2010年12月11日 2時30分
四国八十八カ所の「歩き遍路」ブームの先駆けとなった「へんろみち保存協力会」(松山市)代表の宮崎建樹さん(75)=松山市ひばりケ丘5=が10日、愛媛県東温市の山中で遺体で見つかった。
同会や県警松山東署によると、11月8日から行方不明になっており、巡礼路の開拓中に死亡したとみられる。
宮崎さんは、約2000カ所の道しるべを立てるなどし「歩き遍路のバイブル」とされるガイド本「四国遍路ひとり歩き同行二人」などの著書もある。【中村敦茂】
注意
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タイトル
空界
四国八十八ヶ所歩き遍路の記憶
私にとって最後の旅になるかもしれないという覚悟で出立した。
今しかないと、四国歩き遍路旅立ちの相談を女房にした。
女房は「行けば」という一言だった。5月の連休明けに出発と決めた。
あっという間に、出発の日が来た。
壮行会をしてもらった。
私自身はお別れ会のつもりであった。
多くの方が来て下さった。
もう、あとに引けないと覚悟した。
四国の板東駅で長い間待たされた。この先どうなるのだろうかと不安がよぎる。
1番札所の前の宿に泊まった。装備を買いに行った。宿泊客が、今から行くのかと聞いた。
本当に回れるのか自信もなく想像もつかなかった。
翌日、1番札所に行き記帳した。
幾多の困難が待っていた。体力的に苦しいのは想像していたが、気力が続くのだろうかと心配した。
思ったより歩き遍路の人が多いのに驚いた。みんな自信に満ちて出発しているように見える。
出発から3日目に弱気が襲ってきた。足の指爪の根本が裂けて、爪が死んだ。宿のご主人は、一度帰りなさいという。
帰ったら二度と来ることが出来ないことも判っていた。
女房は「3日で帰る訳にはいかないでしょう。何日かかっても、宿に泊まり治療をしてから出発しなさい。」と言った。
この一言で、チャレンジが始まった。1日、何キロでもいいから進もう。
止まることはしない。と言い聞かせて歩き始めた。
階段を下りているときに、地元の年輩の白い長靴を履いた女性とすれ違った。私の手に1000円札を握りしめさせた。
良いんですか?私みたいなものにお金を下さって。
これも、ご縁ですから。私のかわりに回って下さい。
必ず、回ります。
これだけの会話で別れた。決心が強固になった。それから45日余りかかり結願する事が出来た。
ふと気がついたら、遍路仲間がまわりにいた。
いつから一緒だったかは判らない。宿が同じになり、お寺で出会い、休憩場所が一緒になって来るうちに、話しをはじめた。
この人達の多くは、結願する事が出来た。
途中でリタイアした人も、再チャレンジをして結願した。
大きな励みになった。
あとから気がつくと、旅の大半で同宿も数少なく会うことも無くなった仲間も多くいたが最後まで気にかけはげましあった。
88番札所に着いた。何の感想もなかった。感動して涙を流すかと思っていたが、さばさばとして乾いた気持ちだった。
まわりの仲間も同じような様子だった。
特に、途中からアルコル−依存症の父を立ち直らせようと旅をしていた岸本親子に出会い旅をすることになった。
息子の名前は、岸本孝太郎君
人間の表情がこれほどまでに変わるのかと驚かされた。
孝太郎君は、結願が近づくにつれ、こっそりお酒を飲み始めた父の為ではなく、自分の為の旅だということに気がついたみたいだ。
自分の鏡を見るような人間の弱さを見せる父の姿は、責める気にもなれない辛さ。
そばにいて、孝太郎君を助けてあげることも出来ない。
ただ、そばにいることしか出来ない私のふがいなさも痛感した。
今、思うとこの旅は自分にとって何だったかは説明が出来ない。
空(む)という世界に入ることが出来た喜びが人生の財産であるような気がする。
INDEX版(概略を知りたい方は、こちらからどうぞ)
第一章
板東駅
2003.5.8 旅館かどや(鳴門市)泊
一番札所 霊山寺
2番札所 極楽寺
3番札所 金泉寺
四国の旅は人に会う旅だったのかもしれない
3番札所で清掃奉仕する 井上さん 錦・金・銀の納め札を頂きました
道すがら
愛染院
4番札所 大日寺
5番札所 地蔵寺
第1日目 2003.5.9 民宿寿食堂(上板町)泊
6番札所 安楽寺
7番札所 十楽寺
8番札所 熊谷寺
9番札所 法輪寺
托鉢のお遍路さんに「写真撮っていいですか?」「だめです」「そうでしょうね」
10番札所 切幡寺
吉野川をこえて
11番札所 藤井寺
第2日目 2003.5.10 セントラルホテル鴨島(鴨島町)泊
いよいよ最大の難所、12番札所 焼山寺への道
12番札所 焼山寺
第3日目 2003.5.11 なべ岩荘泊
鍋岩荘を出発して、なだらかな山道をひたすら歩いた。
遍路道、誰か橋の上を歩くのを待った
13番札所 大日寺
山岳地帯を抜けて、やっと平地のお寺に着いた
茅ヶ崎の金沢さん
世田谷の柴田さん
17番札所 井戸寺
16番札所 観音寺
15番札所 国分寺
14番札所 常楽寺
名西旅館の大将とおかみさん
第4日目 2003.5.12 名西旅館(徳島町)泊
18番札所 恩山寺
そっと、1000円を握らせてくれた。これもご縁だからと
19番札所 立江寺
第5日目 2003.5.13 立江寺(小松市)泊
20番札所 鶴林寺
雨の中を歩き続ける
21番札所 太龍寺
第6日目 2003.5.14 民宿龍山荘(加茂町)泊
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