶対にありえない。
そんな恋は、ツラすぎる。

誰も好きにならないほうが、ずっとマシだと思ってしまう。






あまりにも目を惹く金色の髪は、絶好の標的だ。
ただ、ナルトの場合、それが残像であることも少なくない。

グッと歯を食いしばり、蹴り出した右足は、やはり空しく宙を切った。

(相変わらず速えっ!)

勘を頼って、地面に体を伏せると、今度は左足を後ろへ回し、蹴りを喰らわす。

(当たった!!)

ガッと骨に響く感触があった。
ヤツが腰を落とし、攻撃をかわしたのなら、次に来るのは――。

振り返りざま、正面から拳が飛んでくる。
予想した通りだ。

「いただきっ!」

上体を反らして、伸びてくる腕の外側へ逃げ、再び右足を蹴り上げる。

今度こそ! と繰り出した渾身の一撃は、確かにナルトを捕らえたハズだった。
が、ひらりと身を翻したヤツの左腕が、大きく外側から飛んできて、オレは大声で叫んだ。

「ちょこまかと、動きやがってっ!」

相打ちのつもりで、握り締めた左の拳をナルトめがけ、突き出した。

「何でも見えてるクセに、なんで、ヒナタのコトは、見えてねーんだよっ!」

次の瞬間、オレの拳に顔面を打ち抜かれたナルトは、地べたに寝転がっていた。

「ワン、ワンッ!」

赤丸が激しく吠えながら、あおむけに横たわるヤツの元へ駆け寄る。

「心配するコトねェ。コレぐらいで死にやしねえよ」

ふうと息を吐き、上からナルトの顔をのぞき込んだ。
鼻の頭が赤いくらいで、ほとんど無傷だ。

思いっきり喰らわしたコッチの拳は熱を持ち、じんじんと痛むばかりか、しびれてしまって、当分使いものにならない。

「どんだけ頑丈なんだよ、オマエ」

うっせェ、とオレの下で、ナルトはうめいた。

「ヒナタの名前なんか、出しやがって……」

不意打ちだってばよ、と寝転んだまま薄目を開けて、憎まれ口を叩く。

「やましいトコがあっから、そーなんだろ」

手を伸ばしてナルトの腕をつかみ、助け起こしてやった。

いってえ、と顔を撫でながら、ナルトがあぐらを掻き、その隣にオレも腰を下ろす。

くうん、と鼻を鳴らし、間に割って入った赤丸が、オレとナルトの顔を、交互に見上げた。

「心配すんな、赤丸。オマエを仲間外れにしたワケじゃねーよ」

そういって、ナルトは赤丸の首へしがみつき、ふさふさの白い毛に顔をこすりつけた。

「いつもなら、影分身の術を使ってキバとオマエ、同時に相手するんだけどさ。今日に限って、一対一の組手にしようと、キバがいい張るんだってばよ」

なんでだろーな、と不満そうな口ぶりとなり、上目遣いにオレをにらみつける。

「うるせェ。今日だけは、どーしてもサシで勝負して、オメエにイッパツ喰らわせたい気分だったんだ」
「稽古に付き合えって、オレを連れ出したクセに。イッパツ喰らわそうだなんて、目的が違うじゃねーか……」

そういったきり、ナルトは赤丸へ寄りかかると、目を閉じてしまった。
その背にナルトを乗せたまま、赤丸も地面に体を伏せて、横たわる。

しんと静まり返る演習場を風が渡り、ふわふわと揺れる白い毛が、ナルトの頬を撫で、ひどく気持ちよさそうだった。

「……あったけーな、赤丸」

ついには、呆れた台詞を吐くナルトのせいで、完全に気が抜けた。
さっきまで、あんなに激しく、忍組手をやりあっていたのが嘘のようだ。

ちぇ、と舌打ちをして、眠りこけるナルトと赤丸を横目に、ごろんと寝転がる。

霞がかった空といい、緩やかに流れる白い雲といい、穏やかな春の陽気のせいで、まぶたが重かった。