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第二話「接触」 TAKE 2

「悪いな矢張、手間取らせて」
「良いってことよ」

矢張の車はさほど混んでいない道を順調に走っていく。
私服姿の時にはいささか軽薄そうに見える矢張だが、
意外にも車は殆ど装飾の無い、いたってシンプルなものだ。
後部席に上着が放られてる以外はたいして散らかってもいない。

そう言えばこいつって、こう見えて意外にマメなんだよな……

少しばかり感心していると、矢張はこちらに視線もむけずに尋ねてきた。

「で? また殺人でも起こったんか? 今日はお前K町の現場だったはずだろ?」
「良く知ってるな。その事件は一応目処は付いたんだけどさ……
なんか罪門検事の担当してるやつが人手不足らしくて応援要請があったんだよ」
「罪門検事の担当……?」

矢張はちょっと思案するように唇を尖らせる。

「それってマル暴の方の?」
「知ってるのか?」
「ああん? まあ、そんなに詳しくはねえけどよ? 
何でも大きなガサ入れがあるかも知れないってんで機動隊の方にも話が来てたからさ」
「ガサ入れ?」

機動隊の方にまで応援要請なんて、相当大きなヤマがあるのかな……

「令状が取れ次第らしいんだけどよ。もしかしてそいつかな」
「まさか……そんな大きな案件だったら僕みたいな新人に応援頼むなんてしないだろ」

矢張の言葉に、僕は半ば乾いた笑いを漏らす。
その話の内容では、まだ令状は取れていないのだろう。

それに狩魔検事もだけど、トップクラスの検事ともなれば複数の案件を同時に抱えることも多いらしいし……

「まあ、オレもその辺は分かんねえけど……」

矢張りはそう呟き、次の瞬間にやりと笑った。

「でもこの前の事件、お前活躍したらしいじゃねえの」

たいして表情を変えずに矢張がさらりと言ってのける。

「案外期待されてたりしてよ」
「この前の事件って……お前なんでそれを……?」

確かあの事件は、まだ何も公表されていなかった筈だ……

まあ、同時に機密事項でもないんだけど……

鑑定の結果が出るまでは公表しないことになっている。
と言っても、人の口に蓋は出来ないから、どこからか情報は洩れてるんだろうけど……

僕自身、あの後の事はまだ何も聞いていないし……

(罪門検事にそれとなく聞いてみようかな……)

爽やかに笑う検事の顔を思い出しながらも、取り敢えず目の前の事に意識を向け直す。

信号で止まりながら、矢張は僕の方に眼を向けヘラッと笑った。

「お前、怪盗×Mっつったら、今警察の中でも特に話題よ? 
愛しのアイドル冥ちゃんも参戦したってんでさ、それだけでももう話題沸騰! 
大追跡で追い詰めたんだろ?」
「お前……何処でどんな情報仕入れてるんだよ」

耳が早いな……

僕は呆れて、同時に脱力する。

冥ちゃん……って、彼女は年下でもれっきとした検事だぞ……
それをアイドル呼ばわりなんて、本人が聞いたら絶対に鞭の嵐だ。

それに大追跡って……

僕は謙遜でも何でもなく、特大の溜息を吐いた。

「言うほどでもなかったよ。
実際向こうが思った通りのルートを行ってくれたから先回りできただけだし……」

それにそれさえも本当は怪盗×Mにとっては計算の内だったのかも知れないし……

僕はこっそりと心の中でそう付け加える。

遊ばれていた……

どうしてもその感覚が拭い去れないでいた。

そんな僕の心の内を解ってか解らずか、

「お前、案外脚速いもんなあ」

矢張は車を発進させながらお気楽に会話を続けてきた。

「人並みだよ。そんなに速いってほどじゃない」
「でもよ、この前逃走した犯人を走って追いかけてった時は、マジですごかったぜ?」
「この前…………? ああ、あれか」

僕は矢張が言った事件の事を思い出し苦笑する。
以前、職務質問中に突然逃走を図られ、追っ掛けて行ったことが有ったのだ。

「あの時は必死だったからね。でもお前が先回りしてくれなかったら危なかったよ」

その時要請を受け、丁度近くを巡回していた矢張が一緒に追ってくれた。
おかげで車に逃げ込まれる前に犯人を捕まえることが出来たんだ。

「ま、オレはバイクだったからな。たまたま近かったからすぐ追っ掛けて行けたしよ」

相変わらずへらへらと笑いながら矢張はそう言った。

まあ、確かにそうだけど、それだけじゃない。

「お前は運動神経と手先の器用さだけは昔から抜群に良かったもんな」

たいして努力しているようにも見えないのに、そう言ったものはソツなく熟していた。

「お前の事だから走ってでも追いつけたかもね」
「まあな」

へらへら顔をさらにへらへらさせながら照れる矢張に、しかし僕は少しばかり意地悪に付け加える。

「ただし、その代り勉強の方は殆ど全滅だったけど」
「うわあ、それ言いっこなしよ」

そう言いながらも矢張はけたけたと笑い声を上げた。
その明るい声に僕も一緒になって笑う。

こんな憎まれ口も気軽に叩ける……
そのくらいこの男は僕にとって気の置けない大事な幼馴染……

「…………ッ」

途端に心臓に小さな針を刺されたような痛みが走り、僕は思わず眉を顰めた。

胸の中に一瞬過る、何か得体のしれない不可思議な感覚……
目の前が赤く染まり、強い圧迫感が僕の呼吸を奪っていく……

幼馴染……?
ちらちらと目の前を掠めていく銀色の何か……

「……ほどう……! おい! 成歩堂!!」
「…………!!」

矢張のどこか切羽詰まったような声に、僕は途端に現実に引き戻される。

「あ…………」
「お前、大丈夫か?」

矢張は車を運転しながらも、気遣わしげにこちらに視線をよこす。

「あ、うん……大丈夫……」

目の前の赤はすっかり消え失せ、息苦しさも遠のいていく。
僕は二、三度瞬きすると、軽く頭を振って笑って見せた。

「…………」

矢張の唇が何かを呟く。
しかし僕にはそれがなんと言ったのか全く分からなかった。

それを問いただす間もなく、そのままの調子で矢張は先を続けた。

「お前さあ……ちょっと働きすぎなんじゃね? そんなんで応援大丈夫なんかよ?」
「ま、ちょっとこのところ立て込んでるのは事実だけどね。
でもそう言ったら狩魔検事やイトノコ先輩なんてもっとだろうし……」

僕の曖昧な返事に、矢張は唇を尖らせる。

しかしそれ以上は何も言い募ろうとはせず、

「ま、せいぜい倒れんようにな」

そう言ってブレーキを掛けた。

減速した車はすぐ近くのコンビニに入って行く。
どうやら目的地に到着したらしい。
待ち合わせに指定されていたビルが道向かいに見えていた。

「あのビルだろ? 待ち合わせ場所」
「うん、ありがとな。助かったよ」

時計を見ると出発してまだ10分くらいしか経っていない。

(チャリだったら今頃はまだどのあたりだっただろ)

この分なら早く合流できそうだ。

やっぱり車の免許、取らなきゃかな……
結局矢張に迷惑かけちゃったし……

「今度飯でも奢るから。それでいいか?」
「別にいいってことよ。ま、奢ってくれるんなら喜んで付いていくけどな?」

奮発しろよ?

お手柔らかに頼むよ

軽い会話を交わしながら僕たちは車を降りた。

「おい、成歩堂!」
「……?」

振り向くと矢張が何かを投げてよこした。
僕は慌ててそれをキャッチする。
見ればそれは栄養ドリンクの小瓶だった。

「やるよ」

そう言って親指を立てて下手なウインクをする幼馴染に僕は感謝をこめて笑顔を送り、
同じように親指を立てる。

「サンキュ! じゃあ気を付けて帰れよ」
「ああ、お前もあんまり無茶すんなよ」

僕は軽く手を振って返し、待ち合わせのビルに向かって歩き出した。

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