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第二話「接触」 TAKE 1

「ふぃ~~~~っ!! 疲れたぁ!」

1課の自分にあてがわれた机にどっかりと腰を落としながら、僕は大きな溜息を吐いた。

今日も今日とて忙しい一日……
事件の方は待ってはくれず、朝早くから叩き起こされ、僕は家から直接現場に向かった。

今回の担当もやはり狩魔検事……
この間「怪盗×M」の事件に駆り出されて以来ますます僕をしごいてくれる。

……なんか恨まれる事でもしたかな、僕

あの事件以降、狩魔検事の僕を見る眼にますます険が宿ったような……

「お疲れ様です。成歩堂さん」

ついぼんやりと考えに耽っていると、僕の目の前にコーヒーのカップが置かれた。

「えっ!?」

思わず眼を上げると、僕と大して齢の変わらないくらいの女子職員がトレーを胸にニコニコと立っている。

「あ、ありがとうございます」

反射的に会釈を返し、僕が頭を下げると、

「頑張ってくださいね」

ニッコリと笑いそう言って彼女はその場を離れて行った。

その後ろ姿をぼ~~っと見つめながら、僕はハタ、と思い出す。

考えてみれば、お茶汲みは新人の仕事なんじゃないか……
でも僕、お茶なんて汲んだことなかったぞ!?
って言うか、僕って殆どここに居ないんじゃないか!!?

僕が軽いパニックを起こしている間も、彼女は帰ってきた別の刑事にお茶を出していた。
或いはそれが彼女の気遣いなのかもしれない。

「うう~~~」

僕は取り敢えず出されたコーヒーに口を付けた。

疲れた身体に苦みと、何とも言えない安堵が行き渡る。
何とも言えず美味しい。

「僕には真似できないなあ……」

呟きながら、カップを両手で包む。

あれが女の子ってものなのかな……

(女の子って言えば……あの女神様、どうなったんだろう……?)

僕の思考はいつの間にか再びこの前の事件に舞い戻っていた。

あの後、狩魔検事ともゆっくりと話せていない。
元々、検事とは現場とか職場で会うくらいのものだから、そんなに話せるわけでもないんだけど……

せめてあの女神像がどうなったかは聞きたい。

本物だったのかどうか……
本物だったとしたら、その後どうなるのか……

「はい、捜査一課」

課長が電話を取る声を遠くに聞きながら、僕は少し冷めたコーヒーを啜っていた。
途中、折角なので一緒に置かれたミルクと砂糖を放り込む。
少しだけ甘くなったコーヒーは更に疲れを癒してくれる。

「……応援、ねえ……今こっちも出払ってるから……」

課長の声が少し渋そうだ。
応援を頼まれているみたいだけど、今ここに居るのはほんの2,3人だ。
さっき戻ってきた刑事はお茶を飲んで直ぐに出て行ってしまった。

かくいう僕も、検事から待機を命じられている。
完全な立件まではここを動けない。

断りを入れて、課長は電話を切った。

「こっちも忙しいんだよ、まったく……」

小さく悪態をつき、書類に戻る。

(大変だなあ、管理職も……)

横目でその様子を見ながら、僕はこっそり溜息を吐いた。

正直応援に駆り出されたって、1課の仕事しかわからない僕は足手まといなだけだし……
有り得ないとは判っていても、ついそんなことを考えてしまう。

すると、しばらくして再び電話が鳴った。

「はい、捜査いっ……罪門検事? どうなされました?」

電話を取った課長の声が一瞬詰まり……
訝しげなものへと変化する。

僕もまたふと気になり、受話器を耳に当てる課長の方に眼を向ける。
課長の表情は困惑気味だ。

罪門検事、何の用事なんだろう……
まさかまたどこかで事件でも起こって……?

「えっ、成歩堂ですか……?」

えっ!? 僕……?
課長の声がますます困惑の度を深める。
ちらりと視線を流され、僕は同じように困惑して眉を顰めた。

「しかし成歩堂は別件で……は? 確かにここにおりますが……はぁ……」

電話の向こう側の罪門検事、一体何を話しているんだろう……
それから更に少し話してから、課長は諦めたように溜息を吐いた。

「解りました。狩魔検事が許可されたならば……はい、すぐに向かわせます」

そう言って課長は電話を切り、僕の方に顔を向けた。

「おい、成歩堂……」
「はい」

どうやら応援、みたいだな……

僕はコーヒーの最後の一口を喉に一気に流し込むと、パーカーを手に立ち上がった。

 
「あれ、成歩堂じゃね?」

警察の駐輪場入り口まで来たとき、僕は背後から声を掛けられた。

「あ、矢張」

声のする方を振り向くと、白バイに跨った少しばかりチャラっぽい男がニコニコと片手を挙げていた。

一見するととてもそうは見えないけど、これでもれっきとした警察官だ。
そして僕の幼馴染でもある。

「どうした~~~、どっか行くのか~~?」

白バイに跨ったまま、恐ろしいほどに緊張感のない声で話しかけてくる。

「うん、今から応援。お前は?」

そして僕もまた、この男を目の前に、どうしても気の抜けた口調になってしまう。
僕の問い掛けに、矢張はニヤリと笑って何故か親指を立てた。

「オレ? 今から上がるとこ。後はこいつを戻すだけ」
「そっか、お疲れさん。じゃ、僕は行かなきゃいけないから」

軽く労いの言葉を掛け、僕は自転車を取りに駐輪場へ向かおうとする。

「おい待てよ、まさかチャリで行くんか?」
「うん、そうだけど……?」
「現場近いんか?」
「うん? ○○だけど?」

チャリで30分もあれば着くかな……

「アホか、お前……」

矢張が呆れた声を上げる。

「ちょっと待ってろ。すぐに車出してやるよ」
「え、でも報告とかあるんじゃないか?」
「んなもん、後でもいいだろ?」
「いやいやいや……」

後でいいはずないだろ……?

断りを入れようとする僕を差し置いて、矢張はすぐ近くを通りかかった別の白バイ隊員に声を掛けた。

「せんぱ~~い、ちょっとこいつ……じゃねえや、成歩堂を現場に送ってきてもいいッすよね」

いや、だから矢張……それって言い方が確定になっちゃってるし……

「ああん? おう、成歩堂刑事か? バイクはちゃんと置いとけよ?」
「ウィ~~す」

いやいやいや、だから先輩さん、そんなにあっさりとOKしちゃっていいんですか!?

「急ぐんだろ、パト出すか?」
「いや、俺の車で充分みたいッスよ……じゃ、行ってきます。ここで待っとけよ、成歩堂」
「あ、おい、矢張ってば!!」

制止の声も聞かず、矢張は白バイ用の駐輪場へと姿を消した。

「……たく」

その後ろ姿を見つめ、僕は微かに苦笑を漏らした。しかし、それもすぐに心配に取って代わられる。

本当に大丈夫か……?
後で怒られたりしないよな……?

「心配は要らないよ。成歩堂刑事」

先輩隊員が、僕の表情を見て苦笑を漏らしながら肩を叩いてきた。

「でも……僕のせいで業務に支障が……」
「でもお宅も急ぐんだろ? 殺人かい?」
「いえ、人手が足りないらしくて応援に……殺人じゃないみたいですけど」

僕は曖昧に返答する。
実際課長からは罪門検事からの要請と待ち合わせの場所しか聞いていない。
詳しい説明はそこで受けることになっている。

先輩隊員は掠れた口笛を吹いた。

「へえ、流石は凄腕新人……人気者は違うねえ」
「は? 人気者って……?」

からかわれているのかと思い、少し年上の隊員の顔を見つめる。
しかしその眼に皮肉やからかいのような色は見えない。

訝しそうな眼をしていたのだろう。
隊員は片頬を上げニヒルに笑った。

「お宅だろ? この間、怪盗×Mから狙われた物を守ったって言う凄腕さんは」
「あ、あれは……」

意外な所で今一つ思い出したくない名前を聞かされて、僕は思わず口籠る。

「守ったなんて……あれは狩魔検事が……」

おたおたと言い募ろうとした僕の言葉は、急に近づいてきた車のエンジン音にかき消された。

「お待たせ、成歩堂」

僕らの脇に横付けした軽自動車から、矢張がひょっこりと顔を覗かせた。

「今度ゆっくり話でも聞かせてくれよ、成歩堂さん」

先輩隊員に肩を押され、矢張にも急かされて、

「はい、行ってきます」

僕は小さく会釈を向けると、車の助手席に乗り込んだ。

TAKE2>>