Target!
「ヤッパリくん!! 捜査に行くッスよ!」
「あの…………糸鋸先輩、僕、成歩堂なんですけど……」
「そんなことはどうでも良いっス! 早く行かないとまた狩魔検事が鞭の嵐ッスよ!!」
「どうでも良いって…………ワカリマシタ」
僕の名は成歩堂龍一。
今年刑事になったばかりの24歳だ。
「早く行くッス!」
僕をがなり立てて急かしているのは糸鋸刑事。
僕が配属された捜査一課の先輩刑事。
ものすごく人は良いんだけど…………
「あ――――――ッッッ!! 捜査手帳忘れたッス!」
……ソソッカシイ上に、記憶力も危なっかしい。
「はい、これですよね」
机の上に置きっぱなしになっていた手帳を渡す。
いつもの事だから机を離れるついでに手にしておいたのだ。
「お、サンキュッス!」
人のものを勝手に取るなとのツッコミは無し……(それも刑事として以前にどうかと思うけど……)
僕自身、こんなことで狩魔検事の鞭のフルコースは御免こうむりたい。
僕達は急いで現場に駆け付けた。
僕達捜査一課の事件と言えば、やっぱり殺人現場が殆どになるんだけど……
「遅いッ! ヒゲ!」
僕達よりもやはり先に到着していた狩魔冥検事にキッツイ一撃を喰らってしまった。
「ぎゃん!!」
いっそ見事なほどのリアクションで仰け反るイトノコ先輩の次の標的はもちろん……
「ぼやっとしてないで捜査しなさい! 成歩堂龍一!」
「うわっ! はい!解りました!」
大体僕たちはすぐに到着したのにこの理不尽な仕打ち……
泣きたくなる気持ちをぐっと堪え、僕達は大急ぎで現場検証を開始した。
「ふい~~~ッ、つ、疲れた!!」
いつもの如く陰惨な現場に戸惑うような暇も無く、鬼のような検事に追い立てられ、
やっと容疑者を確保して、何とか少しの休息を得たころには、既に巷は夜と言って良い時間帯だった。
イトノコ先輩は二日後の公判の準備に追われている。
着ているコートはよれよれなのに、意外にバイタリティーに溢れている。
あの体力はどこから来るのか……
かなり不思議だ。
しかしそれよりももっと恐ろしいのは狩魔検事……
今頃は検挙した容疑者を裁判にかけるための手続きをしているころだ。
若干17歳にして既に検事歴4年のキャリア……
小柄で黙って立っていればきれいな女の子にしか見えない(と言ってもやや険があるのは否めないけど……)のだけど、
その細腕から振るわれる鞭は、二回りは大きいはずのイトノコさんまでノックアウトしてしまう。
どちらも僕には真似できない。
(それともこれも慣れてしまうのかなあ………)
まだ勤務中だから家には当然帰れない。
明日の朝になれば交代で帰れると言っても、この分ではそれもどうなる事やら……
「今のうちに休んでおくかな」
自分の机でコーヒーを啜りながら、僕は今日の捜査を頭の中で反芻していた。
今日の事件は、そこまで厄介でもなかったように思う。
初めの容疑者は2人いたけど、よくよく話を聞いてみればおかしなことだらけ……
だから疑問に思うことを次々に聞いてたら、そのうちの一人が逃げ出した。
まあ、その男がやっぱり犯人だったんだけど……
狩魔検事が直ぐに敷いた検問に引っかかって敢え無く御用となった。
考えてるうちにいつの間にか睡魔が襲って来ていたらしい。
机に着いたまま、僕はうつらうつらとしてしまっていた。
しかしそれもすぐにカツカツと高くて硬い音を立てて近づいてくるハイヒールの音に妨げられてしまった。
「成歩堂龍一!」
ぴしゃん!!
立ち止まったと同時に響き渡った鞭の音に、僕は思わず飛び上がってしまう。
と同時に危うく椅子から転げ落ちそうになり、机にしがみつく格好となってしまった。
「はっ、はい!!」
眼を上げると、女王様の様に顎を反らした狩魔検事が見下ろしていた。
「事件よ! お供しなさい!」
「え? あ、はい」
「はい、だけでよろしい!」
「はい!」
一喝されビクリと立ち上がる。
そんな僕に狩魔検事は片頬だけで笑って見せると踵を返し歩き出した。
(やれやれ)
僕は溜息を飲み込むと、ギシギシ音を立てそうな身体を鞭打って小さな身体の後を追った。
「あの、どこに……?」
狩魔検事御用達の高級車に乗り込んで移動する中で、僕は恐る恐る尋ねた。
窓の外の景色は明らかにさっきまで捜査していた現場に向かう道ではない。
ずっと黙っていたから、てっきり追加の捜査だと思い込んでいたんだけど……
「…………これは極秘任務よ」
それまでずっと黙って窓の外を見つめていた狩魔検事が思いの外静かな声で切り出した。
「極秘任務…………?」
訳の分からない僕はオウム返しに聞くしかない。
狩魔検事はポケットから一枚のカードを取出し、僕に見せた。
「わかって? このカード」
「……予告状? ! これって!?」
手渡されたカードは名刺よりもやや大きめのサイズ……そこには大胆不敵な宣言文が踊っていた。
某月某日
異国の地にて哀しみに沈む
『麗しの君』をお迎えに参上する。
守り通したくばその眼をしっかりと開けて見守る事だ。
怪盗×M
「怪盗×Mって、この頃話題の…………?」
「流石に貴方の耳にも入っているようね」
驚きの声を上げる僕に、狩魔検事は頷いて見せる。
「狙う獲物は逃さない。美術品専門の大怪盗……
世間ではそう言ってるようだけど……」
僕からカードを受け取りながら、狩魔検事は口元を大きく歪めた。
「私から言わせれば目立ちたがりのただのバカよ」
「で、まさか、今からその現場に行くんじゃないでしょうね?」
「あら、当たり前じゃないの」
「いやいやいや! だって今は殺人事件の捜査の真っ最中だし!」
狩魔検事はどう言うつもりかまだ新米の僕には解らないけれど……
「公判が有るんでしょう!? それに僕は1課なんですけど!」
言い募る僕に、狩魔検事は小馬鹿にしたような笑みを浮かべる。
「私を甘く見ない事ね、成歩堂龍一……私は狩魔よ。
明後日の裁判は完璧だわ。そんな過去の事にいつまでもこだわってられないの」
うわああ……今日の事件がもう『過去の事』になってるよ……
「ううう、流石ですね……でもじゃあ人手が足りないんですか? 何も僕なんか……」
「私を甘く見ないで、って言ったはずだけど?」
狩魔検事の目つきが数段厳しさを増す。
ひええええええ………こ、怖ェ!!!
いつもふるってる鞭より鋭い視線に僕は震え上がる。
しかしこれは僕の性格なのか、疑問に思ったことはどうしても解き明かさないと気が済まない性質なのだ。
って言うか、何でこの流れでその眼付きなんだ!?
「良く思い出してみる事ね。誰があなたを刑事にしたのか……」
「ううう……」
思い出さなくても分かってますよ……
僕はそう言いたくなるのをぐっと堪えて唸り声を上げた。
続く