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第一話「邂逅」 TAKE 1

程無くして僕たちは現場に到着した。
現場は高菱屋の特設会場に設けられた『綾氏の秘宝展』……
大胆にもこの会場に直接カードが落ちていたそうだ。

何でも綾氏健蔵とかいう大金持ちの個人的コレクションだそうで、殆ど世に出ていないものらしいけど……

「……ってか、これって……」

キラッキラに輝く、モノすんごいふくよかさをこれでもか! とひけらかす純金の裸婦像とか……
象牙で作られたらしいちょっとよく判らないもの……

「『妖しの秘宝展』の間違いじゃ……」

はっきり言って、僕の理解を超えてしまっている。

「何ぶつぶつ言ってるの?」

会場の雰囲気に呑まれてしまって立ち尽くす僕に、狩魔検事が厳しい目つきで近寄ってきた。
手には一枚の紙切れ……それを僕の方に突き付ける。

「これがリストよ。一応眼を通して把握しておきなさい」
「はい」

大人しく受け取り、眼を通す………………

……………………………………………

えええええええええええええええええええええええっっっっ!!????

「はああっ!?」

僕は思わず、純金の裸婦像とリストを見比べた。
評価額の欄には僕がついぞお目に掛かった事の無いくらいの「0」が並んでいる。

つい上げてしまった声に、迷惑そうな警備員の眼が集中し、僕は慌てて目線を下に落とした。

「騒がしい男ね、相変わらず」

狩魔検事は、しかし、意外にも少しだけクスリと笑い声を漏らした。

「まあ、気持ちは解らないではないわ……
あれにそこまでの芸術性は感じないし、まあ、バカのバカバカしい評価なんて、元々何の役にも立たないけど」
「うわああ……そこまで言い切りますか?」
「当然よ。私は自分の眼しか信用しないわ」

鞭をピシリと一振りすると両手に構える。
僕は恐くてそれ以上突っ込むのを止めた。

「で、あれが一応、今回のターゲットの最有力候補、ってわけ」
「あの裸婦像、が……?」

ああ、だから警備員と捜査員があの場所に集中しているんだ……

「確かに女性像だから、『麗しの君』ってありかも知れないけど……」

さっきからちらほら聞こえてくる会話に、少しばかり引っ掛かりを感じる。

「今回はターゲットの特定が楽だったな」
「そうだな。いつも候補が幾つもあって……」
「でも随分高いよな……今回は一番だぜ」

リストに眼を落とせば、確かに件の像が一番高価で、秘宝展の目玉でもある。
普通ならばこれが一番に狙われても可笑しくは無いんだけど……

「う~~~~ん」

さっき見せられたカードの内容を反芻する。
守り通したくば、眼をしっかりと開けて、見守る事……

「何か不満そうね、成歩堂龍一」

考え込んでしまった僕を咎めるでもなく、狩魔検事が話しかけてきた。
って言うかわざわざフルネームで呼ばなくても良いんだけどな……

「不満、と言うか……もうターゲットが解ってるんなら、僕のいる意味ないんじゃないかな……な~んて」

僕は一応思っている事の半分だけ表に表わす。
僕なんかがあれこれ口出すなんて、余計以外の何物でもないだろう……

「私に嘘を吐くつもり? 成歩堂龍一」

しかし狩魔検事はそのくらいで誤魔化されてはくれないようだ。
その眼がスウッと冷たく細められ、両手に構えた鞭が微かな音を立てて軋んだ。

こ、こ、怖エエエエッ!!!

「いやいやいや! ウソはついてませんよ!」

僕は慌てて後ずさりしながら降参の構えを取った。狩魔検事は間合いを詰めることはせずに冷たく笑う。

「要らない誤魔化しは時間の無駄よ」

威圧的な促しに、とうとう折れて僕はしぶしぶ口を開いた。

「大したことじゃないんですけど……僕だったら、あんなもの要らないなあ……って」
「そうかしら? 美術コレクターの審美眼なんて解らないものだと思うけど?」
「まあ、そう言えばそうなんですけどね……
でも、少なくとも『怪盗×M』って、金目で狙うタイプじゃないような気がするんですよ」
「どういうこと?」

……今思えば、この時に狩魔検事は僕を試していたのかも知れない。

しかしその時の僕は、それを感知することなく先を続けた。

「今まで少なくともニュースとか、さっき見せて貰った資料とかからしても、
それなりの価値はあってもそこまでじゃないものも多かったみたいだし……」

僕は顎に手を当て天井を見上げた。
車の中で参考に、と見せられた資料を頭の中に思い浮かべる。

「でも、確かに自分の価値観で獲物を決めてるみたいだし……」

その獲物は盗まれた後、著しく評価が上がっている。
ある意味、それらは誰が見ても「欲しいかも」と思えるものだった。

「それに……さっきの警備員の言葉……今度の獲物は判りやすかった……って言うのは」
「いつも、予告状には謎掛けがされているから、いくつも候補があったりしてるのよ」

いつの間にか少し近寄ってきた狩魔検事が僕の言葉を引き継ぐ。
考えに没頭し始めていた僕はそのまま頷いた。

「そうみたいですよね。だからおかしいんです。あからさま過ぎるし……
でも、さっきの予告状、そうすると矛盾めいたセリフが有るんですよね……」
「矛盾……?」
「眼をしっかりと開けて……」

僕は眼をやっていた天井をぐるりと見回す。
その一点で目が止まった。
「やっぱり、矛盾だよな……」

そこにはやはり監視カメラが裸婦像にしっかりとむけられていた。

「こんなにしっかり『眼を開けて見守られて』いるものを、わざわざ更に言い募るようなこと、するのかな……」
「ここの警備状況を知らないのでは無いの?」
「いや、それは無いと思いますよ。だって、現にこの場所にカードが有ったんでしょ?」

しかも警備が手薄になる隙をついて、いつの間にかこれが落ちていたそうだ。
つまり、少なくとも怪盗×Mはここの警備状況を把握していると見た方が良さそうだ。

「つまりあなたは、あの裸婦像がターゲットではない、と思っているのね?」
「う~~~~~ん……断言はできないけど、他にも見た方が良いような気もするんですよね……
もしかしたら、まだ『麗しの君』が他にもあるかもしれない……」

言いながら、眼を降ろし、狩魔検事と視線を合わせる。

「狩魔検事もそう思ってるんじゃないですか?」

だから、到着したにも拘らず、あの輪の中に入っていないのだ。
時間の無駄を何よりも嫌う彼女としては、それは極めて珍しい事だった。

「フッ……合格ね、成歩堂龍一。そうと決まれば時間が惜しいわ。行くわよ」

うっすらと口元を笑みの形に曲げると、狩魔検事は僕の返事も聞かず、踵を返した。

「了解です」

僕もまた、それ以上の事は聞かず、彼女に付いて展示品を見て回ることにした。

それにしても、見れば見るほど妖しい物ばかりだ。
説明書きを見ると、ますます怪しさが募っていく。
しかしこれも仕事……僕は眼がちかちかするのを堪えながら展示品を一つ一つ検分していった。

「………………ん?」

会場の殆ど隅っこの、小さな展示品を目にして、僕は立ち止まった。

「…………」

惹き付けられるようにそれを覗き込む。

材質は……白い石のようなもの……
それは、僕の手の中にでもすっぽりと収まりそうな小さな女性像だった。

柔らかな曲線を強調してはいるものの、あの裸婦像と比べると随分可愛らしい。
ただ、そのデザインや見た感じからかなり古いもののようにも見える。
両目に嵌め込まれているのは赤い宝石……ルビーか何かだろうか。

「……どうしたの? その像が気になって?」

足を止めてしまった僕に気付いて、狩魔検事が横から像を覗き込む。

「ええ、まあ」

うわの空で返事をしながら、僕は説明が書かれているパネルに眼を通した。

『女神像  19**年、〇〇〇〇国××地方より出土』

あまりに素っ気ない文字に少しばかりケースの中の女神像に同情してしまう。
リストを見てみると、評価額は控えめだった。

「ひょっとして……」

天井や周辺を見てみる。

「……やっぱり」

監視カメラが移動している。

「異国の地にて哀しみに沈む……しっかりと眼を開けて……」

あまりに単純すぎるけれど……

「もしかしたら、『麗しの君』って言うのは……」
「これかも知れないってこと?」
「断言はできませんけど……多分……」

狩魔検事はしばらく黙考していた。
そしてもう一度辺りを見回し、キュッと鞭を握りしめた。

「そうね、候補の一つとして充分な材料は揃っているわ。
この像はどうやら盗品の可能性もあるみたいだし……」
「盗品……?」
「あまり大きな声では言えないけど、
コレクターである綾氏健蔵はかなり強引な手段を用いることで有名だそうだから」

言いながら一枚の紙をひらひらさせる。

「ここに書いてあるんだけど、この女神像、そっくりなものがとある国から盗まれているらしいの」
「えっ? その国ってまさか?」
「このパネルに書かれている国とは違うわ。これは国際警察から直接私に届いた依頼なの」
「じゃあ、狩魔検事は初めからこの女神像を……?」
「それもあるけど、ここの警備の応援を受けたのも確かよ」

そう言って狩魔検事は紙切れを懐にしまう。
そして僕を見上げると、ニヤリと笑った。

「……まあ、これがターゲットならば一石二鳥と言った所なんだけど」
「ターゲットならば、でしょ? それ言ってるの僕だし……それに単純すぎて自信無いんですよね」

僕は眉を顰め頭を掻く。
しかし、狩魔検事は余裕を見せるような笑みを口元から消さない。

「他の者たちが無能なだけでしょ。
案外実は謎掛けでも何でもなくて、そのものずばりを言ってるのかも知れないわ」
「だったら良いんですけどね」
「ならば聞くけど、成歩堂龍一? 他に候補となりそうなもの、有って?」

問われてもう一度ざっと見まわす。
男性もあり得るかと思って(だとしたら怖いけど……)見てはきたけど……

「無機物、男性像、その他諸々……」

『麗しの』……『眼を開けて』……『異国の地にて哀しみに沈む』

自分の価値観で獲物を決める怪盗……

「僕ならやっぱりこれを狙うかなあ……」
「私も同意見よ。ならば問題は無いわね」

…………いやいやいや、ほんとにそんなんで良いんですか?
問題有りそうなんですけど……たくさん

僕が言いたい事は判っているだろうに、狩魔検事は更に笑みを深めた。

「決まりね。私たちはこちらを重点的に見張りましょう」
「……了解、です」

逆らうことが出来ず(と言っても逆らうつもりも無かったけど)僕は小さく頷き、敬礼した。

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