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第一話「邂逅」 TAKE 2

某月某日
予告状に書かれた日
僕は高菱屋の特設会場に居た。

結局あの後、更に見落としが無いかさんざんチェックして回ったけど、
やはりそれらしいものに行き当たらず、狩魔検事と僕は当初の予定通り女神像を警備することに決めた。

…………のは良いんだけど……

「だからって、僕に出来る事なんて何も無いんだけど……」

呟きながら僕は他の警備員に紛れて(て言ってもいつもの通りのスーツにパーカー姿だけど)
じっと女神像を監視していた。
時折場所を変えながら、ほんのしばらくの間も眼を離さない。

って、結構しんどいよな……これって。

何せ、これを見張ってるのって僕しかいない。
狩魔検事は公判の後にここに来ることになっている。

準備期間なんてわずか一日……それでも狩魔検事は余裕の笑みを崩さずに、

「そんなもの、一日あれば充分よ」

なんて、例の口調でのたまってくれた。
しかも人手も僕一人……

「ほんとにこんなんで大丈夫なのか……?」

経験の浅い僕には不安なことだらけだ。

確かに一番疑わしいとされる裸婦像は、沢山の警備員がそれこそ目を光らせてるから問題ないとしても……

もし、どちらでもなかったとしたら……?

一応すべてのケースには盗難防止のためのセンサーが取り付けられてるとは言え、
それも本当には当てにならない。

それは渡されて眼を通した資料から、否が応でも感じてしまった。

「うう~~~~~~ん」

ずっと緊張のしっぱなしですっかり肩が凝ってしまった僕は、一度大きく伸びをした。

「……おやおや、もう疲れたのかね」

僕が伸びをしたのを目に止め、そう揶揄するように言いながら近寄ってきたのは……

「あ、お疲れ様です」

この現場の警備主任だった。

(やれやれ……)

僕は心の奥底で溜息を吐く。

どうもこの主任さんは、僕たちがギリギリに近い時点で警備に参入してきたのがお気に召さないらしい。
僕達じゃさして役に立たないと、まともに言ってくれちゃったし……

まあ、揃って現れたのが年若い少女に新米刑事じゃ、言いたくもなっただろう……

結局は狩魔検事の鞭の洗礼を浴びてから、表立っては、彼女には逆らわなくなった。
その代り、僕に対しては嫌味が倍増してしまったんだけど……

「まあ、経験の浅い君では警備はさぞ疲れるだろうねえ。気の毒に思うよ」
「でも、狩魔検事からの指令ですから」
「あの御嬢さんかね? まあ、検事としては天才かも知れないが……」

僕が反論したのが気に食わなかったのか、或いは余程溜まっていたのか……
主任が愚痴り始めた。

(もう、何処か行ってくれないかなあ……)

この人にも重要な任務もあるだろうから、
こんなとこで僕なんかにかまけてないでそっちに専念すればいいのに……

失礼にならない程度に目線をちらちらさせながらの見張りはいい加減疲れを倍加させる。

延々と続きそうなそれに、そろそろ忍耐も切れかけたころ、

「あれ、君、確か冥ちゃんと一緒に居た子だよね?」

陰にこもる事の無い明るい声が主任の愚痴を遮った。
その声に主任が飛び上がる。

「ざ、罪門検事!」

罪門……検事?

見ればテンガロンハットにバックスキンの……上着?を着た、
いかにもウエスタン風の出で立ちのまだ若い男がニコニコと立っていた。
その笑顔を主任に向ける。

「こんな所で何を? 副主任が探してましたよ、用事がある、って…………」

罪門検事がふと目深にハットを引き下げる。

「早く行った方が、良いんじゃないかな……ね、主任さん?」

その奥から覗く瞳が冷たく光る。

こ、怖ッ!!

口元が笑っているだけに余計に怖い。
それこそ西部劇よろしく早打ちでもかまされそうだ。

「は、はいっ!!」

哀れな主任は飛ぶように後ずさりすると、一目散に去って行った。

(やれやれ、これで集中できるな)

僕はホッと胸をなでおろすと、罪門検事に敬礼をした。

「ご苦労様です」

罪門検事は柔和な表情に戻り軽く手を上げて僕を制すると、僕の隣に並んだ。

「ごめんね、君の仕事の邪魔しちゃって」

苦笑しながらそう言う。
それを僕は集中していいと捉え、女神像に視線を固定した。

「その……ありがとうございます。助かりました」
「良いんだよ、気にしないで。君には君の仕事があるんだ。邪魔していい道理は無いよ」
「…………あの、どうして僕の事を?」

至極当たり前のように僕の仕事と口にする検事に違和感を覚えて、僕はそう訊いた。

「確か、今日初めてお会いしますよね?」
「うん? そうだった? 昨日冥ちゃんと一緒に居たの見てたから」
「昨日……? あっ」

そう言えば狩魔検事、昨日誰かと話してたっけ……
少し奥まった所で話してたから相手が良く見えなかったんだけど……

「まあ、ちょっとばかり迷っちゃったけどね。初めは学生かと思っちゃった」

事も無げにすらっと失礼なことを言ってのけてくれる。
しかし僕はそれに反論できない。

「ううう…………」

結局それって、僕は全く刑事に見えなかった、ってことだよな……

「あはは、そうしょげないで。狩魔検事から話は聞いてたから」
「狩魔、検事から?」
「部下……つまり君をサポーターに付けるってね。
あの子がそう言うんだ、きっと優秀な刑事だろうって思ってたんだけど……」
「すみません、こんな新米で……」

ご期待に副えなかったでしょ?

そう続けようとして、僕は言葉を止めた。

女神像に近付く一組のカップル……
だが、彼らは少し覗き込み何事か談笑して、それから何事も無く立ち去ってしまう。

僕は知らず詰めていた息を吐き出した。

「そんなに卑下する事でもないと思うけどなあ……」

罪門検事は何故かそう小さく呟き、溜息を吐いた。
そしてはたと気付いたようにポン、と手を打つ。

「そう言えば、自己紹介まだだったね……僕は罪門直人、よろしくね」

そう言って軽く帽子を引き下げる。僕もちらりと会釈を返して、

「僕は、成歩堂龍一と言います」

状況が状況だから、お互いに握手は求めない。
僕達はすぐに女神像の方へ視線を戻した。

「……それにしても、可愛い女神様だねえ」

ちょっと明るい声で、罪門検事が世間話のように言う。

「ええ、そうですね」

僕は適当に近い相槌を打つ。
まだ新米である僕には少々荷が重い緊張の中に居るのだ。
許してほしい……

罪門検事は心得ているかのように気を悪くするでもなくそのまま世間話を続ける。

「まあ、あのご婦人もなかなかにエキセントリックなんだけどね」
「……フェミニストなんですね」
「そう? 僕は全ての女性にはそれぞれの魅力があると思ってるけど?」
「でも、あの娘は狙わないで下さいね? 逮捕しなきゃならなくなるから」
「おお恐い……」

言いながらくすくす笑う。
僕は適度な緊張を残しながらも、この検事の適度な軽口に少しばかり肩の力が抜けるのを感じた。

「お、やっと笑った」

嬉しそうな声にちらりとだけ眼をやると、悪意のない爽やかな笑顔が垣間見えた。

「聞いても良いかな? どうしてあれを?」
「僕は罪門検事みたいにフェミニストじゃないんで……」

僕は殆ど何も考えずに言葉を紡いだ。

「それに、あの娘の方が淋しそうに見えたから……」
「………………」

何故か……

一瞬罪門検事の気配が変わった。
まるで研ぎ澄まされた日本刀のような……

「……なるほど、ね」
「えっ?」

呟かれた言葉の響きに思わず反応して、僕は罪門検事に眼を向けてしまう。

しかし、罪門検事は像に眼を向けたまま、何も変わらない様子で笑みを浮かべていただけだった。

「ちょっと休憩したら? 僕が代わりに視てるから」

僕の視線に気付いたのか、ちょっとだけ僕に眼を向けて口だけで言う。

「……いえ、大丈夫です。狩魔検事が来られたら、その時にでも」
「僕じゃ信用できない?」
「そうじゃありません。ありがとうございます。でもこれは僕の仕事ですから」
「……真面目だねえ」

嘆息する気配……
確かに僕だって疲れていないと言えばむちゃくちゃウソになるけど……

「じゃあさ、狩魔検事が来たら、休憩しようか?」

その響きに少しばかり面白がる気配が混ざる。
しかし僕は気に留める事も無く苦笑した。

「出来たら、ですけどね……」
「そう……じゃあ、代わってあげて? 冥ちゃん?」
「……相変わらずね、直人? 人の名を気安く呼ばないでって言ってるはずだけど?」

唐突に聞こえた返事に今度は僕が文字通り飛び上がる。

「か、狩魔検事!?」
「シッ!! 大声を出さないの」

言いながら狩魔検事は罪門検事とは反対の方に、僕を挟むようにして立った。

「ご苦労様です……公判は?」
「終わったわよ。当然でしょ?」
「え、でも確か……」

ちらりと時計を見るとまだ公判の開始から二時間も経っていない。

「私を誰だと思っているの? 
完璧な証言、完璧な証拠……公判なんて30分で終わらせてきたわ……尤も」

鞭のギリリときしむ音がする。

「周りが愚図じゃなきゃ、もっと早く終わらせられたんだけど」

うわああああ…………

「相変わらず怖いねえ、冥ちゃん」

いやいやいや、その狩魔検事に『冥ちゃん』呼ばわりできる貴方も相当だと……

二人の凄腕検事に挟まれ、僕は冷や汗を流すしかない。

だんだん思い出してきたんだけど、確か罪門検事って検事局でもトップクラスに入るはずだ。
それに続くのが狩魔冥と、そしてもう一人……

考えに沈みそうになっていた僕の目の前に、紙の袋が差し出された。

「…………? これは?」

袋を通して美味しそうな匂いがする。
見れば狩魔検事が女神像に眼を向けたまま、片手だけでそれを僕の方に突き付けていた。

「バカ正直なあなたの事だから、まだお昼もとっていないんでしょ? 
ここはしばらく私が見ておくから早く食べてきなさい」
「あ……はい」

意外な差し入れに、僕は戸惑いながらもそれを受け取った。

実際とてもありがたい……んだけど……

「優しいねえ、冥ちゃん。勿論これって差し入れなんでしょ?」

罪門検事が訊きにくい事をズバリと訊く。
本当に余裕なお人だ。

「必要経費よ、問題ないわ」

狩魔検事も殆ど表情を変えずさらりと答えた。

その答えにだろうか……
罪門検事はくすくすと笑った。

「優秀な部下は大事にしないとね……
ねえ、今度彼を貸してくれない?」
「お断りするわ。彼は私のものよ」
「え~~~、ケチだなあ。ズルいよ独り占めなんてさ」

わざとおどけて大げさに肩を竦める罪門検事。
一方の狩魔検事は鼻で笑うばかり。

まるで狐と狸の何とやら……

その間に挟まれて何も言えずに冷や汗を垂れ流しする僕に罪門検事はニッコリと微笑んで、

「さ、優し~い上司のお言葉だ。少し休憩しておいで」
「あ、の、えと、ハア……」

尚も少しばかり逡巡する僕に罪門検事はますますニッコリと笑みを深め、ダメ押しする。

「どうせ本番は閉館後だよ。肝心な時にへたらない様に、今のうちに休んだ方がいい」
「閉館……後?」
「そ、どれが狙われるにせよ、ね」

そう言ってウインクする。

「さ、行っておいで。
で、良かったら今度、僕の所を手伝ってよ」
「あ…………はい」
「さっさとお行きなさい! 成歩堂龍一!」

狩魔検事の鞭がギシリと音を立てる。

や、ヤバい!!

「は、はい!!」

僕は身の危険を感じ、慌てて敬礼するとその場から一目散に逃げ出した。

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