真実の探求者 2

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午後八時、とあるバー……

カウンター席に二人の姿は有った。

御剣の前にはワインのグラス、成歩堂の前にはピルスナーグラスが置かれている。
それぞれのグラスにはまだ半分ほどの酒が残っていた。

時折ぽつぽつと会話を交えながら、二人はゆっくりとした時間を楽しんでいた。

ほんの数時間前まで法廷で相対していたとは思えないほど、二人の間に流れる空気は穏やかである。

幼馴染と言っても、二人が共に過ごした時間そのものは短い。
それ故に会話と言えば法廷の事が主になり、
時折もう一人の幼馴染や共通の知り合いの話題が少しばかり加わるくらいだ。

どちらかと言えばお互い自分の事を殊更に話す方でもないし、
また無理に聞くことでもないから必要最小限の事くらいしかお互いに知らない。
しかしそのことにさしたる不便は感じなかった。

「ところで成歩堂……」

一杯目が終わるころ、御剣がふと思い出したように口を開いた。

「何?」

グラスに残った一口を呷りながら成歩堂は眼だけを御剣に向ける。

「最近、君は何かの取材を受けただろうか?」
「取材……? ああ、そんな事、有ったかな…… 何で?」
「いや……」

御剣は彼にしては珍しく少し口籠る。その様子に成歩堂は訳が分からず首を傾げた。

「…………」

御剣は沈黙したまま鞄から一冊の雑誌を取り出した。

「……雑誌? それが何か?」
「この記事なのだが」

付箋で目印を付けておいた箇所を開く。

「ああ……」

一瞥して成歩堂は苦笑した。
それ以上は大したリアクションも見せず、二杯目を注文する。

「御剣は……?」

ワインはボトルで頼んであるから必要は無いだろうが、一応尋ねる。

「いや、私はまだいいい」

案の定首を横に振った御剣に、成歩堂は頷いた。
そのまま沈黙が落ちる。

バーテンが二杯目のビールを置いて目の前から静かに立ち去った時、成歩堂はポツリと呟いた。

「その記事、読んだのか?」
「ああ」

短い返事に、成歩堂は肩を竦めて少しばかりおどけたように笑う。

「意外だな。お前がそんな雑誌読むなんて」

いわゆる雑誌と言うのは女性週刊誌と言う代物だ。
特にこれは未だにゴシップなどを扱う、そんなに性質の良い物ではない。

「糸鋸刑事が置いて行ったのだ」
「あ、なるほど……だろうね」
「そういう君はどうなのだ? その言い草だと君もこの記事の事を知っているようだが」
「僕の情報源は真宵ちゃんだよ」
「ならば納得だな」

言って二人はクスリと笑いあった。

糸鋸刑事は御剣の部下、真宵は成歩堂の亡くなった師匠の妹だ。
二人ともこのような雑誌に妙に精通している。

「……やっぱりこの記事、僕の事だって判るかな」

記事の見出しに眼をやり、成歩堂は溜息を吐いた。

「写真も実名も出てはいないがな……内容を読めば判断も付く」
「……やっぱりそうか?」

記事の内容はこうだ。

 
『奇跡の弁護士、N氏の謎に迫る』
法廷での「奇跡」は果たして!?
 
数々の法廷に於いて殆ど有罪が確定していたと思われた被告人を、悉く無罪に導いていく弁護士N……しかし本当に全員が無罪などと言う事があり得るだろうか?
そもそも経験の浅いはずの弁護士が並み居るベテラン検事を打ち負かす事そのものが既に「奇跡」と言っても過言ではないと言える。

 
「まさに君の事そのもののような気がするが……?」
「僕ってこんなにヒールかなあ……」

微かに眉を顰める御剣に、成歩堂は少しだけおどけたように肩を竦めてみせる。

「成歩堂……」

咎めるような目つきで御剣が睨むと、成歩堂は降参、と言ったように両手を上げた。

「そんな目で睨むなよ、怖いから……でも、良いのか?」
「何がだ?」
「今ここで、僕と飲んでたりしてさ」

記事の中には、相手検事との談合疑惑めいたものまで載っているのだ。
つまり知っている者であれば、御剣たちにも疑惑の眼が及ぶ。

それと同時に……

「この記事書いた記者、多分まだ僕を追ってると思う」
「たとえ追っているとしたところで……」

ワインをグラスに注ぎながら、御剣は口の端で冷笑する。

「今はプライベートだ。お互い同じ事件の時には現場でバッティングする以外では顔を合わせないしな。
私には探られて痛い腹は無いが?」

言って、グラスに口を付ける。

「流石……余裕だな」

苦笑を漏らしながら、成歩堂も二杯目のビールを一気に干した。

「ま、この記事だけじゃ、ね。僕も探られて困ることもさほどないと思うし」

審理を引き延ばすために、時折多少強引な手を使った事は有る。
しかし、捜査や審理そのものに対して不正を行ってきたつもりは無い。

「三杯目は付き合いたまえ」

御剣は確認も取らずにバーテンに新しいグラスを用意させる。

「ワインはあんまり味が判らないんだけどな……でも、分かったよ」

言いながら目の前に置かれたグラスを手に取る。
御剣は口元に微かな笑みを刷いて「うム」と一言頷くと、そのグラスにワインを満たした。

「サンキュ」

成歩堂が敢えて軽い口調のままで軽く乾杯のポーズを取って、二人でグラスを空けた。

「……私が危惧するのは君の事だ、成歩堂」
「…………僕の事?」
「この記事は明らかな悪意を持って書かれている。
今はまだ、実名も何も出てはいないが、著しく名誉を傷つけるものだ。
もしこれを書いた者が判っているのならば、これ以上増長しない様に何らかの手を打つべきではないか?」
「…………」
「差し出がましいとは思うが」

沈黙を続ける成歩堂に、御剣はフッと肩を竦めた。

「一応忠告だけ、しておく」
「…………ああ、分かったよ」

もう一度ちらりと雑誌に眼をやり、成歩堂は複雑な笑みを浮かべてそれを閉じた。

 

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