それは見覚えのある光景で、ナルトと自来也の二人が修行に出た時だと、すぐにわかる。
懐かしく思い、ヒナタは目を細めた。

「アイツがさ、ちゃんと来てたってばよ!」
「アイツ? 誰のコトかのォ……」

無邪気にナルトは、自来也と並んで歩きながら、会話を続けていた。

「ヒナタってば、街ン中に立つ電柱の影から、修行の旅へ出るオレを、そっと見送ってくれてたんだ!」

これまで同様、ヒナタは全く気付かれないまま道端に立ち、ナルトとすれ違う。
その際、彼がそういい放ち、驚いた。
あの日、里を旅立つ彼を、こっそり隠れて送り出したのは事実だ。
それがナルトにバレていたと、ヒナタは初めて知った。

「ヒナタ? あの、堅苦しい日向ヒアシの娘か?」
「ヒナタはちっとも堅苦しくねえってばよ。オドオドしてて、変なヤツだけどな!」

ふうん、と腕を組み、
「……サクラでなくて、残念だったか?」
と、いたずらっぽく問いかける自来也へ、
「エロ仙人はわかってねーな!」
と、すぐさまナルトは切り返す。

「ヒナタはなァ、オレが"不安"な時に必ずやって来て、ガンバレって励ましてくれるんだってばよ!」
「電柱の影からかァ?」

半ば呆れたように自来也がいい、
「アイツってば、恥ずかしがり屋なんだってばよ!」
と、屈託無く笑うナルトへ、
「それにしても、ワシと一緒に修行の旅へ出るのが不安とは、聞き捨てならんなのォ」
と、うろんな視線を向けるが、ナルトはまるで気にしない。

「まァ、師匠がエロ仙人っつー不安も吹き飛んだし、早く修行してーな! そんでもって、ヒナタをビックリさせるような術を覚えて、サスケも連れ戻すってばよ!」

お前、と自来也の眉間にシワが寄る。

「……ワシを尊敬しとらんな」
「だってさ、あんなヘンテコな小説書いてるし……」
「お前にあの芸術がわかってたまるか!」
「おいろけの術みてーな、エロ忍術にひっかかるクセして、なにエラぶってんだってばよ!」
「お、お前……ソレが師匠に対する態度かーッ!」

小道を並んで歩きながら、やかましく二人はいい合いを始めた。
そんな彼らを見送るヒナタの視線が、再び揺らぐ。

(どうして、こんな光景が次々と……)

薄れ行く風景を前に、彼女は思った。

(これは……ナルトくんの記憶でないなら、いったい何?)

あまりにも長い片思いが作り出した、全ては、優しい夢なのかもしれない。

(そうでなきゃ、私……)

嬉しくて心臓が潰れそうだよ、と胸を押さえるヒナタの視界に、またしても、新しい世界が広がった。
そこには真新しい建物が並ぶ一方、山積みのがれきと新品の木材が、交互に所狭しと、道をふさいでいる。

(これって……)

息を呑むヒナタの後ろで、間延びした、なのに、どこかトゲのある声がした。

「オマエってさァ、デリカシーがまったく足りてねーよな」

あまりに聞き慣れていて、誰なのか、すぐに分かる。

「サスケのコトいってんなら、もう何もいうコトねえってばよ」
と、答えるのはナルトだ。

「それにもう、一楽へ行って、ラーメン食うんだからさ」
「違う、違う! サスケと闘えるのはオマエしかいねーってのは、納得した。いや、サスケを一人でやるってのに、納得してねえけど、深い事情があるみてーだから、ここは我慢するとしてだな」

あのさ、とキバの話を、ナルトはさえぎった。

「さっきから、サスケ、サスケと、ややこしいってばよ……」
「ああっ、だから違うって! オレがいいてーのは、ヒナタのコトだよ!」

自分の名前があがり、ヒナタは振り向くと、ようやく二人を見た。

足をとめ、後ろから追い付いたキバへ、体ごと向き直り、
「ヒナタ?」
と、ナルトは矢継ぎ早に聞き返した。

「ヒナタとサスケ、どう関係あるんだ?」
「だからっ、ソコはもう忘れろ! サスケのことは置いとけ! でねえと、ヒナタにいうからな!」
「何を?」
「サクラがオマエに告白した、あのコトを」
「待てッ! マジで間違えんな! アレは芝居だって、キバが一番、わかってんだろーが!!」
「けどよ、サスケを助けるなんて約束はナシにして、オマエの気持ちを何とか変えようと、マジで必死だったサクラに、オマエもすっかり参っちまったんだろ?」

寝込んじまうホドにな、と意味ありげに付け加えるキバへ、ナルトは声を荒げた。

「サイか、それとも、カカシ先生か?! いろいろ聞いて、知ってるみてえだけど、勘違いしねーで欲しいな!」
「へえ! それにしちゃ、ずいぶんとスッキリとした顔じゃねーか。里へ帰る間も、やけに明るく、サクラと話をしてたしな!」

狭い路地の真ん中で二人がいい争いを始め、ハラハラしながら、ヒナタは耳を傾ける。

時間がずっと、進んでいた。
ここは、ペインから襲撃を受けたあとの、木ノ葉隠れの里だ。

ペイン戦後、雷影をたずね、鉄の国へ行ったナルトは、思いがけずサスケと再会した。
そして、もう誰もサスケに手を出さないよう、帰って来るなり同期の仲間を集め、告げたのだ。

(あの時、サスケくんを止めようと、サクラちゃんがナルトくんを追い、キバくんも一緒に行ったのは、覚えてるけど……)

サクラがナルトに告白をした――想像して、ヒナタは苦しくなる。
そっと胸に手を当て、うつむいた彼女は、
「好きといわれて、吹っ切れたワケじゃねェ」
と告げるナルトの言葉に、体が揺れた。

「だから、サクラちゃんのコト、ヒナタにはいうなよっ、絶対に!」
「ふうん……いちおー分かってんのか」
「分かってる? 何のコトだってばよ?」

ヒナタの気持ちさ、とキバがあっさりといい、思わず顔を上げた彼女は、息を呑む。

きっと見えていない。
それなのに、痛いほど、真っ直ぐな視線をナルトは向けて来る。
そして、存在を知っているかのように、ヒナタへ向かい、話し出すのだ。

「ヒナタの”好き”は……違う……」

えっ、と彼女は戸惑う。

「ハァ? 違うって、当たり前だろ。サクラの”好き”は、ウソだったじゃねーか」

困惑するヒナタの気持ちを代弁するように、キバがいった。

「ヒナタの”好き”は、本物だ。命を投げ出してまで、ペインからお前を守ろうとしたんだからな。そんなアイツの気持ちに、お前は少しでも、本気で応えようとしたのか?」

してねーじゃねえか、とナルトから目を背けるキバの横顔を、ヒナタは後ずさり、じっと見つめる。怒りに頬が、うっすらと赤く染まっていた。

思えば、ナルトを追ってサクラと鉄の国へ向かい、無事に里へ戻ってきたキバだったが、その後しばらく、どこか不機嫌で、口数が少なかった。

(キバくん、私のコトを思って、それで……)

ヒナタはうつむき、
「オレってば、情けねートコ、もうヒナタには見せたくねえんだ」
という、ナルトの声を聞いた。

「キバにとっちゃ、サクラちゃんのウソの告白が許せねえんだろーけど……サクラちゃんの”好き”も、ヒナタの”好き”も、オレを何とか守ろうとして出た言葉だ。ソコは一緒だってばよ」

ナルトはいい、
「でも、ヒナタの”好き”は、違うんだってばよ」
と、声を強めた。

「いつだって、オレを信じてんだ……気付けば、必ずオレを見てて、励ましてくれんだ。負けんな、ガンバレ、立ち上がれって、オレの背中を押してくれる」

顔を上げたヒナタが見つめるナルトの顔に、笑みが浮かぶ。

「あきらめるな――そういわれてる気がするから、ヒナタの前で、メソメソなんかしたくねーんだ。だから、オレは絶対、サスケを連れ戻すと決めた。今はソレしか、頭にねえってばよ。まっすぐ自分の言葉は曲げねェ。それが、オレの忍道だからな!」

なんだ、と肩すかしを食らったように、キバはこぼした。

「サスケ、サスケって、いってるトコは変わんねーけど……ヒナタに情けない、弱っちい姿を見せたくねーなんて、カッコつけやがって……」

そういって吹き出し、
「そんなの、好きだっていってんのと、同じじゃねーか」
と、ナルトには聞こえない、小さな声でいう。

「今、何かいっただろ! ナニがおかしいんだってばよ!」
「お前だけが気付いてねーって、話だよ」
「ナンだ、そりゃ」
「何でもねーっ。それより、話は済んだから、さっさと一楽へ行けよ。腹が減ったんだろ?」
「キバも行かねーか?」

いつもの彼に戻り、けろりとたずねるナルトへ、
「そうだな、行くか!」
とキバも軽々と応じ、細い路地を、二人は走り出す。

ナルトとキバのやり取りを見守るように路肩で寝そべっていた赤丸が、飛び起きて、彼らを追い、強い風が吹いた。

両手で顔を覆うヒナタの体が、フワリと宙へ浮き、全ての景色が消える。

再び放り込まれた、上も下もない、真っ白な異空間を漂いながら、蘇る記憶があった。

ヒナタの前だからって、強がんなくてもいいぜ、ナルト!――今の今まで、思い出すこともなかった、キバの言葉だ。

大戦中、十尾と戦う戦場へ皆が集まった際、ヒナタは大丈夫かとナルトに声をかけ、彼は短く
「オウ!」
と返事を寄越した。
その時、あの他愛もない、からかいをキバが放ったのは、木ノ葉隠れの里でナルトと交わした、さっきの会話のせいだったのだと、今ならわかる。

(これが夢じゃなくて、本当にナルトくんの記憶だとしたら……)

すでに体の感覚はなく、意識も薄れつつあった。

(九尾……ずっとナルトくんの中にいた、あなたが見せてくれているの?)

神樹が巻き起こした黒く巨大な砂嵐の中で、九尾はナルトへ告げた。

――お前が生きるために必要なチャクラと、残酷な未来を残してやる。ワシが選んだ、ヒナタの命と引き替えに。

尾獣を抜かれた人柱力は死ぬ。
けれども、ナルトを生かすと、九尾は約束したのだ。

(わたしは……ナルトくんを救えたのかな)

彼と初めて結ばれた翌朝、日向家の屋敷へ戻ったヒナタは、父と話をした。
そして、その夜、彼女が一人で過ごしていた部屋に突然、小さな狐が姿を現したのだ。

九つの尾を揺らし、可愛らしい姿とは裏腹な、禍々しく重いチャクラを放つ狐は、その存在だけでヒナタを圧倒した。

――ナルトが里抜けをした。

瞬時に身構えたヒナタだったが、頭の中で響く声に、ハッとした。

――里の門前に春野サクラも呼んである、彼女と共にナルトを追え。

それだけを告げて、狐が雲散霧消してしまうと、すぐさまヒナタは動いた。
服を着替え、装備も整えた任務へ向かう姿となり、屋敷を飛び出す。
そして、九尾から伝え聞いたとおり、里の門へたどり着くと、サクラを待った。

ほどなくして現れた彼女からは、詳細を問いただされたが、ヒナタもサクラ同様、里を抜けたナルトを追うよう、九尾にいわれただけだった。

とにかく事は急を要すると、ヒナタは判断した。
サスケを通して、綱手やカカシへ、すでに伝言を頼んだというサクラを連れ、すぐさま白眼でナルトを追った。

そして、洪水にあった、被害の大きい土地へ向かったと見当を付け、たどり着いた先に、巨大な竜巻と、彼の姿を見つけたのだ。

(私とサクラちゃん……どちらかを選ぶつもりで、九尾は……)

チャクラの化け物だといわれる尾獣に、死んだ人間を転生させる能力があるのか。
未知のことで、恐らくはナルトでさえ、わからないだろう。

しかし、九尾の口ぶりだともうずっと前から考えられた上で、今回のことは実行されたのだ。

(誰か犠牲になれば、ナルトくんを救える方法があると知っていた……)

生きて、とヒナタは祈った。

(ナルトくん……あなたの命は、一つじゃない。どんなに残酷な世界でも、生きて、夢を叶えて……!)

強く願い、意識を手放す。

すべては終わったはずだった。
しかし、冷たい風に頬を撫でられ、再び目を覚ましたヒナタは呆然とした。